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東京女子医科大学の医師・看護師大量退職問題から経営状況を確認する

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東京女子医科大学の3つの付属病院で、100人を超える医師が2021年3月までに一斉退職したと東洋経済が報じています。

2020年夏季のボーナス支給ゼロに対して、看護師約400人が辞職の意向を示した混乱に続き、医師100人超の一斉退職という異常事態が発生していることになります。

東京女子医科大学は業績が悪いことを理由に医師・看護師の処遇切り下げを行ってきているようです。

今回は、東京女子医科大学の決算状況について確認してみたいと思います。

 

2019年度決算

東京女子医科大学の2019年度(令和元年度)決算が同大学のWebサイトで開示されている最新の決算書です。

この決算内容(事業活動収支計算書)は以下の通りです。

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(出所 学校法人東京女子医科大学「令和元年度 事業報告書」)

ポイントは教育活動収入が944億円あるのに対して、教育活動支出が928億円となっており、収支は16億円(1億円未満四捨五入、以下同じ)の黒字であることです。

基本金組入前の収支差額は48億円であり、経営としては黒字を確保しています。

報道では、東京女子医科大学の医師・看護師大量退職問題の根幹は、大学側が経営を立て直そうとしていることにあるとされていますが、2019年度決算を見ると、黒字であることだけは間違いありません。

但し、この決算書の説明では人員数の「適正化」によって予算を10億円程度下回ったことが説明されています。

すなわち、教育活動収支の16億円の黒字のうち10億円程度は人件費の削減によってもたらされていると認識することもできます。

尚、医学部の教員数は2017年度2,006名、2018年度1,992名、2019年度2,005名となっており、大幅な減少は認められません。

一方で、職員数は2017年度3,944名、2018年度3,795名、2019年度3,819名となっており、若干の減少となっています。

教員、職員、研修生も含めた合計数は2017年度7,007名、2018年度6,790名、2019年度6,772名(2019年5月1日現在)となっています。

2018年度から2019年度で教員・職員等の合計数は大きく減少していませんので、まさに一人当たりの人件費を削減したことが想定されます。

 

資金繰り

次に同大学の資金繰りを見てみましょう。

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(出所 学校法人東京女子医科大学「令和元年度 事業報告書」)

この資金収支計算書(資金繰表)で確認すると、東京女子医科大学は、施設関係での設備投資が発生していることが分かります。

支出の部を見ると、施設関係支出として165億円の支出を行い、設備関係支出でも25億円の支出があります。

これを支出のために、収入の部では借入金等収入で123億円を調達し、それ以外に施設整備等補助金を24億円(収入の部欄外に記載あり)を受け取っています。

支出の部での借入金返済は30億円となっていますので、年間93億円の借入金増加となりました。

2019年度決算を見る限り、同大学は設備投資によって借金が増加しているタイミングにあり、その収支を気にして人件費を「適正化」しようとしているとも考えられます。

 

貸借対照表

では資金繰りの項目で得た「仮説」が正しいかを貸借対照表で確認しましょう。

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(出所 学校法人東京女子医科大学「令和元年度 事業報告書」)

貸借対照表を見ると、前年度末から比べると建物・構築物が117億円増加しています。また建設仮勘定も18億円増加していますので、まさに施設建設・整備を行っている段階であることが分かります。

流動資産としての現預金は前年度末から2億円増加の190億円となっており、手元キャッシュの水準には問題が生じていないようです。

一方で、負債の部にある長期借入金は前年度末比で87億円増加の237億円、短期借入金は5億円増加の88億円となっています。

そして、純資産の部は前年度末比48億円増加の714億円となっています。総資産は1,411億円ですので、一般企業でいうところの自己資本比率は50.6%となっています。

同大学の貸借対照表を見る限りでは、確かに設備投資が進んでおり、それを借入金で調達している構図が分かります。

但し、自己資本比率は50%を超えており財務内容が悪いとは言えません。

また、借入額325億円から現預金190億円を控除した実質借入額は135億円です。事業活動収支計算書では経常収支差額が15億円、減価償却費が57億円計上されていますので、単純化すれば15億円+57億円=72億円が年間のキャッシュインだとすると、135億円÷72億円=1.8年、すなわち2年弱で借入金を返済できることになります。

自己資本比率および上記の簡易債務償還年数試算で見ても、同大学の財務状況が悪いとまでは言えないように思われます。

 

所見

以上は、2019年度決算を前提にしていますので、現時点では状況が変わっている可能性があります。コロナにおいて東京女子医科大学の経営状況が大幅に悪化している可能性もあるでしょう。

しかし、2019年度までの決算を見る限りは、同大学の経営方針は、医療による収入と、人件費のバランスを改善することにありそうです。施設への投資を人件費「適正化」による効率化で乗り越えていこうということでしょう。

大量の退職者を出しながら、医療収入に大きな影響が出ないのか(患者の診療・受入が可能なのか)、これが今後の同大学の経営状況を左右することになりそうです。

今後の同大学の経営に注目してみたいと思います。