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昭文社の早期退職者募集~短期的な信用懸念は僅少~

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全国各地の道路地図「スーパーマップル」、旅行ガイドブックの「まっぷる」、「震災時帰宅支援マップ」などで知られる昭文社(東証1部)が2019年3月期の業績予想を下方修正し、希望退職を募ると発表しました。

今回は、出版不況の中、昭文社がどのような状況なのか、簡単に確認していくことにしましょう。

 

業績予想修正

昭文社の業績予想が下方修正されました。以下、報道記事から引用(抜粋)します。

昭文社は18年7月13日に発表していた従来予想では、売上高を99億1000万円としていたが、これを93億4000万円に引き下げる。9000万円だった営業利益は3億500万円の赤字に転落。1億5000万円の黒字予想だった経常利益も、2億2400万円の赤字になる見通し。売上高減少の理由として、(1)出版物の売り上げの減少(2)無料ナビアプリの影響によるPND(持ち運び型のナビゲーション端末)の販売減少(3)予定されていた広告などの売り上げの見込みが立たなくなった、ことなどを挙げた。

(出典 昭文社とゼンリン、分かれた明暗 地図大手2社の「差」とは2018/12/15 J-CASTニュース)

昭文社といえば、出版業界の優良企業とされてきました。地図やガイドブックで稼いでおり、安定感があったと言えるでしょう。また、東日本大震災後には、震災時帰宅支援マップが大ヒットとなったことを記憶なさっている読者もいらっしゃるのではないでしょうか。

そんな昭文社が業績悪化し、早期退職者の募集を行うところまできたのです。

 

希望退職募集内容

次に、昭文社が発表した希望退職者の募集についても確認しておきましょう。

【希望退職者の募集について】

(1)希望退職者の募集を行う理由
当社の主力事業である出版事業および電子事業においては、厳しい事業環境のもと長期化する出版不況や無料ナビアプリの影響により業績悪化が続いております。このような状況の中、当社では今後の業績拡大を目指し、新規事業である旅ナカ事業への転換を図るべく注力してまいりました。またそのため経営資源のシフトを推し進めてまいりましたが、人的リソースの再配置は事業ごとの職種専門性の性質から遅れている結果となっております。
厳しい経済環境の中、早急な業績回復を実現するには既存事業の効率化と新規事業における事業拡大が最重要課題であり、今後さらなる構造改革を進め収益改善を実現するためには、事業戦略に沿った人員体制の適正化が不可欠であると判断し、今回希望退職者の募集を行うことを決議いたしました。

(2)希望退職者の募集の概要
① 対象者  45 歳以上の従業員(一部グループ会社を除く)
② 募集人数  80 名程度
③ 募集期間  平成 31 年 2 月 1 日~平成 31 年 2 月 28 日
④ 退職日  平成 31 年 3 月 31 日
⑤ 支援内容  希望退職者に対し、退職日時点における会社都合退職金に加え、特別加算金の支給を行うとともに、再就職支援を行う

以上が昭文社が発表したプレスリリースの抜粋です。

2019年2月中に、グループ会社を含めて45歳以上の従業員から80人程度を募集するとしています。

2018年3月31日時点で、従業員数は連結ベースで447人(有価証券報告書)ですので、連結従業員全体の約2割を減らすことになります。

そして、希望退職者の募集では、特別損失として 376百万円を見込んでいます。

 

直近業績

では、早期退職をせざるを得ない昭文社の直近の業績はどのようになっているのでしょうか。

以下は2019年3月期の中間決算におけるセグメント別の売上高となります。(単位百万円、%は前年同期比)

  • 電子売上 1,048 ▲4.5%
  • 手数料収入 53 +120.4%
  • 市販出版物合計 2,781 ▲7.5%
  • うち地図 844 ▲7.4%
  • うち雑誌 1,498  ▲11.6%
  • うちガイドブック 391 +5.2%
  • うち実用書 47 +60.8%
  • 特別注文品 255 +20.6%
  • 広告収入 234 ▲23.4%
  • 合計 4,372 ▲5.9%

昭文社の売上の63.6%は、紙の出版物に依存しています。電子売上は全体の24.0%です。

昭文社の競合となるゼンリンは電子売上が好調です。グーグルマップなどの無料アプリの普及で、紙の地図は減り、電子地図も競合に競り負けたというのが、昭文社の現状です。

 

業績推移

昭文社の中期的な業績推移はどのようになっているのでしょうか。

<2014年3月期(単位百万円)>

  • 売上高 13,871
  • 経常利益 699
  • 現預金 10,447
  • 従業員数 462名

<2018年3月期(単位百万円)>

  • 売上高 9,158
  • 経常利益 ▲1,018
  • 現預金 7,132
  • 従業員数 447名

このように、売上高は5年で3割超減少し、経常利益は赤字転落、現預金も3割超減少しています。一方で、従業員数は3%の減少に留まっているのです。

これが、昭文社の業績推移なのです。

 

今後の動向

では、昭文社はすぐに事業継続が出来なくなるほど追い込まれているのでしょうか。

2019年3月期の中間決算の数字を確認してみましょう。(単位百万円)

  • 現預金 6,203
  • 受取手形・売掛金 2,572
  • 商品および製品 1,317
  • 仕掛品 405
  • 支払手形・買掛金 621
  • 短期借入 770
  • 負債合計 3,865
  • 純資産 16,997

以上のように昭文社は負債(社外に支払うべき債務等)を保有する現預金が超えています。よって現段階では、財務体質は非常に良好といえます。

資金繰りに行き詰まるような倒産は、短期的にはありません。

しかし、キャッシュフローて見た場合には、問題が見えてきます。

  • 営業CF  ▲188
  • 投資CF  ▲374
  • 財務CF  ▲364
  • 現預金の増減額 ▲931(現預金の換算差額含む)

このように6ヵ月で現預金が9億円強減少しています。これは年間ペースでは▲26%となってしまっています。

昭文社に必要なのは、現金の流出を止めることであることは間違いありません。

昭文社本体の従業員の平均給与は年612万円ですので、80名の人員減となれば単純計算で5億円弱のコスト減=現金流出減となるでしょう(福利厚生費も含めれば5億円を超えます)。

以上をまとめると、昭文社の財務体質は強固です。しかし、現預金の流出を止めなければ数年後には資金繰りの問題か発生する可能性があるのです。

これを食い止めるため、そして新たな注力分野で従業員を採用等するために、昭文社は早期退職者の募集をしたのでしょう。

従業員の削減は短期的には効果があるかもしれませんが、中長期的には企業に様々な問題をもたらします。優秀な従業員が転職し、残った従業員もモチベーションが大幅に低下します。

昭文社という優良と言われた企業が、新たなデジタル時代に適合して生き残っていけるのかは、従業員の削減を決断した経営の今後の舵取り次第です。経営の責任は非常に重いと言えます。