かつてLTCM(Long Term Capital Management)という世界で最も有名なヘッジファンドがありました。
このヘッジファンドは結果として破綻してしまいましたが、このファンドの破綻劇から得られる教訓は今でも重要です。
今回はLTCMから得る投資原則の重要性について考察します。
LTCMとは何か
LTCMとは世界で最も有名なヘッジファンドです。
ソロモン・ブラザーズで債券トレーディング部門を率いていたジョン・メリウェザーが設立したファンドで、1994年に運用を開始しました。
チームメンバーには、ブラック・ショールズ方程式を完成させ1997年にノーベル経済学賞を受賞したマイロン・ショールズとロバート・マートンまで加わっていたのです。まさにドリームチームです。
当初は平均の年間利回りが40%を突破する等大成功をおさめ、最盛期には1,000億ドル程度の資産規模まで拡大していました。
Long Term Capital Manegementと名乗っているのに短期で破綻してしまったのは皮肉い以外の何物でないでしょう。
LTCMの運用手法
LTCMの運用手法は、筆者の理解では裁定取引(アービトラージ)がベースです。
当時の金融工学の粋を集めたトレーディングシステムを構築し、当初は債券のロング・ショートで収益を上げていました。単純に言えば、割高な債券を売り、割安な債券を買うことで、市場のリスクを極力下げながら、価格差が収れんするのを待つ運用手法です。
同じ価値のあるものなら価格のゆがみはいつか解消されるということがベースの考え方ですので、裁定取引は比較的リスクの少ない投資手法といえます。
裁定取引とは
裁定取引(アービトラージ)とは、同一の価値を持つ商品の一時的な価格差(歪み)が生じた際に、割高なほうを売り、割安なほうを買い、その後、両者の価格差が縮小した時点でそれぞれの反対売買を行うことで利益を獲得しようとする取引のこと。機関投資家などが、リスクを低くしながら利ざやを稼ぐ際に利用する手法です。株価指数等の現物価格と先物価格を利用した取引などが代表的です。理論価格よりも高くなっている割高な先物を売却するのと同時に現物を購入することを「裁定買い」といい、理論価格よりも低くなっている割安な先物を購入するのと同時に現物を売却することを「裁定売り」といいます。
裁定取引/アービトラージ│初めてでもわかりやすい用語集│SMBC日興証券
SMBC日興証券HPから引用
裁定取引のわかりやすい例(イメージ)は、以下を挙げることができるでしょう。
①同じ資産でも取引所が分かれていることから生じる価格のかい離
<例>
- 日本マーケットにおける日経平均先物と米国マーケットにおける日経平均先物
- (同じ取引時間帯だったら)日本におけるソニーの株価と米国におけるソニーの株価
②類似の資産における価格のかい離
<例>
- WTI原油とブレント原油の通常とは異なる価格差
LTCMの当初の投資戦略は債券アービトラージを行い、レバレッジを20から30倍程度かけて収益を獲得するものでした。裁定取引はリスクが少ない分、収益が薄く、レバレッジを高めること、および取引を自動化することによる収益獲得機会の増加で収益を確保していたものと思われます。
LTCMは資金を集め資産規模が大きくなるにつれ、金利スワップ、私募債、モーゲージ担保証券、株式と投資対象を広げ、流動性が低く、ボラティリティが高いマーケットに資金を投じていきました。
LTCM破綻の原因
当初は大成功をおさめたLTCMの運用ですが1998年のロシア危機が引き金となり1か月で純資産の半分を失い瀕死の状態となります。
1997年にアジアで始まった国債金融危機は、ロシアへと飛び火しました。ロシアが事実上の債務不履行を宣言した1998年8月頃から、欧米投資家の不安が高まり、ロシアや中南米などの新興市場に投資されていた資金が、欧米を中心とした先進国に逆流しました。
世界的な信用縮小が起こり、行き場を失った資金は、最も安全と思われる米国債市場へと流れ込み、米国債は値上がり、ジャンク債などは値下がりしたのです。
通常ならこのような価格のかい離は、しばらくすると解消されます。ところが、米国債からジャンク債などに資金が流れるはずなのに、投資家のほとんどはが不安に駆られているため、価格のかい離が解消されなかったのです。逆に「ジャンク債は危ない」という心理に拍車がかかり価格のかい離がさらに進みました。
広がった価格のかい離は必ず収れんするという投資戦略がLTCMの投資スタイルですから、米国債は割高のため売り、ジャンク債は割安のため買いを継続しました。
結果として(理論的には正しかったのかもしれませんが)実際のマーケットの値動きは逆となり、LTCMは短期間で膨大な損失を負い、破綻することになりました。
マーケットというものは歴史上、何度もバブルが起きているように、そして暴落が起きているように行き過ぎてしまうということなのでしょう。
投資の3原則
LTCMは結果として破綻してしまいました。
ここでLTCMの投資について再度留意することがあります。それは投資の3原則です。
一般的には、投資方針を決定する際に考慮しなくてはならない「収益性」「安全性」「流動性」のことを投資の3原則といいます。
収益性が高ければリスクは高く、安全性が高ければ収益性は低く、流動性が高ければ収益性は低くリスクも高い、このようなイメージです。
収益性と安全性・流動性は相反するものなのです。
LTCMの場合は収益性を上げるために、特に流動性を犠牲にしていたのでしょう。
当時はデリバティブのマーケットもあまり大きくなく、新興国の国債市場もそこまでの大きさではありませんでした。筆者の理解ではLTCMは流動性を犠牲にして収益を上げていたと思います。
LTCMは、投資の3原則は自分たちの取引手法では関係ないと考えていたのではないでしょうか。結果は、上述の通りでした。
今のマーケットについて考えること
近時ではビットコインなど仮想通貨の価格上昇が話題になっています。
実際に仮想通貨で裁定取引を行っている投資家もいるでしょう。
世界各国の債券価格もバブルかと思うほどの価格となり、株式市場も債券との連動性も薄れて上昇しています。
LTCMからの教訓とは、まさに投資の3原則は中長期的には当てはまるということです。
先日、私募投信の拡大についての記事を書きましたが、今後のマーケットにおけるキーワードは流動性となるのではないかと筆者は考えています。
中央銀行は金融緩和としてマーケットに流動性をこれでもかというほど供給しています。特に日銀は国債マーケットのほとんどを牛耳ってしまっていますが、他取引者をある意味で排除してしまっており、実際には流動性は枯渇している可能性があります。
どこで、いつ、どのようなマーケットのクラッシュ・変動があるかは分かりません。ただし、このような環境下では流動性にも意識した投資を実行していくことが、中長期での収益を確保することになるのではないでしょうか。
なお、筆者も影響を受けたLTCM関連の書籍を以下でご紹介しておきます。古くて中古しかなさそうですが非常に示唆に富んでいます。
【中古】 天才たちの誤算 ドキュメントLTCM破綻 /ロジャーローウェンスタイン(著者),東江一紀(訳者),瑞穂のりこ(訳者) 【中古】afb