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曙ブレーキ工業の金融支援要請の背景は何か

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東京証券取引所第1部に上場する自動車部品製造の曙ブレーキ工業(曙ブレーキ)が私的整理の一種である「事業再生ADR」を第三者機関に申請したとの報道がなされています。

今回は曙ブレーキの私的整理要請について考察します。

 

報道内容

2019年1月30日の日経新聞朝刊にて曙ブレーキの私的整理・金融支援要請が報道されています。概要をつかむために以下引用します。

曙ブレーキ 金融支援要請
2019/01/31 日経新聞
 曙ブレーキ工業が取引金融機関に金融支援を要請することが29日、分かった。同日、私的整理の一種である事業再生ADR(裁判以外の紛争解決)制度の利用を申請した。米国事業の不振が経営を圧迫したとみられる。取引金融機関に対して借入金元本の返済を一時停止してもらえるよう求める見通し。筆頭株主のトヨタ自動車に増資引き受けなどの支援を打診した。
(中略)
 曙ブレーキは米国で取引先自動車メーカーの次期モデルの受注を逃し、収益が悪化。北米事業の混乱が続き、決算短信には事業継続にリスクがあることを示す「継続企業の前提に関する重要事象等」を記載していた。18年9月末に1083億円あった有利子負債の返済計画が不透明になった。
(以下略)

また、Sankei Bizでは「米国で自動車メーカー向けの受注が減少し、資金繰りに行き詰まったのが主因とみられる」と報道されています。

これが現時点の報道内容です。

 

業績状況

では、曙ブレーキの足元の業績状況はどのようになっているのでしょうか。

2018年4~9月の中間決算における業績は以下の通りです。(単位は億円)

  • 売上高 1,264、前年同期比△96、△7.1%
  • 営業利益 25、同△19、△43.3%
  • 経常利益 13、同△17、△56.5%
  • 親会社株主に帰属する四半期純利益 1、同△11、△89.4%

以上のように中間決算時点では減収減益ながら黒字は維持していることが分かります。

地域別の業績は以下の通りです。

  • 日本 390、前年同期比△14
  • 北米 637、同△117
  • 欧州 83、同+17
  • 中国 112、同+5
  • タイ 41、同+4
  • インドネシア 100、同+11

報道にある通り北米で大幅な減収となっています。それでも北米では3億円の営業利益を計上しており、少なくとも中間決算時点では、金融支援を行わざるを得ないほどに追い込まれている感はありません。

それを示しているのが中間決算における決算短信での会社コメントです。

継続企業の前提に関する重要事象等

平成26年度から発生した北米事業での生産混乱により、平成27年度に北米事業は2期連続で営業損失を計上し、かつ多額の減損損失を計上したことから、連結全体の財政状態が悪化しました。手元流動性や自己資本比率は十分には回復していない状況であり、継続企業の前提に関する重要な疑義を生じさせるような事象または状況が存在しております。
当該重要事象等を解消、改善するために、全社を挙げて、北米事業の改革、黒字化定着のための諸施策を実行しております。前期は北米事業の業績を大幅に回復させるに至り、一定の成果をおさめました。引き続き、改革を断行し、北米事業の回復に向け努力してまいります。
なお、メインバンクを中心に取引銀行各行とは緊密な関係を維持しており、今後の継続的な支援の方針についても合意をいただき、必要な新規の長期資金融資も受けております。
これらの状況を踏まえ、「継続企業の前提に関する重要な不確実性」は認められないと判断しております。

(出所 曙ブレーキ工業 平成31年3月期 第2四半期決算短信〔日本基準〕(連結))

このように会社側は金融機関からの必要な支援を受けており「継続企業の前提に関する重要な不確実性」は認められないと判断しているとコメントしています。

 

資金繰りの状況

曙ブレーキの資金繰りの状況はどのようになっているのでしょうか。

2018年3月期では、以下の状況です。

  • 営業活動によるキャッシュ・フロー 19,354百万円
  • 投資活動によるキャッシュ・フロー △11,101百万円

すなわち、本業で稼いだキャッシュが投資を上回っています。

財務キャッシュフローが△11,276百万円となり、借入圧縮を進めたため、現預金の残高が12,682百万円と前期比では30億円程度低下していますが過去の水準から考えると、低すぎる状況にはありません。

また、2018年4~9月の中間決算は以下の通りです。

  • 営業活動によるキャッシュ・フロー 5,839百万円
  • 投資活動によるキャッシュ・フロー △4,914百万円

やはり本業で稼いだキャッシュが投資を上回っています。

また、金融機関からの当座貸越限度額及び貸出コミットメントの総額は26,450百万円、借入残高はゼロ(2018年3月期有価証券報告書)となっています。

そのうち、金融機関に申し込めば必ず借入を行うことが可能な契約であるコミットメントライン契約は総額16,500百万円となっており、2018年9月末時点では1,000百万円の借入となっています。

すなわち、金融機関から借入可能な枠には余裕があるということになります。

 

金融支援要請・私的整理の要因

以上、公開されている資料等を基に曙ブレーキの状況を見てきました。

筆者は、今回の金融支援要請が、北米事業の不振による「資金繰り問題」ではなく、北米の資産減損による自己資本比率の急激な低下もしくは債務超過への転落が背景にあるのではないかと考えています。

北米の資産は56,973百万円(2018年3月末時点)となっており、北米だけで曙ブレーキの連結純資産31,492百万円(2018年3月末時点)を上回ります。

曙ブレーキのコミットメントラインにおける財務制限条項は以下の通りであり、純資産が急減した場合にはコミットメントラインを活用出来なくなります。

各年度の決算期の末日における連結の貸借対照表における純資産の部のうち、資本金、資本剰余金及び利益剰余金の合計額を前年同期比75%以上に維持すること。
・各年度の決算期における連結の損益計算書に示される経常損益が、2期連続して損失とならないようにすること。
(出所 曙ブレーキ工業 有価証券報告書)

このコミットメントラインが利用出来なくなると、北米での減収もあり資金繰りに不測の事態が発生しかねないと会社側は判断したのではないでしょうか。

そして、当初は既存の借入のリファイナンスも含めて、メインバンク等金融機関に相談したものの、反応が不芳だったために金融支援要請・私的整理に進んだのではないかと予想します。

他の可能性としては、公表されているパーキングブレーキの不具合問題も考えられますが、現時点の報道内容では分かりません。

以上が、曙ブレーキの金融支援要請・私的整理に関する筆者の考察(印象)です。