銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

グラミン銀行の日本進出~「理想だけではビジネスは持続しない」という懸念も~

f:id:naoto0211:20180916113829j:plain

(画像と本文は関係ありません)

マイクロファイナンスで有名なグラミン銀行が日本での事業を開始しました。

バングラデシュで創業したグラミン銀行は、同行と創業者がノーベル平和賞を受賞し、一躍有名となりましたが、その特徴は貧困者への融資を用いて自立を促すことです。そして、寄付等で成り立っているのではなく、事業で成り立っているというところが特徴といえるでしょう。

今回は、グラミン銀行の日本事業について考察します。

 

報道内容

まずは、グラミン銀行の日本における事業開始について、概要をつかむために報道記事を引用します。

金融で貧困連鎖を断ち切るーノーベル平和賞のグラミン銀行が日本拠点

2018年9月13日 Bloomberg

  生活困窮者に無担保で融資するバングラデシュのグラミン銀行が13日、日本で事業を開始した。金融を通じて貧困層を救済した功績からノーベル平和賞を受賞した同行が、国民の6人に1人が貧困ライン以下で生活する日本で、シングルマザーらの自立を支援する。

  同日設立されたグラミン日本の菅正広理事長(明治学院大学大学院教授)が同日都内で会見した。融資の対象は年間約122万円以下で暮らす生活困窮者。借り手は5人1組となって互助グループを作り、起業や就労準備のための資金を借り受ける。限度額は初回は20万円。返済期間中は毎週グラミン日本のスタッフと会合を持ってアドバイスを受ける。グラミン日本は、当初は貸金業者として活動し、10年後には預金取り扱い金融機関への移行を目指す。5年後の単年度黒字化を目標としている。

  グラミン銀行は、1983年の設立以来、連帯責任の下で返済を促すことで貸し倒れ率を低く抑えながら貧困層の自立を支援してきており、創業者のムハマド・ユヌス氏とともに2006年にその功績を認められてノーベル平和賞を受賞している。

  菅氏は、日本での事業について「融資対象に制限はないが、シングルマザーやワーキングプアの方々への支援から始めたい」と述べるとともに、将来的に障害者やホームレスの人も支援したいと抱負を語った。日本では親の年収が高いほど子供の大学進学率が高く、また中卒・高卒の約半数が非正規雇用との統計から「貧困が連鎖・固定化する構造」にあり、シングルマザーの支援は、これを断ち切ることにもつながるという。

  厚生労働省によると、国内では一人親世帯の半数が貧困家庭となっている。グラミン銀行の昨年12月時点の融資対象者は890人で、うち97%が女性だった。

これがグラミン銀行の日本拠点の事業開始についての概要といえます。

グラミン銀行はバングラデシュで創業されたマイクロファイナンス機関です。

マイクロファイナンスとは、①生活困窮(貧困)者に対する、②小規模な、③無担保融資など(保険・送金・貯蓄)の金融サービス。2006 年、バングラデシュのグラミン銀行創設者ムハマド・ユヌス博士が同銀行とともにノーベル平和賞を受賞し、 マイクロファイナンスが欧米先進国を含む世界中に普及・拡大。(出典:グラミン日本) 

グラミン銀行のようなマイクロファイナンス(マクロクレジット)機関と、日本の消費者金融との違いは、マクロファイナンスが「起業や就業準備のための資金」であり「貯蓄や保険の知識指導やサービス提供を行う」一方で、消費者金融は「家庭での消費を増やすための資金」です。

いずれも個人にお金を貸すビジネスではありますが、この点は明確なビジネスモデル、経営理念の違いと言えるかもしれません。

またグラミン銀行は女性向けの貸出が中心です。

グラミン銀行のビジネスにおいて女性が重要な位置づけをされている主な理由は、貧困の男性ほど、わずかな収入が入ってもアルコールやギャンブルに使ってしまう傾向が強いのに対して、女性は自己の利益や嗜好というよりも「子供を含む家族の経済的自立と生活向上を志向する」点にあるとされています。

そして、生活困窮者に資金を提供(寄付・援助)するのではなく、貸出(すなわち返済が必要)とするのは、グラミン銀行創業者が、「貧困は本人達の問題ではなく、政治や社会によって生み出されたものだが、同時に単なる施しでは貧困層が堕落するだけであり、彼らが意欲的に生きていける為のシステムが必要だ」と考えたことによります。

これがグラミン銀行のマイクロファイナンスという独自のビジネスモデルにつながっているのです。

 

グラミン日本の理念・ビジネスモデル

グラミン銀行の日本拠点は、一般社団法人グラミン日本としてスタートしています。まずは、グラミン日本の理念について確認しておきましょう。

先進国と呼ばれる日本。しかしながら、格差は徐々に拡大し、今では国民の6人に1人が貧困ライン以下での生活を余儀なくされています。
現代の日本では、貧困は失職、病気、ケガ、事故、配偶者との離別・死別などによってほとんどの人に起こり得る、明日は我が身の問題になっています。
グラミン日本は、貧困や生活困窮の状態にある方々に低利・無担保で少額の融資を行い、こうした方々が起業や就労によって貧困や生活困窮から脱却し自立するのを支援するマイクロファイナンス機関です。
これまでの金融ではカバーされなかった人たち、たとえば働く意欲はあっても今は生活が苦しいシングルマザーやワーキングプアの人たちに、生活資金ではなく、「起業や就労の準備のためのお金」を融資します。

私たちは、働く場所があるということが真の意味で人を貧しさから救う、そして融資資金はそのための種(シード)になると考えています。
グラミン日本は、開発途上国のみならず、欧米先進国でも貧困削減に効果を上げているグラミン銀行の日本版です。日本の実態にあった方法で運営します。
誰もが活き活きと生きられる社会をつくりたい、それが私たちの想いです。

このような理念を持ったグラミン日本の具体的なビジネスモデルの概要は以下のとおりとされています。 
  • 組織形態:一般社団法人として設立。設立当初は貸金業者として登録・ 運営し、10年後に預金取扱金融機関への移行を視野。
  • 資本:グラミンアメリカを参考に必要な資本として 7億円を目途に、寄付・基金・賛助会員会費・クラウドファンディング・公益信託方式など で資金調達。5年後に単年ベースでの収支の黒字化を目指す。
  • 融資名称:「グラミン・ローン」
  • 融資対象:日本の貧困ライン以下の生活困窮者(約2,000万人)で、働く意欲があり生活をステップアップしたい人。条件は、互助グループ(5人一組)を作ること。
  • 融資額:最初の融資額は最高20万円からスタート。2回目以降は返済状況を見ながら増額可。
  • 融資期間:6カ月または1年。
  • 担保:無担保・連帯責任(連帯保証とはせず。保証人不要)。
  • 融資形態:互助グループ(5人一組)のグループ融資(ただし、融資はグループにまとめてではなく、1人1人に)。毎週1回のセンター・ミーティング、事前の金融トレーニングなどに参加することが必須。グループのメンバーは、原則として支店から1時間圏内に居住。
  • 融資順番:2:3方式(最初に融資を受ける2人の返済状況を見て、次の3人が融資を受けられる)。
  • 金利:6%(元利均等返済)。グラミン日本はユヌス・ソーシャルビジネス7原則(下記参照)に基づいて設立・運営され、収支が補うできる限り低い金利に設定。(貸金業法の「特定非営利金融法人」の特例によるため、上限は7.5%)。
  • 資金使途:融資資金は、就労(起業ないし被雇用)によって所得を創出する使途に限る。所得を創出せず、費消される生活資金には融資しない。
  • 返済方式:毎週。据置期間なし。
  • 貯蓄の奨励:少額でも定期的に自己名義の金融機関口座に貯蓄 (最低 1,000 円/週) することを奨励。
  • コミュニティのネットワーク形成:孤立しがちな生活困窮者が互助グル ープを形成することで、コミュニティの基盤を強化。7か条の誓い(借り手の行動規範で、グラミン銀行「16か条の誓い」の日本版)をグラミン日本と借り手が一緒に議論し作成し、規律あるコミュニティづくりを目指す。
  • 借り手のビジネス(仕事):生業、副業、フリーランス、プチ起業(小商い)、ワーカーズ・コープ方式のグループワーク、フランチャイズ等。
  • 就労支援・経営支援:シードマネーと仕事の機会(就労支援・経営支援)をワンセットで提供。
  • (注)ビジネスモデルは、事業を進めながら随時見直しを行う(グラミン方式)。 
(※)ユヌス・ソーシャルビジネス7原則とは、以下の通りです。
  1. 利益の最大化ではなく、社会問題の解決こそが目的であること。
  2. 財務的に持続可能であること。
  3. 投資家は投資額を回収するが、それ以上の配当は分配されないこと。
  4. 投資額以上の利益は、ソーシャルビジネスの拡大や改善のために使うこと。
  5. 環境へ配慮すること。
  6. スタッフは標準以上の労働条件・給料を得ること。
  7. 楽しみながら仕事をすること。

以上がグラミン日本の理念とビジネスモデルです。

 

所見

グラミン日本の理念、ビジネスモデルを以上で見てきました。

理念は素晴らしく、ビジネスモデルは地域コミュニティが無くなってきた日本において非常に面白い取り組みと言えます。

生活困窮者を起業もしくは就業に導き自立させることを狙っていくグラミン日本の取り組みは、日本でも現れてきた社会起業家が狙う「ビジネスを通じて社会問題の解決に取り組む事業」のお手本のようなものです。

筆者もグラミン日本のビジネスが日本においても成立して欲しいと願っています。

グラミン銀行の貸倒率は0.5~2%弱と言われていますから、グラミン日本でも「同様の貸倒率となり」「6%の利息を確保し」「相応の規模の貸出残高が積み上がり」「貸金業(=ノンバンク)から銀行に転換し」「預金で資金集めが出来るようになれば」ビジネスとして成り立つ可能性はあるでしょう。

筆者の知る限り、日本においては、いわゆるマイクロファイナンスのような取り組みはほとんどなかったのではないかと思います。基本的には人的関係(親、親戚、友人等)からのファイナンスが主であり、それが無理な場合は、いわゆる「闇金」からの高金利借入ぐらいしか選択肢が無かったのではないでしょうか。

そのような環境下では日本でもグラミン日本のビジネスが広がる可能性もあるでしょう。

しかし、あえて言えば、6%という金利でグラミン日本のビジネスが成り立つかには筆者は疑問があります。

簡単に計算しましょう(前提は筆者が勝手に設定しています)。

  • 借主は毎週1回のミーティングへ参加が義務付けられる=ミーティング場所の確保およびミーティングでのレクチャーのスタッフが必要
  • 拠点を賃借した場合の、賃料は月20万円を想定(スタッフ執務室+ミーティングスペース)
  • 一つの拠点におけるグラミン日本のスタッフは3名(一人あたり月20万円の給与)を想定
  • 以上より80万円@月=960万円@年がグラミン日本の一つの拠点におけるコストイメージ
  • 貸出金額は一人当たり最大20万円を適用すると金利6%=1.2万円が収益イメージ(貸出金の元本返済分考慮せず)
  • 960万円÷1.2万円=800名
  • すなわち、各拠点で800名の借主が存在すると、家賃とスタッフの人件費が確保できる可能性がある(ただし、本部運営経費、システム経費、貸倒費用は勘案せず)

マイクロファイナンスが日本や他国でなかなか普及しなかったのは、収益性の問題です。顧客一人を獲得し、資金を回収するにはコストがかかります。近時はインターネットの普及により、顧客一人の獲得費用(広告および貸出手続)は低下しましたが、回収の費用は相応にかかります。

例えば、消費者金融のアコムは無担保営業貸付の平均貸出金利が15%程度であり、貸倒損失率は3%程度です。 貸出金利と貸倒損失率に開きがあるため、全国展開・広告等のコストが負担できるのです。

グラミン日本の場合は、5人一組という仕組みや、企業からの支援があるため、単純に消費者金融とは比較できません。

一方で、毎週の借主とのミーティングは消費者金融にはない機能・業務であり、このミーティングには相応のコストがかかります(このミーティングで貸倒率を低減させているとも言えますが)。上記の通り最低限のスタッフ数で、800名の顧客と毎週ミーティングを行うのは現実的でしょうか。

以上より、グラミン日本の事業成功は、そう簡単なものではないことは間違いないでしょう。

それでも当該事業に取り組むことは社会的意義のあることであることは間違いなく、筆者としては、金融・銀行という業務が、「単なる金貸し」ではないと証明してくれることをグラミン日本には期待してしまうのです。今後の活動を見守りたいと思います。