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スターアジアのさくら総合REIT買収提案は、J-REIT買収時代の幕開けとなる可能性も

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J-REITの業界に大きな動きが出ています。

スターアジア不動産投資法人がさくら総合リート投資法人に合併を働きかけていますが、これはJ-REITで初の敵対的買収案件となっています。

この事案は、今後のJ-REIT業界に大きな影響を与えることは間違いありません。また法律面でも注目される要素があります。

今回はJ-REITの敵対的買収事例について考察します。

 

報道内容

スターアジア不動産投資法人のさくら総合リート投資法人宛の買収提案は、さくら側の反発により委任状争奪戦となる見込みです。

まずは、現在の状況について確認しておきましょう。以下、新聞記事を引用します。 

さくらREIT、初の「敵対的M&A」に防戦
独立維持へ提携交渉、委任状争奪戦へ
2019年6月28日 日経新聞

不動産投資信託(REIT)のさくら総合リート投資法人は28日、スターアジア不動産投資法人による「敵対的M&A(合併・買収)」に対抗するため、友好的な第三者との提携を検討していることを明らかにした。総会で提携を軸とした新たな事業戦略への賛成を募る。REIT初の委任状争奪戦(プロキシーファイト)に発展する見通しだ。

さくらが同日、「潜在的なパートナーとの提携を含む複数の戦略的オプションを検討している」とのコメントを公表した。

さくらが敵対的M&Aに防戦するための友好的な第三者であるホワイトナイト(白馬の騎士)と提携する。具体的な施策を近く発表し、8月に開催する総会に諮る。6月30日時点の投資家が総会の議決権を持つ。

さくらが招集する総会とは別に、関東財務局は28日付で、スターアジア側が求めていたさくらの総会を許可した。スターアジア側は関東財務局の決定に基づき、9月30日までにさくらの総会を開く。総会ではさくらの運用会社と執行役員の交代を諮り、過半数の賛成獲得を目指す。すでに投資主名簿の閲覧許可を得ており、今後は名簿をもとに他の投資主に対して個別に賛同を働きかける方針だ。

これらの手続きに従えば、両陣営がそれぞれさくらの総会を開催することになり、投資主に混乱を招きかねない。総会の実務に詳しい弁護士によると、両陣営がそれぞれ、総会を中立的な立場でチェックする検査役を選任し、検査役らが中心となって総会の一本化などの手続きを進める公算が大きい。総会はスターアジア側が示した合併提案と、ホワイトナイトを軸とするさくらの提案のどちらに賛成するかを諮る構図になる見通しだ。

日本のREITの再編はこれまで、経営難に陥った法人の救済や、同じ不動産会社の実質的な傘下にある法人同士の合併を目的としたものだった。スターアジアによるさくらの合併提案は事前の合意を得ていない。合併される側が「敵対的M&A」とみなす初の事例となっている。

 これが現状です。

スターアジアによるさくらの買収提案は、事前の合意を得ていない日本初の敵対的M&Aなのです。

 

スターアジアの提案のポイント

スターアジア側は、さくら総合リートの執行役員(代表者)および資産運用会社の交代を提案しています。そしてその後に合併を検討するとしています。

この提案のポイントは、資産規模の拡大(≒運用が安定する、時価総額増によってインデックスに採用される可能性が高まり投資口が買われる)、資産運用会社交代によるコスト削減に加え、さくら総合リートの運営が投資主(≒株主)にとって最善の行動を取ってきていないとスターアジア側が認識していることにあります。

<スターアジア側の提案のポイント(概略)>

http://starasiamanagement.com/ja/file/190510_simplified.pdf

少なくとも、資産規模の拡大や資産運用会社交代によるコスト削減については、提案としては合理性があると言えます。

一方で、さくら総合リート側もスターアジア側に反論しています。

<さくら総合リート反論等> 

http://sakurasogoreit.com/ja/info/index.html

両社とも意見を表明していますが、本記事ではこの是非については触れません。

スターアジアの買収提案のポイントは、その内容だけではありません。

むしろ、法律を駆使した提案手法にあると筆者は考えています。

以下でこの提案手法について確認しましょう。

 

スターアジアの提案手法

スターアジア側の提案手法は、法律の間隙をついたものと言うこともできるかもしれません。少ない資金で最大限の効果を得ることができる手法なのです。

<スターアジアの提案手法のポイント>

  • 本件提案はさくら側の事前同意なし(敵対的M&A)
  • リート(投資法人)の3%以上の投資口(≒株式)を6ヵ月以上保有する投資主(≒株主)は投資主総会の開催請求権を持ち、リート側が開催しない場合は財務局に開催許可の申し立てを行うことが可能
  • スターアジア側は、3%超の投資口を保有しており開催を請求
  • 主なリートでは運用会社の解任・選任、および執行役員の解任・選任は投資主総会の普通決議(=過半数の決議)が要件
  • 一方、合併は2/3以上の賛成が必要
  • 今回のスターアジア側の提案は、運用会社・代表執行役員の解任についてのものであり、合併は今後の検討としている(すなわち、決議は過半数の賛成で可)
  • 投信法においては、投資主総会の招集者が提出した議案について投資主が議決権行使をしない場合は、議案に賛成したものとみなされる
  • この議案を決議させないようにするためには、当該議案に相反する議案の提出が必要(上記みなし賛成制度が不適用となる)
スターアジア側は、さくら総合REITの「わずか3%の投資口」を購入することで投資主総会を開催請求する権利を確保し、それに基づき、執行役員・資産運用会社の交代を提案しました。提案(議案)は、他投資主が議決権を行使しない場合に賛成をしたとみなされるので、わずか3%の投資口主の提案した議案でも成立する可能性が非常に高いものと思われます。
 

所見

今回、スターアジアがさくら総合リートに行った提案(正確にはさくら総合リートの投資主に対して行った提案)は、さくら側の事前同意を取っておらず、J-REIT市場で初の事例となっています。これは、J-REIT市場における初めての敵対的M&A提案をみなすことができます。
このスターアジアの提案は、法律の間隙をついたものでしょう。あるリートが他リートのわずか3%の投資口を確保すれば、かなり自社に有利に交渉を進めることができるのです。
狙われた側のリートは、あまり有効な対抗策が取れません。
筆者が考えるところでは、実質的には他資産運用会社をホワイトナイトとして連れてこなければ有効な対応策とはならない(相反する提案とならないため)と思われます。
今までのリートの合併事例は、スポンサーが同一のリート同士の合併や経営不振のリートの合併・買収であり、今回のような事例は初めてです。
さくら総合リートは投資口価格がNAVを下回っています(一般の株式で言えば、PBRが一倍割れとなっており、解散した方が投資主は利益を得られます)。他社から投資主本位の業務運営ではないとの指摘を受けたようにガバナンスが甘いとも言えます。
今回、他リートも認識したように、リートに買収を行うのは比較的「楽」であり成立する可能性も相応に存在します。一般の上場企業を相手に買収を行うよりは、はるかに容易です。
今回の事案は、J-REIT市場でも事前同意がないような敵対的買収が増えるきっかけとなる可能性があり、リートの資産運用会社やスポンサーにとっても経営の規律・結果が問われることになります。これは、リート市場にとっては非常にプラスとなる可能性があります。
大企業がスポンサーとなっているリートは、パイプライン(物件供給)が無くなってしまうこと、投資口価格が割安で放置されている事例が少ないことから、買収先として狙われる可能性は低いかもしれません。しかし、小中規模のリートは買収先として狙われる可能性はあるのです。

将来の時点から振り返ると、スターアジアのさくら総合リート買収提案事案は、J-REIT買収時代の幕開けとなった事例として記憶されることになるのかもしれません。