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日銀考査方針(2018年度)にみる地銀の問題点

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日本銀行(日銀)が2018年度の考査方針を発表しました。

今回の記事では、この日銀の考査方針について確認し、地銀に対して日銀が度のような問題意識を持っているか、すなわち地銀の問題点について考察します。

報道記事

まずは、日経新聞の記事を引用します。
ポイントが端的に分かると思います。

地銀収益力に重点 日銀が18年度考査方針
2018/03/14 日経新聞

日銀は13日、2018年度の金融機関に対する考査方針を発表した。地銀を中心に、預貸業務以外の非金利収入の拡大で持続性の高い利益を確保できているかどうかを重点的に点検する。ITを活用した新たな金融サービスが広がる中、システムや事務処理の両面でリスクがないかも新たに点検する。
考査では、地銀の中長期的な収益力を把握し評価する。将来の収益力に懸念がある場合は、経営を効率化し収益力を高めるなど幅広い観点から経営陣との対話を深める。
貸し出しの際に、優良企業向けよりも高い金利が見込めるため、積極的に取り組む金融機関が増えているミドルリスク層向け貸し出しについても、採算性を点検する。
日銀は、人口や企業数が減るために預貸業務の収益が低下していることが「国内金融機関に共通する慢性的なストレスになっている」(金融機構局)と指摘。国内向けの預貸業務に依存する地銀は収益力を高める取り組みが急務とみて、重点項目に据えた。
(以下略)

これが日経新聞で掲載された内容です。
では、日銀の考査方針についてみていくことにしましょう。

日銀考査とは

そもそも日銀考査とはどのようなものでしょうか。

まず、この日銀考査について確認しておきましょう。

以下、日銀のホームページより解説文を引用します。

考査は、オフサイト・モニタリングとともに、日本銀行が、当座預金取引の相手方である金融機関(取引先金融機関)の業務および財産の状況を把握するために行う活動の1つです。具体的には、取引先金融機関に実際に立ち入って、経営実態の把握や各種のリスク管理体制の点検を、詳細かつ網羅的に行っています。
また、考査では、その結果を基に、必要に応じ、当該取引先に対してリスク管理体制の改善などを促しています。
日本銀行法第44条では、日本銀行が金融システムの安定確保のための業務を適切に運営する観点から、取引先金融機関と考査に関する契約を締結することができる旨が定められています。日本銀行は、この規定に基づき、取引先金融機関との間で契約を締結し、考査を行っています。

日銀は日本における金融システムの安定化もミッションとしています。

そして日銀は「最後の貸し手」として、銀行に何らかの問題が起きた時等に資金を銀行に貸し出します。

そのため、日銀にとってみれば銀行の経営状況がどのようになっているのかを把握しておくのは「債権者」としても必要なのです。

これが日銀考査が行われる理由です。

この日銀考査は各銀行と日銀が考査契約を締結することによってなされます。

行政権限の行使として金融庁が実施する「検査」とは異なります。

日銀考査を銀行が正当な理由がなく拒否した場合には、日銀はその事実を公表することや日銀当座預金取引の解約等を行う可能性はあります。しかし、考査は行政権限の行使ではないため、拒否した銀行に対しての法律上の罰則はありません。

一方で、金融庁の検査は立入検査権や資料提出請求権を持っており、さらに従わない場合には罰則が課されることもあります。

日銀考査方針(2018年度)の詳細

以下では、日銀の考査方針について日銀の発表資料を引用(抜粋、省略、修正あり)した後、補足を行うものとします。

考査でみられた課題

日本銀行は、2017 年度の考査で、金融機関の業務と財産の状況を把握するとともに、これらの状況を踏まえ経営管理・リスク管理の実効性を点検した。特に、近年の金融機関経営環境を踏まえ、収益力とその管理体制の把握・評価に注力した。
金融機関の自己資本はリスク量との対比で総じて充実しており、損失吸収力は引き続き高い。その下で、多くの金融機関では、収益力の強化に向け、ミドルリスク先向け貸出、リスクの複雑な外国証券・投資信託への投資等を積極化させるなど、リスクテイク姿勢を強めている。また、経営効率化の取組みも、金融機関間で濃淡を伴いながらも、徐々に広がりをみせている。しかしながら、低金利環境の長期化に加え、金融機関間の競争激化や人口減少等の構造要因もあって、収益力の低下傾向に全体として歯止めがかかったとはいえない状況にある。
このようなもとで、金融機関は、引き続き経営管理・リスク管理体制の整備を進めている。もっとも、①各種のリスクテイクの積極化に伴いリスクプロファイルが変化しているにも拘わらず、管理体制の見直しが検討・実施されていない事例や、②内外金融市場の急変時に、機動的な意思決定を行い得る体制が整備されていない事例が、多くみられた。また、③収益力向上のための様々な取組みについて、収入や効率性などの面で所期の成果が得られているか、客観的な検証が行われていない事例も少なからずみられた。

→地銀を含む金融機関は収益力の強化に向けてミドルリスク先(貸倒リスクが比較的高い代わりに金利を高く適用できる先)向け貸出、リスクの複雑な外国証券・投資信託への投資等を積極化させていると、日銀は述べています。これはすなわち、このような地銀の行動に対して懸念を持っているということです。
そのため、リスク管理体制、金融市場急変時の体制についての整備で銀行側が課題を持っている、としているのです。

2018年度の考査の実施方針

第一に、金融経済情勢などの外部環境に対する経営陣の認識とそれを踏まえた中長期的な経営戦略を確認する。その上で、貸出や有価証券運用・新規業務などの調査を行い、金融機関のリスクプロファイルについて、その足許の状況と先行きの方向性を把握する。特に、積極的に取り組む先が多いミドルリスク先向け貸出に加え、相対的に高い伸びを続けてきた不動産関連貸出等に係るリスクを点検する。また、市場運用に関しては、投資商品の多様化、外貨調達コストの上昇も踏まえ、有価証券ポートフォリオが内包するリスクをリスクファクター毎に点検する。

→この項目は考査のポイントとなります。

すなわち銀行のミドルリスク先向け貸出、不動産関連貸出についてのリスクを点検するとしています。

また、有価証券投資についても点検するとしています。

これらはいずれも地銀が収益向上策として取り組んできたものでもあります。

金融庁ほどの力はないとしても日銀の考査で、この項目を集中的に考査されるのは地銀にとってみれば歓迎はしないでしょう。

 

第二に、金融機関の経営戦略や業務内容を踏まえ、収益力を把握・評価する。
その際には、非金利収入も含め、持続性の高い利益を中長期的に確保するために適切な施策を講じていくことの重要性について、経営陣との対話を深めていく。併せて、IT 等を活用した新たな顧客サービスの提供や経営効率化のための業務改革など、様々な取組みの採算性(コスト・リスクとリターンとのバランス)の把握・検証状況も確認する。さらに、これらを組織的に把握・検証するための経営管理の枠組みの整備状況も点検する。なお、先行きの収益力に懸念が認められる先との間では、収益力の向上を促す対話を深めるほか、考査終了後もオフサイトモニタリングにおいて経営トップとの対話を継続していく。

→この項目では、非金利収入(主に手数料となります)のような持続性の高い利益を中長期的に確保していくことを経営陣と対話していくとしています。

地銀としては、より手数料収入を増やすために何ができるかを考えていくことになるでしょう。

 

第三に、把握されたリスクプロファイルおよび収益力を踏まえて、金融機関のリスクへの対応力とストレス耐性を点検する。具体的には、経営陣の適切な関与の下で、①経営戦略や業務計画の策定時にリスク認識の共有を図っているか、②自己資本および収益力とのバランスを踏まえたリスクテイク方針を策定し、それに見合ったリスク管理体制を整備しているか、③環境の変化に応じて、リスクテイク方針やリスク管理体制を見直しているか、④リスク管理の実効性が確保されているか、⑤各種ストレス事象を想定した場合の、自己資本や期間収益への影響を把握し、対応策を整備しているか、を点検する。特に、市場運用でのリスクテイクを積極化する先が多い中、市場リスク管理体制の点検に引き続き注力する。また、IT 等を活用した新たな顧客サービスの提供や業務改革に伴うオペレーショナルリスクのプロファイルの変化への対応状況については、事務リスクとシステムリスクの両方の視点から点検していく。

→ここでは「特に、市場運用でのリスクテイクを積極化する先が多い」として、市場リスク管理体制についての考査に注力することが述べられています。

市場での運用部署の人員数が限られる小規模な金融機関では運用体制の見直し等を迫られることもあるかもしれません。

考査を実施する上での重点事項 

イ.収益力
(持続性の高い利益の確保)
国内預貸業務を事業の中核とする地域金融機関については、構造問題に起因する「慢性的なストレス」の影響も勘案のうえ、先行きの収益力シミュレーションを実施し、中長期的に持続性の高い利益を獲得できる力を有しているかを把握・評価する。その上で、経営陣に対し、地域経済・営業基盤の展望も踏まえ、収益力に関する課題認識やその向上に向けた対応方針を確認する。
その結果、将来の収益力に懸念が認められる先との間では、収益管理の適切性、収益向上策や経営効率化策の実現可能性などの幅広い観点から、収益力の向上を促す対話を深める。

→地銀については収益力シミュレーションを実施するとしています。
そして問題がある先については、収益力の向上を促す対話を深めるとしているのです。
地銀にとっては「頭の痛い」ことになりそうです。

 

ロ.ガバナンス
(自己資本および収益力とリスクのバランスを踏まえた経営管理)
地域金融機関については、先行きの収益力シミュレーションを活用し、自己資本および収益力の中長期的な動向を評価する。その上で、自己資本の質・量の十分性に関する評価とこれに基づく資本政策や、その他の経営管理上の課題について経営陣の認識を確認し、必要な助言を行う。
また、①金融機関が自ら定期的に収益力シミュレーションを行ったり、採算管理、ALM やリスク資本配賦の枠組みを活用したりすることなどを通じて、経営戦略や業務計画、リスクテイク方針、リスク管理体制などの妥当性を検証しているか、②検証結果を踏まえ、必要な見直しを行っているか、といった点検を通じて、業務運営の PDCA サイクルの構築を促していく。このほか、③ストレステストの活用も含め、金融経済情勢が急変した場合に自己資本と期間収益に生じ得る影響を分析し、対応を検討しているか、などを点検する。なお、④リスクテイクとリスク管理を包括的に規律する枠組みを構築している先については、こうした枠組みの経営管理面での活用状況を点検する。

→地銀については、採算管理・リスク管理についてまだまだ不十分であるとの問題意識が出ている項目といえます。

 

ハ.信用リスク管理
(適切な審査・管理と融資戦略に見合った体制の整備)
金融機関が収益力の向上を企図して信用面のリスクテイクを積極化している点を踏まえると、債務者の実態をより適切に把握し、融資戦略に見合った審査・管理体制をさらに整備していく必要がある。また、低金利環境が続く中で与信期間が長期化傾向にあることを踏まえると、将来の信用コスト等の変化も念頭に置いた採算性も重要である。

→地銀が収益確保に苦しんでいる「マイナス金利政策」は日銀が導入したのですが、それはともかく「低金利環境が続く中で」少しでも高い金利を確保できるように「与信期間(=貸出期間)が長期化傾向」にあると指摘しています。

 

2018 年度の考査では、①事前審査の適切性、②中間管理体制の整備状況、③リスクが大きな債務者の実態把握と対応の適切性を、ラインシート調査も活用しながら点検する。特に、ミドルリスク先向け貸出など、金融機関が与信姿勢を積極化させている分野や地域については、重点的に点検する。その際、④審査・管理において、与信期間や事業特性などを踏まえ、事業の将来性を適切に見極めているか、⑤こうした分野や地域における貸出ポートフォリオの採算性を検証しているか、なども点検する。併せて、⑥与信期間が長期化している場合には、信用コスト等の先行き変化を念頭に置いた採算性の考え方についても対話を深めていく。

→上記で触れた通り、貸出期間が長期化している中で、事業の将来性等を見極める能力が重要であるとの認識を示している項目です。

 

ニ.市場リスク管理
(経営陣の市場リスク管理への適切な関与)
金融機関は、市場面のリスクテイクを積極化しており、市場リスクの蓄積や多様化に見合ったリスク管理体制を整備していく必要がある。その際、経営陣が、有価証券ポートフォリオやオフバランス取引に係る収益性とリスクを正確に認識し、リスクテイクが自己資本と収益性とを勘案して適切となるよう主導することがより重要である。
2018 年度の考査では、①経営陣が、リスクテイク方針を明確に示した上で、リスクと自己資本および収益性のバランスを確保した運用計画を作成させているか、②それに見合ったリスク管理体制が整備されているか、③こうした運用計画や管理体制が、必要に応じて経営陣の関与の下で適切に見直されているか、を点検する。また、④内外金融市場が急変した場合に、経営陣がリスクの変動に関する報告を受け、自己資本や期間収益への影響も踏まえたかたちでの意思決定を適時に行っているか、も点検する。

→銀行の有価証券投資等につき収益性とリスクを適切に把握し、管理できる体制かを点検するとしています。銀行の金融市場における運用については、かなり問題意識を持っているということです。

 

(運用戦略・手法に見合ったリスク管理の実践)
市場リスク管理の対象や手法は、有価証券ポートフォリオやオフバランス取引のリスクプロファイルや運用手法に見合ったものにする必要がある。特に、地域金融機関には、相対的にリスクが複雑な私募投信や私募 REIT、仕組債など、投資経験のない商品の購入を積極化している先が広がっており、リスクの適切な把握と管理が求められる。
2018 年度の考査では、①金利リスクや信用リスク、株価リスク、為替リスクなど、有価証券およびポートフォリオ全体が内包するリスクファクター毎にリスクを把握・分析しているか、②リスク管理部署が、リスク特性や運用手法ヘッジ方針等に応じた適切な精度で、時価、リスク量や各種限度枠の遵守状況などをモニタリングしているか、③バックテストの実施などを通じて、リスク計測手法の妥当性や限界を定期的に検証し、必要な対応を行っているか、を点検する。
その際、ストレスシナリオに沿ってリスク管理の枠組みが有効に機能していくかについても、必要に応じて点検する。

→地銀は、相対的にリスクが複雑な私募投信や私募REIT、仕組債など、投資経験のない商品の購入を積極化している先が広がっているとしています。

要は「素人が複雑な運用商品を買っている」と指摘しているのです。

そのため、リスク管理をしっかりやれ、ということなのでしょうが、地銀にとっては本当に頭の痛いところでしょう。

 

ホ.流動性リスク管理
(リスクプロファイルを踏まえた管理体制の整備)
地域金融機関では、営業基盤における高齢化や人口減少の状況を踏まえつつ、相続預金の動向を分析しているか、を点検する。このほか、外貨資産運用を積極化している地域金融機関については、必要に応じてストレステストの十分性や、緊急時対応等の実効性を含めた外貨の流動性リスク管理の状況を点検する。

→地銀は営業の基盤である地元で高齢化・人口減少という問題を抱えています。

そして、預金者の相続がおきると、かなりの割合で人口の集中する都市部へ預金が移されることになります。相続人は都市に居住していることが多く、やはり首都圏に人口が集中しているからです。よって、そのままにしておけば、地銀の預かっている預金はどんどんと減っていくという問題意識を日銀は持っているということでしょう。

出典 日本銀行ホームページ
https://www.boj.or.jp/finsys/exam_monit/index.htm/

所見

以上、日銀の考査方針について確認してきました。

日銀は非常に難しい立場にいます。

地銀が苦しむマイナス金利政策は、間違いなく日銀が導入したものです。

このマイナス金利政策によって、地銀は収益力がさらに低下し、結果としてリスクの高い貸出や有価証券運用に乗り出さなければならなかったのです。

日銀はマイナス金利政策で地銀の収益を減らしているにもかかわらず、考査では地銀に収益力の向上を「対話」するのです。これは皮肉ともいえるでしょう。

日銀は考査を通じて、地銀の収益力向上を促しますが、有価証券の運用等は一朝一夕にはうまくいきません。

そもそも運用のプロとされている大手資産運用会社でも運用に失敗する事例は数えるときりがない程です。

これが現実であり、日銀も地銀も、今後も難しい舵取りを迫られていくことになるのでしょう。