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積水ハウスのクーデター(トップ交代)にみる取締役会・取締役の機能と役割

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ハウスメーカー大手の積水ハウスの会長交代が話題となりました。

実質的な解任となり、クーデターともいわれています。

今回の記事では、このクーデターが起きた取締役会とは何か、どのような権限があるのかを確認し、今回の積水ハウスの事例ではどのような点に問題があるのかについて考察します。

トップ交代の概要

まずは、参考までに新聞記事を確認しましょう。

今回取り上げる積水ハウスのトップ交代について概要をつかむことができるでしょう。

積水ハウス 前会長解任劇の経緯説明 取締役会を改革へ
毎日新聞 2018年3月8日

土地取引詐欺事件に絡む社内対立を機に和田勇・前会長を事実上解任した積水ハウスの阿部俊則会長ら新経営陣が8日、大阪市内で記者会見し、解任劇の経緯と今後の改善策を説明した。阿部氏は「ガバナンス(企業統治)に反省すべきところがあった」と強調し、代表取締役に70歳の定年制を設けるなど、取締役会を改革する方針を示した。取締役や執行役員の具体的な体制や人選は3月下旬までに決める。

(中略)

会見に同席した稲垣士郎副会長は、和田氏が1月24日の取締役会で事実上解任された経緯を説明。会長だった和田氏が「詐欺事件の責任を明確化すべきだ」として、社長だった阿部氏の解任動議を提案したが、当事者の阿部氏を除く10人の取締役の採決で賛成5反対5となり否決された。稲垣副会長は会見で「詐欺事件は社長が辞任すべき理由には当たらないと判断した」と説明。阿部氏が直後に「新しいガバナンス体制を構築する」として和田氏の解任動議を出した際には、和田氏を除き6対4の賛成多数が濃厚となり、稲垣氏は「本人の名誉を守るため、私が繰り返し辞任を勧めた」と当時の状況を明らかにした。最終的に和田氏が辞任を受け入れたという。
阿部氏は会見で「企業統治の改革を不退転の決意でやるのが私の責務。新しい積水ハウスをつくっていきたい」と強調。代表取締役の70歳定年制の導入は、76歳まで会長を務めた和田氏を念頭に決めたとみられるが、阿部氏は言及を避けた。今後、社外取締役や監査役に女性を登用するなどの改革にも取り組むとしている。【宇都宮裕一】

 ■積水ハウスが発表したガバナンス強化策
・経営陣の世代交代を促すため、代表取締役に70歳定年制を導入
・社外の取締役や監査役に女性を登用し、役員構成を多様化
・取締役会議長と招集権者の兼務を原則禁止し、透明性を確保
・役員間で情報共有や意見を出し合うための経営会議を設置
・取締役に事業全般の本社担当部門を設け、責任と権限を明確
・弁護士らと協力して取締役会を自主評価し、機能強化を図る

出典 毎日新聞ホームページ
https://mainichi.jp/articles/20180309/k00/00m/020/087000c

このように積水ハウスは経営トップを事実上解任したことを明らかにしました。

その上で、今後はガバナンス(企業統治)をしっかりやっていくと発表しているのです。

それでは、このクーデター劇が起きた取締役会という組織はどのようなものなのでしょうか。

以下でみていきましょう。

取締役会の機能

上述の記事にあるように今回の積水ハウスのクーデターは取締役会で起こりました。

そもそも株式会社の経営トップである代表取締役はどのように決まるのでしょうか。取締役会の権限はどのようなものなのでしょうか。

まずは、取締役会はどのような機能を持っているのか、なぜクーデターが可能だったかについて確認しましょう。

なかなか、会社法の条文を見る機会も少ないと思いますので、先に会社法の該当条文を以下記載します。今回の積水ハウスのトップ交代に関連する条文です。

(取締役会の権限等)

第三百六十二条 取締役会は、すべての取締役で組織する。
2取締役会は、次に掲げる職務を行う。
一 取締役会設置会社の業務執行の決定
二 取締役の職務の執行の監督
三 代表取締役の選定及び解職
3取締役会は、取締役の中から代表取締役を選定しなければならない。
4取締役会は、次に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定を取締役に委任することができない。
一 重要な財産の処分及び譲受け
二 多額の借財
三 支配人その他の重要な使用人の選任及び解任
四 支店その他の重要な組織の設置、変更及び廃止
五 第六百七十六条第一号に掲げる事項その他の社債を引き受ける者の募集に関する重要な事項として法務省令で定める事項
六 取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備
七 第四百二十六条第一項の規定による定款の定めに基づく第四百二十三条第一項(筆者註:役員等の株式会社に対する損害賠償責任)の責任の免除
5大会社である取締役会設置会社においては、取締役会は、前項第六号に掲げる事項を決定しなければならない。

(取締役会設置会社の取締役の権限)
第三百六十三条 次に掲げる取締役は、取締役会設置会社の業務を執行する。
一 代表取締役
二 代表取締役以外の取締役であって、取締役会の決議によって取締役会設置会社の業務を執行する取締役として選定されたもの
2前項各号に掲げる取締役は、三箇月に一回以上、自己の職務の執行の状況を取締役会に報告しなければならない。

(招集権者)
第三百六十六条 取締役会は、各取締役が招集する。ただし、取締役会を招集する取締役を定款又は取締役会で定めたときは、その取締役が招集する。

(取締役会の決議)
第三百六十九条 取締役会の決議は、議決に加わることができる取締役の過半数(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)が出席し、その過半数(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)をもって行う。
2前項の決議について特別の利害関係を有する取締役は、議決に加わることができない。

(株式会社の代表)
第三百四十九条 取締役は、株式会社を代表する。ただし、他に代表取締役その他株式会社を代表する者を定めた場合は、この限りでない。
2前項本文の取締役が二人以上ある場合には、取締役は、各自、株式会社を代表する。
3株式会社(取締役会設置会社を除く。)は、定款、定款の定めに基づく取締役の互選又は株主総会の決議によって、取締役の中から代表取締役を定めることができる。
4代表取締役は、株式会社の業務に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する。
5前項の権限に加えた制限は、善意の第三者に対抗することができない。

取締役会は、会社の業務執行の意思決定、業務執行の監督および代表取締役の選定、解職をする権限を持っています。
取締役会は会社の業務執行の意思決定をしますが、実際にその業務を実行するのは取締役会で選定された代表取締役です。そして、代表取締役の業務執行の監督をするのが取締役会となります。

ちなみに、取締役といえば業務執行を行う取締役(例:営業担当役員) を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、この取締役は、代表取締役から任命を受けた役員として業務執行を取り仕切っていることになります。

ただし、以下に掲げる事項、その他の重要な業務執行の決定については、取締役に委任できず、取締役会にて決議をしなければなりません。

  • 重要な財産の処分及び譲受け
  • 多額の借財
  • 支配人その他の重要な使用人の選任及び解任
  • 支店その他の重要な組織の設置、変更及び廃止
  • 内部統制システムの整備等
  • その他の重要な業務執行

取締役会は取締役が招集し、取締役の過半数が出席して、その取締役の過半数をもって決議されます(定款によって要件加重は可)。

取締役会決議について特別の利害関係のある取締役が存在する場合、当該取締役は決議に参加できません。もちろん、代表取締役を解任する場合の当該代表取締役も議決権を行使できません。

これが取締役会の権限です。

積水ハウスの事例

取締役会の権限等について確認してきましたので、次にこれを積水ハウスの事例に当てはめてみましょう。

今回の積水ハウスの事象は以下のような流れになっています。(時系列、事実については日経新聞の記事を参照し以下記載)

  • 取締役会前に人事・報酬諮問委員会開催
  • 委員会では代表取締役社長を除く全ての出席者が代表取締役社長の退任に賛成
  • 午後2時に取締役会開始
  • 代表取締役「会長」からの代表取締役「社長」の退任(正確には「代表」取締役の解職と想定される)提案
  • 積水ハウスの取締役11名のうち、代表取締役社長が利害関係者として退室
  • 代表取締役社長の退任提案については、5対5で否決(取締役の「過半数」に届かなかった
  • 代表取締役社長が入室
  • 代表取締役社長より副社長を議長とすることを提案→6対5で可決(代表取締役の解職を審議・議決する際、その議論の的となっている代表取締役は議長になれないため、定款や取締役会規則に規定がある場合にはそれに従い、規定がない場合には別途議長を選任する必要があるための対応)
  • 緊急動議として代表取締役会長の解任提案(こちらも正確には「代表」取締役の解職)を提案
  • 代表取締役会長が退室したかは不明
  • 代表取締役会長の解職は賛成6、反対4となり、議長(取締役副社長)から「本人の名誉のために辞任を促し、代表取締役会長が代表取締役の辞任を申し出
  • すなわち解職の決議はなされていない

以上が会社法に照らし合わせた積水ハウスの取締役会での流れです。

なお、取締役会の前には人事・報酬諮問委員会が開催されたとあります。

この委員会についても確認しておきましょう。

今回の事例における委員会

積水ハウスのコーポレートガバナンス報告書には以下の記載があります。

取締役候補者の選定に関しては、公正性と透明性を確保するため、委員の半数以上を独立役員で構成する人事·報酬諮問委員会における審議を経るものとします。
http://www2.tse.or.jp/disc/19280/140120180216473738.pdf

当該委員会の構成メンバーは全委員が8名、うち、社内取締役3名、社外取締役2名、その他3名となり、委員長(議長)は社内取締役となっています。

おそらく代表取締役会長が議長を務めていたものと想定されます。

このような委員会は任意で設けられているため、委員会の結論が「会社」としての結論にはなりません。あくまで、参考意見なのです。

なお、分かりにくいですが、指名委員会等設置会社だと話は異なります。

指名委員会等設置会社(デジタル大辞泉)

取締役会の中に、会社経営の監督役として、社外取締役が過半数を占める3つの委員会(指名委員会・監査委員会・報酬委員会)を置く株式会社。業務執行担当として、取締役とは別に執行役が置かれる。平成15年(2003)「委員会等設置会社」の名称で導入。平成18年(2006)会社法施行に伴い「委員会設置会社」に改称。平成27年(2015)から現名称となる。

[補説]指名委員会は取締役の選任・解任案を決め、監査委員会は取締役・執行役の職務執行を監査し、報酬委員会は取締役・執行役の個人別の報酬などを決める。取締役会は経営方針を決定し、執行役を選任・監督するが、日常業務の執行には関与しない。業務執行と監督機能を分離することにより、コーポレートガバナンスの向上を図ることができるとされる。

積水ハウスの場合は、指名委員会等設置会社ではなかったため、委員会の結論が無視されるという結果になりました。

所見

皆さんが会社勤めなら、その会社の経営トップ(会長・社長・CEO等)はかなりの権力を持っているようにお感じになるのではないでしょうか。

実際に経営トップが行使できる力は確かに大きいものがあります。

しかし、経営トップが行使している権力は、実は砂上の楼閣、外からみえるよりは基盤が弱いものかもしれません。

積水ハウスの事例にもあるように、社内の権力基盤は磐石と思われる経営者でも、取締役会では一票しかありません。

多数決で負ける可能性は常にあります(創業者のような大株主の経営トップなら話は別です)。

今回の積水ハウスのクーデター、経営トップの交代は、前会長が取締役会での多数派工作を怠っていたことが影響していると思われます。

今回の事例のように、例えば、海外での新規マーケット獲得という非常に重要なミッションに注力していたら、国内という足元が留守になっていたということはあり得るのです。

「サラリーマン社長」といわれるような、大株主ではない経営トップは、絶大な権限、権力を有していますが、基盤は不安定ともいえます。

今回の積水ハウスの事例は、この基本的なこと、すなわち取締役会は多数決で決議をする会議体であることを、改めて示したものです。
加えて、取締役というのは、株主に対して重要な責務を負っており、会社の業務執行や代表取締役の選任を監督・決議できるのです。

本来、取締役という役割は、社長の腰巾着をやっている場合ではないのです。

これを明らかにしたのが、今回の積水ハウスのクーデターという事例だったのではないでしょうか。