金融庁が2020年10月7日開催の金融審議会「銀行制度等ワーキング・グループ」で、銀行規制の緩和案を示しました。
報道で最も触れられているのは、銀行子会社が地域経済の活性化を目的とした会社に100%まで出資することを認める規制緩和案でしょう。コロナ禍で苦境に陥っている地域経済の再生を後押しすることに主眼を置いています。
直近の報道では触れられていませんが、銀行の業界団体である全国銀行協会は、上記金融審議会WGにおいて、人材派遣業について要望を出しています。
銀行と人材派遣業とはあまり結びつかないかもしれませんが、今後の銀行の存続を占う上で、なかなかに重要な要素ではないかと筆者は考えています。
今回は銀行と人材派遣業について簡単に考察してみたいと思います。
銀行制度等ワーキング・グループとは
金融審議会「銀行制度等ワーキング・グループ」は金融担当大臣の諮問に基づき設置される専門家会議であり、政府への提言を行う場です。
銀行制度等ワーキング・グループは2020年9月に第1回の会合が開かれ活動を開始しています。
そして、金融担当大臣の諮問により「人口減少など社会経済の構造的な課題や新型コロナウイルス感染症等の影響を踏まえ、金融システムの安定を確保しつつ経済の回復と持続的な成長に資するとの観点から、銀行の業務範囲規制をはじめとする銀行制度等のあり方について検討を行うこと」を目的としています。
要は、銀行の規制緩和について検討を行っているということになります。
銀行の人材派遣業解禁要望
この銀行制度等ワーキング・グループは2020年10月7日に第二回を開催しました。
その場で、銀行による事業法人への出資規制緩和等がテーマであることが示されていますが、関係団体として全国銀行協会が要望書を提示しています。
この要望書には銀行に対する人材派遣業の解禁が記載されています。
(出所 金融審議会「銀行制度等ワーキング・グループ」(第2回)全国銀行協会説明資料)
この全国銀行協会資料では、中小企業の経営課題に「資金繰り」のみならず「人材確保」「人材育成」があることが示されています。
そして、銀行グループの保有するリソースの有効活用として、銀行本体による人材派遣業が挙げられているのです。
この項目で全国銀行協会がどのように説明したかは、当該ワーキング・グループの議事録が現段階では公開されていませんので不明ですが、銀行業界が要望を出したのは全国地方銀行協会からの要望によるものが大きいでしょう。
全国地方銀行協会の人材派遣業務解禁要望
第一地銀の業界団体である全国地方銀行協会(通称:地銀協)は、会員銀行の規制改革要望を取りまとめ、毎年、内閣府に提出しています。
2019年9月に出した要望書には、初めて人材派遣業についての記載がなされました。
銀行による人材派遣業務が銀行法上の「その他の付随業務」にあたることを明確化する。
○地方銀行は、取引先の経営支援等を行う過程で、人材不足対策に関する相談を数多く受けている。特に、安定的な直接雇用につながりやすい「紹介予定派遣」を行ってほしいというニーズが強い。
○2018 年3月、銀行本体およびその子会社等が、「その他の付随業務」として、取引先企業に対する人材紹介業務を営めることが明確化された。一方、人材派遣業務については、触れられていない。
○人材紹介業務と同様、人材派遣業務も銀行の本業(融資や取引先の経営支援)との親和性が高く、一体的に営むことでより付加価値の高いサービスを提供できると考えられる。また、銀行が教育・研修を実施した人材をプールし、派遣することで、取引先の人材不足へのより機動的な対応が可能となると考えられる。(出所 全国地方銀行協会「2019年度の規制改革要望」)
人材派遣業が解禁されれば、地方銀行(地銀)は後継者や働き手不足に悩む地元の中小企業に必要な人材を「自らの業」として行うことが出来るようになります。
もちろん、取引先から求められれば、人材派遣会社等の専門業者を今までも紹介してきていたでしょうが、取引先の働き手確保という観点では、銀行と雇用契約を結んだ訓練を受け、信頼できる人材を企業に送り込むことができる派遣業参入が有効であると考えているようです。
確かに、中小企業の経営課題の一つは人材採用です。地銀が人材派遣業に参入すれば、取引先の情報を集めた独自のデータベースを構築し、新事業等の必要な分野に詳しい人材を探し出して派遣するといったことが可能になるかもしれません。
取引先への経営支援はカネだけでは足りません。カネの価値が低下している現在においてはヒトこそが重要でしょう。経営支援を手掛ける銀行としては人材派遣業は親和性の高い業務になるというのはその通りだと思います。
人材派遣業の銀行側のメリット
では、人材派遣業参入は銀行にとってどのようなメリットがあるのでしょうか。
前掲の全銀協の説明資料にある通り、2025年には70歳以上の経営者が約245万人に上り、約半分の127万社は後継者が未定とされています。地銀協は、手を打たないと取引先である中小企業の廃業が急増し、融資している自らの経営に悪影響が及ぶと懸念しています。そのため、取引先の人的支援も含めて対応し、取引先を存続させたいのです。
但し、そのようなキレイな目的だけが人材派遣業参入の狙いではありません。
銀行業界の参入が2018年から実質的に解禁になった人材紹介業(派遣ではなく紹介です)の市場規模は約4,000億円です。
では、人材派遣業の市場規模はというと、6兆5,798億円(厚生労働省「平成28年度 労働者派遣事業報告書」)とされています。
人材紹介業とはケタが違うのです。
(出所 人材サービス産業協議会「2030年の労働市場と人材サービス産業の役割」)
上記の通り、人材サービス産業の10兆円のうち人材派遣が約2/3を占めています。
この市場は銀行業の市場20兆円と比較しても十分に大きいマーケットと言えるでしょう。
人材紹介のみならず人材派遣を業務として担うことは銀行にとっては大きなマーケットを獲得することができるチャンスになり得るのです。
筆者は、人材派遣業、そして人材サービス産業への銀行の進出というのは非常に良い試みだと考えています。
筆者は、銀行業は、今までのように「おカネ」を融通する(=金融)という枠組みを超え、「情報を流通させる」業態に変化していくのではないかと考えています。
例えば、取引先が事業を買いたい・売りたいという情報はM&Aにつながりますし、取引先が損失補填のために本社を売りたいという情報は不動産仲介につながります。取引先が何らかの事業を拡大したい、その事業で人材を欲しているという情報は、人材紹介業につながるでしょう。そして、取引先が人手不足を解消し、事業を継続したいという情報に対しては、人材派遣という形のソリューションが役に立つかもしれません。
人材サービスというのは特に地銀においては親和性の高い事業です。そして、相応の収益も見込まれます。人材派遣業の銀行への解禁は是非とも認められて欲しいものです。