銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

政府要請があったら、銀行は飲食店に酒類提供停止を要請しないといけないのか

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西村経済再生担当大臣が酒類の提供停止を拒む飲食店に対して、取引する金融機関から応じるよう働きかけてもらう方針だと発言し、後に釈明・撤回しました。

この方針の主旨は「真面目に取り組んでいる事業者との『不公平感の解消』のためだ」と説明されていました。

もし西村大臣の方針が撤回されなかった場合、銀行(金融機関)はこの方針に従わなければならないのでしょうか。他の業態はどうなのでしょうか。

今回は、この酒類提供停止の要請について、少し考察してみたいと思います。

 

酒類提供停止の法的根拠

まず、政府・地方公共団体が飲食店に酒類提供停止を求める法的根拠から確認しましょう。
新型インフルエンザ等対策特別措置法 第二節 まん延の防止に関する措置(感染を防止するための協力要請等)には以下の条文があります。
第四十五条

3 施設管理者等が正当な理由がないのに前項の規定による要請に応じないときは、特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認めるときに限り、当該施設管理者等に対し、当該要請に係る措置を講ずべきことを命ずることができる。

この条文のポイントは、当たり前ではありますが、「施設管理者等」に対する要請・命令ということです。従って、飲食店のオーナー等が対象となると考えれば良いでしょう。

したがって、施設管理者等の取引先である銀行(金融機関)が、当該条文の対象にはなっていないことは明白です。

 

銀行における法的規制

次に銀行が飲食店に酒類提供の停止を求めることを、政府等が求めることが出来るかを確認しましょう。

政府等が銀行に命令を下す根拠法は主に以下です。

銀行法

(業務の停止等)
第二十六条 内閣総理大臣は、銀行の業務若しくは財産又は銀行及びその子会社等の財産の状況に照らして、当該銀行の業務の健全かつ適切な運営を確保するため必要があると認めるときは、当該銀行に対し、措置を講ずべき事項及び期限を示して、当該銀行の経営の健全性を確保するための改善計画の提出を求め、若しくは提出された改善計画の変更を命じ、又はその必要の限度において、期限を付して当該銀行の業務の全部若しくは一部の停止を命じ、若しくは当該銀行の財産の供託その他監督上必要な措置を命ずることができる。 

(免許の取消し等)
第二十七条 内閣総理大臣は、銀行が法令、定款若しくは法令に基づく内閣総理大臣の処分に違反したとき又は公益を害する行為をしたときは、当該銀行に対し、その業務の全部若しくは一部の停止若しくは取締役、執行役、会計参与、監査役若しくは会計監査人の解任を命じ、又は第四条第一項の免許を取り消すことができる。

銀行の業務の健全かつ適切な運営を確保するというのは、簡単に言えば預金者のためであり、日本の金融市場を混乱させず、適切に資金が流通するためです。

そして、政府が銀行に対して、業務の停止を命じたり、免許を取り消すことが出来るのは、銀行が法令等に基づく処分に違反したとき、もしくは公益を害する行為をしたときです。

 

政府の要請の効力

もし、酒類提供の停止を飲食店に対して銀行が要請せよと政府から迫られ、 銀行が応じなかった場合、銀行は現行法において何らかの罰則、処分、不利益等を被るのでしょうか。

まず、新型インフルエンザ等対策特別措置法の対象者は、施設管理者等であり、すなわち飲食店の経営者です。従って、当該法律にて銀行に何らかの強制力が働くことはないと考えられます。

次に、銀行法ですが、同法では銀行が法令等に違反した場合に銀行は何らかの罰則等を受けることになります。しかし、少なくとも銀行は新型インフルエンザ等対策特別措置法の直接の対象者ではありません。

そこで、あえて深読みをすれば、銀行法27条の「公益を害する行為」が何を意味するかでしょう。

政府から「新型コロナウィルス感染症拡大を防止する観点から、銀行の融資先へ、酒類提供の停止を要請せよ」と銀行が要請され、それを銀行が拒否した場合に「公益を害する行為」と解釈されるか、ということです。

これは、あくまで筆者の考えですが、銀行が積極的に公益を害する行為を行っていない以上、政府の要請を拒否したとしても、銀行法の「公益を害する行為」には該当しないものと解釈します。

 

優越的地位の濫用

では、政府の要請を慮り、銀行が「自主的に」融資先へ酒類提供の停止を要請した場合、どのような問題が起きるでしょうか。
ここで問題となるのが優越的地位の濫用です。
優越的地位の濫用とは、自己の取引上の地位が相手方に優越している一方の当事者が、取引の相手方に対し、その地位を利用して、相手方の自由かつ自主的な判断を阻害し、正常な商慣習に照らし不当に不利益を与える行為のことです。この行為は、独占禁止法により、不公正な取引方法の一類型として禁止されています。
そして、ポイントになるのは、優越的地位の濫用行為は、競争回避(停止)的な行為であるかどうか、あるいは競争者を排除する行為であるかどうかは問題とされていないところです。
したがって、銀行が政府の考えを忖度して、融資先に酒類提供の停止を要請した場合には、優越的地位の濫用行為に該当する可能性はあるものと思われます。
 

所見

今回、西村経済再生担当大臣が「酒類の提供停止を拒む飲食店に対して、取引する金融機関から応じるよう働きかけてもらう方針」を発表したという報道を最初に目にした際に、筆者は完全なる誤報か、いわゆる反政府的な報道機関の報道かと考えました。
ところが、どうやら本当に発言したと確認した段階で、非常に恐怖感を覚えました。
確かに「銀行を使って飲食店に圧力をかける」というのは「酒類提供を防止し新型コロナウィルス感染症拡大を防止する」という目的に対しては有効かもしれません。
しかし、その手段は非常に恐ろしいものです。
日本は法治国家だったはずであり、目的が正しかったとしても、どのような手段を取っても良いものではありません。
今回確認してきたように、日本の現行法を(解釈も含めて)駆使しても、政府は銀行に対して融資先である飲食店に酒類提供停止を働きかけるように命じることはできないはずです。
そして、銀行は債権者という地位を濫用して、融資先に「酒を提供するな」ということを要請したならば、銀行側が社会から糾弾されるはずです。
さすがに、西村大臣の方針は撤回されましたが、今一度、法治国家とは何かを考える必要が私達にはあるのかもしれません。
政府も、当然ながら銀行も、正しい目的のために何でもやって良い訳ではありません。