銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

AIは金融分野で人(ヒト)を駆逐するのか~資産運用の場合~

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「AI」という用語が急速に浸透してきています。

AI=人工知能を活用した様々なサービスが生み出され、AIという用語をメディアで見ない日は無いとっても良いでしょう。

そして、AIは人(ヒト)を代替するようになり、様々な職業が無くなるとも言われています。

筆者はこの分野に専門的な知見を持ち合わせている訳ではありません。しかし、AIが人(ヒト)を駆逐すると言われている意見に対しては疑問を持っています。

今回は、以下で一つの意見を紹介したいと思います。

 

参考となる意見

日本銀行金融研究所が開示している「金融研究 第38巻第1号 (2019年1月発行)」 における「ビッグデータと人工知能を用いたファイナンス研究の潮流 和泉 潔」は資産運用におけるAIの能力・限界について非常に分かりやすく解説されています。

以下で抜粋・引用致します。 

車両の自動走行や医療の自動診断、将棋や囲碁のプレイ等、少し前まで当分は機械には無理だと思われていた分野でも、機械が人間並みか、場合によっては人間を上回るパフォーマンスでこなすことが可能となった。しかし、これら全てのタスクにおいて、最初の問題設定は人間から与えられており、機械は決められた環境と判断材料の中で、その問題設定に特化して最良と思われるパターンを見つけ出しているのみである。例えば将棋や囲碁の学習では、行動の選択肢(駒や石の動かし方) や評価方法(王を取られたら負け、相手より陣地を多く囲った方が勝ち)、参照すべきデータ(過去の棋譜データ)等の問題設定は、予め人間が決定している。機械はどんな行動があり得るのか、この評価自体が間違っていないか、どのデータを参照すべきかという問題設定自体にかかわる根本的な問題には悩まずにすむ。

それに対して金融市場においては、市場参加者が金融市場の指標以外にも世の中一般にある情報を参照して行動し、その行動が金融市場に影響を与えており、潜在的には世の中の全ての事柄がかかわり得る。例えば、太陽の黒点の数に関するデー タも金融市場分析に使うべきか等、参照するデータと参照しないデータの線引きを判断していかなければならない。また、取引戦略は常に進化しているので、行動の選択肢も常に新しいものが出てくる。場合によっては、自分自身で新たな取引戦略を開発することもあり得る。さらに、自分が選択した行動の評価も、その後の金融市場の変動によって判断しなければならないこともある。例えば、その時々の経済的な状況によって、リターンとリスクのどちらを重視すべきか、またその評価期間の長短等を自分で判断しなければならない。時には、過去データ に無い未知の状況も想定して問題設定をしなければならない。

このような、問題設定の根本的な課題や、あらゆる出来事にかかわる一般的な問題を解くことは、現時点では人間の方が機械よりもはるかに優れている。おそらく人間は、それまでのさまざまな社会的な実体験に基づいた「一般常識」や「ひらめき」を使って、こうした問題を解いているが、機械にはまだそれができないためである。したがって、金融市場分析での機械と人間の当面の役割分担は、人間がまず関係のありそうなデータの範囲や目標を示し、そこから機械学習によるデータ解析を用いて有効なパターンの候補を機械に挙げてもらい、機械が提示した候補をどう評価して実際の投資に使うのかを人間が判断するというものになるであろう。さらに、過去データに無かったような新しいイベントや急激な変化が発生した場合の大局的な判断には、依然として人間の常識や直観による判断が求められるであろう。

(中略) 

このまま金融市場でのデータ活用が高度化していき、「データに語らせる」という立場でデータを適切に分析すれば、資産運用や金融実務に必要な事実がおのずと明らかになるのであろうか。そして、金融市場の分析に際しては、人間の思考や洞察力に頼らなくても済むようになるのであろうか。そのようなことは、少なくともここ数十年では起こりえないと考える。機械によるデータ解析には、現在どうしても人間の能力にはかなわない点がいくつかある。そのため、しばらくは人間に取って代わるものではなく、人間の能力を増大させる道具として活用されることになるであろう。 現状では、全ての状況で人間に勝てる万能なデータ解析プログラムを構築することは難しい。機械学習をはじめとする人工知能技術は、状況変化が少ない目先の予測は得意であり、スピードの面では人間は太刀打ちできない。しかし、経済構造の変化を含む長期的な金融市場分析や、政治状況や世界情勢の変化に起因する、今までに無いような新しいマクロ的な環境での金融市場予測は、現在の人工知能技術には困難である。囲碁や将棋のように、未来永劫ルールが変わらない世界では、人工知能が人間よりも優位であるかもしれないが、金融市場のように、その時々のさまざまな社会的要因に応じてルールが変化していく世界では、まだまだ人間にしかできない作業は残されている。

(中略) 

これからの資産運用業務は、機械ができる範囲の作業(定型的な分析)は機械に任せて、機械ができない範囲の作業(長期予測、転換点での予測)を人間が自分の能力を活かしてじっくりと分析することになるであろう。人工知能技術をツールとして使いこなして、人間にしかできない課題に対して自分の能力を拡張して取り組んでいくことが求められていく。

(出典 ビッグデータと人工知能を用いたファイナンス研究の潮流 和泉 潔/金融研究 第38巻第1号 (2019年1月発行)

 これが資産運用におけるAIの能力と限界を冷静に分析した意見ではないでしょうか。

もちろん、AIの研究が更に進展し、人と同じように思考できるAIが生まれる可能性はありますが、AI脅威論のようなものに必要以上に踊らされる必要もないように思います。

 

所見

筆者は上記論文の「機械ができる範囲の作業=定型的な分析、機械ができない範囲の作業=長期予測、転換点での予測」という点が非常にポイントだと考えています。

データ収集・分析の精度・スピードでは人はAI・機械にかなわないでしょう。従って、短期的な資産運用、トレーディングでは人の居場所はほとんど無くなるかもしれません。

しかし、経済の根底が覆されるような事象の兆候をつかんだり、予想することは現時点のAIには出来ないでしょう。長期的な視野に立った資産運用におけるAIへの指示、シナリオ構築は人の業務として残るはずです。

例えば、以下のような事象をAIが予測し、それを織り込んで投資できるとは思えません。

  • 戦争
  • 地震等の自然災害
  • 新たなイノベーションの勃興と普及(例:インターネット、スマートフォン)
  • 政権交代とそれに伴う経済政策の転換
  • クーデターの発生
  • テロの発生とその影響(例:アメリカ同時多発テロ)
  • 少子高齢化とそれに伴う経済政策の動向(シルバー民主主義含む)
  • ポピュリズム・ナショナリズムの台頭とその影響
  • 新たな投資対象アセットの出現(例:クラシックカー、アート)

例を挙げればきりがありません。

上記のような事象を捉えるのは人にしか出来ないでしょう。

筆者は、今後の金融分野において求められる知識は、非常に広範囲になっていくと考えています。いわゆるリベラルアーツです。

歴史、政治、地政学、行動心理学、哲学、宗教学、アート・・・様々な、人(ヒト)にまつわるあらゆることがその対象となります。

その様々な学びの中から、ありそうな未来(シナリオ)を予測していくのです。

それが人(ヒト)の資産運用における役割になっていくのではないでしょうか。