アパレルの雄だった三陽商会の業績不振が続いています。
バーバリーブランドを失ってから業績は低迷を続けており、今回、3度目の早期退職者募集を行うと発表しました。
今回は三陽商会の状況について確認していくことにしましょう。
報道記事
まずは、三陽商会の今回の希望退職者募集について記載した記事を引用します。概要がつかめると思います。
三陽商会、250人の退職募集 業績低迷、13年以降で3度目
2018.9.22 SankeiBiz
三陽商会は21日、全社員の約14%に当たる250人程度の希望退職者を募ると発表した。主要販路の百貨店で衣料品販売が苦戦する中、固定費削減によって収益力強化を図る。同社が希望退職を募るのは2013年以降で3度目。
希望退職の対象は、全社員約1780人のうち、販売職の約810人を除いた社員。10月29日から11月26日まで募集する。退職は12月31日付。退職金に特別退職金を上乗せして支払い、費用は18年12月期連結決算に特別損失として計上する。金額は今後精査する。
三陽商会は13年と16年にも希望退職を募っており、それぞれ270人と249人が退職している。
同社は、英バーバリーとのライセンス販売契約が15年に終了して以降、業績低迷が続く。18年12月期の連結営業損益は、5000万円の黒字転換を見込んでいたが、7月に16億円の赤字へ下方修正。3年連続で赤字となる見通しで、計画通りに収益改善が進んでいない。
SankeiBizの記事には配慮が働いているように感じますが、今回の退職者の募集数はかなり大きなものです。
全社員の14%ではありますが、販売職を除いた人員970名(間接部門のみならずデザイナー等を含む)のうちの250名であり、4人に1人を退職させたいと会社が考えていることになるのです。これは非常に大きな数字と言えるでしょう。
三陽商会の従業員数
今回は早期退職者の募集の発表ですので、三陽商会がどの程度の人員削減を過去に実施してきたかを確認しましょう。以下は連結の正社員数です。
- 2008年12月 2,001名
- 2009年12月 1,993名
- 2010年12月 1,895名
- 2011年12月 1,810名
- 2012年12月 1,729名
- 2013年12月 1,400名(270名早期退職)
- 2014年12月 1,351名
- 2015年12月 1,328名
- 2016年12月 1,290名(249名早期退職、※人員反映は翌期)
- 2017年12月 991名
- 2018年12月 740名程度(予)
現時点の従業員数は、この10年で半減していることが分かります。
また、平均臨時雇用者数(前述記事の販売職も含むものと思われる)の推移も確認しておきましょう。
- 2008年12月 5,272名
- 2009年12月 5,228名
- 2010年12月 4,930名
- 2011年12月 4,669名
- 2012年12月 4,459名
- 2013年12月 4,393名
- 2014年12月 4,379名
- 2015年12月 4,199名
- 2016年12月 3,924名
- 2017年12月 3,274名
正社員も臨時雇用者数も2015年のバーバリーとのライセンス契約打ち切り以降、急減していることが見て取れます。
三陽商会の資金繰り
三陽商会の現預金残高は259億円(2018年6月末)です。
銀行借入は90億円(2018年6月末)であり、実質的には無借金企業です。
営業キャッシュフローは2018年12月期第2四半期(2018年1~6月)で15億円の黒字確保をしており、現時点では資金繰り危機が到来している状況にはないと言えます。
(ただし、売上債権の減少により18億円のキャッシュインがあったため、この営業キャッシュインが持続的なものかについては疑義があるかもしれません)
三陽商会は年間の販管費が約300億円です。
その内訳をみると以下の通りとなっています(2017年12月期)。
<2017年12月期/販管費の主な項目>
- 給料手当 15,913百万円
- 広告宣伝費 2,121百万円
- 賞与引当金繰入額 220百万円
- 退職給付費用 509百万円
- 減価償却費 591百万円
- 不動産賃借料 3,028百万円
- 業務委託費 3,386百万円
今回の人員削減で人件費が更に下がりますので固定費は減少していくことになります。
三陽商会としては、事業の黒字化を図るためにも固定費の削減を進めているということでしょう。
三陽商会の資金繰りの現状では、極端な事例として「年間販売額がゼロ」になれば一年程度で資金繰り破綻する可能性があります。
しかし、三陽商会の商品販売が急激に落ち込まない限りは、現時点の現預金水準および資産背景を勘案すると資金繰りの危機には至っていないと考えて良いでしょう。
なお、三陽商会は本社および三陽銀座タワーの資産を保有しています。
<2017年12月末時点/保有簿価>
- 本社(東京都新宿区) 5,552百万円
- 三陽銀座タワー(東京都中央区) 3,983百万円
直近で売却した青山ビルは、2017年12月末時点での簿価3,198百万円となっていました。売却価格は7,000百万円程度(第二四半期固定資産売却収入は7,419百万円のため、その数値に近いと想定)であり、業歴が長い三陽商会が保有する資産は、含み益が相応にあるものと推察されます。
上記資産も売却可能資産であることに間違いはなく、三陽商会の資金繰りを補完することは可能です。
所見
筆者はアパレル業界への深い知見はありませんので、三陽商会の事業がどのようになっていくかは当該記事では考察いたしません。
しかし、上記で見てきた通り資金繰りの問題に直面している訳ではないでしょう。
今回の三陽商会の人員削減は、必要なことなのかもしれません。一人当たり年間1,000万円(福利厚生費等込)の「コスト」だとすると、250名の削減は年間25億円の費用減となります。2018年12月期の営業利益見通しを▲16億円へと下方修正している三陽商会にとっては黒字を維持するための必要な施策と経営陣は評価しているのでしょう。
しかしながら、 4人に1人を退職させるということは、三陽商会のブランド構築、商品開発に大きな影響が出ると言えるのではないでしょうか。もちろん間接部門の人員だとしても、上場を維持するための対応(IR、株主総会運営、有価証券報告書作成等)にも影響が出るかもしれません。
そもそも2008年12月時点の人員数から比べると、今回の早期退職実施後には当時の1/3程度の正社員数となるのです。
銀行員の目線から見ると、業績不振企業が人員を減らすのは当然と考える銀行員もいるでしょう。早期退職募集のニュースを見ても何も感じない方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、「人」は単なる数字ではなく、コストでもありません。従業員には家族があり、感情があり、様々なアイディアを生み出し企業の存続を支えているのです。
自分の身に同じことが降りかかったら、皆さんはどのように感じるでしょうか。
自身が早期退職対象でなかったとしても、自身や周りの仕事に対するモチベーションはどのように変化しているでしょうか。人員削減をしても企業風土は変わらないと言えるでしょうか。
筆者の経験則でしかありませんが、人員削減を何度も実施しながら復活した企業をほとんど見たことがありません。ほとんどの企業が徐々に衰退していくのです。特にアパレル・繊維業界ではその傾向が顕著なように感じています。
銀行員は取引先企業が業績不振の場合に、安易に「人員削減を含めた」コスト削減策を求めてはいないでしょうか。株式投資家も同じではないでしょうか。
筆者は人員削減が必ずしも間違っているとは思っていません。企業が「企業運営に貢献しない」、すなわち働かない従業員を削減しようとすること自体は当然だからです。しかし、今回のような早期退職募集は、企業に貢献している人までも対象としてしまいます。
そのため、企業業績・企業風土を悪い方向に行かせてしまう可能性が高いのです。そして、従業員の中では優秀な人ほど外部に出てしまうのです(優秀だから再就職ができる可能性も高いでしょう)。
一度悪くなった「流れ」はそう簡単に止まりません。目先のコスト削減を優先したことによって、企業全体が衰退していくのであれば、経営者にとっても、銀行員や投資家にとっても本末転倒ではないでしょうか。
以上のように、三陽商会の早期退職者募集は、企業活動における従業員の重要性について改めて考えるきっかけとしても良いのではないでしょうか。
そもそも、本来は従業員の削減を行うことは経営者に責任があるはずです。三陽商会は、今回の人員削減において経営陣は何らかの責任を取るのでしょうか。
少し今後に注目していきたいと思います。