今年もこの時期がやってきました。
豪NGO(非政府組織)や日本のNPO(非営利組織)が共同で、三井住友フィナンシャルグループ(FG)に対して気候変動対応の強化を求める株主提案を出しました。
今回は、三菱商事、東京電力ホールディングス、中部電力にも豪NGO等は株主提案を行っていますが、昨年は三菱UFJフィナンシャル・グループに提案していました。そして、その前の年はみずほフィナンシャルグループに対して提案を行っています。
豪NGO等は毎年異なる銀行に対して提案を行っています。この背景はどのようなものでしょうか。
今回は、豪NGO等の環境団体が三井住友FGに提出した株主提案の内容を確認すると共に、異なる銀行に毎年提案を行っている理由について確認していきたいと思います。
豪NGO等環境団体の主張
環境団体の主張を直接目にすることは少ないのではないでしょうか。まずは、豪NGO等の環境団体が主張した内容を確認してみましょう。
マーケット・フォース
国際環境NGO 350.org Japan
国際環境NGO FoE Japan
特定非営利活動法人 気候ネットワーク
レインフォレスト・アクション・ネットワーク(RAN)近年、公的部門や民間部門によるネットゼロへのコミットメントが増加しています。海外の機関投資家は石炭火力発電事業、さらには化石燃料関連事業への支援中止や投融資からの撤退を進めており、昨年のCOP26でも脱炭素や森林破壊停止に向けた流れが明確に示されました。世界経済は、気候危機の脅威と状況に適応する必要に迫られており、日本はこの転換の最前線にいます。変化が急速に進む中、気候変動に対する戦略の策定、および実質的な対策を怠っている企業は、座礁資産の増加や訴訟、ブランド価値の毀損など将来に対する重大なリスクを抱えていると言えます。投資家は、こうした脅威を懸念し、企業が行動を起こすことを求めているのです。
気候変動への対策を求める株主行動が世界的に増加しています。我々の提案も、パリ協定の目標や2050年までのネットゼロ目標に反して、新たな化石燃料事業への開発を支援したり、融資を継続したりしている企業に行動を促すことを目的としています。
今回、株主提案の対象とした企業(東京電力と中部電力、三菱商事、三井住友フィナンシャルグループ)はそれぞれ環境関連方針を表明している一方で、国内外で化石燃料事業への関与を継続しています。JERA、東電設計(TEPSCO:東京電力ホールディングスのグループ会社)、三菱商事、三井住友フィナンシャルグループの4社が関与している10件のガス事業(計1,780万kW)の運転期間中のライフサイクル排出量は、12億トン(CO2換算)と試算されています。この数字は、日本の2030年までの温室効果ガス排出削減目標のほぼ2倍に相当する量であり、パリ協定と整合しないことは明らかです。
国連や国際的な研究機関は、パリ協定の1.5℃目標を達成するためには、2020年から2030年の間に、世界の石油生産量は年4%、ガスは年3%減少させなければならないと明らかにしています。また、国際エネルギー機関(IEA)の「Net Zero by 2050(2050年ネットゼロ報告書)」は、新たな化石燃料事業への投資はネットゼロシナリオに整合しないと明言し、低炭素ソリューションに投資していくことを重視しています。
こうした科学的な分析に基づき、機関投資家が企業の気候危機対策を重視する傾向が高まっています。投資家グループ「Climate Action 100+」は、2021年に提出された49件という記録的な数の気候変動に関連する株主提案が「歴史的成功」を収めたと評価しています。この中には、エクソンモービルの取締役会で3人の気候変動への関心が高い取締役が新たに選出された特筆すべき決議も含まれています。
世界中でネットゼロへの関心は高まっており、機関投資家は、既に金融機関や企業のゼロ・エミッションに向けた行動に注目し、目標達成に向けた行動を促しています。図らずもウクライナ情勢がエネルギー供給における地政学リスクを顕在化させている中、輸入に大きく依存する化石燃料からの早期撤退が一層必要となっています。
企業が我々の提案を真摯に受け止め、気候変動対策をさらに強化し、脱炭素社会に向け、企業価値の向上を図ることを期待しています。
(出所 レインフォレスト・アクション・ネットワーク「共同プレスリリース:国内外の環境NGOが国内4企業に株主提案 〜日本企業は過去最多の気候変動関連株主提案に直面〜」)
豪NGO等の環境団体は、まず株主提案という形で企業に要求をしています。単にお願いするのではなく、企業の「所有者」である株主として、株式を持ち、そして要求をしているのです。
豪NGO等の環境団体が株主提案を提出した背景にあるのは、温暖化を食い止めるための温室効果ガスの削減目標の達成にほど遠い現状があるとされています。記者会見では「温室効果ガスの排出に直接・間接に大きな影響を与えている4企業に気候変動対策を強化する提案を提出した」と説明されており、今回対象とした企業が脱炭素に向けて影響が大きい会社がピックアップされたことが分かります。
三井住友FGへの提案内容
では次に、豪NGO等の環境団体が三井住友FGへ提案した内容を具体的に確認してみましょう。
尚、今回もみずほフィナンシャルグループや三菱UFJフィナンシャル・グループへの提案と同様に、株主提案は定款変更の形式を取っています。
議案1 定款の⼀部変更の件(パリ協定⽬標と整合する中期および短期の温室効果ガス削減⽬標を含む事業計画の策定開⽰)
提案内容
当会社の定款に以下の章を新設し、以下の条項を追加的に規定する。
第 章 脱炭素社会への移⾏
第 条(パリ協定⽬標と整合する中期および短期の温室効果ガス削減⽬標を含む事業計画の策定開⽰)当会社の⻑期的成功を促進するため、気候変動に伴うリスクと事業機会に鑑み、当会社が気候変動におけるパリ協定に沿った取り組みを表明していることに従い、当会社は、すべての投融資ポートフォリオにわたりパリ協定第 2 条第 1 項(a)(「パリ協定⽬標」という)と整合性がある短期および中期の温室効果ガス削減⽬標を含む事業計画を策定し、開⽰する。
② 当会社は、上記削減⽬標の進捗状況を年次報告書において開⽰する。提案理由(396 ⽂字)
本提案は、パリ協定⽬標に沿って、すべての投融資ポートフォリオにわたる短期(2025 年まで)および中期(2030 年まで)の温室効果ガス削減⽬標を含む事業計画を策定し、開⽰することにより、当会社が気候変動に伴うリスクを適切に管理し、情報の透明性を確保するとともに、企業価値を維持向上させることを⽬的とする。
⽇本政府の策定した 2050 年ネットゼロ⽬標および当会社のすべての投融資ポートフォリオを含めたネットゼロ⽬標を達成するためには、具体的な短期および中期の⽬標の設定を伴う事業計画の策定は必須であり、削減⽬標の進捗状況を年次に開⽰することにより、当会社からの資⾦の流れが⽬標に適合することを確実にすることができる。
本条項を定款に加え、事業計画を策定・開⽰することで、当会社における気候変動リスクを適切に管理し、⻑期のネットゼロ⽬標を達成するとともに、当会社の持続的成⻑を促進することが可能となる。
議案 2 定款の⼀部変更の件(IEA によるネットゼロ排出シナリオとの⼀貫性ある貸付等)
提案内容
当会社の定款に以下の章を新設し、以下の条項を追加的に規定する。
第 章 脱炭素社会への移⾏
第 条(IEA によるネットゼロ排出シナリオと⼀貫性ある貸付等)当会社は 2050 年温室効果ガス排出実質ゼロの達成⽬標を誓約していることから、国連環境計画・⾦融イニシアティブ(UNEP FI)による G20 サステナブルファイナンスワーキンググループへの推奨ならびに国際エネルギー機関(IEA)によるネットゼロ排出シナリオに従い、当会社は、新規の化⽯燃料供給、関連インフラ設備の拡⼤に当会社の貸付および引受による調達資⾦が⽤いられないことを確実にするため積極的な措置を策定し、開⽰する。
提案理由(398 ⽂字)
本提案は、ネットゼロ排出シナリオならびに G20 サステナブルファイナンスワーキンググループへの推奨の履⾏と⼀貫性を⽋く投融資を⾏わないことを確実にするための措置を策定し、開⽰することによって気候変動リスクを適切に管理し、当会社の企業価値を維持向上させることを⽬的とする。
IEA のシナリオにおけるリスクは幅広く認知されており、パリ協定 1.5℃⽬標達成のためには、新規の⽯油・ガス⽥および炭鉱開発、さらにこれらに関連する新規インフラ開発を⾏う余地がないことが気候科学の知⾒からも明らかとなっている。
当会社は、2050 年までに投融資ポートフォリオの温室効果ガス排出をネットゼロにする⽬標を掲げているが、化⽯燃料の拡⼤を促進する案件に引き続き多額の資⾦提供を続けている。当会社が移⾏リスクを適切に管理し、脱炭素社会への流れをけん引する⾦融機関となるためにも、本条項を定款に追加することを提案するものである。(出所 レインフォレスト・アクション・ネットワーク「共同プレスリリース:国内外の環境NGOが国内4企業に株主提案 〜日本企業は過去最多の気候変動関連株主提案に直面〜」)
上記株主提案は、要約すると以下であると環境団体が説明していると報道されています(ハフポスト日本版 2022/04/16)。
- パリ協定で掲げた目標と整合する短期(2025年まで)、中期(2030年まで)の温室効果ガス削減目標を含む事業計画を策定し、開示すること。
- 国際エネルギー機関(IEA)によるネットゼロ排出シナリオに従い、新規の化⽯燃料供給、関連インフラ設備の拡⼤に貸付および引受による調達資⾦が⽤いられないことを確実にするため積極的な措置を策定し、開⽰すること。
- 理由としては、銀行は、それ自体の直接の排出量は大きくないが、投融資を通じ、多くの企業の温室効果ガスの排出に関与している。三井住友FGは、最近の調査では化石燃料に対し、2016年から昨年まで、1000億ドルを超える資金提供をしたと指摘されている」
このように豪NGO等の環境団体は説明しています。
定款変更を求める理由
ちなみに、株主提案が定款変更の形で提出される理由は、「日本の会社法では、株主が提案権を有するのは議決権を行使できる事項に限られ、議決権を行使できるのは、会社法または対象企業の定款に定められた株主総会決議事項に限定されているため」定款を変更しないと要求を実現できないとされています。
2021年の三菱UFJフィナンシャル・グループへの株主提案を定款変更として行う理由を環境NGOである気候ネットワーク等は以下のように説明しています。この説明は、非常に分かりやすいと思います。
日本では、欧米諸国とは異なり、取締役会を設置する株式会社において、株主が株主総会において議決権を行使して決議できるのは、会社法又は対象会社の定款における株主総会の決議事項(剰余金の処分、取締役の選任・解任、合併、会社分割の承認、定款変更など)に限定されています(会社法295条2項)。会社法又は定款における株主総会の決議事項に該当せず、株主が議決権を有しない事項についての株主提案は、不適法として会社により却下されます(同法303条1項括弧書き)。
そのため、日本では、会社への要求内容を具体的に記述できる株主提案の形式は、会社法により株主総会の決議事項とされる定款一部変更(同法466条)の提案に通常限られています。定款の一部変更の形式をとらず、単純に要求内容を記述して株主総会決議を要求する提案は、会社法又は対象会社の定款に基づくその他の株主総会の決議事項に該当しない限り、不適法を理由に株主総会の議題として取り上げられることもなく、終わることになります。
よって本提案も、会社法の規定に従い、定款の一部変更という適法な形式をとり提案するものです。(出所 投資家向け説明資料「三菱UFJフィナンシャル・グループへの株主提案」2021年 3月 29日)
日本の法制度においては、自らの具体的な要求を認めさせるために株主が取り得る方策は、株主総会で定款の一部を変更することを提案するという形態になるのです。
この方式は今回のような環境団体のみならず、アクティビスト等のようなもの言う株主も同様に使うことがあるものです。
まとめ
今回、三井住友FGに対して豪NGO等の環境団体がどのような内容の提案を行い、その手法がどのようなものだったのかを見てきました。
環境NGO等が、銀行に対して温暖化対策・気候変動対応・脱炭素化についての圧力をかける理由は、環境NGO等が「おカネ」という側面から企業の行動を変えようとしているからです。おカネを握る銀行を通じて他の企業にプレッシャーをかけようとしている、おカネを握る銀行が行動を変える(おカネを貸さなくなる)ことで他の企業も行動を変えざるを得なくなると考えているからでしょう。
筆者は環境NGO等のやり方が正しいとまでは考えていません。世間からの注目を浴びるために株主提案を繰り返しているように見える姿勢は、あまり評価は出来ないようにも思います。一方で、実際に報道され注目を集めていること、株主提案そのものが相応の賛成票を獲得するようになってきていることを鑑みると、この環境NGO等の手法は効果的とも言えます。
企業が気候変動へ対応していくことは今後の必然です。環境対応が出来ない企業は生き残りは難しいでしょう。新たなアクティビストとも言える環境NGOの「活躍」は今後も続くと思われます。
尚、余談ですが、今回は、みずほでもなく三菱UFJでもなく、三井住友FGに提案がなされた理由は何でしょうか。
これには会社法が影響しています。
実質的に同一の議案につき株主総会で10分の1以上の賛成が得られなかった日から3年
を経過していない場合(同一の議案の連続提案)には株主提案権の行使はできないことと会社法で規定されているのです。これは泡沫提案が繰り返されることを避けるためとされています。
会社法 304条
株主は、株主総会において、株主総会の目的である事項(当該株主が議決権を行使することができる事項に限る。次条第一項において同じ。)につき議案を提出することができる。
ただし、当該議案が法令若しくは定款に違反する場合又は実質的に同一の議案につき株主総会において総株主(当該議案について議決権を行使することができない株主を除く。)の議決権の十分の一(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上の賛成を得られなかった日から三年を経過していない場合は、この限りでない。
すなわち、毎年、同じ内容の株主提案を同じ銀行に行うことが出来ないのです。従って、今年は三井住友FGだったのです。三井住友FGが2022年のターゲットなることは昨年から確実視されており、何ら驚きはなかったのは上記のような理由からです。