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スルガ銀行の旧経営陣提訴にかかる判断理由~調査委員会報告~

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スルガ銀行が旧経営陣ら9名を提訴しました。

提訴理由はシェアハウスなどへの不適切融資により発生した損失への損害賠償請求です。

今回は、このスルガ銀行の提訴理由、内容について賠償責任の有無を調べる取締役等責任調査委員会の報告内容を確認します。

 

報道内容

まず、スルガ銀行の提訴内容について概要を把握しましょう。日経新聞が速報記事を掲載していますので、以下引用します。

スルガ銀、旧経営陣ら9人を提訴 35億円賠償請求
2018年11月12日 日経新聞
スルガ銀行は12日、岡野光喜元会長をはじめ旧経営陣ら9人に対し、シェアハウスなどへの不適切融資により発生した損失への損害賠償を求めて提訴したと発表した。請求総額は35億円。賠償を求めることで当時の幹部の責任を問い、企業統治の改革を目指す姿勢を明確にする。

賠償責任の有無を調べる取締役等責任調査委員会の報告内容に沿って提訴を決めた。

提訴されたのは岡野元会長のほか、米山明広元社長、白井稔彦元専務ら旧経営陣。不適切融資を巡る調査をした第三者委員会が法的責任についての判断を留保した岡野喜之助氏(元副社長、故人)と、現取締役の八木健氏も対象にした。

監査役と社外の弁護士で構成する責任調査委は、第三者委の認定した事項を前提に、スルガ銀の損失との関係を含めて法的な問題を検討した。その結果、取締役経験者8人に善管注意義務違反、監視監督義務違反があったと認定した。麻生治雄元専務執行役員は執行役員としての義務に違反していたとした。

(以下略)

以上が提訴内容の概要です。

 

取締役等責任調査委員会の報告内容

では、調査委員会はどのような調査結果を出したのでしょうか。

2018年11月12日にスルガ銀行が発表したプレスリリース「シェアハウスその他の収益不動産に係る融資問題に関する当社現旧取締役及び旧執行役員に対する損害賠償請求訴訟の提起等に関するお知らせ」に調査委員会の調査報告書・要約版が示されています(報告書の全容は2018年11月14日に中間決算と共に発表されるものと思われます)。

以下、調査結果につき、調査報告書・要約版から抜粋して引用します。

 

【調査報告書・要約版】2018年11月9日 スルガ銀行株式会社 取締役等責任調査委員会

〈取締役等の責任に関する検討〉

当委員会では、調査と並行して、本件一連の問題について、スルガ銀行の取締役等の法的責任の有無及び責任追及の訴えを提起することの当否を検討し、判断する作業を行った。
具体的には、当委員会は、監視監督義務及び内部統制システム構築義務を含む取締役の善管注意義務違反等について判断した裁判例並びにこれらについて論じた文献等を検討・分析し、取締役の責任追及訴訟における判例法理を探求し、認定した事実関係に基づき取締役等の責任の有無を判断するとともに、本件一連の問題によりスルガ銀行に発生した損害額を検証した上で、取締役等の法的責任と相当因果関係のある損害を画定する作業を行った。

〈調査・検討事項〉

  • 発生した不正行為等に対する取締役の監視監督義務違反の有無
  • 内部統制システムの構築に関する取締役の善管注意義務違反の有無
  • 執行役員の職務上の注意義務違反の有無
  • 取締役等の義務違反と損害との間の相当因果関係

〈本件における監視監督義務に関する考え方〉 
銀行の取締役は、債権保全措置に関する監視監督義務を負う。
本件では、各取締役において、シェアハウスローンについて相当な債権保全措置が講じられておらず、シェアハウスローンを実行し続けることがスルガ銀行に重大な損害を及ぼす危険性を認識し、又は認識し得た場合には、それぞれの地位や管掌に応じて損害発生回避のために相当な措置を講ずる義務が発生すると解すべきである。
具体的には、代表取締役及び融資業務に直接関係する業務担当取締役(本件では営業及び審査の管掌取締役が該当する)には、シェアハウスローンに関する融資業務にあたって相当な債権保全措置が講じられていないことを認識し、又は認識し得た場合には、相当な債権保全措置が講じられるまで直ちにシェアハウスローンの実行を差し止める義務が生じ、シェアハウスローンに関する債権保全措置が講じられていないことを疑うに足りる事実を認識し又は認識し得た場合には、シェアハウスローンについて相当な債権保全措置が講じられているかの調査を開始する義務が生じると解すべきである。これらの措置が取られない場合は、監視監督義務に違反したことになる。
そして、融資業務に直接関係する業務担当取締役以外の取締役には、シェアハウスローンに関する融資業務にあたって相当な債権保全措置が講じられていないことを疑うに足りる事実を認識し又は認識し得た場合は、取締役会や監査役に対し、相当な債権保全措置が講じられていない疑いがあることを報告したうえで、それを調査するよう求める義務が生じる。上記の義務を怠った場合には取締役としての監視監督義務に違反することになる。

〈本件における内部統制システム構築義務に関する考え方〉
債権保全措置に関する内部統制システムに機能不全が生じている場合、これを認識し、又は認識し得た取締役は、内部統制システムを構築するために適切な措置を講ずべき義務が発生し得る。ただし、複数の機能不全により損害が発生した場合、いかなる機能不全を認識し又は認識し得た場合に、内部統制システム構築義務違反が認められるかは、各取締役の地位及び当該機能不全の性質に応じた総合考慮となる。
具体的には、代表取締役及び融資業務に直接関係する業務担当取締役(本件では営業及び審査の管掌取締役が該当する)には、債権保全措置に関する内部統制システムの機能不全を認識し、又は認識し得た場合は、内部統制システムを構築すべき義務が生じ、その余の取締役には、これを認識し又は認識し得た場合は、取締役会や監査役に対し、内部統制システムの機能不全を報告したうえで、それを構築するよう取締役会に求める義務が生じる。

〈当委員会の損害についての考え方〉
スルガ銀行は、本来、より早い時期にシェアハウスローンの実行を中止し、必要な調査を行うべきであったところ、取締役の善管注意義務違反及び執行役員の義務違反によりこれが遅れることとなった。すなわち、スルガ銀行は、本来であれば、実行すべきでなかったシェアハウスローンを実行していたものであり、このうち、回収不能となるものが善管注意義務違反(義務違反)と相当因果関係を有する損害となる。
当委員会は、過去の貸倒実績率などを勘案して、義務違反発生後に実行されたシェアハウスローンの3割が回収不能となるものとし、各取締役、執行役員の善管注意義務違反(義務違反)が生じた時点ごとに分けてシェアハウスローンの実行額を明らかにし、その3割相当額を善管注意義務違反(義務違反)と相当因果関係を有する損害とみなすこととした。
なお、実際に各取締役等に賠償を求めるとした場合には、各取締役等の地位、役割や寄与度、回収可能性、現時点で生じている実損の額、訴訟コスト等を勘案して請求額を定めるべきである。

〈シェアハウスローンに関する監視監督義務違反と損害〉
上記の当委員会の損害についての考え方に基づき、当委員会が認定した損害額は、以下のとおりである。
(1)喜之助氏について
喜之助氏の監視監督義務違反と相当因果関係のある損害は、金307億1058万円である。
(2)岡崎氏、八木氏について
岡崎氏及び八木氏の監視監督義務違反と相当因果関係のある損害は、金86億6121万円である。
(3)光喜氏、柳沢氏、白井氏、米山氏について
光喜氏、柳沢氏、白井氏及び米山氏の監視監督義務違反と相当因果関係のある損害は、金43億1187万円(直ちにシェアハウスローンの実行を差し止める義務が生じた場合)又は金34億4958万円(調査を開始する義務が生じた場合)である。
(4)望月氏について
望月氏の監視監督義務違反と相当因果関係のある損害は、金34億4958万円である。

〈取締役の内部統制システムの構築に関する善管注意義務違反と損害〉

(1)喜之助氏について
喜之助氏の内部統制システムの構築に関する善管注意義務違反と相当因果関係のある損害は、金307億1058万円である。
(2)岡崎氏、八木氏について
岡崎氏及び八木氏の内部統制システムの構築に関する善管注意義務違反と相当因果関係のある損害は、金86億6121万円である。
(3)光喜氏、柳沢氏、白井氏、米山氏について
光喜氏、柳沢氏、白井氏及び米山氏の内部統制システムの構築に関する善管注意義務違反と相当因果関係のある損害は、金34億4958万円である。
(4)望月氏について
望月氏の内部統制システムの構築に関する善管注意義務違反と相当因果関係のある損害は、金12億480万円である。

〈執行役員の義務違反と損害〉
麻生氏の義務違反と相当因果関係のある損害は、金298億3647万円(シェアハウスローンの取扱いを中止する義務が生じた場合)又は金220億7391万円(シェアハウスローンの危険性を経営会議等において報告する義務が生じた場合)である。

〈信用毀損による損害〉 
本件一連の問題の発生によって、スルガ銀行のガバナンスに対する信頼は失墜し、スルガ銀行に対する信用は著しく毀損することとなった。
スルガ銀行の信用が毀損し、顧客離れ等が生じたことによるスルガ銀行の損害は、少なくとも金1億円を下回ることはない。
これも法的責任の認められる取締役及び執行役員の義務違反によって、スルガ銀行が被った損害となる。

 

以上が調査報告の概要です。

 

まとめ

以上の委員会報告を基に、スルガ銀行は旧経営陣に対して損害賠償請求にかかる提訴を行いました。

以前に提出された第三者委員会による調査報告(シェアハウス融資問題等の調査)でも旧経営陣の責任が認定されていましたので、本件提訴自体には違和感はありません。

また、被害者弁護団(あくまでシェアハウスのオーナーなので、誰が株主としての原告となるかは不明ですが)もスルガ銀行に対して提訴を求めていましたので、会社としては対応せざるを得なかったでしょう。

このスルガ銀行の損害賠償のケースは、他の銀行のみならず他企業にとっても取締役の責任を再確認するものになるものと思います。

取締役の不作為は、やはり会社に対する義務違反なのです。

今回のスルガ銀行の損害賠償請求は、今後の裁判の行方含めて非常に注目されるべき事象(もはや事件ですが)と言えるでしょう。

なお、筆者の理解不足かもしれませんが、取締役の義務違反による損害の認定額と、実際の訴訟における損害賠償請求額との間の関係性について、会社発表資料では不明と思われます。この点を突き詰めれば、一般株主からの株主代表訴訟の可能性はまだ残っているのではないでしょうか。