私募投信といわれている投資信託の残高が増加しています。
一般の方には馴染みが薄いかもしれませんが、今や資産運用会社各社の売れ筋商品です。
今回は、この私募投信の販売増加が「銀行の苦境を表している」ことについて考察します。
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報道内容
まずは直近の報道を確認しましょう。
私募投信販売増加の概要がわかります。
私募投信、運用各社の柱に 残高「公募」に迫る
2018/05/02 日経新聞資産運用会社が金融機関などに対象を絞って販売する私募型の投資信託の需要が高まっている。3月末時点の残高は88兆円を超え、一般向けの公募投信(109兆円)に迫る。日銀のマイナス金利政策などによる超低金利で、国債に投資しにくくなった金融機関からの引き合いが増えている。
投資信託協会によるとアベノミクス相場が始まる直前の2012年9月末と今年3月末の残高を比べると、公募投信が2倍になったのに対し私募投信は3倍になった。この1年でみても、運用大手各社の私募投信の残高は1割以上伸びている。
金融庁が顧客本位の経営を求めていることもあり、長らく運用会社の収益の源泉だった公募投信は手数料の低下に直面する。私募投信は「投資家の要求が多い割にもうからない」と敬遠されがちだったが、今や「収益の大きな柱になりつつある」(運用大手)。
資金を投じる金融機関の事情も大きい。運用の中核だった日本国債は金利がほぼゼロで運用益は望めない。一時は米国債にシフトしたが「積極財政や減税を掲げるトランプ氏が米大統領に当選してから増やしにくくなった」(三井住友アセットマネジメントの伊木恒人常務執行役員)。
運用先に困った金融機関が目を付けたのが私募投信だ。金融機関のニーズに合わせて商品を設計できる。運用会社は個別の商品概要を開示していないが、手数料も公募に比べ低い。
従来は国内外の国債や社債を組み合わせて安定運用するのが主流だったが、足元で増えているのは株式を使った私募投信だ。「比較的高リスク・高リターンのタイプも出始めている」(三井住友アセットの伊木氏)
各社の残高の動きもこうした流れを裏付ける。直近でも株式運用に強みのある中堅・中小の運用会社が大きく伸びている。中小型株運用に定評のあるいちよしアセットマネジメントの残高はこの1年で4.3倍に急伸した。同社は「特に地域金融機関からの引き合いが強い」としている。
(以下略)
私募投信とは
ではそもそも私募投信(正式名称は私募投資信託)とは、どのようなものでしょうか。
投資信託は募集の方法により「公募投資信託」と「私募投資信託」に分類されます。
「私募投資信託」は、50人未満の投資家、もしくは適格機関投資家を対象としている投資信託のことを指します。よって、個人で購入する投信はほぼ間違いなく公募投信です。
私募投資信託は投資家が限定されているため、自由な運用が可能ですし、運用会社は公募投信で法令上必要な様々な書類の作成義務を免れます。また、公募投資信託と比較して解約を制限していることが多いため、流動性の低い資産に投資する等の運用を行うことができます。
一般社団法人 投資信託協会が公表している私募投信の資産額推移をみると以下の通りとなります。
- 私募投信が解禁された1999年は純資産総額が1兆5,441億円
- 5年経過した2004年には15兆5,963億円と10倍の規模に成長
- リーマンショック前の2007年には36兆0,307億円へと急成長
- 2008年には25兆5,558億円へとリーマンショックの影響を受け急減
- 2012年に31兆8,185億円あたりから急激に資金流入
- 2013年に40兆4,131億円
- 2014年に46兆8,707億円
- 2015年に61兆9,738億円
- 2016年に74兆0,843億円
- そして2018年3月末時点では、89兆7,400億円
以上の通り、私募投信には凄まじい勢いで資金が流入しているのが分かります。
そして、私募投信の内訳では株式投信が大半をしめています。
私募投信のうち株式投信の残高は、2012年=約31兆円→2016年=約70兆円→2018年3月末=84兆円となっています。
この増加分については金融機関が購入している可能性が高いでしょう。
そもそも私募投信は「プロ」向けの商品です。
加えて、日本銀行は2018年度の考査方針で、地銀を含む金融機関は収益力の強化に向けてミドルリスク先(貸倒リスクが比較的高い代わりに金利を高く適用できる先)向け貸出、リスクの複雑な外国証券・投資信託への投資等を積極化させていると述べています。
冒頭の報道にある通り、金融機関、特に地銀が私募投信への投資を積極化させているものと思われます。
では、なぜ銀行は私募投信への投資を増やしているのでしょうか。
この理由は、まず低コストであることが挙げられます。私募投信はいわゆる書類作成等の手間が省けているからです。
また、オーダーメードに近い特徴的な運用が可能であることも私募投信が投資を集める理由です。
加えて、特に外国株式・債券で運用するタイプの私募投信は、投資家の事務のアウトソースの面でメリットがあります。
直接に外国株式・債券に投資をすると、国内から海外への送金、両替、税務申告等の事務が発生しますが、私募投信であればそのような事務は信託銀行が代わりに対応してくれます。
最後に、筆者は最も大きな要因だと考えていますが、私募投信は銀行にとって会計上のメリットがあるということです。
以下でこの会計上のメリットについて詳しくみていきましょう。
私募投信の会計上のメリット
投資信託といえば銀行が販売している運用商品というイメージの方が一般的です。
ところが上述の通り、銀行も投資信託で運用をしています。
まず、前提として、なぜ銀行が投資信託で資産運用をしているのかをみていくことにしましょう。
日銀の金融システムレポートによれば地銀は2017年8月末時点で約10兆円の投資信託等を保有しています。2012年時点では2兆円強でしたから、5年程度の間に4~5倍になったことがわかります。
なお、メガバンク等の大手行は同じ時期に2倍強といったところですので地銀の投資信託への投資が急増していることが分かります。
では、なぜ地銀は投資信託への投資を行うのでしょうか。
この理由は明確です。
前述の通り、投資信託への投資は銀行にとって会計上のメリットがあるのです。
日本では銀行会計において私募投信(プロ向けの投資信託)は「その他有価証券」に分類されます。
この「その他有価証券」は、単純にいえば、評価(含み)損益を損益計算書には反映しなくて良いのです。
例えば、株式を投資目的で直接保有すれば株価の上下によって生じる時価の変動が、そのまま損益計算書に影響を与えます。ところが私募投信ではそのようなことがないということです。
また、私募投信は売買益(解約益)等を本業の利益である「業務純益」に計上できます。
株式の場合は、売買で儲かったとしても臨時損益(株式関係損益)となり、業務純益に通常は計上できません。
そのため、銀行にとってみれば株式を直接保有するよりは、私募投信の形にして同じ株式に投資した方が本業の収益が良いようにみえるのです(もちろん投資がうまくいき利益が発生すればですが)。
これが銀行が投資信託で資産運用を増加させてきた理由なのです。
もちろん、銀行においては取引先企業が借入を増やしてくれて、自行の預金額程度まで貸出残高が積み上がるなら投資信託で運用をする必要はないでしょう。
しかし、現在は金余りの世の中であり、貸出は儲かりません。
そのため投資信託へ頼ってしまうのです。
なお、参考までに全国銀行協会のホームページより銀行の会計で投資信託がどのような科目で取り扱われるのかについて以下お示ししておきます。
<調査要項と勘定科目の説明>
○資金運用収益
・貸出金利息
貸付金利息+手形割引料(電子記録債権に係る受入利息、割引料を含む)。
・有価証券利息配当金
「商品有価証券」及び「有価証券」の利息、配当金、投資信託の期中収益分配金等(解約、償還時の差益を含む)。消費貸借型貸付債券の品貸料を含む。○その他業務収益
・国債等債券売却益
国債等債券の売却益(証券投資信託の買取請求による差益を含む)、ヘッジ会計により繰延べた債券先物・オプション取引の利益の償却を処理する。
*国債等債券=国債、地方債、社債(旧転換社債および新株予約権付社債を除き、新株予約権行使・分離後の社債を含む)、投資信託受益証券および外国証券のうちこれらに準ずるもの。出典 全国銀行協会ホームページより一部引用
https://www.zenginkyo.or.jp/abstract/stats/year2-02/account2011-terminal/guidance/
以上の通り、銀行の資金運用収益(もしくはその他業務収益だが、資金運用収益の方が主)に投資信託の解約等の利益が「有価証券利息配当金」という科目で計上されることが分かります。
これは株式を投資対象とする投資信託でも同様です。
有価証券利息配当金ときけば、何となく国債等の債券運用における利息というイメージで受けとるかもしれませんが、この科目に投資信託の解約等投資利益が計上されるというところがポイントです。
銀行経営者の立場にたって考えてみましょう。
株式の値上がりによって利益が出ましたといっても株主は評価してくれないでしょう。銀行決算上、本業の利益としては計上されませんし、株式マーケットがたまたま良い時期だったかもしれないからです。
ところが「資金運用収益が増加した」となったら、株主は、貸出等銀行の「本業」で利益をあげたと受けとるでしょう。
すなわち、投資信託への運用は、本業利益が増加したように見せられるのです。
これは「決算を作る」ことに他なりません。
私募投信はある程度、決算が作れるのです。
銀行の経営者にとっては非常に都合の良い商品なのです。
私募投信の増加に懸念点はないのか
一般に投資には「収益性」「安定性」「流動性」の3つの要素・性質があります。
この全てを充足する投資商品は存在せず、各々の投資家が自身のマーケットの見通し、必要な運用利回り、自身の財務状況等を勘案しながら、バランスをとって運用をしていきます。
私募投信は、上記3つの要素のうち、特に流動性を犠牲にした商品です。
公募投信と異なり私募投信には通常解約制限がついています。簡単にはキャッシュ化できないのです。
これは、現物の不動産に投資するか、J-REITに投資するかの違いだと思えばよいでしょう。
J-REITは投資口が上場されているため、毎日、いつでも基本的には売買ができます。一方で現物の不動産はキャッシュ化しようとすると不動産仲介会社に売却を頼み買い主を探さなければなりません。1年間ずっとキャッシュ化できないなんてことも普通にありえるのです。その代わり、J-REITでは運用会社に支払う運用報酬フィーや上場コスト等によって獲得できる収益は現物の不動産に比べて低いのです。流動性を獲得する代わりに収益性を犠牲にしているといえます。
私募投信は流動性を犠牲にする代わりに収益性を狙っていく運用商品です。
マーケットに流動性があり、運用が上手くいっている時は、この運用で良いかもしれません。
しかし、リーマンショック時のように一旦マーケットから流動性がなくなってしまうと簡単にはキャッシュ化できない以上、想定外の損失を被ることもあります。
私募投信のリスクとはこのようなものなのです。
また、私募投信は運用が上手くいっている私募投信のみを解約し、損失が出ている私募投信を解約しないことにより一時的に決算を良く見せることもできます。
例えば、日経平均株価が上昇すると利益が出る私募投信と、日経平均株価が下落すると利益が出る私募投信があったとします。
悪意を持った運用者(=銀行)は両方の私募投信を同額だけ購入します。
そして、日経平均が上昇しようと下落しようと、利益が出ている私募投信だけを売却(解約)するのです。
そうすれば本当は儲かっていない(プラスマイナスゼロ)のに、一時的に本業の利益が出たように見せることができます。
誤解を恐れずに言えば、私募投信はこのように銀行決算を「粉飾」することにも使えます。
これも私募投信の特徴なのです。
所見
筆者は私募投信の拡大が悪いとは考えていません。ただし、野放図な拡大、もしくはバランスを欠いた私募投信への投資拡大も良いとはいえません。
運用はバランスであり、リスク(上述の流動性リスク含む)をコントロールすることが何よりも大事だからです。
そして、私募投信等で「利益を作る」ような会計処理には反対です。
一過性でしかありませんし、投資家に誤解を生みます。
従来と同じようにやっていると貸出が儲からないから、私募投信に投資するというのは、銀行の役割を放棄しているようにも思えるのです。
私募投信の拡大というニュースは、関係ない方にはあまり意味のないものですが、銀行関係者にとっては、今一度、私募投信への投資について考えるタイミングとなったのではないでしょうか。