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持投資口制度(持ち株制度のREIT版)について

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持ち株制度のREIT版を大和ハウスが導入するとの報道がなされています。

この持投資口制度(持ち株制度のREIT版)については聞き慣れない方も多いかもしれません。

今回はこの持投資口制度およびその原型である持株会制度について確認しましょう。

 

報道内容

まずは報道内容を確認しましょう。以下記事を引用します。

持ち株制度のREIT版 大和ハウスが導入
社員・役員資産形成で 2018/7/6 日経新聞
大和ハウス工業は社員や役員の資産形成を促すため、自社株を購入する持ち株制度の不動産投資信託(REIT)版にあたる制度を導入する。給与や賞与から一定額を天引きし、同社がスポンサーを務める大和ハウスリート投資法人の投資口を取得する。持ち株制度のREIT版にあたる「持投資口制度」の導入は国内企業で初めてという。(以下略)

この記事の概要は以下となります。

  • 社員を対象とする持投資口会は役員向けとは別に設け来秋から買い付け開始予定
  • 大和ハウス工業は大和ハウスリート投資法人のスポンサー(物件提供者等)
  • 大和ハウス工業は社員に限り、5%分の奨励金を支払う
  • 狙いは社員の資産形成メニューの充実

以上が報道内容となります。

 

持投資口制度

持投資口制度とは、リート(REIT)への投資を、通常の持株会と同様に行っていく仕組みです。

リートの持分は「株式」ではなく「投資口」と呼ばれているため、持投資口制度という名称となっているだけです。

日本証券業協会では、持株制度及び持投資口制度の運営を適切かつ円滑にするため、会員が行う両制度に係る事務の取扱いについて「持株制度に関するガイドライン」及び「持投資口制度に関するガイドライン」を2018年5月に制定・公表しています。

日本証券業協会ホームページ
http://www.jsda.or.jp/shiraberu/minasama/motikabu_motitousiguti.html

当該ガイドラインでは持投資口制度は以下のように定義されています。また目的・投資口の取得方法等は以下の通りです。

<持投資口制度>
次に掲げる組織において、金銭を拠出し投資法人の投資口を取得する仕組みをいう。

① 資産運用会社・特定関係法人従業員持投資口会
資産運用会社又は特定関係法人の従業員が、投資法人の投資口の取得を目的として運営する組織をいう。

② 役員持投資口会
投資法人の役員が、当該投資法人の投資口の取得を目的として運営する組織をいう。

③ 資産運用会社・特定関係法人役員持投資口会
投資法人の資産運用会社又は特定関係法人の役員が、当該投資法人の投資口の取得を目的として運営する組織をいう。

<持投資口制度の目的>
資産運用会社・特定関係法人従業員持投資口会は、資産運用会社及び当該資産運用会社の特定関係法人の従業員による取得対象投資口の取得、保有の促進により、当該従業員の福利厚生の増進及び当該従業員と投資主との利害の一致による中長期的な投資主価値の向上に資することを目的とする。

<取得方法>
投資口の取得に当たっては、一定の計画に従い、個別の投資判断に基づかず、継続的に買付けを行うものとし、理事長や事務局等の裁量により行われることのないようにするものとする。

⑴ 取得対象投資口が上場投資口である場合
定時拠出金及び一時的に定時拠出金に追加する場合の臨時拠出金による買付けは、原則として規約によりあらかじめ定めた日に行うものとする。ただし、あらかじめ定めた日に行う買付けが困難となり、その状況が継続している場合には、規約を変更し、連続した複数日による買付けが行えるものとする。この場合、買付金額の分割割合は各買付日において等分とし、あらかじめ規約に定めるものとする。

<役員に対する奨励金等の禁止>
投資法人、資産運用会社又は特定関係法人は、会員(筆者註 当該条項についての会員は「役員」)に対して奨励金及び事務委託料の経済的援助を与えてはならないものとする。

 

今回の大和ハウス工業の持投資口制度の導入はこのガイドラインを踏まえたものといえるのでしょう。

基本的には持株会制度となんら変わるところはありません。

 

持投資口制度・持株会制度の論点

ここで、持投資口制度・持株会制度についての法的論点等について確認しておきましょう。

持株会制度は古くからある仕組みであるため、論点について忘れられている点もあるのではないでしょうか。

持投資口制度・持株会制度(以下まとめて持株会)の主要な論点は以下となります。

  • 奨励金の水準(利益供与・株主平等の原則)
  • 制度導入の目的(安定株主対策か、従業員の福利厚生等か)
  • 積立資金の原資(従業員に対する貸付)
  • インサイダー規制
  • 役員への奨励金の禁止

以下でポイントを見ていくことにしましょう。

 

論点の詳細

奨励金が過大になると、株主(投資口主含む)に対する利益供与規制(会社法120条)や株主平等原則との関係で問題が生じるため、積立金の10%程度にとどめるのが一般的・適切とされています。

 

<利益供与>
まず、利益供与については以下の判例が有名です。

福井地判昭和60年3月29日(判例タイムス559号275頁)においては、会社から従業員持株会に対する奨励金の支出について、①合理的な制約を除き持株会の入退会に特段の制約がないこと、②議決権行使について制度上は各会員の独立性が確保されているなど取締役等の意思を議決権行使に反映させる方法は制度上存しないこと、③一定数を超えた保有株式を処分できること、④奨励金の額や割合も従業員持株会制度の趣旨・目的以外の何らかの目的を有するほどのものではないこと、を理由として、利益供与への該当性が否定されています。

 

<株主平等の原則>
株主は、株主としての資格に基づく法律関係について、保有株式数に応じて平等の取扱いを受けることとなっています(株主平等の原則)。

企業が奨励金を支給するのは、持株会の会員である株主に対してのみであり、一般の株主は奨励金を受け取ることは出来ないことになります。

この点が株主平等の原則に抵触するとの見解もみられてきました。

これに関しては、奨励金は株主としての持株会会員に与えられるのではなく、従業員としての会員に与えられている、という見解が一般的です。

したがって、企業の持株会会員に対する奨励金の支給は従業員に対する「福利厚生の一環」であり、株主平等の原則には反しないとされているのです。

 

<奨励金の水準>
では、「福利厚生目的」とされる奨励金の付与率は、どの程度といえるのでしょうか。

今回の大和ハウス工業の場合は積立金の5%と報道されています。

これについては野村資本市場研究所が2004年に出したレポートが詳しいでしょう。
以下引用します。

これまでは、東京弁護士会会社法部が「利益供与ガイドライン」の中で、「従業員の株式取得に関し会社が支給する奨励金は、その金額が従業員に対する福利厚生制度の内容として妥当な範囲であれば、株主の権利の行使に関する利益供与とはならない」「現在一般に行なわれている積立金(賞与からの積立金も含む)の 3%ないし 20%の程度であれば問題ないと思われる」としていた。しかし、ガイドラインの当該部分は 1983 年に公表されたものであり、それから 20 年以上が過ぎた現在では、20%を奨励金付与率の上限とすることは説得力を持たなくなっているのではないか、とする説が出されており・・・(以下略、野村資本市場研究所「奨励金引き上げによる従業員持株会の活用を考える」資本市場クォータリー2004 年冬)

以上の通り奨励金の水準については法律上の上限はありませんので、個々の企業が判断してくことになるのでしょう。ただし、一般的には10%までと言われています。

 

<従業員への資金提供>
株式(投資口含む)取得にあたり、会社から従業員に対する貸付けを行う場合には、贈与税発生の問題や、利益供与規制の問題、従業員持株会を用いた自己株式取得ではないかとの疑義などが生じるため、適正な利息を付けて貸し付けることが妥当とされています。

 

<役員への奨励金禁止>
会社法355条(旧商法254条の3、取締役の忠実義務)により役員は会社から経済的援助を受けてはならないとされていますので、従業員持株会の場合と異なり、役員持株会の場合は、役員が奨励金や事務代行費を会社から受け取ることは許されないというのが実務の取り扱いです。

 

<インサイダー>
持株会の会員である従業員等は会社の重要な情報を知っていることもあります。

会社外部の株主よりも会社の状況を知る立場にあるため、持株会での株式取得といってもインサイダー規制に抵触しているともいえるのではないかという疑問もあるでしょう。

これについては法的に対応がなされています。

端的に言えば、持株会に加入する際にインサイダー情報を持っていなければインサイダー取引規制の適用除外となり、問題ないということになります。
ここは重要なところなので、条文を以下掲載しておきます。

金商法 166 条6項12 号
十二 上場会社等に係る第一項に規定する業務等に関する重要事実を知る前に締結された当該上場会社等の特定有価証券等に係る売買等に関する契約の履行又は上場会社等に係る同項に規定する業務等に関する重要事実を知る前に決定された当該上場会社等の特定有価証券等に係る売買等の計画の実行として売買等をする場合その他これに準ずる特別の事情に基づく売買等であることが明らかな売買等をする場合(内閣府令で定める場合に限る。)

 

平成十九年内閣府令第五十九号
有価証券の取引等の規制に関する内閣府令
59 条1項
四 上場会社等の役員又は従業員(当該上場会社等が他の会社を直接又は間接に支配している場合における当該他の会社の役員又は従業員を含む。以下この号及び次号において同じ。)が当該上場会社等の他の役員又は従業員と共同して当該上場会社等の株券又は投資証券の買付けを行う場合(当該上場会社等が会社法第百五十六条第一項(同法第百六十五条第三項の規定により読み替えて適用する場合を含む。)の規定に基づき買い付けた株券以外のものを買い付けるときは、金融商品取引業者に委託等をして行う場合に限る。)であって、当該買付けが一定の計画に従い、個別の投資判断に基づかず、継続的に行われる場合(各役員又は従業員の一回当たりの拠出金額が百万円に満たない場合に限る。次号において同じ。)
八の二 上場会社等(上場投資法人等に限る。)の資産運用会社又はその特定関係法人の役員又は従業員が当該資産運用会社又は当該特定関係法人の他の役員又は従業員と共同して当該上場会社等の投資証券の買付けを金融商品取引業者に委託等をして行う場合であって、当該買付けが一定の計画に従い、個別の投資判断に基づかず、継続的に行われる場合(各役員又は従業員の一回当たりの拠出金額が百万円に満たない場合に限る。)

以上が忘れがちな持株会制度についての論点であり、持投資口制度であったとしても考え方は同様です。