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日銀ワークショップ「ビッグデータと人工知能を用いたファイナンス研究の展開」

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日本銀行が開催したファイナンス・ワークショップの内容が公表されました。

同ワークショップでは、ビッグデータと人工知能が金融に活用されている事例や、金融政策の参考となる研究報告等がなされています。

今回は、この日銀のワークショップの内容について確認していきます。

 

ワークショップの概要

日本銀行金融研究所では、2018 年 3 月 5 日に「ビッグデータと人工知能を用いたファイナンス研究の展開」をテーマとするファイナンス・ワークショップを開催しました。

学界、民間金融機関等から参加者を迎え、ビッグデータや人工知能についての研究論文の報告および討論がなされています。

この研究報告がなかなか面白い内容ですので、以下ご紹介します。


「ビッグデータと人工知能を用いたファイナンス研究の潮流」

当該スピーチの概要は以下の通りです。

  • ファイナンス分野での人工知能技術の活用について、①画像・音声データ、②大規模数値データ、③テキストデータなど、これまで現実的な時間での定量分析が困難であった非構造化データおよび大規模データの活用が著しく進展
  • 具体的には、①画像・音声データについて、衛星画像データを分析し、原油需要や農作物生産に関する情報を即時に提供する民間サービス、②膨大な金融市場の数値データから、深層学習を用いて過去の相場変動パターンを分析する技術、③Twitter のテキストデータが株価の予想に有効であるとの実証分析結果(Bollen, Mao, and Zeng [2011])や市場参加者によるテキストデータ分析の利用の広がり等
  • 中央銀行や企業の公表したテキストを定量化する民間サービスも紹介

ここで触れられているTwitterのテキストデータが株価の予想に有効であるとの実証分析結果については以下の記事を引用しておきます。(非常に興味深いものです)

WIRED
2010.10.22
Twitterで株式市場を予測:「86.7%の精度」

『Twitter』の投稿に含まれる語彙をもとに社会全体の気分を測定した研究から派生して、「平穏」さの度合いの上下動の波形が、『ダウ・ジョーンズ工業株価平均』の変動を数日分先取りしてほぼ一致していることが判明した。
ある1日に『Twitter』の世界(Twitterverse)がどのくらい平穏だったかを測定することで、3日後の『ダウ・ジョーンズ工業株価平均』の変化の方向性を86.7%の精度で予測できるという研究成果が発表された。

この発見は、(別の研究から派生した)ほとんど偶然によるもので、研究者たち自身が驚いている。インディアナ大学のJohan Bollen准教授(社会科学)らによる研究論文は、プレプリント・サーバー『arXiv.org』に掲載された。

これまでの研究によって、一般社会の気分を測るのにブログが利用できることや、映画に関するツイートから興行収入を予測できることが明らかになっている。感情を含んだ語彙を判断材料として、ツイートを肯定的なものと否定的なものにふるい分ける、オープンソースの気分追跡ツール『OpenFinder』もある。

しかしBollen准教授は、もっと微妙なニュアンスまで汲み取れる感情バロメーターの構築を意図した。同准教授は「気分プロフィール検査」(POMS)という、心理学では標準的なツールを利用した。

(中略)

そして研究者らは、[POMSの6尺度を応用して、「社会全体の気分」の尺度を]平穏、警戒、確信、活気、善意、幸福に分類した。[研究者らは、この尺度を「Google-Profile of Mood States(GPOMS)」と呼んでいる。なお、本来のPOMS尺度は、「緊張−不安(Tension-Anxiety)」「抑うつ−落込み(Depression-Dejection)」「活気(Vigor)」「怒り−敵意(Anger-Hostility)」「疲労(Fatigue)」「混乱(Confusion)」]

Bollen准教授のチームは、『Google』の膨大なデータベースを調査して、もともとの72の形容と関連して使われることの多い語句を探し、語彙リストに加えた。次に、チームは2008年2月から12月までの期間に270万人のTwitter利用者が投稿した980万件のツイートを対象に、感情を吐露したと見られるツイートを選択し、このデータセット全体に対してテストを実施した。

正常に動作していることを確認するため、チームは2008年米大統領選の投票日や感謝祭など、一般社会の気分の予測が容易ないくつかの日付をチェックした。その結果は予想通りだった。Twitterの世界は、投票日の前日には不安が漂っていたが、投票日当日にはずっと平穏で、幸福な気分や善意が広がっていた。投票日翌日の11月5日までには、すべて平常値に戻った。また、感謝祭の日には、Twitterの「幸福」度は突発的に上昇した。

その後、ほんの好奇心から、大学院生のHuina Mao氏が、この社会の気分を、ダウ・ジョーンズ工業株価平均と比較してみた。すると、6つのうち「平穏」の尺度が、株式市場の上下動と、驚くほど同じ動きをしていることが分かった――ただし、気分の動きのほうが3〜4日先を行っていた。

だが、この驚くべき相関関係だけでは、Twitterが未来予想に使えるかどうかは分からない。この仮説を検証するため、研究者らは、株式市場の上昇または下降を予測できるよう、機械学習アルゴリズムに調整を行なった。そして、最初は過去3日間のダウ・ジョーンズ工業株価平均のデータのみを用い、その後気分のデータを含めるようにした。

株式市場のデータのみを使った場合も、アルゴリズムはかなり健闘し、73.3%の精度で株式市場の状態を予想した。しかし気分の情報を加えたところ精度はさらに向上し、最高で86.7%まで跳ね上がった。Bollen准教授は、今回使ったアルゴリズムは単純なものであり、より高品質なものを使えばもっと成績が向上する可能性があると指摘している。

Bollen准教授は、このような一致がなぜ起こるかはわからないと述べている。別の研究者も指摘するように、Twitter世界にいる人々のうち株式に関連した人は一部にすぎないし、そもそも米国以外に住む人も多いからだ。人々の雰囲気が投資になんらかの影響を与えるのだろうが、詳しくはさらなる研究が必要だと同准教授は述べている。

  • 続いて、ファイナンス分野への応用が十分に進んでいない点や技術的な課題も数多く残されていると指摘
  • 一例として、2013 年 4 月に、特定のキーワードに反応するような簡易なアルゴリズム取引が、偽ニュースに反応し米国株式市場に混乱を招いたことに言及

この事象についても以下記事を引用しておきます。

AP通信ハッキング被害、「ホワイトハウス爆発」偽情報で市場一時混乱
ワシントン 2013/4/24 ロイター

AP通信のツイッターアカウントが23日、ハッキング被害に遭った。米ホワイトハウスで2度爆発がありオバマ大統領が負傷したとする偽のニュースが流れ、米金融市場は一時混乱に陥った。
AP通信の広報担当、ポール・コルフォード氏はすぐにツイートが偽のニュースであることを確認。ホワイトハウスのカーニー報道官は情報が流れた直後、オバマ大統領は無事だと記者団に述べた。
米金融市場は情報が流れてから3分以内に軒並み急落したが、その後値を戻した。
米証券取引委員会(SEC)のギャラガー委員はロイターのインタビューで、偽ツイートと市場への影響について調査していることを明らかにした。
同委員は「現時点で何が事実で、われわれが何を探しているのかを正確に伝えることはできないが、一時的だったものの、(市場が)このように大きく変動した要因を確実に把握したい」と語った。
ロイターのデータによると、偽ツイートを受けてS&P総合500種.SPXは一時、1365億ドルの時価総額を失った。一部のトレーダーは、株価が急落後に反発したことについて自動電子取引が要因と指摘している。
こうしたなか、AP通信へのハッキングで「シリア電子軍」を名乗る集団が23日、犯行声明を発表した。前週20日にはCBSのニュース番組「60ミニッツ(60 Minutes)」などのツイッターがハッキングされたばかりで、同集団はCBSやBBC(英国放送協会)、NPR(米公共ラジオ局)などのツイッターへのハッキングも認めている。
(以下略)

  • こうした点を踏まえ、テキストの内容を精査できるよう、テキスト分析の精度と信頼性を向上させていくことが望まれると指摘
  • 具体的な取組みとして、与えられたニュースが複数言語で存在するか自動的に分析し記事内容の真偽を自動で判断する技術の開発や、テキストにおける因果関係を自動抽出し文脈理解を高度化させる技術の開発が進展
  • また、ファイナンス分野への応用が十分進んでいない人工知能技術として、複数のプログラム同士の対戦(自己対戦)を用いた強化学習について言及
  • 自己対戦を行う強化学習をファイナンス分野に応用することで、過去の相場変動パターンに縛られず、将来の相場変動に対応可能な取引戦略を構築できると主張
  • この際、多数のプログラムを市場参加者とする仮想的な人工市場を用いることが有効


「金融政策アナウンスメントとアルゴリズム取引:ウェブページへのアクセス情報を用いた検証」

次に金融政策のアナウンスとアルゴリズム取引に関する研究報告もなされています。

この概要については以下の通りです。

  • 金融政策アナウンスメントというニュース・イベントに焦点を当てて、アルゴリズム取引の中でもニュース・トレーディング(Algorithmic News Trading、以下、ANT)戦略が、外国為替市場に与えた影響を分析した研究結果を報告
  • 具体的には、まず、市場参加者が金融政策決定会合に着目した ANT で取引を執行する際には、会合結果の一次情報を、ウェブページ上での公表直後に直接的かつ機械的に取得することを試みている可能性が高いと指摘
  • そのうえで、日本銀行のウェブページへのアクセス情報を基にしたアルゴリズム取引の活発度合いを捉える ANT 指数を提案
  • 次に、この指数を、金融政策決定会合の結果公表日における外国為替市場の日中の高頻度取引データと組み合わせ、ANT が外国為替市場に与える影響を実証分析
  • 分析の結果、ANT 指数は ANT 戦略の活発度合いを適切に捉えていることを確認
  • さらに、金融政策アナウンスメントにおいて、アルゴリズム取引が外国為替市場のボラティリティの上昇に寄与したとの結果を報告
  • また、ANT を背景としたボラティリティの上昇を通じて、他の投資家の行動に波及的に影響が生じ、一定時間経過後に、間接的に市場流動性の低下をもたらした可能性を指摘

 

「FOMC メンバーの意見の相違と投資家行動」

この研究報告の概要は以下の通りです。

  • 発表者は、人工知能技術によるテキストデータ解析手法を FOMC(米国連邦公開市場委員会)メンバーの講演テキストに適用し、メンバー間の意見の相違の度合いを雇用やインフレなどのトピック別に定量化
  • そのうえで、マクロ経済指標発表時におけるイールドカーブの変化と照らし合わせることで、意見の相違の度合いの変化が、投資家のフォワード・ガイダンスに対する見方等の投資家行動に与える影響について分析
  • 分析の結果、先行研究と同様、FOMC メンバー間で、雇用やインフレに関する意見がばらつくほど、マクロ統計発表に対する債券市場の感応度が上昇すると報告
  • この背景として、FOMC メンバー間の意見がばらつく局面では、フォワード・ガイダンスの見直しに至る可能性が意識され、マクロ経済指標に対する投資家の注目度が高まる可能性を指摘
  • 投資家は、FOMC メンバーのなかでも、投票権を有するメンバー間の意見の相違をより重要視しているとの結果を報告
  • この結果について、投票権を持たないメンバーは自身の経済観をより前面に出して経済予測を発表する傾向にあり(Riboni and Ruge-Murcia [2014])、投資家は最終的な意思決定権のあるメンバーの意見に特に注目している可能性が高いと結論


上記については以下のページを引用。
ファイナンス・ワークショップ「ビッグデータと人工知能を用いたファイナンス研究の展開」の模様
Discussion Paper No. 2018-J-8
日本銀行金融研究所
http://www.imes.boj.or.jp/index.html

 

所見

ここで見てきたように、ビッグデータとAIを用いた様々な分析は非常に示唆に富んでいます。

投資家は最新の情報をタイムリーに取得し、他投資家を出し抜こうとします。

それは衛星画像データであったり、Twitterのテキストデータだったりするわけです。

これは技術の進歩があったとしても基本的には変わっていません。

例えば、過去にはロスチャイルドが情報によって大儲けをした事例が残っています。 

情報戦を制し、大ばくちに成功したロスチャイルド

 エルバ島を脱出したナポレオン率いるフランス軍とウェリントン率いるイギリス軍のワーテルローでの決戦で、ウェリントン軍の勝利がはっきりした1815年6月19日の夜遅く、戦場の近くのオステンドからロスチャイルド家の使者が船に飛び乗ってドーバー海峡を越え、翌日未明、出迎えたロンドン支店のネイサン=ロスチャイルドに伝えた。ネイサンはただちにロンドンの金融街シティにある証券取引所に向かった。彼はウェリントン将軍の飛脚がロンドンに到着する前に、大ばくちを打った。イギリス国債を売りに出たのだ。当時はウェリントン軍不利の予想がされていたので、ネイサンが売りに出したのを見て人々はイギリス軍が敗北したと受け止めてパニックに陥り相場は急暴落した。ワーテルローの勝利の報せが届く直前に、ネイサンは二束三文になった国債の買いに転じ、一瞬のうちに巨利を得たのだった。電報も電話もなかった時代、伝書鳩でこの情報を知ったという説もあるが、ロスチャイルド家がドーバー海峡においていた自家用高速船を利用したのが真相らしい。ロスチャイルド家の群を抜いた情報網が、その大ばくちの勝利をもたらしたのだった。<横山三四郎『ロスチャイルド家』1995 講談社現代新書 p.68~>

この投資家の行動に対応するために金融当局も新たな考え方を取り入れることになります。

その研究の一つが上記の日銀ホームページへのアクセスを分析することなのです。

また、将来の相場を予測しようとする動きのなかでFOMCメンバーの意見相違に投資家がどのように注目しているかという研究報告も上記の通りなされました。

このような動きは他者よりも少しでも有利な投資を行うべく投資家が凌ぎを削った結果です。

技術的には可能なことは拡がりました。

しかし、投資家全員が同じことをやり始めると、その情報等は価値がなくなります。

そのため、他の情報を得ようと投資家が更なる手法を考えるのです。

この裏返しが中央銀行等の市場との対話です。

金融市場はこの繰り返しといえるのでしょう。