三菱UFJ銀がAIを使った中小企業向け融資を始めるようです。
この話題を聞くと10年以上前に流行ったスコアリング融資の失敗を思い出す方もいらっしゃるのではないでしょうか。
今回の記事ではAI融資とスコアリング融資を比較し、AI融資の成否について考察します。
新聞報道
まずは三菱UFJ銀のAI融資がどのように報道されているかを確認しましょう。
以下は日経新聞からの引用となります。
三菱UFJ銀 AIで創業期でも融資
2018/03/27 日経新聞三菱東京UFJ銀行は2019年度にも人工知能(AI)を使った中小企業向け融資を始める。非対面でコストを抑えつつ、預金口座の細かな入出金データをもとに財務諸表には表れない「リアルな返済能力」を判断する。これまで融資対象になりにくかった創業後間もない企業にも資金を供給する新たな融資モデルの確立を急ぐ。
(中略)
想定しているのはAIをフル活用し、企業実態に沿った柔軟な融資の実行だ。現在は「3期分の決算書類」など外形的な要件がそろっていないと、そもそも融資可能かどうかを判断するモデルに当てはまらない。AI融資では、企業の預金口座の入出金データをもとに信用力をスコア化し、融資の可否や利率を決めるしくみだ。
例えば、売り上げ先や仕入れ先の上位の相手が安定しているか、社員への給与やオフィス賃料など決まった支出を決まった期日に実行しているかなど、あらゆるデータをAIが分析。預金残高の増加も毎月の売り上げが着実に積み重なった結果か一過性の利益で押し上げられているだけなのかで評価は変わりうる。
創業間もない企業でも優良な取引先を多く抱え、堅実な仕事ぶりが入出金データから読み取れれば融資するというわけだ。どのような入出金の動きを、どれくらい重視すれば企業の実質的な返済能力を判断できるかAIが学習。早期に融資の可否を判断するモデル構築につなげる。
スタートアップは複数期分の決算書類がそろう前の段階で成長が加速し、多額の運転資金が必要になることが多い。ただ従来の銀行の審査モデルが対応していないため、適切な時期に資金を供給してこられなかった。AI融資はこうした矛盾を解消するとともに、人間では気づきにくい企業の実質的な信用力を膨大なデータから割り出してモデルの精度向上につなげる。
大企業取引と異なり、小口取引が中心で採算があわないスタートアップ企業には「RM」と呼ばれる銀行の営業担当者はつかない。AI融資でネット上で審査から融資実行まで「非対面」で完結するようになれば、コストが抑えられ、銀行側の人手が減っていくなかでも新たな顧客層として開拓できるとみている。
(以下略)
以上が新聞記事です。
ポイントは預金口座の細かな入出金データをもとに財務諸表には表れない「リアルな返済能力」を判断するという点でしょう。
これは、Amazonや楽天が実施しているレンディングサービス(トランザクションレンディングといわれています)と仕組みは同じです。
Amazon等の仕組みはECサイトでの販売動向を分析して企業に資金を貸し付けるものです。販売動向が分かれば運転資金の必要性も判断できますし、資金の回収時期も予測ができます。
これを口座の入出金データを使ってやるということです。
決して新しいビジネスモデルや概念ではありません。
では、このAI融資の成否について考察する前の前提として、冒頭で触れた通り大失敗に終わったスコアリング融資について確認しておきましょう。
スコアリング融資
スコアリング融資とは、財務情報や定性情報を組み合わせた企業情報データベースを駆使しながら倒産リスクを推定した与信判断に基づき行われる融資のことです。
個々の貸出案件の信用リスクを判断する通常の融資に対して、貸出をポートフォリオとして認識し、ポートフォリオ全体の平均的なパフォーマンスに基づいて与信判断がなされるという特徴があり、難しい課題である中小企業の与信について、時間の短縮や正確性の向上、与信コスト削減を図る目的で一部金融機関で導入されています。
審査の客観性が確保できることもあり、特に新規貸出先の審査に威力を発揮することが期待され、2000年代中頃には銀行貸出の5%程度がスコアリングを使った貸出になっていたと言われています。
大手銀行も、それまであまり貸出を積極的に行っていなかった地域の中小企業向けにスコアリング貸出を積極化させたとされていました。
しかし、結局は、スコアリング貸出の損失が急増したことを背景に取扱いの停止が相次ぎました。
一般的には、この損失の主因はスコアリングモデルと呼ばれる信用力のスコア化を行う統計的モデルにあると言われていたと認識される読者も多いでしょう。
この点につき日本経済研究センターが検証をしています。スコアリング融資での大きな損失としては、中核ビジネスにスコアリング貸出をおいた新銀行東京のケースがよく知られています。
新銀行東京は一般の金融機関が貸出を躊躇するような中小企業に対する貸出を積極的に行うとしていました。
一般の金融機関は、財務情報や入手しやすい定性情報等に加え、長期取引関係のなかから得られる、経営者の資質や事業の将来性等についての情報(簡単に入手しにくい個別企業の定性情報)などを融資判断に用いています。
このような伝統的融資判断は、利用情報がリッチであるため、(審査コストは別として)審査の質ではスコアリングに勝ると考えるのが自然です。
それにもかかわらず、新銀行はモデルで高いスコアが出れば貸出可能と判断していました。
ただし、その代わりに新銀行は通常の企業向けの貸出に比べるとかなり高い貸出金利を適用していたのです。
日本経済研究センターの研究によれば、この新銀行東京の動きをMoody' s KMV社のモデル等により検証した結果は、貸出金利が高いのであれば、収益性はある程度高いことが確認され、他の検証では基本的にモデル自体の精度は決して低くないことも判明したとされています。
したがって、一般的に指摘されるモデルの精度の低さを損失の主因とする考え方には疑問が生じるのです。
では、損失の主因はどのようなものだったのでしょうか。
同センターの研究では数量的な分析から、いわゆる逆選択の問題と企業データの不正確性の問題が同時に発生していた可能性が高いことが明らかとなったとしています。
逆選択の問題とは、信用力の低い企業が自社の将来の返済能力が低いことを知りながら借入を申し込んできてしまう問題です。
これだけならば、ある程度はスコアリングを通じてスクリーニングが出来ると考えられますが、それに加え、提出された質の低い財務諸表のみを使って審査をしてしまったという問題があったと想定されています。財務諸表の質の低さは、粉飾の可能性もありますし、単に会計的な知識が不十分故の可能性もあるのです。
すなわち、スコアリングモデルの失敗は、顧客から提出された財務諸表を安易に信じて使ってしまったということにある可能性が高いということです。
(以上は独立行政法人経済産業研究所の論文概要を引用し、筆者にて加筆修正したものです。)
また、中小企業の倒産リスクをデータベース分析するのが難しい背景として主に以下の理由が挙げられます。
- 中小企業の財務力は、事業主の親族の資金提供力に依存するなど上場企業に比べて不透明な要素が多い
- 法人の帳簿データばかりでなく、事業主のクレジットカードや消費者金融の利用履歴など個人的な状況も加味して信用度を判断する必要がある
- 経営環境が大企業に比べて不安定なため過去の売り上げ推移などを与信判断においてあてにしづらい
- 多くの金融機関は倒産企業の事例情報を分析目的で十分に収集していない
すなわち、スコアリング融資の問題点は端的にいえば、借入人の本当の信用力が把握できていなかったことにあります。
財務諸表が不正確で、かつ会社以外の(個人や親族の)資金動向・資産背景が把握できず、倒産企業の情報もデータベース化が未成熟だったことが問題を発生させた原因だったと想定されるのです。
AI融資についての所見
今回のAI融資は、預金口座の入出金を分析するとしています。
これ自体は全く問題ありません。
上述のスコアリング融資で用いたスコアリングモデルに、AIでの大量のデータ分析を組み合わせれば、分析制度が上がるのは間違いありません。
企業の存続可能性・返済能力は、キャッシュが回るか(資金繰り)につきます。
すなわち資金繰りさえ本当に分析できれば、財務諸表を分析しなくとも融資の判断はできるといって良いのです。
そして、確かにAIならば人間では気づきにくい企業の資金繰り動向を」膨大なデータから割り出すことができるかもしれません。
ただし、このAI融資を万能だと思ってはいけません。特に借入を検討している企業も期待しすぎてはいけないでしょう。
まず、売り上げや仕入れ先の安定しているスタートアップ企業なんてあるのでしょうか。
有料な取引先を多く抱え、堅実な仕事ぶりが入出金データから読み取れるような企業はスタートアップにどれだけ存在するでしょうか。
対象先は極端に限られるでしょう。
また、AI融資が顧客として想定する中小企業・スタートアップ企業は、ネット上も含めて企業情報が少ないのが現状です。
財務諸表や預金口座の入出金データはあくまで過去の事実でしかありません。
企業の将来性等を判断するのはAIでは難しいかもしれません。
そして、最大の問題は、このAI融資も「入手する口座の入出金データが完璧でなければ」本当の判断はできないということです。
すなわち、借入人が取引する全ての銀行の口座データを貸出銀行に提出することが正確な分析には必要なのです。
例えば、企業が経営者に何らかの名目で一時的に貸し付けを行います。その資金を使って、様々な名前で顧客を装って、経営者が会社の口座に振込を行います。これだけでも断面を切り取れば売り上げが増加しているように見えるのです。
技術的には様々な銀行の口座データを預金者の同意を得て、銀行が収集することは可能になってきました。そのため、企業の全預金口座を把握することは可能といえるかもしれません。
しかし、お金を借りている銀行に全ての情報を開示するのは経営者の心理としては「嫌」ではないでしょうか。全てのオカネを把握されているのは気持ちが悪いでしょう。いざというときのために、銀行から取られないように資金を隠しておきたいのが借入人としての心情でしょう。
これはスコアリング融資の失敗要因と共通するのです。
すなわち判断する基礎となるデータの不正確性です。
筆者は企業の全ての預金口座における入出金データを銀行が把握することはできないと考えています。
そのためAI融資はスコアリング融資ほどではないにしろ、相応の貸し倒れが発生し、そう簡単にはうまくいかないだろうと想定しています。
なお、筆者は伝統的な融資における経営者の人柄、経営センス等の定性情報評価も大事だと考えています。
ただし、それが資金繰りデータ以上に重要だとまでは考えていません。
銀行は株式の(エクイティ)投資家ではありません。
企業が成長しようと、超過利潤は得られません。
銀行は確実に貸出を回収して、はじめて取引が成功するのです。
よって、資金繰り判断こそが銀行の生命線なのです。
AI融資は、スコアリング融資をさらに発展させたものです。
ただし、銀行単体ではデータ把握に限界があります。
銀行が本当にAI融資を成功させたいのであれば、他社との提携こそが成功の条件であると筆者は考えています。