銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

キレイごとばかりではない三井住友銀行の石炭火力発電所建設資金への融資厳格化の背景

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三井住友銀行が石炭火力発電所の建設資金に関する融資基準を厳しくしました。

この流れはどのような背景があるのでしょうか。

銀行も環境を考える時代になったということでしょうか。

今回は銀行による石炭火力発電所への融資基準の厳格化を題材に、銀行を取り巻く環境を考察します。

  

報道内容

まずは概要が分かるので日経新聞の記事を引用します。

石炭火力で初の融資制限 三井住友銀、高効率発電に限定
2018/06/17 02:00 日経速報ニュース 755

 

 三井住友銀行は発電効率が低く、二酸化炭素(CO2)の排出量が多い石炭火力発電事業への融資を国内外でやめる。新規融資は最先端の技術を使う石炭火力に限る。投資家が企業に環境などへの配慮を促す「ESG投資」が広がり、銀行も対応を求められている。環境に配慮する動きが融資まで広がり、エネルギー関連の企業は一段と対応を迫られそうだ。
 同行は今後、一般にCO2の排出量が1~2割程度少ない「超々臨界圧」以上の技術を使ったプロジェクトだけに融資する。「超臨界圧」など技術水準の劣る案件は融資を断ることになる。発電効率に応じて融資を限定するのは国内の金融機関では初めてだ。
 経済協力開発機構(OECD)は建設資金を融資する際のガイドライン(指針)をまとめ、昨年1月に適用を始めた。高効率の技術を推す一方、電気の普及率が低い国向けには例外を設けている。国内の金融機関が指針を参考に融資の可否を判断するなか、三井住友銀は基準を厳しくする。
 非政府組織(NGO)の米レインフォレスト・アクションネットワークによると、三井住友銀による石炭火力発電向けの組成額は2017年で3億8千万ドル(約430億円)。同行は17年度に約3千億円だった太陽光発電など再生可能エネルギーへの融資に力を入れる。
 原料が安価な石炭火力は発電コストを抑えられるが、温暖化ガスの排出量は多い。海外では仏BNPパリバやドイツ銀行が石炭火力への融資を禁じている。融資の基準を厳しくすれば、発電所の新増設を計画する事業者に最新技術を使うよう促すことができる。
 三菱UFJフィナンシャル・グループ(FG)は環境保護などに関する融資方針を5月に公表し、案件ごとに慎重に判断する考えを示した。みずほFGも審査手続きに環境リスクを軽減するためのチェック項目を設けている。

 

三井住友銀行の発表

以上が報道内容でした。

次に、新しく策定された部分も含めた三井住友銀行の方針を確認しましょう。

以下は三井住友フィナンシャルグループのホームページに掲載されているポリシーです。

少々長いですが、確認してみましょう。 

三井住友銀行では、与信業務の普遍的かつ基本的な理念・指針・規範等を明示した「クレジットポリシー」に公共性・社会性の観点から問題となる与信を行わないという基本原則とともに、事業別に環境・社会リスクへの融資方針を定め、地球環境に著しく悪影響を与える懸念のある与信を行わないことを謳っています。また、環境・社会に多大な影響を与える可能性がある大規模プロジェクトへの融資においては、民間金融機関の環境・社会配慮基準である「エクエーター原則」を採択し、国際環境室において、環境社会リスク評価を実施しています。特に以下に掲げる分野については、環境や社会などへの影響を鑑み対応を行っております。

今後もグローバル金融グループとしての社会的責任を果たすべく、これらの遵守を通して環境・社会リスクに配慮し、持続可能な社会の発展に努めてまいります。

クラスター爆弾やその他殺戮兵器の製造への対応

クラスター弾製造については、その非人道性を踏まえ、「与信の基本理念に反する先」として、製造企業宛ての与信を禁止しております。また、人道上の観点からその他の殺戮兵器製造にも融資金が用いられないことを確認しています。

パーム油農園開発への対応

環境・社会に配慮して生産されたパーム油に与えられる認証である、RSPO(Roundtable on Sustainable Palm Oil)、或いは準ずる認証機関の認証を受けているかどうか確認し、新規農園開発時の森林資源および生物多様性の保全、児童労働などの人権侵害などが行われていないことを確認し融資を行っています。また、まだ認証を受けていない取引先については、同認証の取得推奨、支援を行っています。

森林伐採への対応

融資対象プロジェクトにおいて、森林伐採を伴う場合は、各国の法規制に則り違法伐採や焼却が行われていない旨を確認の上、融資を行っています。また、大規模なプロジェクトについては、エクエーター原則に則り、原生林や生態系の破壊など環境への影響を評価しています。

石炭火力発電所への対応

気候変動対策の一環として、石炭火力発電所への融資方針について定めています。国際エネルギー機関(IEA)の報告でも、アジア諸国では石炭火力発電所を新規建設中の国々が見られるなど、引き続き石炭が重要なエネルギー源となる地域が存在する一方、先進国では脱炭素への動きが進む中、日本政府も2050年までに温室効果ガス排出量の80%削減を掲げています。

かかる状況下、低炭素社会への移行段階として、石炭火力発電所への新規融資は国や地域を問わず超々臨界(※)及びそれ以上の高効率の案件に融資を限定しています。
なお、当社として、新興国等のエネルギー不足解決に貢献しうるなどの観点から、適用日以前に支援意志表明をしたもの、もしくは日本国政府・国際開発機関などの支援が確認できる場合においては、上記方針の例外として、慎重に対応を検討いたします。

(※)蒸気圧240bar超かつ蒸気温593℃以上。または、CO2排出量が750g-CO2/kWh未満。
また、既存設備の効率化・高度化や、温室効果ガス排出量を抑える設計がされている炭素貯留・回収などの先進技術など環境へ配慮した技術は、温室効果ガス排出量の削減へ向けた取組として支援し、今後は各国の政策や気候変動への取組状況を注視しつつ、定期的に方針の見直しを図ってまいります。

http://www.smfg.co.jp/responsibility/smfgcsr/policy/

エクエーター原則採択の背景(三井住友銀行)

大規模な開発プロジェクトは環境・社会に多大な影響を与える可能性がありますが、プロジェクトを資金面で支援する金融機関もその融資実行に際し、環境・社会への影響を十分検討することが国際社会から求められています。先進国・発展途上国問わず、金融機関は複雑かつ困難な環境・社会問題に取り組まなければならないことがしばしばあります。

三井住友銀行は、SMBCグループの一員として、環境問題を重要な経営課題と認識しています。活動の基本方針として、SMBCグループは「グループ環境方針」を定めており、その基本理念において、「持続可能な社会」の実現を重要課題のひとつであると認識し、地球環境保全と企業調和のため、継続的な取組を行い、社会・経済に貢献する旨を定めています。

本環境方針に則し、同行が関与するプロジェクトにおいても環境・社会への配慮を義務付け、同行の企業としての社会的責任(CSR)を果たすとともに、より高品質の国際金融サービスを提供していくことを目的として、2005年12月に「エクエーター原則」を採択、2006年1月には国際部門内に「国際環境室」を設置しました。

同行はエクエーター原則の採択と遵守が、同行自身はもとより、借入人、地域コミュニティなどさまざまなステークホルダーに大きな恩恵をもたらすものと考えています。

エクエーター原則とは

エクエーター原則とは、大規模なプロジェクト向け融資における環境・社会への配慮基準です。プロジェクトファイナンスと特定プロジェクト向けのコーポレート与信、および将来的にこれらに借り換えられる予定のつなぎ融資が対象であり、プロジェクト所在国や業種を問わず適用されます。エクエーター原則は、世界銀行グループの国際金融公社(IFC)が制定する環境社会配慮に関する基準・ガイドラインに基づいており、その内容は環境社会影響評価の実施プロセスや、公害防止、地域コミュニティへの配慮、自然環境への配慮など多岐にわたります。

エクエーター原則を採択した金融機関は、同原則に基づいた独自の基準や手続を制定することを要請され、その基準・手続に則って環境・社会のリスク評価を実施することになります。

エクエーター原則協会は採択した金融機関を会員とする任意団体であり、エクエーター原則の管理、運営、発展を目的としています。2017年5月現在、世界の90金融機関がエクエーター原則を採択しています。

 

今後の動向

二酸化炭素などの温室効果ガスを大量に排出することを理由に、欧米の機関投資家や大手金融機関は石炭火力発電事業への投融資からの撤退を進めつつあります。気候変動への配慮をしなければならないということです。

しかし、これは「自主的に」環境に配慮した行動であると短絡的に考えるのは問題があるかもしれません。

以下の引用記事をご覧下さい。

ドイツのNGOウルゲバルト (Urgewald)と国際環境NGOのバンクトラック(BankTrack)は12月11日、新たに石炭火力発電所の建設計画を進めている世界の大手120社への投融資の状況を明らかにした。
「銀行vsパリ協定」。こんなタイトルが掲げられたバンクトラックのサイトによれば、大手120社向け融資額(2014年1月~2017年9月)で首位となったのがみずほフィナンシャルグループ、第2位の三菱UFJフィナンシャル・グループ、第5位の三井住友フィナンシャルグループなど、大手邦銀が上位を占めている。
(出典 東洋経済 世界で突出、邦銀の「石炭火力発電」向け融資 2017年12月31日)

このように石炭火力発電所の建設のみならず、その資金の出し手、すなわち銀行に対しても環境NGOからは批判の声が挙がっているのが現状なのです。

Climate Action 100+というキャンペーンをご存知でしょうか。

この活動は、気候変動抑制のため、温室効果ガス排出量が世界的に多い主要排出企業を特定し、資産運用の立場から削減圧力をかけるキャンペーンです。

2017年12月にはカルパースやAXAなどの年金基金·民間金融機関・運用会社等資産総額にすると28兆ドル(約3,000兆円)の256機関が署名しました。

このClimate Action 100+は、選別した対象企業に対して、気候変動リスク・機会をモニタリングし経営としての説明責任を果たすガバナンス構造の構築、パリ協定と整合性のある温室効果ガス削減行動の実施、情報開示の向上を共同で要請していくものです。

対象企業100社のうち、日本では新日鉄住金、トヨタ、ホンダ、日産、スズキ、パナソニック、東レ、ダイキン、日立製作所、JXホールディングスの10社が選ばれています。

このClimate Action 100+というキャンペーンは、資金の出し手を巻き込んでいるところに上手さがあります。

対象企業(新日鉄やトヨタ)は、対応しなければ機関投資家等から資金を引き揚げられるリスクがあるのみならず、株主総会で議案を反対される可能性があるのです。いわば株主からの直接の脅しなのです。

この考え方が普及・波及すれば、当然ながら温室効果ガスを排出している企業のみならず、その企業に投資している投資家、その企業に融資している銀行も批判を浴びかねません。投資家から投資対象として銀行自身が外される可能性だってあり得るのです。

現に、上述の通り、石炭火力発電所向けの融資については資金の出し手が批判されてきているのが現実です。

これが、日本のメガバンク等を取り巻く環境なのです。

そして、このような環境を考慮すると、自分達が批判されるだけならまだしも、融資を行った石炭火力発電所自体が運転停止・禁止に追い込まれないとも限りません。

石炭火力発電所建設資金を融資するようなプロジェクトファイナンスは、長期間にわたっての貸出となります。

この期間中に起こるかもしれないリスクを鑑みると簡単には融資が出来ないでしょう。

よって、メガバンクは石炭火力発電所建設資金の融資には及び腰になってきているのです。
一方で、完全にストップできないこともまた事実でしょう。

日本は、東京電力福島第1原発事故で原発の再稼働が困難となり、政府の計画でも石炭火力が基幹電源に据えられています。国内では今後も石炭火力発電所新造計画があり、日本を拠点とする銀行は「脱石炭」を表明しづらいのが現実のようです。

日経新聞の記事だけをみていると、銀行が環境に配慮した行動を起こしているだけに見えますが、実情はもう少し複雑ということです。