銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

我々は日本銀行の決算を見たことがあるか

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日本銀行(日銀)の決算が発表されました。

日本の中央銀行である日銀の決算はあまりニュースにはなりません。

実質的には国そのものですから、信用力に問題がある訳でもなく、海外の企業と競争していることもない独占的な組織だからでしょう。

しかし、量的緩和がなされ、これだけの低金利が続き、マイナス金利政策も導入された環境下においては、その政策を保つ日銀のバランスシートはどのようになっているのでしょうか。

日銀が「明日からマイナス金利!」と発表したところで市場はその通りに動く訳ではありません。

市場は、日銀が行うオペ(債券を買ったり売ったりしながら金利を調整すること等)等に影響されて動くのです。

誤解を恐れずに言えば、日銀は自らのバランスシートを使って様々な政策を行っています。国債を買ったり、株式を買ったりして自らが目指す金融施策の効果を発現させるのです(もちろんそれだけではありませんが)。

今回は、この日銀のバランスシート等がどうなっているのか、2018年3月決算について確認していきましょう。

 

報道記事

まずは、日銀の決算がどのように報道されているか事例を確認しましょう。

以下、時事通信の記事を引用します。 

日銀、2年連続増益=国債、株式運用益が寄与―18年3月期

5/29(火) 19:00配信 時事通信社

日銀が29日発表した2018年3月期決算は、企業の純利益に相当する当期剰余金が7647億円(前期5066億円)と、2年連続で増益となった。保有国債の利子収入に加え、株式売却益や上場投資信託(ETF)の分配金が増加した。日銀は剰余金から準備金などを差し引いた7265億円を国庫に納付する。

3月末の国債保有残高は、大規模な金融緩和の長期化を受け448兆円に拡大。総資産は528兆円と6年連続で過去最高を更新した。自己資本比率は8.09%と、財務健全性のめどとされる8%を維持した。

この記事にある通り、日銀の2018年3月期決算は増益となっています。

では、もう少し詳しく日銀の決算についてみていくことにしましょう。

 

日銀決算の概要

次に日銀が発表している日銀の決算概要の説明についてみていきましょう。以下日銀のホームページから引用します。

(1)資産・負債の状況

平成29年度末における資産・負債の状況をみると、総資産残高は、国債を中心に前年度末と比べ38兆1,963億円増加(+7.8%)し、528兆2,856億円となった。また、総負債残高は、預金(当座預金)を中心に前年度末と比べ37兆9,128億円増加(+7.8%)し、524兆3,363億円となった。

こうした日本銀行の資産・負債の変化を詳しくみると以下のとおりである。まず、資産の部をみると、国債が、買入れを進めるなか、448兆3,261億円と前年度末を30兆6,146億円上回った(+7.3%)。また、貸出金は、「貸出支援基金」による貸付けが増加したことから、46兆4,119億円と前年度末を1兆7,473億円上回った。金銭の信託(信託財産指数連動型上場投資信託)は、買入れを進めるなか、18兆9,348億円と前年度末を5兆9,994億円上回った。

次に、負債の部をみると、当座預金が、国債の買入れ等を通じた資金供給により、378兆2,379億円と前年度末を35兆4,824億円上回った(+10.4%)。この間、日本銀行券の発行残高は、104兆4億円と前年度末を4兆2,002億円上回った(+4.2%)。

(2)損益の状況

平成29年度の損益の状況についてみると、経常利益は、前年度比1,335億円増益の1兆2,287億円となった。これは、金銭の信託運用損益や国債利息収入が増収となったこと等によるものである。

特別損益は、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の実施に伴って生じ得る収益の振幅を平準化する観点から、債券取引損失引当金の積立てを行ったほか、外国為替関係損益が損超となったことを受け、外国為替等取引損失引当金の取崩しを行ったこと等から、▲3,388億円となった。

以上の結果、税引前当期剰余金は、前年度比1,824億円増加の8,899億円となり、法人税、住民税及び事業税を差し引いた後の当期剰余金は、前年度比2,581億円増加の7,647億円となった。

(3)剰余金処分の状況

剰余金の処分については、日本銀行法第53条第1項に基づき、法定準備金を382億円(当期剰余金の5%)積み立てたほか、同条第4項に基づき、財務大臣の認可を受け、配当金(500万円、払込出資金額の年5%の割合)を支払うこととし、この結果、残余の7,265億円を国庫に納付することとした。

(4)自己資本の状況

平成29年度末の自己資本比率(剰余金処分後)は、8.09%と、前年度末(8.07%)に比べ上昇した。

 

日銀決算のポイント

以上、日銀の決算概要を見てきました。

しかし、これでは日銀の動きがあまり分からないかもしれません。

日銀の決算のポイントを以下記載します。

<B/S関連>

  • 日銀の総資産は528兆円(500兆円超えは史上初)
  • 日銀が保有する国債は448兆円
  • 総資産に占める割合は約85%
  • その他で保有するのは、コマーシャルペーパー2兆円、社債3兆円、株式1兆円、指数連動型ETF19兆円、J-REIT0.5兆円、金融機関等向け貸出金46兆円、外国為替6兆円
  • アベノミクスにおける日銀の量的緩和は数値面では国債の購入と言って良い
  • 2013年3月末時点の日銀総資産=165兆円、うち国債125兆円であり、量的緩和を開始してから日銀の資産は3倍超、国債は4倍弱と急増 
  • 国債保有が前期比+31兆円となったのに対し、日銀預金(負債)が前期比+43兆円(うち、日銀当座預金+35兆円)
  • 国債を購入し市場に資金供給しても、運用先がなく日銀に資金が戻ってきているとも解釈可能
  • 発行銀行券(紙幣)104兆円(=世の中には104兆円の紙幣が流通)
  • 発行済の銀行券は、一万円券=96.3兆円、五千円券=3.2兆円、二千円券=0.2兆円、千円券=4.1兆円
  • 一万円が突出するも、流通実態を鑑みるとかなりの一万円券がタンス預金として貯蔵されている可能性が高い

 <P/L関連>

  • 国債利息収入は1.2兆円
  • 巨額の収入に見えるが日銀が保有する国債の利回りは0.279%
  • 短期国債は▲0.234%、長期国債は0.317%
  • その他の運用資産としては、コマーシャルペーパー等=▲0.004%、社債=▲0.03%
  • 債券取引損失引当金を0.4兆円繰り入れ(損失)

以上が決算数値のポイントと筆者が考えるものです。

日銀のバランスシートの最大の問題は分かりきったことですが、巨額の国債にあります。

2018年3月末時点の448兆円は驚くほどの巨額です。

国債は金利が上昇すると価格が下落します。

もちろん、金融政策は日銀が決めているので金利も日銀の思い通りになるという考え方もあるかもしれません。

しかし、日本円という通貨は国家の「信用」で成り立っており、信用が成り立たなくなれば少なくとも「売られます」。

そして「売られた通貨」を買ってもらうようにするためには、金利を上げなければならないでしょう。

日銀がいくらでも国債を引き受け続けられるという考え方もありますが、通貨は信用で成り立っている以上、日本国が国債を返済できなくなったと市場が受け止めれば、日銀の思い通りにならない事態も十分にあり得るのです。

では、この日銀が保有する国債が金利上昇したら日銀にはどの程度の損失が発生するのでしょうか。

以下で簡単に試算してみましょう。

日銀は保有している国債のデュレーション(平均残存期間)を公表していません。

しかし、決算書の付属明細では日銀が保有する長期国債は以下のようになっています。

利付国債2年=29.2兆円

利付国債5年=111.1兆円

利付国債10年=162.7兆円

利付国債20年=80.9兆円

利付国債30年=30.1兆円

利付国債40年=6.1兆円

変動利付国債=4.8兆円

物価連動国債=1.6兆円

このうち、利付国債2~40年のデュレーションを仮に試算(利付国債2年なら平均残存期間2年と仮定)するとデュレーションは7.8年程度となります。

デュレーションが7.8年というのは、金利が1%上昇すると、債券価格がおおよそ7.8%下落するということを意味します(今回は説明は省略します)。

すなわち、日銀の保有する国債448兆円は、金利が1%上昇すると、448兆円×7.8%=35兆円の評価上の損失が発生するのです。

日銀の自己資本(純資産)は2018年3月末時点で3.9兆円となっています。

すなわち、金利が1%上昇し、その時点で日銀の国債を時価評価すると、日銀は大幅な債務超過となることになります。

もちろん、金利の水準は日銀が現時点ではコントロールしており、日銀は実質的に日本国政府であることから、何かの問題が起きるわけではないかもしれません。

しかし、上記の事実については、しっかりと認識しておく必要もあるのではないでしょうか。

マーケットは決してコントロール可能ではありません。それは歴史が証明しているからです。

これが筆者の日銀決算に対する懸念点です。

元のデータ:日本銀行ホームページ

http://www.boj.or.jp/about/account/zai1805a.htm/