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働く意欲をそぐ在職老齢年金とは

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在職老齢年金という言葉をお聞きになったことはあるでしょうか。

現役世代には耳なじみのない用語かもしれません。

今回は、この在職老齢年金について確認していきましょう。

 

在職老齢年金とは

まず、在職老齢年金とはどのような制度でしょうか。

以下定義を確認します。

在職老齢年金は、老齢厚生年金を受給しながら厚生年金に加入中の人が受け取る年金です。年金額と月給・賞与に応じて年金額は減額され、場合によっては全額支給停止になります。

(出典 公益財団法人日本生命保険文化センターWebサイト)

もう一つ、日本年金機構の用語集からもご紹介します。

60歳以降在職(厚生年金保険に加入)しながら受ける老齢厚生年金を在職老齢年金といい、賃金と年金額に応じて年金額の一部または全部が支給停止される場合があります。

  • 60から65歳までの間は、賃金と年金額の合計額が28万円以下の場合は支給停止されませんが、賃金と年金額の合計額が28万円を上回る場合には、賃金の増加2の割合に応じて、年金額1の割合で停止されます。
    また、賃金が46万円(平成29年度の額)を超える場合、賃金が増加した分だけ年金額が停止されます。
    ※平成17年(2005年)3月までは、老齢厚生年金の額の2割に相当する額を基準に、支給停止額が算出されていましたが、60歳台前半の就労を阻害しないよう、平成16年(2004年)改正により、平成17年(2005年)年4月から廃止されました。
  • 65から70歳までの間は、賃金と年金額の合計額が46万円(平成29年度の額)を超える場合、賃金の増加の割合2に応じて、年金額1の割合で停止されます。(ただし、老齢基礎年金は全額支給されます。)また、70歳以降についても、平成16年(2004年)改正により、平成19年(2007年)4月から、60歳台後半と同じ取扱いとなります。(ただし、保険料負担はありません。)

※平成27年(2015年)10月以降は、昭和12年4月1日以前に生まれた70歳以上の方や、議員である方、共済組合等に加入している方についても年金の在職支給停止の対象となります。

(出典 日本年金機構Webサイト 更新日:2017年4月19日)

これが在職老齢年金です。

 

報道記事

政府が在職老齢年金制度を見直す方針を決めたとの報道がなされています。

以下確認しましょう。

働く高齢者 年金減額縮小
2018/05/25 日経新聞

 政府は一定の収入がある高齢者の年金を減らす在職老齢年金制度を見直す方針を固めた。6月にまとめる経済財政運営の基本方針(骨太の方針)に明記する。将来的な廃止も視野に高所得者の年金減額の縮小を検討する。少子高齢化の進展で生産年齢人口の急激な減少が見込まれており、高齢者の就労意欲をそぐ同制度はふさわしくないと判断した。2020年度の法改正を目指す。
 在職老齢年金は1965年に導入した制度で、働いていても厚生年金を受け取ることができる。国は年金を支給する代わりに保険料を負担する現役世代に配慮し、高齢者の給与と年金の合計額が一定の水準を超えると、厚生年金の一部を減額・支給停止する。対象は60~65歳未満が月28万円、65歳以上は46万円を超える人。65歳以上で見ると、給与に年金を足した年収が552万円を超える人が対象だ。
 支給停止の対象者は現在、約126万人にのぼり、計1兆円程度の年金が支給されずにとどまっている。受け取る年金が減らないように意図的に働く時間を短くする高齢者もいるため「就労意欲をそいでいる」との批判があった。
 政府が在職老齢年金の大幅な見直しに着手するのは、少子高齢化に伴う人手不足が経済成長を抑える構造問題になってきたためだ。17年度の失業率は2.7%と「完全雇用」状態で、余剰の労働力が乏しくなっている。主な働き手である15~64歳の生産年齢人口も減っていく。国立社会保障・人口問題研究所は生産年齢人口が15年の7728万人から50年後に4529万人に低下すると推計する。

以上のように政府は働く人を少しでも減少させないように在職老齢年金の見直しを進めていく模様です。

 

労働力人口の推移

次に在職老齢年金の対象となる60歳以上の労働力人口(就業意思・能力のある国民)についてみていきましょう。

以下は、平成29年度版高齢社会白書から図表を引用します。

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(出典 内閣府平成29年度版高齢社会白書)

高齢者の就業状況についてみると、男性の場合、就業者の割合は、55~59歳で90.3%、60~64歳で77.1%、65~69歳で53.0%となっており、60歳を過ぎても、多くの人が就業しています。他方、60~64歳の3.2%、65~69歳の1.8%が完全失業者です。

また、女性の就業者の割合は、55~59歳で69.0%、60~64歳で50.8%、65~69歳で33.3%となっています。

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(出典 内閣府平成29年度版高齢社会白書)

平成28(2016)年の労働力人口は、6,673万人となっています。

労働力人口のうち65~69歳の者は450万人、70歳以上の者は336万人であり、労働力人口総数に占める65歳以上の者の割合は11.8%と上昇し続けています。  

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(出典 内閣府平成29年度版高齢社会白書)

65歳~69歳では、労働力人口(簡単に言えば働く意識・能力のある国民)の比率が44%となっています。

そして70歳以上では労働人口比率は14%程度で横ばいを示しています。

65歳~69歳は働く意欲・能力がある人が多い一方で、70歳以上は医療の発達があったとしても労働人口比率は変わっていません。

これを見る限りは、65~69歳の労働人口を引き上げることが、現実的と政府が考えてもおかしくないでしょう。

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(出典 内閣府平成29年度版高齢社会白書)

全産業の就業者数の推移をみると、平成28(2016)年時点で全就業者数(6,465万人)のうち、60~64歳の者は8.1%、65~69歳の者は6.8%、70歳以上は5.1%となっており、就業者に占める高齢者の割合は増加傾向であることが分かります。

6,465万人の20%は1,293万人です。前述の日経新聞の記事では在職老齢年金制度によって年金の支給停止がなされているのは126万人となっているため、60歳以上の就業者の約1割が年金停止がなされているという計算となります。

なお、前述の日経新聞の記事にある「国立社会保障・人口問題研究所は生産年齢人口が15年の7728万人から50年後に4529万人に低下すると推計する」という文言は国立社会保障・人口問題研究所の平成29年人口推計からきています。

将来の生産年齢人口(15~64歳)は、出生中位推計の結果によれば、平成41(2029)年、平成52(2040)年、平成68(2056)年にはそれぞれ7,000 万人、6,000 万人、5,000 万人を割り、平成77(2065)年には4,529 万人となっています。

こちらの推計も簡単に以下確認しておきます。

 

<日本の将来推計人口( 平成2 9 年推計)>

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000161337.pdf

※以下は中位仮定(出生率1.44、長期の平均寿命 男=84.95年、女=91.35年)

 

【総人口】

  • 平成27(2015)年 12,709万人
  • 平成52(2040)年 11,092万人 
  • 平成72(2060)年 9,284万人
  • 平成77(2065)年 8,808万人(2015年比▲30.7%)

【年少(0~14歳)人口】

  • 平成27(2015)年 1,595万人(総人口に占める割合12.5%)
  • 平成52(2040)年 1,194万人(同10.8%)
  • 平成72(2060)年 951万人(同10.2%)
  • 平成77(2065)年 898万人(同10.2%)

【生産年齢(15~64歳)人口】

  • 平成27(2015)年 7,728万人(総人口に占める割合60.8%)
  • 平成52(2040)年 5,978万人(同53.9%)
  • 平成72(2060)年 4,793万人(同51.6%)
  • 平成77(2065)年 4,529万人(同51.4%)

【老年(65歳以上)人口】

  • 平成27(2015)年 3,387万人(総人口に占める割合26.6%)
  • 平成52(2040)年 3,921万人(同35.3%)
  • 平成72(2060)年 3,540万人(同38.1%)
  • 平成77(2065)年 3,381万人(同38.4%)

以上が労働力人口、就業者数、人口の推移・推計でした。

このような状況の下、政府としては少しでも多くの国民に働いてもらわなければならないとして、在職老齢年金の見直しについて検討しているのでしょう。

 

在職老齢年金の計算方法

以下で在職老齢年金の計算方法をみておきます。 

計算は60歳~64歳と65歳以上で計算式が変わるため、分けて記載します。

 

<60歳以上64歳以下の在職老齢年金>

①基本月額(※1)と総報酬月額相当額(※2)の合計額が28万円以下のとき
支給停止額=0円(全額支給)

②基本月額が28万円以下で、総報酬月額相当額が46万円以下のとき
支給停止額=(総報酬月額相当額+基本月額-28万円)×1/2×12

③基本月額が28万円以下で、総報酬月額相当額が46万円を超えるとき
支給停止額={(46万円+基本月額-28万円)×1/2+(総報酬月額相当額-46万円)}×12

④基本月額が28万円を超え、総報酬月額相当額が46万円以下のとき
支給停止額=総報酬月額相当額×1/2×12

⑤基本月額が28万円を超え、総報酬月額相当額が46万円を超えるとき
支給停止額={46万円×1/2+(総報酬月額相当額-46万円)}×12

※1 年金額(年額)を12で割った額。共済組合等からの老齢厚生年金も受け取っている場合は、日本年金機構と共済組合等からの全ての老齢厚生年金を合わせた年金額を12で割った額。

※2 毎月の賃金(標準報酬月額)+1年間の賞与(標準賞与額)を12で割った額。

【計算事例】

  • 老齢厚生年金額216万円〔基本月額18万円〕の人が、総報酬月額相当額30万円(標準報酬月額22万円、標準賞与額96万円〔月額8万円〕)の場合
  • 基本月額が28万円以下で、総報酬月額相当額が46万円以下のため、上記②に該当
  • 支給停止額=(30万円+18万円-28万円)×1/2×12=120万円〔月額10万円〕
  • 年金支給額=216万円-120万円=96万円〔月額8万円〕

 

<65歳以上の在職老齢年金>

①基本月額と総報酬月額相当額の合計額が46万円以下のとき

支給停止額=0円(全額支給)

②基本月額と総報酬月額相当額の合計額が46万円を超えるとき

支給停止額=(総報酬月額相当額+基本月額-46万円)×1/2×12

【計算事例】 

 

  • 老齢厚生年金額192万円〔基本月額16万円〕の人が、総報酬月額相当額42万円(標準報酬月額32万円、標準賞与額120万円〔月額10万円〕)の場合 
  • 基本月額と総報酬月額相当額の合計額が46万円を超えるため上記②に該当
  • 支給停止額=(42万円+16万円-46万円)×1/2×12=72万円〔月額6万円〕
  • 年金支給額=192万円-72万円=120万円〔月額10万円〕

所見

 

以上、在職老齢年金の概要等をみてきました。

この制度が存在する理由は、日本の公的年金制度は、いま働いている世代(現役世代)が支払った保険料を仕送りのように高齢者などの年金給付に充てるという「世代と世代の支え合い」という考え方(賦課方式)を基本とした財政方式で運営されていることにあります。

仕送り方式のため、収入がある高齢者には自分の収入で暮らしていってください、という制度が在職老齢年金なのです。

仕送り方式では、現役世代が減ってきたら、現行給付水準の維持が難しくなってくるのです。

制度・給付水準を維持していくためには、働く人を増やしていくことが政府としては取りやすい一番の選択肢です。

そのインセンティブを阻害する在職老齢年金を廃止するのは理に適っています。

筆者は、様々な会社で在職老齢年金に抵触しない程度の給料をもらって働いている方を見てきました。

これは企業経営者側にとっては都合の良い従業員ともいえますし、従業員側にとっても雇用が延長されるなら良しとしていたのでしょう、

しかし、これからは労働力が更に必要とされ、同一労働同一賃金の方向性に進んでいく以上、このような従業員の雇い方は受け入れられなくなってくる可能性が高いでしょう。

筆者は、在職老齢年金のような制度は一刻も早い廃止を望みます。

これから高齢者となっていく現役世代は、可能な限り働き続けることが要求される社会となることが想定される以上、この在職老齢年金という制度は今後は忘れられる制度となっていくのかもしれません。