銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

日本銀行 金融システムレポート(2018年4月号)はミドルリスク貸出が焦点

f:id:naoto0211:20180420211904j:image
日本銀行(日銀)が金融システムレポートを公表しました。

今回のレポートでは、銀行が「ミドルリスク」企業向けの貸出を増加させてきたことに焦点があたっています。

この日銀の問題意識についてポイントを絞り、みていくことにします。

金融システムレポートとは

まず、金融システムレポートは何かについて触れておきます。

日本銀行のホームページには以下の説明があります。

金融システムレポートは、金融システム全体の状況についての分析・評価を行うレポートです。わが国金融システムの抱えるリスクや課題を把握し、金融機関を含む幅広い関係者との間で認識の共有を図ることを通じて、金融システムの安定確保に貢献することを目的としています。(日銀ホームページ)

このレポートは半年に一度公表されており、銀行業界との認識共有、金融政策の判断材料ともされるものです。

なお、前回(2017年10月)は銀行の収益性の低さに焦点があたっていました。

今回の金融システムレポート全文は以下のリンク先に掲載されています。

金融システムレポート(2018年4月号) : 日本銀行 Bank of Japan

全体的な認識

では早速、金融システムレポートをみていくことにします。

まずは日本における金融システムの状況認識です。

⾦融仲介活動は引き続き積極的な状況にあり、景気の緩やかな拡⼤を⽀えている。
⺠間⾮⾦融部⾨の資⾦調達環境はきわめて緩和した状態にあるが、⾦融循環の⾯で、⽬⽴った過熱感は窺われない。⾦融機関や企業はバランスシートの規模を拡⼤させているが、GDP対⽐で過⼤な⽔準には⾄っていない。

⾦融機関は、テールイベントの発⽣に対して、資本と流動性の両⾯で相応の耐性を備えており、全体として、わが国の⾦融システムは安定性を維持していると判断される。

もっとも、⾦融機関のストレス耐性についてはばらつきがあるほか、⾦融取引需要を規定する⼈⼝や企業数が継続的に減少するという慢性ストレスを考慮すると、現時点の資本の⼗分性は、将来の⾦融システムの安定を必ずしも保証する訳ではない。

→以上のように金融システム全体では金融緩和なよる加熱感はなく、安定しているとしています。ただし、将来的な人口・企業数の減少を勘案すると、現時点の資本で十分であり将来の金融システム安定を保証するものではないとしています。

単純にいえば、今は問題ないが人口減の環境下では金融システムは安定しないだろうと指摘しています。

国内貸出市場の動向

企業向け貸出を規模別にみると、⼤企業向けは伸び率が⾜もと縮⼩しているが、中⼩企業向けは景気改善が続くもと設備資⾦を中⼼に増加を維持している。
地域銀⾏の貸出をエリア別にみると、都内向けが利鞘の薄い⼤企業向け貸出の抑制から伸びが鈍化する⼀⽅、地元向けはミドルリスク企業を含む中⼩企業向け貸出を中⼼に伸びが拡⼤。営業基盤の維持・拡⼤の観点から、本店所在地の近隣県への貸出にも注⼒。
各銀⾏が県境を越えて法⼈営業を強化しているため、県外銀⾏からの貸出が潜在的な競争圧⼒として強く作⽤している。
このため、各⾏の地元県内での貸出シェア(県内での寡占度)と貸出⾦利の間には、有意な相関が観察されない。

→地方の中小企業貸出が伸びていることが当該項目のポイントです。

県外銀行との競争をあえて指摘しているのは、足元で起きている長崎県の地銀統合問題への日銀としての見解表明でしょう。日銀は地銀の統合を支持しているということです。

マクロ・ストレステスト

内外の⾦融経済情勢がリーマンショック時並みに悪化するテールイベントを想定して、ストレステストを実施。⾦融機関は、急性ストレスの発⽣に対して、平均的にみれば相応の耐性を備えている。
国際統⼀基準⾏の⾃⼰資本⽐率は、コア業務純益の減少や有価証券評価損の発⽣等から低下するが、規制⽔準を上回る状態を確保。国内基準⾏の⾃⼰資本⽐率は、信⽤コストの増加とコア業務純益の減少を主因に低下するが、規制⽔準を⼗分に上回る。
ただし、ストレス発⽣後、約8割の⾦融機関において当期純利益が⾚字となるほか、国内基準⾏の⾃⼰資本⽐率は、規制⽔準を上回っていても、安定性の⽬安となる8%を下回る先が約4分の1に達する。

→内外の⾦融経済情勢がリーマンショック時並みに悪化するテールイベントを想定したストレステストを実施すると、約8割の銀行が当期利益で赤字転落となり、国内基準行(=ほぼ地銀)の約4分の1の自己資本比率が安定性の目安である8%を下回るとしています。

この項目で認識すべきは、地銀の約4分の1は自己資本の面で「十分過ぎるほどではない」といったところでしょうか。

地域銀行の益出しと配当還元

地域⾦融機関の中には、コア業務純益の減少を多額の有価証券売却益(益出し)で補うことで当期純利益の⽔準を維持している先も相応にある。
外国機関投資家の株主構成⽐が⾼い銀⾏の中には、コア業務純益が減少するなかでも、⾼い配当性向を維持するために、益出しを⾏っている先がみられる。有価証券の含み益は、経済価値ベースでは資本バッファーとして機能する⾯があるため、無理な益出しと配当の継続は、有価証券の利息・配当収益を減少させるほか、将来の損失吸収⼒の低下も招く。

→含み益に依存し、「決算を作る」地銀が相応に存在するとされています。

この含み益顕在化経営は、当然ながら永続しないので問題となります。

企業財務と借⼊⾦利の関係

企業財務と貸出⾦利との対応関係をみると、企業の信⽤リスクに⾒合わない事例も存在。
財務指標から判断される信⽤リスクの⾼さに⽐べて、相対的に貸出⾦利が低位に設定されている例がみられる。近年は、⾦融機関が企業の要請に応じて、約定⾦利を低位に設定したり、⾦利減免に応じているだけではなく、貸出競争が激化するなかで、⾦融機関側から、貸出⾦利を信⽤リスク対⽐で圧縮しながら積極的に信⽤供与を増やしている──⾦利を低めに設定することで⾦利感応度が⾼い企業の資⾦需要を掘り起こしている──可能性。

→企業の信用リスクに見合わない金利水準の貸出事例について触れられています。
この項目で注目すべきは、銀行側から低レートでの貸出提案で資金需要を掘り起こしているとの指摘です。

低採算先⽐率と低採算先貸出⽐率

低採算先(リスクとリターンが見合ってない先)⽐率は、リーマンショック以降、振れを伴いつつも、ごく緩やかに上昇。
低採算先貸出が中⼩企業向け貸出全体に占める⽐率は、2010年をボトムに、低採算先⽐率を上回るペースで上昇。⾜もとは、⾦融危機後の不良債権処理問題に直⾯していた2000年代初とほぼ同⽔準。
構成⽐をみると、2000年代初頭は、低採算先の中でもとりわけ収益性が低くレバレッジの⾼い下位グループ向けの貸出⽐率が⾼かったのに対し、近年は、低採算先の中でも相対的に財務内容が上位に位置するグループ向けの貸出が増加。
低採算先のうち、ROA基準において2年連続で下位25%の⽔準を下回った企業、またはレバレッジ基準において2年連続で上位25%の⽔準を上回った企業を「下位グループ」、残りを「上位グループ」に分類。

→銀行の不良債権処理問題に直面していた2000年代初とは現状は異なっているとの説明です。

近時は低採算先の中では、相対的に財務内容が良好な企業に対する貸出が増加しているのです。

低採算先の特徴

低採算先の上位グループと下位グループでは、2000年代初頭は、下位グループの借⼊⾦(とそれによりファイナンスされた不稼働資産)が⾮常に⼤きかったのに対し、近年は、上位グループの借⼊⾦(とそれによりファイナンスされた設備資産等)の拡⼤が顕著。
このことは、近年の低採算先貸出の増加の背景には、過去のわが国の⾦融危機時とは本質的に異なるメカニズムが働いている可能性を⽰唆。
2000年代初頭までは、不良債権問題による⾦融機関の資本不⾜が意識されるなか、貸倒損失を回避する⽬的から、⾦融機関は⾦融⽀援が無ければデフォルトする可能性の⾼いハイリスク企業にいわゆる「追い貸し」を増やしていたとみられる。
これに対し、最近の低採算先貸出の増加は、⾦融緩和の⻑期化に加え、⾦融機関同⼠の貸出競争激化もあって、経営体⼒のある⾦融機関が、いわゆる「ミドルリスク企業」向けを中⼼に信⽤⾯でのリスクテイクを積極化させていることが影響していると考えられる。

→この項目はこれから続く項目の主旨といったところです。

低採算先貸出増加の背景:(1)⾦融機関間競争の影響

⾦融機関店舗間の競合が近年⼀段と激化するなか、中⼩企業の取引⾦融機関数は増加しており、特に低採算先において、その傾向が顕著。
政府系⾦融機関の存在も、⾦融機関同⼠の貸出競争を強める⽅向に作⽤したとみられる。
⺠間⾦融機関と政府系⾦融機関の双⽅と取引関係を持つ企業の⽐率は、最近の景気の改善を受けても、低下に転じる兆候は窺われない。政府系⾦融機関と取引関係を持つ企業の⽅が、⺠間⾦融機関としか取引関係を持たない企業よりも、⾦利の低下幅が⼤きく、政府系⾦融機関との競争も含め、貸出⾦利の引き下げ競争が激化している可能性。

→金利の引き下げ競争は、民間銀行同士のみならず、政府系金融機関との競争が要因の一つとの指摘です。

政府系金融機関とは、様々な問題が起きた商工中金を念頭に置いているものと思われます。

低採算先貸出増加の背景:(2)⾦融緩和の影響

⻑期にわたる⾦融緩和も、ポートフォリオ・リバランス・チャネルを通じて、低採算先、特にミドルリスク企業向けの貸出増加を後押ししてきたと考えられる。
2013年頃までは、財務が相対的に良好な企業で⾦利の低下幅が相対的に⼤きくなっており、⾦融緩和効果は当初、⽐較的リスクの低いゾーンでまず顕在化していた。その後、⾦融緩和が⻑期化するなかで、低リスクゾーンの貸出⾦利の低下幅が次第に⼩さくなるとともに、もう少しリスクの⾼いミドルリスクゾーンの⾦利の低下幅が⼤きくなってきている。
内部資⾦の少ないミドルリスク企業は、内部資⾦の潤沢な優良企業とは異なり、借⼊の⾦利感応度が⾼いため、⾦融機関が低⾦利を提⽰すれば、潜在的な借⼊需要が顕在化しやすいと考えられる。

→ミドルリスク企業は借入金利の水準によっては潜在的な借入需要が顕在化するとの指摘です。

貸出競争の激化により、銀行の貸出がミドルリスク企業に流れ込んだという見方も出来るでしょう。

低採算先貸出増加の背景:(3)景気改善⻑期化の影響

景気改善の⻑期化を背景に⽣産要素の投⼊を増やしていく過程で、低採算先は、内部資⾦が乏しいため、運転・設備資⾦の借⼊を増やしていったと考えられる。
低採算先は、通常先に⽐べ、労働⽣産性の⾯で劣位にある――1単位の付加価値を⽣み出すために、より多くの労働⼒が必要となる――ため、景気回復が⻑期化するなかで、より多くの従業員を吸収。
低採算先の設備投資は、2000年代初頭の⾦融危機時やリーマンショック時に⼤きく落ち込んだが、景気拡⼤に伴い、ペントアップ投資や省⼒化投資が⾜もとで顕在化してきている可能性。

→ミドルリスク企業(低採算先)の運転資金・設備投資需要が景気改善により顕在化してきている可能性に触れています。

低採算先貸出を増加させている⾦融機関の特徴(1)

①リスクテイクのインセンティブの⾯で、基礎的収益⼒の低下幅が⼤きい銀⾏ほど、②また、リスクテイク能⼒の⾯で、⾃⼰資本⽐率が⾼い銀⾏ほど、低採算先貸出を増やしている。
近年の低採算先貸出の増加は、2000年代初頭までのわが国や、欧州債務危機時の⼀部欧州諸国でみられた「追い貸し」とは、本質的に性格が異なる。「追い貸し」とは、⾃⼰資本の乏しい⾦融機関が、信⽤コストの発⽣に伴う⾃⼰資本の毀損を回避する⽬的から、⾦利減免などの救済措置が無ければデフォルトする可能性が⾼い企業――低採算先の下位グループ向け――に対して融資を増やし、経済環境の好転を待つ動き。これに対し、⾜もとで⽣じている動きは、充実した資本基盤を備え、⼗分なリスクテイク能⼒を有する⾦融機関が、貸出競争の激化や⾦融緩和の⻑期化による収益への下押し圧⼒を軽減する⽬的から、ミドルリスクゾーン――低採算先の上位グループ向け――でのリスクテイクを積極化しているもの。

→現在のミドルリスク貸出増加は過去の不良債権処理時代の動きとは異なることを分かりやすく示しています。

低採算先貸出を増加させている⾦融機関の特徴(2)

収益⼒の弱い⾦融機関ほど、収益維持を図るため、リスクの相対的に⾼い低採算先への貸出を増やすインセンティブがあると考えられるが、そうしたインセンティブがどの程度実現するかどうかは、リスクテイク能⼒、すなわち、⾦融機関の⾃⼰資本⽐率の⾼低によって左右されると考えられる。
実際に、⾦融機関の財務特性と低採算先貸出の関係を計量的に検証すると、充実した資本基盤を備えている⾦融機関は、コア業務純益の減少圧⼒に対し低採算先貸出を前傾化させる傾向があるのに対し、資本基盤が相対的に脆弱な⾦融機関は、コア業務純益が低下しても貸出⾏動を変化させていないことが確認できる。

→ミドルリスク貸出を増加させている銀行は自己資本が充実し余裕がある銀行であると指摘されています。

これは銀行としては収益確保のため当然といえるでしょう。

一方で、大幅に景気が悪化する等の問題が起きなければ、自己資本比率が高く余裕がある銀行とそうでない銀行では、収益力に差がつくことになります。

⾦融機関の信⽤リスク管理

低採算先のうち、ミドルリスク企業を含む上位グループの多くは、正常先下位に分類されているとみられ、正常先債権全体の引当率は、リーマンショック前を下回る既往最低⽔準で推移している。
正常先債権の引当率の低下は、引当率の算定期間の短い⾦融機関ほど、景気回復の⻑期化と低⾦利環境の⻑期化をより強く反映するかたちで⽣じている。
仮に、正常先の引当率がリーマンショック時並みに上昇した場合には、⼀部の地域⾦融機関において、正常先債権の追加引当のみを想定しても、コア業務純益の50%以上に相当する信⽤コストが発⽣する可能性があるとの試算結果が得られた。

→当該項目では、まず、正常先の貸出債権の引当率は最低水準となっていることを確認しています。仮に正常債権の引当率がリーマンショック時並みに上昇した場合には、一部の地銀でコア業務純益(銀行の本業利益)の半分以上が引当コストとして発生する可能性があると試算しています。

⾦融機関によるデットガバナンスの強化

いったん低採算先として分類された企業が、その後も低採算先にとどまり続ける確率は、近年、緩やかに⾼まっている。このことは、低採算先の財務改善が必ずしも順調に進まず、よって銀⾏も貸出⾦利を信⽤リスク対⽐で適正な⽔準に⾒直すことができていないことを⽰唆。
将来、⾦利が上昇すると、低採算先のデフォルトから信⽤コストが増えるか、あるいは、デフォルト回避のために銀⾏が貸出⾦利の引き上げを抑制したり、⾦利を減免することで利鞘の縮⼩を余儀なくされるか、いずれかの問題に直⾯する可能性は⼩さくない。
⾦融機関は、このような状況に陥ることを回避するために、顧客企業をしっかりとモニタリングし、経営課題の解決に向けた⽀援を強化していくことが期待される。
低採算先貸出⽐率の⾼い⾦融機関では、信⽤リスク管理の強化と同時に、債務者である企業に対する働きかけ(デットガバナンス)の強化を進めていくことが重要な課題。低採算先が、⾦融機関の⽀援を受けつつ、⽣産性の改善やビジネスプロセスの効率化に取り組んでいけば、⻑い⽬でみて、地域の資源配分の効率性が向上し、⼈⼿不⾜のもとでも経済全体の成⻑⼒の底上げに寄与してくことが期待できる。

→低採算先は財務改善が進まないことが多いため、銀行が経営課題の解決に向けた支援をしていかなければ、金利上昇時に問題が生じる可能性があるとしています。

まとめ

今回の金融システムレポートの特徴は冒頭にも述べた通り、ミドルリスク・低採算貸出の増加です。

現時点では問題になっていなくとも、金利上昇時等、経済環境の変化によっては金融危機を引き起こすリスクがあると日銀は考えているのです。

これを防止するためには、本来であれば金利を上げて採算を確保することが王道でしょう。

しかし、銀行間の競争もあり日銀としては貸出金利の引き上げは難しいと考えているのでしょう。

そのため、銀行に対して、経営支援の能力を引き上げ、貸出先の財務体質を改善する動きを奨励しているのです。

日銀の指摘は現状を踏まえたものであり、筆者としては正しい指摘ではないかと考えます。

特にミドルリスク貸出を推進してきた地銀の取り組みに今後注目が集まることになるでしょう。