銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

長崎の地銀統合についての公取と金融庁の争い~金融庁有識者会議~

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公正取引委員会が長崎県におけるふくおかFGと十八銀行との統合統合に「待った」をかけています。

この公取の動きに問題意識を持っているのが金融庁および日本銀行です。

金融庁は日本銀行の協力を得て2018年4月に有識者会議の議論をまとめた報告書を発表しました。

この報告書では公取の考え方に反論し、地銀の経営統合をすすめるべきという意見が出されてます。

今回は、この長崎における地銀の統合問題について考察します。

報告書の概要

この報告書の概要を把握するため以下の記事を引用します。

日本経済新聞 2018年4月12日

地域金融機関のあり方を議論する金融庁の有識者会議は11日、「地域金融の課題と競争のあり方」を示す報告書をまとめた。全国的に県境を越えた貸し出しが増えており、都道府県内のシェアだけで地方銀行の寡占度を測れないと指摘。人口減などで今後、複数の金融機関による競争環境を維持できなくなるとし、再編の必要性を訴えた。
金融庁が有識者会議を通じ、地銀の競争政策に言及するのは異例だ。
長崎県の親和銀行を傘下に置くふくおかフィナンシャルグループ(FG)と同県最大手の十八銀行の経営統合計画は、公正取引委員会が「寡占で競争を維持できなくなる」と待ったをかけている。有識者会議は「経営余力のあるうちに統合を進めるのが望ましい」と反論。「万一、寡占が認められた場合は金融庁の監督によって是正するのが必要だ」と結論づけた。
地銀の経営統合は「公取委と金融庁が連携して審査するのが望ましい」と要望した。公取委が地銀の経営統合の可否を判断する現状を改め、「政府全体で議論し、検討する新たな競争政策を考える必要がある」とした。

以上が今回の金融庁の報告書の概要です。
次に報告書の内容をしっかりとみていくことにしましょう。    

地方銀行の状況

<都道府県別中小企業向け貸出残高推計>

本件推計期間は2017年 → 2030年。

  • 貸出減少率0%~▲10%の県は1県
  • 同率▲10%超~▲20%の県は8県
  • 同率▲20%超~▲30%の県は14県
  • 同率▲30%超~▲40%の県は14県
  • 同率▲40%超~▲50%の県は10県

(推計手法)
都道府県別の中小企業向け貸出残高(推計値)と生産年齢人口の関係を踏まえ、2030 年の各都道府県の中小企業向け貸出残高を推計し、2017 年からの増減率を算出。

→まず、このように貸出残高は2030年に向けて急速に減少することが推計されています。

都道府県のうち半数以上が30%以上の貸出残高減少となるのです。

このインパクトは凄まじいものがあります。

 

<全体状況>

資金需要の減少や低金利が継続する中、地域銀行は貸出残高を増加させることにより貸出金利の低下の影響を相殺しようとしている。
特に、近年、地域銀行は県境を越えた貸出を積極的に増加させている。この結果、多くの地域金融機関は、従来以上に県外の金融機関との競争に直面している。

貸出競争は地域金融機関と政府系金融機関との間でも行われている。金融庁が全国の中小企業等に実施したアンケート調査によると、政府系金融機関と取引している企業は、全体の約5割となっている。また、政府系金融機関との取引を選択した理由については、「民間金融機関も支援してくれたが、政府系金融機関の方が借入条件が良かったから」と回答した企業が約6割となっている一方、「民間金融機関では支援してくれなかったから」と回答した企業は1割弱に止まっており、民間金融機関と政府系金融機関との間で金利等の借入条件の競争が行われている様子が窺える。

さらに、IT 技術の進化によりパソコンやスマートフォンによる銀行取引の範囲が急速に拡大しており、金融機関の店舗への訪問の必要性が低下し、貸出を含む金融サービスの県境を越えた提供が更に加速することが予想される。

このように、県境を越えた貸出競争が激化する中においては、金融機関の都道府県内における貸出額シェアが高くても、貸出金利を高く設定することは、総じて困難になっている。事実、地域銀行の本店所在都道府県における貸出額シェアと貸出金利低下幅(10 年間)の間に、相関は認められない。
こうしたことから、都道府県など行政区画内における貸出額シェアのみに基づいて、貸出市場における金融機関の市場支配力の有無を判断することは困難と考えられる。

→銀行の競争は県内外問わずなされているということを金融庁が認定しています。

なお、政府系金融機関との競争もなされていることを、あえて記載したのは商工中金を意識しているものと思われます。

 

<長崎県および和歌山県の状況> 

同一地域内の地域銀行の経営統合を競争当局が問題視している長崎県においても、事業所数や生産年齢人口は、全国の減少率を上回る急速なペースで減少している。

長崎県における県内金融機関と県外銀行の貸出の動向を分析すると、2016 年2月に十八銀行と親和銀行が経営統合を公表した後、県外銀行による貸出の伸びが目立っている。県内の地域銀行が1行しかなく、長崎県に比べ隣県からのアクセスが悪い和歌山県においても、近年県外銀行による貸出の増加が、県内全体での貸出額増加に寄与している。

→長崎県では県外銀行の貸出が増加していること、地銀が一行しかない和歌山県でも競争が起きていることを説明しています。

 

<地域銀行の業績等>

先に見たように、地域銀行は、貸出利鞘の縮小を貸出残高の増加で補おうとしているものの、資金利益は継続的に減少している。こうした状況下で、本業(貸出・手数料ビジネス)の利益は悪化を続けており、2016 年度の決算では地域銀行(106 行)の過半数の 54 行が本業赤字となっている。

人口減少が急速な地域においては、人口減少に店舗削減が追い付かず、未だ金融機関の出店が過剰と考えられる地域もある。長崎県においても、長崎・佐世保は過剰度合いが高いと考えられる。

一般に複数行での競争が成立するためには、地域から得られる収益がそれらの金融機関の事業に必要な経費の合計を上回っていることが必要である。金融機関ごとにシステムや人件費等の固定費が発生することから、人口減少等により地域からの収益が減少すれば、複数行分の固定費を賄いきれなくなり、複数行での持続的な競争が可能でない地域が生じる。地域からの収益の減少がさらに進めば、1行単独であっても不採算な地域が発生すると想定される。

→今後は地域によって地銀一行でも収益確保が出来ない地域が発生するとしています。

 

<地銀が一行でも経営が成り立たない地域>

2016 年3月末のデータを用い、「各都道府県で本業(貸出・手数料ビジネス)の収益が、2行分の営業経費の合計を上回るか」という簡易な競争可能性の試算を行うと、

  • 2行での競争は困難であるが1行単独であれば存続可能な都道府県が 13、
  • 1行単独であっても不採算な都道府県が 23 

存在することが示される。このような地域では、今後、金融機関の撤退や淘汰が生じる可能性が高い。もっとも、これらの地域でも、隣県等を含めて広域で考えると競争が成立する地域も存在する。
この試算では、長崎県は、1行単独であっても不採算な都道府県に分類される。

→金融庁の試算では、1行単独であっても不採算な都道府県が 23となることが示されています。

 これも衝撃的な数字です。

 

<中小企業への配慮・対応>

同一地域内の金融機関同士の経営統合は、重複店舗の整理統合などの面で統合の利益等をより一層発揮しやすい。他方、同一地域内の経営統合により、利用者にとっての選択肢が失われ、金融機関の市場支配力が高まり、金融機関が独占利潤を得たり、サービスの質を悪化させるという寡占・独占の弊害を生じさせることがないようにしなければならない。
前述のとおり、現状、県外からの参入圧力等により競争環境が厳しくなる中、不当な貸出金利の引上げ等が生じるおそれは、総じてみれば小さい。また、一般的に、信用力の高い企業や規模の大きな企業については、県外銀行からの積極的な勧誘が行われると考えられ、経営統合によってこうした企業にとっての借入先の選択肢が限定される可能性は低い。
他方、比較的規模が小さい、業績が必ずしも良好ではない、又は担保となる資産を有していない企業においては、経営統合後に金融機関からの借入れがより困難とならないようにすることが必要である。
しかし、現在の地域銀行の一般的な貸出姿勢を調査すると、担保・保証への依存度合いが高く、企業の事業性評価が出来ていないところが多い。従って、こうした企業においては、経営統合以前の時点で、借入先の選択可能性が限定されている。すなわち、この点については 寡占・独占の弊害と言うより、むしろ担保・保証の有無にかかわらず事業性を見た融資が普及していないことに問題の本質がある。

→地銀の統合は、普通なら中小企業にとって留意が必要だが、事業性をみた貸出が出来ていない地銀が多いため、あまり影響がないと、皮肉を述べています。

 

<金融庁の方針>

以上に述べた通り、地域において、人口減少などによる資金需要の構造的な減少や低金利といった課題に直面する中で、地域金融機関の経営統合は、金融機関の経営の安定性と、最低限の金融インフラの確保に寄与すると考えられる。また、経営統合により生み出される余力が地域企業の育成に適切に使われれば、地域企業・経済の発展にも貢献する。他方、経営統合が同一地域内で行われる場合には、不当な金利の引上げやサービスの質の悪化といった寡占・独占の弊害が生じないようにしなければならない。

従って、地域金融機関の経営統合については、都道府県内のシェア等により画一的にその是非を判断するのではなく、金融機関が経営統合を通じてどのようなビジネスモデルを描き、実行していくかを見極めるとともに、当該経営統合により地域にもたらされうる恩恵、寡占・独占の弊害の可能性、地域の中小企業の真の不安の所在を把握し、これらに対し的確な対応を行うことが重要である。

金融機関は、他の事業者と異なり、常時金融庁による検査・監督の下にあり、合併等についても金融庁が銀行法に基づく審査を実施することとなっている。この枠組みを活用し、競争上の問題が生じる可能性がある同一地域内の経営統合について、
① 人口減少などからみて将来にわたり地域に健全な金融機関が複数行存立し得るか、 過当競争により共倒れになるおそれはないか
② 県外金融機関の県境を越えた貸出動向などからみて、県内シェアの高まりにより「金利等の融資条件」や「金融サービスの質」にはどのような変化が生じるか
③ 金融機関が経営統合により生み出される余力(人材・資本等)を地域における金融インフラの確保や金融仲介の質の向上のために具体的にどのように活用すると表明しているか、その実現性・実効性は十分に見込まれるかを審査し、全体として、将来にわたり地域における金融インフラが確保され、地域企業・経済の成長・発展に貢献するか否かをもって経営統合の是非を判断すべきである。

→金融庁(有識者会議)として考える地銀の経営統合に関するチェックポイントをのべています。

 

<事後的な対応>

事後的にも、金融庁は、「金利等の融資条件」や「金融サービスの質」の不当な悪化が生じていないかを、統合した金融機関の検査・監督や、債務者向けの相談窓口等を通じて把握し、問題があれば是正を行うことが求められる。また、金融機関がコミットした経営統合の目的に関しても、定量的・定性的な指標等を活用して、その進捗・達成状況についてモニタリングを行い、地域に統合の果実が還元されることを確保していくことが必要である。
なお、寡占・独占の弊害を是正するための措置として、海外諸国(特に米国)では店舗・債権譲渡により競争相手を創り出す措置が採られることがある。即ち、統合当事行の店舗ごと、又は貸出債権を競合金融機関に譲渡・売却することにより、競合金融機関のシェア・競争力を高めようとする措置である。我が国の競争当局は、経営統合が競争を制限すると判断される場合に必要となる問題解消措置として、店舗譲渡や債権譲渡などの構造措置が最も有効であると示している。
しかし、中小企業金融は、金融機関と中小企業との中長期的な関係を通じて当該企業の事業内容を熟知し、当該企業の経営改善につながるサービスを提供していくという特性を有している。こうしたサービスの特性を踏まえれば、店舗・債権譲渡による弊害是正は、もっぱら人為的に競争相手を創出するために顧客の同意を得ずに行われれば、中小企業金融の基礎となる中長期的な取引・信頼関係を損ない、顧客に不安・不利益をもたらす。

→統合の弊害が発生した場合には、是正措置として店舗譲渡もしくは債権譲渡という対応策がありますが、これは中小企業の場合、顧客に不安・不利益をもたらすとしています。

 

<長崎県についての結論>

長崎県においては、人口や企業数の減少が全国を上回るペースで進行しており、このような構造的な要因による貸出需要の減少が継続する中で、このまま複数行での競争は持続可能でないおそれがある。

また、本件経営統合の公表後に県外からの貸出が急速に増加しており、経営統合によるシェアの高まりが直ちに金利の引上げ等につながる可能性は高くない。

両行は、本件経営統合により生じた余力を地元企業の付加価値向上や事業再生の支援に活用することを公表している。

こうした点に鑑みれば、本件経営統合の是非を県内の貸出額シェアなどに基づいて事前に画一的に判断することは適切でない。

→長崎県の今回の事案は県内の貸出シェア等に基づいて画一的に判断すべきではないと、公取への反対意見を表明しています。

 

<統合のタイミング>

このまま競争を続け、経営体力を消耗させ、金融機関数が減少し、自然に独占状態が発生する状態になるより、経営余力のあるうちに統合を認め、その経営余力を用いて地域企業の本業支援等を行うことを通じて、生産性向上や付加価値向上を図ることの方が、地域企業・経済の観点から望ましい。
その際、金融庁は、両行が掲げた地域企業や経済への還元が実現していくようモニタリングを行うことが重要である。また万一、寡占の弊害が認められる場合には、是正させていくことが必要である。

→経営統合は体力のあるうちにやるべきであり、問題が発生したら、事後的に是正すべきとしています。

 

<金融庁の公取への依頼事項>

これまで述べたとおり、今後、人口減少による資金需要の構造的な減少など、地域経済や地域金融機関を取り巻く経営環境の悪化は益々深刻度を増していくことが想定される。こうした中でも、地域において、将来にわたって健全な金融機関が存在し、地域の企業や住民に適切な金融サービスが提供されることを確保していくことが重要である。
現在、金融機関の経営統合に対する競争の観点からの審査は、独占禁止法に基づき競争当局が、銀行法に基づき金融庁が、それぞれ相互に独立して行っている。しかしながら、地域金融が前述のような困難な課題に直面しており、今後、金融機関の更なる経営統合が予想される中、競争当局が長崎県の事例において従来の判断枠組みに基づき経営統合の是非を判断するならば、他の金融機関による経営統合を用いた地域貢献の余地を狭め、地域金融インフラの確保や金融仲介の質の向上に負の影響が懸念される。
独占禁止法においても銀行法においても、経済活動の活性化を通じた国民厚生の増大を究極的に目指すべきであり、競争当局と金融監督当局が課題を共有し、共通の枠組みの下で連携を深め、地域住民・企業の厚生の向上に真に資する競争政策を遂行していく必要がある。
具体的には、地域金融機関の経営統合については、金融庁による事後的なモニタリングが有効であることを踏まえ、競争当局と金融庁が連携し、地域金融の産業構造や特性を踏まえた審査や弊害への対応を実施することを通じ、地域金融機関による、地域金融インフラの確保と、金融仲介の質の向上を後押ししていくことが必要である。

(参考)海外において金融監督当局が銀行の統合審査に関与している例
米国:金融監督当局(FRB 等)が経営統合の審査を行い、司法省が審査結果について異議申立を行う仕組み
カナダ:銀行は競争当局に経営統合の申請を行うが、競争当局は金融担当大臣に意見書を提出し、最終的に金融担当大臣が経営統合の是非を判断する仕組み

さらに、金融に限らず他の産業についても、地域において人口減少など需要の構造的な減少に直面する中、地域の住民・企業にとってのインフラ的なサービスの確保が重要な課題となってきている。また、時代と共に産業構造が変化する中で、商品サービスの安価な提供に止まらず、イノベーションの促進や付加価値の向上に資する観点からも競争のあり方を考える必要がある。
しかし、経済の成長局面で確立されてきたこれまでの枠組みの下で、競争当局がいわば執行機関として、現行法を適用するだけでは、人口減少下における地域のインフラ確保や、経済産業構造の変化に適切に応えることが難しくなってきている。このため、日本経済の変化を踏まえた総合的な競争政策のあり方を政府全体として議論・検討する必要があると考えられる。

→統合の是非については事後的モニタリングが有効であり、公取と金融庁が協力し政府全体として考えていくべきと表明し、公取へ対応を呼び掛けています。

 

以上の本文は図表とともに以下のリンク先にあります。

出典 金融庁ホームページ
https://www.fsa.go.jp/singi/kinyuchukai/kyousou/index.html

所見

今回の金融庁の有識者会議報告書の内容は地銀の将来について具体的な数値を用いて推計しています。

地銀が置かれている環境が分かりやすく解説されており、銀行関係者は是非とも認識しておくべきでしょう。

長崎県内の地銀の統合は、地銀全体にとっての今後の統合戦略を占う試金石であり、今後も注目が必要です。