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日本企業は本当の意味で従業員を大事にしてきたか~能力開発の世界比較~

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日本企業がコロナ後を見据えて動き出し始めています。

その一つが「ジョブ型雇用」でしょう。

企業からすると、テレワーク・在宅勤務が一般化するならば、従業員の業務プロセスまでは管理ができないので、結果だけで評価をしたいという考えもあるでしょう。また、コロナ前からの問題意識として、プロを必要な時に雇いたい(必要ない時は外に出てもらいたい)のに雇用に柔軟性がないというものもあります。

今回は、このジョブ型雇用が日本で普及するならば、その前提となるはずの「企業の能力開発」について、少々考察してみたいと思います。

 

報道内容

テレワーク・在宅勤務が進むと成果主義やジョブ型雇用との相性が良くなります。その際に、能力・スキルを身に付ける「教育」が重要になってくるのですが、その点につき以下の記事をまずはご覧ください。

出社は仕事にあらず~もう時間に縛られない
2020/06/18 日経新聞

(中略)
 本社勤務のほぼ全員がテレワークにシフトしたカルビー。すんなりと移行できたのは2009年から成果主義の報酬制度を順次取り入れてきたことが大きい。働く場所や時間は社員の自由。具体的な数字に基づいて会社と交わす「契約」の達成具合で給料が決まる。
 さらに進めるのが富士通だ。あらかじめ職務内容や求められる能力を明確にした上で、その仕事の達成具合で評価する「ジョブ型」を課長職以上の約1万5千人を対象に20年度中に導入する。その後、一般社員にも順次、広げる計画だ。
 もっとも、ジョブ型への転換は簡単ではない。5月に国内約3万1千人を対象にジョブ型を本格導入すると発表した日立製作所は10年以上かけて取り組んできた。
 同社がジョブ型への移行を探り始めたのは、08年のリーマン・ショック直後。グローバル人材の獲得には日本型雇用からの脱皮が必要との判断からだ。グループ管理職の約5万のポジションを同じ尺度で評価・処遇する体制を整えてきたが、それでも厳密なジョブ型はデジタル関連など一部の部署にとどまっていた。
ジョブ型ではそれぞれのポストに求められる能力やスキルが明確になる一方、社員にそのスキルや知識をどう身につけさせるかが課題になる。日立の中畑英信執行役専務は「社内教育の体制を時間をかけて整えてきた」と振り返る。
 日本企業はこれまで社員教育にお金をかけてこなかった。研修といっても日常業務を通じて経験を積ませる職場内訓練(OJT)が主体。国内総生産(GDP)に占める企業の能力開発費はわずか0.1%。米企業の20分の1の水準だ。

(以下略)

経団連等が推進しようとしているジョブ型雇用は、従業員個人にその業務に合致した能力やスキルを要求することになります。そのために、企業が教育を行うことが必要になるのですが、日本企業は社員教育にお金をかけてこなかったと日経新聞は指摘しています。

それでは、この社員教育・企業の能力開発についてもう少し詳しく見ていきましょう。

 

企業による能力開発費の世界比較

最初に基本的なことについて念のため確認しておきましょう。

すごく当たり前のことのように思われるかもしれませんが、社員教育・能力開発を行うと生産性は向上するのでしょうか。

この基礎的な疑問については、国際比較によると、能力開発の実施率が高い方が、労働生産性の上昇率が高い傾向にあるとされています。

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(出所 厚生労働省/平成30年版労働経済の分析 -働き方の多様化に応じた人材育成の在り方について-)

では、日本企業は世界の国と比較して社員教育に力を入れているのでしょうか。

終身雇用を前提にしている日本企業は従業員を大事にしているイメージがあるのではないでしょうか。もちろん教育もしっかりと行っていると思われるかもしれません。

ここに、GDP(国内総生産)に占める企業の能力開発費の割合の国際比較についてまとめた図表があります。

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(出所 厚生労働省/平成30年版労働経済の分析 -働き方の多様化に応じた人材育成の在り方について-)

GDPに占める企業の能力開発費の割合について、2010~2014年の水準について比較すると、米国が2.08%、フランスが1.78%、ドイツが1.20%、イタリアが1.09%、英国が1.06%、日本が0.10%となっており、日本が突出して低い水準にあることが分かります。

次に、当該割合の経年的な変化について比較すると、米国では、1995~1999年と比較し割合が上昇しており、リーマンショックの生じた期間を含む2005~2009年にやや低下したものの、2000年代に入ってからは2%以上を維持しています。フランスやイタリアにおいても、その間の動向に差異があるものの、1995~1999年と比較すると、割合が上昇しています。他方、ドイツ、英国、日本では、1995~1999年より割合が低下し続けており、1995~1999年と2010~2014年を比較すると、ドイツが0.14%ポイ ント、英国が1.17%ポイント、日本が0.31%ポイント低下しています。それでもドイツや英国は日本の水準に比べると圧倒的に高い割合であることに変わりはありません。  

最初に引用した日経新聞の記事にある通り、企業の能力開発費の割合は、米国に比べると日本は20分の1です。

これでも日本企業は従業員を大事にしていると言えるのでしょうか。

尚、上記の図表・データで比較されている能力開発費は、企業内外の研修費用などを示すOFF-JT(Off-The-Job Training、通常の仕事を一時的に離れて行う教育訓練)が推計されたものであり、OJT(On-The-Job Training、いわゆる現場での教育)が含まれていません。

日本は現場が強さの源泉と言われていました。日本の企業はOJTが基本です。もしかするとOJTでは日本企業と他国の企業は異なるのではないでしょうか。

 

OJTの比較

それでは、OJTについての国際比較を確認しましょう。

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(出所 厚生労働省/平成30年版労働経済の分析 -働き方の多様化に応じた人材育成の在り方について-)

男女別にOJTの実施率をみると、OECD諸国と比較し、日本は男女ともにOJTの実施率が低いのです。これが残念ながら現実です。

OECD平均は、男性が55.1%、女性が57.0%となっ ており、男性でみると、スウェーデン、フィンランド、オランダ、デンマーク、チェコ、米国が高く、60%台の中盤から後半にかけての水準となっており、女性でみると、フィンランド、スウェーデン、米国、デンマーク、オランダ、オーストラリア、ノルウェーが高く、特にフィンランドとスウェーデンは70%台となっています。

日本のOJTの実施率をみると、男性が50.7%、女性が45.5%となっており、OECD平均と比較すると、男性が4.4%ポイント、女性が11.5%ポイント低くなっています。

特に、女性においてOECD平均との乖離幅が大きいことは大きな問題です。

 

日本企業の問題意識

以上の通り日本企業は国際的に見れば、Off-JTは圧倒的に実施されておらず、OJTも平均的に低い水準にあることが確認できました。

それでも、大学での教育や自己啓発で日本の従業員が能力開発をしてきたならば問題はないかもしれません。すなわち企業は従業員の能力に満足しているので能力開発をしていないのでしょうか。

この点についても以下のデータがあります。

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(出所 厚生労働省/平成30年版労働経済の分析 -働き方の多様化に応じた人材育成の在り方について-)

労働者の能力不足に直面している企業の割合は、OECD諸国の中で日本が81%と最も高い水準となっています。

G7だと、ドイツと米国が 40%、イタリアが34%、カナダが31%、フランスが21%、英国が12%となっており、日本が突出しています。

すなわち、国際比較上は、日本は従業員の能力不足に直面している企業が多いにもかかわらず、能力不足を解消する従業員の能力開発を行っていないことが分かります。

そのためか、以下の通り2015年以降、一社当たりの能力開発費は若干の上昇に転じています。

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(出所 厚生労働省/平成30年版労働経済の分析 -働き方の多様化に応じた人材育成の在り方について-)

この傾向は良いとは思われますが、そもそも元々のベース水準が低く大きな効果を得られるようになるかは不透明です。

 

今後の動向

以上、日本における従業員の能力開発の動向について見てきました。

厚生労働省/平成30年版労働経済の分析は「GDPに占める企業の能力開発費の割合が、国際的にみて突出して低い水準にとどまっており、経年的にも低下が続いていることを踏まえると、我が国の労働者の人的資本が十分に蓄積されず、長期的にみて労働生産性の向上を阻害する要因となる懸念がある」としています。

まさにその通りです。

日本企業の存在感が低下し続けてきている理由の一つは、この能力開発をしてこなかったツケだと筆者は考えています。

企業はコロナショックを契機にジョブ型雇用へと舵を切るかもしれません。

しかし、ジョブ型雇用とされている世界各国の方が、能力開発費の割合が高いのです。

ジョブ型雇用に移行するのであれば、「能力を開発してきた即戦力」の従業員だけを都合良く求めても、無理でしょう。これから即戦力になる従業員を育成することも必要なのです。

日本企業が能力開発を今まで以上に行わなければ、ジョブ型雇用となった従業員は本当の意味で逃げ出すかもしれません。

「ジョブ型雇用」と経営者が都合良く求めるのは簡単ですが、ジョブ型雇用へ移行していくのであれば、日本企業が今まで果たしてこなかった能力開発の怠慢についても検証した上で、社会全体で考えるべきことのように思います。