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現代の「五公五民」というワードを客観的に見てみる

五公五民という単語がトレンド入りしたと話題になっています。

五公五民とは、教科書で習っているでしょうからご記憶の方は多いと思いますが、江戸時代の年貢収取率を表現した言葉です。全収穫量の 50%を領主が取り、残り 50%が農民の手元に残される場合を五公五民と呼びます。

なぜ五公五民というワードがトレンド入りしたかと言えば、財務省が2022年度の「国民負担率」が47.5%と所得の半分近くを占める見込みだと発表したからです。

この発表を受けて、Twitter等では江戸時代等の農民にとって3割をお上に召し上げられる「三公七民」でも生活はカツカツで、4割の「四公六民」や5割の「五公五民」となると一揆が起きていたと指摘され、話題となりました。

今回は、国民負担率とは何か、そしてこの五公五民の状態は諸外国と比べて過大な負担なのか等について確認していきたいと思います。

 

国民負担率とは

「国民負担率」は、租税負担及び社会保障負担を合わせた義務的な公的負担の国民所得に対する比率です(財務省Webサイト)。

言い方を換えると、「国民負担率」とは、個人や企業の所得といった「国民所得」に対する税負担と社会保険料負担の割合を指しています。税負担には、所得税・住民税・法人税・法人住民税・消費税・固定資産税等が含まれ、社会保険料負担には、年金や健康保険、介護保険等の保険料が含まれます。

尚、国民所得の定義は、「ある国の労働者と企業が生産活動に参加したことによって一定期間(四半期、1年など)に受け取った所得の総額を示すもの。賃金総額(雇用者報酬)、企業の利益(営業余剰・混合所得)の合計額」(日本大百科全書)です。

国民負担率の計算式は「(税負担+社会保険料負担)÷国民所得」となっています。国民負担率が上昇しているならば、「税負担+社会保険料負担」が増加しているか、国民所得が減少していることが原因と考えられます。

 

国民負担率の推移

では、この国民負担率はどのようになっているのでしょうか。以下は財務省が公表している長期的な国民負担率の推移です。

尚、財政赤字を含む国民負担率が掲載されています。この理由は、政府が国債発行の増加を通じて財源を調達すれば、その時点での国民負担とはみなされず、見かけ上の国民負担率を低く抑えることが可能になっているからです。ご承知の通り、日本は財政赤字ですので、世代間の公平の考え方に鑑み、国民負担率に財政赤字対国民所得比を加算した「潜在的国民負担率」も併記する形で用いられることが多いのです。 

(出所 財務省Webサイト「わが国の税制・財政の現状全般/負担率に関する資料」)

このグラフを見れば分かるように、日本の「国民負担率」は、20年前の2002年度は35%でしたが、高齢化に伴う社会保険料の負担増加等で2013年度以降は40%を超えています。当該グラフの左端にある昭和50年(1975年)は25.7%です。国民負担率がどんどんと重くなってきたことがよく分かるでしょう。

次のグラフは国民負担率の内訳についてです。

(出所 財務省Webサイト「わが国の税制・財政の現状全般/負担率に関する資料」)

少しグラフが見にくいかもしれませんが、国民負担率の内訳としては、租税負担率の増加以上に社会保障負担率の上昇が影響してきたことが、当該グラフでは分かります。生活実感としては、消費税増税の影響を強く意識することもあるかもしれませんが、それ以上に社会保険料の負担が重くなってきているのが日本の現状です。この社会保険料関連のコスト負担は個人のみならず企業も大きな影響を受けています。

 

国民負担率の国際比較

次に国民負担率の国際比較を見てみましょう。

日本は五公五民に近くなり、他国と比べて国民負担が圧倒的に重いのでしょうか。

(出所 財務省Webサイト「令和5年度の国民負担率を公表します」添付ファイル)

このデータを見ると、日本が圧倒的に負担率が高い訳ではないことに気づかされます。フランスは国民負担率も、そして財政赤字を加味した潜在的国民負担率においても、圧倒的な負担率です。そして、米国は、公的医療保険制度がないため、社会保険料負担が各国に比較して少ないことには留意が必要です。

日本は、英国並みであり、ドイツ、スウェーデンよりは負担率が少ないことが分かります。但し、財政赤字によって潜在的な国民負担率はドイツ、スウェーデンよりは高くなっています。これは何を示唆しているかと言えば、単純化すれば日本は財政赤字で社会保障等を賄っており、将来世代に先送りしているとも言えます。

更に他国との比較を見てみましょう。以下はOECD加盟国における日本の国民負担率の相対的位置付けです。

(出所 財務省Webサイト「令和5年度の国民負担率を公表します」添付ファイル)

主に欧州諸国が国民負担率が高いことが分かるでしょう。

日本の社会保障は、「中福祉・低負担」だと言われていることをお聞きになった方は多いでしょう。国際的にみて中程度の福祉を、低い国民負担で実施しているのが日本です。

 

今後の方向性

五公五民がトレンド入りした日本ですが、他国の負担率の動向や日本の潜在的国民負担率を鑑みると六公四民となっても少しも不思議はありません。

五公五民の江戸時代では一揆が起きていたこと自体は事実ですが、今の日本は民意を反映することが可能な民主主義国家であり、当時とは状況が異なります。

日本は少子高齢化が今後も進みます。社会保障費用の抑制は日本の財政という観点では喫緊の課題です。但し、その方向性は年金や医療水準の切り下げといったものよりは、国民が長く働く結果として年金受給開始年齢が後ずれする、病気予防に力点を入れ国民が健康寿命を延ばし医療費が結果として抑制される、といったものにしていくべきでしょう。

また、財政赤字で様々な国の支出を賄うことについては、本来的にはストップすべきです。筆者も、景気や民意に配慮しながら検討しなければならないというのは理解出来ます。しかし、財政赤字が重すぎて、今の日本は政策の優先順位や配分にも影響を与えています。本来は日本の将来のために必要なはずの支出が捻出出来なくなっています(少子化対策がその最たる例かもしれませんし、教育も同様ではないでしょうか)。将来のことを考えるならば、(支出を抑制しながらも)国民負担は増加させていくしかないのではないかと筆者は考えます。金利が上昇していく中では、日本の財政の持続性も問われます。我々は、早急に議論・合意形成を行い、実行すべき時なのではないでしょうか。