三井住友銀行が個人営業での金融商品販売目標、すなわちノルマを廃止したことが報道されています。
「ノルマ」「目標」「KPI」「課題」「割当」等、様々な言葉はあるでしょうが、銀行はいわゆるノルマによって動いてきました。厳しいノルマこそが銀行員を縛り付け、動かしてきたのです。
今回は、この三井住友銀行におけるノルマ廃止について考察しましょう。
報道内容
三井住友銀行の個人営業にかかるノルマ廃止については、日経新聞の記事を確認しましょう。
三井住友銀、個人営業で「行員ノルマ」廃止
2019/04/23 日経新聞三井住友銀行が個人向け金融商品の販売で、行員に課す「ノルマ」を廃止したことが分かった。これまでは投資信託や保険の販売額などで支店の評価を決めてきた。4月からは評価基準を見直し、顧客の運用残高をどれだけ増やしたかを重視することにした。脱ノルマ営業に向けた取り組みは注目を集めそうだ。
個人向け営業で行員のノルマを廃止した。法人向けは対象としない。
銀行では本部が支店の販売目標を決めるのが一般的だ。数字を与えられた支店長は自らの判断で行員に商品ごとの販売目標を割り振るやり方が定着している。行員は販売目標を達成しなければいけないノルマと受け止めてきた。
目標を上回ると「優良支店」として評価され、個人の報酬に反映されやすい。行員は目標額に届きそうになければ、無理をしてでも達成しようとする傾向があった。顧客の意向に沿って金融商品を販売しているとは言いづらかった。ノルマを達成しないと、昇進や昇給に響くこともあり、ノルマを重圧に感じる行員も目立ってきた。銀行は伝統的な戦略の見直しを迫られていた。
三井住友銀は支店の評価基準を見直し、投信、保険、外貨預金といった運用商品の販売額などを評価する項目を廃止した。住宅ローンは対象外とする。
例えば、顧客と信頼関係をつくり、投信の運用残高がどれだけ増えたかを重視する。投信は保有期間が長いほど成績がよい傾向がある。これまでは期中に投信をいくら売ったかを評価基準に盛り込んでいた。異なる投信を次々に売買する回転売買につながりやすかった。
(中略)
銀行は主要商品ごとに厳しい販売目標を支店に課して収益を上げてきた。ノルマを課さない範囲を広げたことで、三井住友銀幹部は収益が一時的に落ち込む「副作用もあるだろう」としている。
(以下略)
これが報道内容です。
現在の動向
三菱UFJ銀行は投信などの運用商品について、新規の販売額を行員の業績評価から外し、投信の残高をどれだけ積み上げたかを重視した基準に既に統一していると報道されています。
また、りそなグループも投信などの販売目標を撤廃し、運用残高や新規の顧客数で評価する体系に変えたとの報道がありました。
他の金融機関も、預かり資産の残高への貢献を中心に評価する人事評価体系に動いていると言って良いでしょう。
三井住友銀行だけが、個人営業でのノルマ廃止の至った訳ではありません。
背景
このように金融商品の販売目標から、預かり資産の残高への評価に目標を切り替えていく金融機関が増えている要因はどのようなものでしょうか。
まずは、金融機関の都合・事情でのセールスがお客様から見透かされ、顧客離れに繋がってきたということはあるでしょう。
また、ノルマを銀行員に厳しく課すことで人材が離れていくことを銀行が懸念しているということもあるでしょう。
しかし、最大の要因は、監督官庁である金融庁の意向です。
金融庁は数年前から銀行の投信等の金融商品販売について問題意識を持っていました。
2017年4月7日に開催された日本証券アナリスト協会国際セミナーでの森長官の講演録から金融庁の問題意識が把握できます。
この講演は積立NISAに適した投信がほとんどないことを指摘した点で有名ですが、それ以外にも投信販売等運用商品販売について発言しています。
以下は講演の抜粋です。少し長い文書となりますが必読です(というか、役所の長官の発言だと思うと面白いです)。
- 日本の投信運用会社の多くは販売会社等の系列会社となっています。投信の運用資産額でみると、実に82%が、販売会社系列の投信運用会社により組成・運用されています。系列の投信運用会社は、販売会社のために、売れやすくかつ手数料を稼ぎやすい商品を作っているのではないかと思います。
- これまでの売れ筋商品の例をみても、ダブルデッカー等のテーマ型で複雑な投信が多く、長期保有に適さないものがほとんどです。こうした投信は、自ずと売買の回転率が高くなり、そのたびに販売手数料が金融機関に入る仕組みになっています。
- 本年2月の我が国における純資産上位10本の投信をみてみると、これらの販売手数料の平均は3.1%、信託報酬の平均は1.5%となっています。世界的な低金利の中、こうした高いコストを上回るリターンをあげることは容易ではありません。
- 正しい金融知識を持った顧客には売りづらい商品を作って一般顧客に売るビジネス、手数料獲得が優先され顧客の利益が軽視される結果、顧客の資産を増やすことが出来ないビジネスは、そもそも社会的に続ける価値があるものですか?こうした商品を組成し、販売している金融機関の経営者は、社員に本当に仕事のやりがいを与えることが出来ているでしょうか?また、こうしたビジネスモデルは、果たして金融機関・金融グループの中長期的な価値向上につながっているのでしょうか?
- 高い運用力を持つ金融機関、顧客本位が組織に根付いた金融機関が発展し、顧客本位を口で言うだけ具体的な行動つなげられない金融機関が淘汰されていく市場メカニズムが 有効に働くような環境を作っていことが、 我々の責務でありそのため行政として最大限の努力をいくつもりです。
この指摘が全て当てはまっているかは分かりません。しかし、大部分は正しいと筆者は考えています。
今後の動向
銀行の個人ビジネスは富裕層・高齢者をターゲットとしてきました。この流れは今後も続くでしょう。
銀行の営業担当者は、お客様との人的関係に基づき銀行員が買って欲しい商品を「お情け」で買ってもらっていた事例が多数あるのです(そちらの方が多いかもしれません)。
特に高齢者は、孤独となっていることも多く、話し相手を欲しています。銀行員のように一見お堅く、安心感のある職業の個人に心を許してしまうことは往々にしてあるのです。
また、高齢者は銀行員にとっても「便利な存在」です。働いているほとんどの個人は、日中に銀行員と会ってくれることはありません。しかし、高齢者は日中にも自宅に居ることが多く、銀行員が会えるのです。
そして、銀行員は自身の収益目標を達成するために、高い手数料の投資信託を販売し、少しでも利益が出れば、「乗り換え」等と称して新たなテーマの投信や保険を売り込んできました。特に高齢者のお客様は理解も不十分なまま商品を購入していたこともあるでしょう。
金融庁は、このような営業ではなく、お客様の利益になるような営業を銀行には求めてきたのです。
では、銀行は顧客本意の営業、もしくは顧客と利益を共有するようなビジネスモデルに転換していけるでしょうか。
筆者は、あくまで経験則でしかないのかもしれませんが、モデル転換は非常に難しいと考えています。理由は以下の通りです。
- 銀行は、これからさらに低収益に苦しむ可能性が高い。本当に金融知識がある富裕層は銀行員のような素人を相手にしない。また金融知識があるお客様は取引コスト・時間コストの観点からネット取引を重視する。結局は、未だに対面営業が基本の銀行は、顧客本位よりも「儲け」を重視せざるを得なくなる。
- 販売目標がなくなったとしても、預かり資産残高の増加という新たなノルマが生まれるだけである。お客様が資産運用によって残高を増やしてくことが目的だったはずだが、他金融機関から資産を預け代えてもらった方が効率が良い。結局は「お願い営業」とでも言うべきものが横行する。
これが筆者が想定する銀行の個人営業における近い未来です。銀行の個人営業に何ができるのかについては、根本的に見直した方が良いでしょう。
しかし、筆者はどのような方向性を目指すべきかについて明確な解をもっていません。本質的には、銀行の個人営業は少数のプロを除いて不要ということもあるのではないでしょうか。