銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

銀行口座を旧姓で使用すること

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日本は夫婦別姓が認められていません。結婚すれば、どちらかが新姓を名乗ることを基本的に強要される国です。

しかし、旧姓で仕事をしてきた方が姓(苗字)を変更するのは想像以上に面倒です。特に銀行口座の名義が変わることは様々な影響を及ぼします。

今回は、旧姓で銀行口座を使用することについて確認していきたいと思います。

 

結婚で銀行口座に起こること

上述の通り、結婚するとどちらかの姓を変えざるを得ません。

この場合、新姓になった個人は、銀行口座の名義に関して、以下のような問題を抱えます。

  • 【口座名義を新姓に変えないと困るケース】会社に結婚の報告を行い、姓(苗字)が変わったと報告すると、給料の振込は新姓でなされることが一般的であるため、銀行口座の名義を新姓に変更していないと、突然給料が入って来なくなる(銀行が振り込みの入金を認めない)可能性がある
  • 【口座名義を新姓に変えると困るケース】例えばフリーランスのように個人の銀行口座に取引先・発注主等から入金がある場合、仕事では旧姓を使用しているものの、銀行口座を新姓に変えていると、入金が上手くいかない(取引先・発注主は仕事の旧姓で振り込んでくる)ことがある

このように夫婦別姓を認めない日本においては、姓が変更となると、銀行口座一つとっても不便なのです。銀行口座の名義(姓)を変更するのも、変更しないのも、どちらにも問題が出てきますが、新姓にしておかないと銀行からの借入は出来ません。また、クレジットカードの引き落とし等は新姓の口座名義でなければ出来ませんので、カードが延滞になってしまったりします。そのため、銀行口座を新姓に変える方が多いでしょう。

しかし、上記の例のように旧姓名義の口座を使用したいというニーズも確実にあるのです。

 

政府の対応

2017年7月、主要行や全国の地銀等に対して、金融庁は以下のような要請を行いました。

1.銀行口座等の旧姓使用に係る協力要請について
○ 政府としては、女性活躍の視点に立った制度整備の一環として、「旧姓の通称としての使用の拡大」に向けた取組みを進めているところ。 
○ その中で、先日、内閣府男女共同参画局長から、銀行口座等の旧姓使用に関する協力要請がなされたものと承知。 
○ 各金融機関におかれては、本取組みの趣旨をご理解いただき、口座開設等の申し込みを行う方等が希望した場合に、実情に応じて可能な限り円滑に旧姓による口座開設等が行えるよう、よろしくお願いしたい。

以上のように日本政府が女性活躍を後押しするために、結婚前の旧姓名義を使った預貯金口座を開設できるよう柔軟な対応を銀行業界に要請していたのは2017年です。

但し、そもそも銀行が旧姓使用に前向きでなかったのは、マネーロンダリング(資金洗浄)というような不正取引を防ぐために、本人確認の徹底が必要だと金融庁(日本政府)から要請されてきたからです。

一方では旧姓名義を使った口座開設を要請し、一方ではマネーロンダリング対策を要請してきたのが過去の金融庁のスタンスでした。

このスタンスでは銀行口座の旧姓使用は進まなかったのでしょう。2022年1月に銀行業界に対して金融庁は改めて以下のような要請を行っています。

銀行口座等の旧姓使用に係る協力要請について

○ 「旧姓の通称使用の拡大」については、女性活躍の視点に立った制度等の整備の一環として、政府としても各種の取組みを進めている。金融庁としても、住民票やマイナンバーカード等への旧姓併記を可能とする関係法令の改正時などに、本意見交換会を通じ、円滑な旧姓による口座開設等への対応についてお願いをしてきた。

○ 金融機関の利用者等より、旧姓による口座開設に対する要望に加え、

・ 銀行に対して、普通預金口座の名義を旧姓のまま維持したいと申し出たところ、「旧姓は維持できない」ということ以上の説明はなく、早急に新姓に名義変更する必要があると言われた、
・ 身分証に旧姓が併記されているにもかかわらず、別途、口座を旧姓名義のままとする旨の申告書の提出が必要と言われたが、その必要性について、十分な説明がなされなかった

等といった、旧姓による口座開設等に関する対応状況や、必要な手続き等について、丁寧な顧客説明を求める意見が複数寄せられている。

○ 旧姓使用に対する社会的な要請の高まりも踏まえ、希望する顧客に対する適切な対応をお願いしたい。
具体的には、
・ 旧姓による口座開設等に可能な限り前向きに対応いただくほか、申し込みを受けた際の丁寧な顧客説明の徹底、
・ さらに、旧姓による口座開設等に真に必要な手続きや、旧姓名義で取引可能なサービス等に関するホームページでの周知など、積極的な情報発信を通じ、顧客からの十分な理解を得られるよう努めていただきたい。

○ 金融庁としても、関係省庁と連携しつつ、各金融機関における旧姓の通称使用への対応状況や、対応を進める上での課題等の実態把握を目的としたアンケート調査を実施する予定なので、協力をお願いしたい。 

(出所 業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点 [令和4年1月 24 日開催 主要行等])

日本は夫婦共働きが当たり前の世の中になってきました(そもそも未婚の方が多くなってきたという事象もありますが)。その環境下において、夫婦別姓は問題があり、そしてそれに付随して銀行口座の名義を変更しなければならないということも、これまで以上に社会的な課題となってきたということなのでしょう。

 

現在の銀行の対応

銀行口座における旧姓使用というのは、基本的には「通称を銀行口座の使用に認める」という形で銀行は対応しています。(対応していない銀行も多数存在しますし、窓口の判断で断られるケースもあるでしょう)

すなわち、あくまで銀行口座の名義人は新姓(戸籍名)の個人であるものの、「旧姓」を「通称」として口座を利用することを銀行が特例で認めているのです。

この通称というのは、芸能人の芸名が最もイメージしやすいでしょう。芸名で一般的に活動しているのだから、その名前(芸名)で口座を利用していた方が便利だからです。

尚、銀行業界では、旧姓を通称として使用して口座開設ができるとWebサイト等で大々的に説明している銀行はほぼ存在しないのではないかと思います。

旧姓の通称使用について大手銀行ではみずほ銀行が以下の説明をWebサイトで行っているぐらいしか筆者は見つけられません。

<みずほ銀行Webサイト>

※旧姓のまま口座の利用をご希望の場合は、別途お届け出が必要です。ご来店の際にその旨お伝えください。

(出所 https://www.faq.mizuhobank.co.jp/faq/show/16?site_domain=default

銀行業界が旧姓の通称使用に消極的な理由は、前述のマネーロンダリング/本人確認の問題以外にも、もう一つ存在します。

それは、 戸籍上の氏名と旧姓名を紐付けて管理するためのシステム改修等の態勢整備が必要であることです。銀行の中には、このシステム改修にまだ対応していない金融機関が存在するとされています。いわゆる名寄せ管理が通称使用を許すと出来ないのです。

大手銀行は通称使用を基本的に認めているものと思いますが、規模の小さい銀行や信金では対応していないところも多いでしょう(ゆうちょ銀行も通称使用は認めていないものと思います)。

この日本は、まだまだ夫婦が共働きしていくにはハードルが高いのが現実です。