銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

商工中金に優る民業圧迫は住宅金融支援機構では?

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商工中央金庫(商工中金)が国の制度融資「危機対応業務」で不正を繰り返し、低利で顧客を増やす「民業圧迫」を批判されています。

この事象が起きた背景は、民間の資金需要に国・政府の関与の必要性がないからこそ、貸出量確保のために不正な融資がなされたということだと筆者は理解しています。

この民業圧迫ですが、商工中金よりも大きな問題にすべき組織があります。

それは住宅金融支援機構です。

今回は住宅金融支援機構がいかに民業を圧迫しているのかを考察します。

住宅金融支援機構とは

そもそも住宅金融支援機構とはどのような組織なのでしょうか。

以下はデジタル大辞泉の説明になります。

住宅金融市場における安定的な資金供給を支援し、住生活向上への貢献をめざす独立行政法人。国土交通省と財務省が所管する。民間金融機関による長期・固定金利の住宅ローンの供給を支援する証券化支援業務、民間住宅ローンの供給を促進する住宅融資保険業務、政策上重要で民間金融機関では対応が困難な融資業務、住宅関連の情報提供などを行う。平成19年(2007)4月設立。同年3月に廃止された住宅金融公庫の業務を引継ぐ。 

出典 デジタル大辞泉

主に短期の資金で資金調達を行う銀行等の民間金融機関は、長期固定金利の住宅ローンを取り扱うことが難しいとされています。

そこで、住宅金融支援機構は、フラット35を取扱っている民間金融機関から住宅ローン(フラット35)を買い取り、それを担保とする債券を発行することで長期の資金調達を行い、民間金融機関が長期固定金利の住宅ローンを提供するしくみを支えています。

以下がその仕組みです。

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民間の住宅ローンを支援するとしていますが、実質的には窓口や回収業務を任せているだけであり、上記図のMBS(資産担保証券)も住宅金融支援機構の信用にかなりの部分を依拠しています。

この住宅金融支援機構の前身の住宅金融公庫についても設立の目的等を確認しておきましょう。 

住宅金融公庫設立の目的は、国民大衆が健康で文化的な生活を営むに足る住宅の建設および購入に必要な資金で、銀行および一般の金融機関が融資困難なものを長期低利で融通することにあった。公庫の業務は、個人に対する住宅建設資金の貸付、賃貸住宅に対する建設資金の貸付(公社賃貸住宅、民間賃貸住宅)、既存住宅(いわゆる中古住宅)の購入資金の貸付、公社ならびに民間分譲住宅の購入資金の貸付、産業労働者住宅資金融通法に基づく労働者住宅の建設に必要な資金の融通、再開発住宅に関連した市街地再開発などの住宅建設資金および住宅購入資金の貸付、中・高層建築物のうちの住宅建設資金の貸付、宅地造成資金の融通、財形住宅資金の貸付などであった。その貸付資金は、資本金(全額政府出資)のほか、財政投融資計画に基づく政府資金(資金運用部資金、簡易生命保険および郵便年金資金)からの借入金からなっていた。政府が住宅金融公庫を通じて政策的な意図の下に資金を貸し付けたことの意義は、(1)個人の住宅を充実させようとした住宅政策のほか、景気刺激政策として有効な手段となったこと、(2)国民の居住水準の向上に大きな効果があったこと、(3)持ち家取得を推進し、返済負担を軽減すること、(4)中・低所得層に低利の住宅資金を供給して、住宅取得可能所得水準を引き下げること、などにあった。このため、住宅金融公庫法に定められた基準金利5.5%の適用対象に所得制限や住宅面積制限を課していた。また、住宅金融公庫は民間の住宅金融に対する信用保険制度をもっていて、民間住宅金融の間接的促進に寄与していた。

出典 日本大百科全書(ニッポニカ)

住宅金融は、資金力・信用力の弱い個人が長期にわたって返済していくことから、民間金融機関で対応していくことが多くの国で困難であると位置付けられ、公的セクターが対応しています。

日本においても旧住宅金融公庫は住宅金融の分野において非常に大きな役割を果たしてきました。

以下にある通り、日本に存在する住宅の3割が公庫の融資によって建設されました。

旧住宅金融公庫は、昭和25 年の設立から廃止となる平成18 年度末までの57 年間に、1,941 万戸に融資を行いました。これは戦後建設された全住宅の約3割に当たります。

出典 住宅金融支援機構ディスクロージャー誌 11P

http://www.jhf.go.jp/files/400343080.pdf

戦後の住宅金融における公的機関の役割が大きかったことは間違いありません。しかし、現在はどうなのでしょうか。

(ご参考)商工中金の規模

ここで、少し脇道にそれて、民業圧迫といわれている商工中金について簡単に確認しておきます。

商工中金の規模は銀行業界全体と比較すると大きな影響力を及ぼすとまではいえません。

2017年3月期の商工中金の経常利益は492億円です。

一方で、銀行業界全体では経常利益が3兆9,461億円となっています。

そのうち、第一地銀全体では1兆1,316億円、第二地銀全体では2,350億円となります。

商工中金の経常利益を銀行業界と比べた場合は、銀行業界全体のうち商工中金の占める割合は1.2%となります。また、第一地銀全体と比較した場合は4.3%、第二地銀全体と比較した場合は20.9%となります。

経常利益面で見た場合には、決して小さい規模とまではいえませんが、民業圧迫とまではいえないレベルといえるのではないでしょうか。

また、商工中金の貸出残高は2017年3月末時点で9兆3,568億円です。

銀行業界全体の貸出残高は2017年3月末時点で551兆3,937億円であり、商工中金の占める割合は1.7%です。第一地銀全体では187兆4,355億円であり、商工中金の占める割合は5.0%、第二地銀全体では50兆8,006億円であり同割合は18.4%となっています。

以上の通り、貸出残高という観点でも民業圧迫とまではいえないレベルといえると思われます。

尚、地銀最大手のコンコルディアホールディングス(横浜銀行+東日本銀行)は経常利益が972億円、貸出残高が11兆9,780億円ですので、商工中金は地銀の大手クラスの規模とはいえるでしょう。

旧住宅金融公庫の規模と廃止理由

この商工中金に対して住宅金融支援機構(特に前身の住宅金融公庫)の規模はどうでしょうか。

住宅金融支援機構は前述の通り、日本国民が住宅を取得するためのサポートを目的として設立された住宅金融公庫が前身です。

住宅ローンの市場は、住宅金融公庫という公的金融の存在感が非常に大きい分野でした。

インターネット上の統計で確認できる最も古い1989年には、住宅金融公庫の住宅ローン残高33.5兆円に対して、国内銀行は38.2兆円となっていました。

2000年時点は住宅ローン残高全体が増加しており、同公庫の住宅ローン残高は68.3兆円、国内銀行が71.6兆円でした。

これが住宅金融支援機構が設立された2007年には同機構の住宅ローン残高は35.1兆円にまで減少し、一方で国内銀行は97.2兆円となっています。

住宅企融公庫の廃止理由は様々ですが、主に約4,000億円を利子の補給金として実質的な国民負担で公庫が収受していたことにあるでしょう。

公庫のローンは、①金利が民間より安いこと、②民間銀行の金利は変動金利だったが、公庫は固定金利であり金利上昇リスクがないこと、③公庫の融資審査基準が民間より緩く借りやすいこと、という「特長」があり「人気」でした。

これは裏返すと、金利が民間より低いということであり、金利上昇リスクを負っていること、貸倒損失が出やすいということですから、公庫が「損をしている」という見方もできます。

この損は最終的に税金で穴埋めされていますので、公庫を利用していない国民からも税金を徴収し、その税金で公庫から住宅ローンを借りる国民に補助しているということになります。

また、戦後に不足していた日本の住宅も住宅金融公庫の廃止論が出ていた時期には不足も解消され、住宅の余剰が逆に発生していました。

このように役割を終えていたはずの住宅金融公庫ですが、しぶとく存続していました。

しかし、2005年の小泉内閣時に法律が改定され特殊法人改革が行われました。これにより2007年3月に住宅金融公庫は廃止され、新たな組織として住宅金融支援機構が設立されました。

現在の住宅金融支援機構は、原則として直接国民に融資することをやめ、民間金融機関の住宅ローンを支援することを目的としています。また、自身や台風などの災害で被害にあった国民には低金利で融資する機能は保持しています。

住宅金融支援機構の現在の規模

2016年4月から2017年3月では国内銀行の住宅ローン新規貸出額は17.2兆円です。

それに対して住宅金融支援機構の買取債権額は3.2兆円となっています。

住宅ローン市場全体としては、新規実行額21.6兆円に対して、国内銀行が70%、住宅金融支援機構が13%となっています。

規模という観点では住宅金融支援機構という公的金融の役割は小さくなっているのが現状といえるでしょう。

住宅金融支援機構の買取債権等の残高は2017年11月時点で14.4兆円です。それに加えて、住宅金融公庫時代から残る貸出金の残高等が8.7兆円あります。

合計すると住宅金融支援機構が関与する住宅ローン残高は23.3兆円となっています。

これに対して2017年9月時点の国内銀行の住宅ローン残高は123.8兆円となっています。

また、2016年度の住宅金融支援機構の業績は以下の通りです。

経常収益 7,376億円
経常利益 1,914億円

前述の商工中金と比べたとしても、かなりの規模であることが分かるのではないでしょうか。

また、国内銀行の住宅ローンの前年同期比伸び率と住宅金融支援機構の買取債権の前年同期比伸び率との比較は以下の通りです。


<国内銀行 住宅ローン残高 前年同期比>
2007年度 +3.7%
2008年度 +8.4%
2009年度 +1.0%
2010年度 +2.8%
2011年度 +2.4%
2012年度 +3.2%
2013年度 +2.9%
2014年度 +2.5%
2015年度 +2.0%
2016年度 +3.4%

<機構住宅ローン買取債権額 前年同期比>
2007年度 +35.9%
2008年度 +18.1%
2009年度 +23.4%
2010年度 +58.8%
2011年度 +33.8%
2012年度 +15.9%
2013年度 +10.0%
2014年度 +6.0%
2015年度 +10.2%
2016年度 +6.5%

これを見る限りでは、住宅金融支援機構は改めて規模を追求しているとしか感じられないのではないでしょうか。

住宅ローン金利の状況

国交省住宅局が発表している「平成28年度民間住宅ローンの実態に関する調査結果報告書」によれば、日本の住宅ローン販売は特定の商品が選択される傾向にあります。

2015年度末時点では、固定金利期間選択型10年 (=固定金利期間が10年の住宅ローン)が全体の60.8%となっており、住宅ローンの過半を占めていることが分かります。

また、日本銀行が発表している金融経済統計月報(2018年1月)では、日本の銀行の住宅ローンの平均貸出金利は2.475% (変動金利 ※固定金利ではありません) となっています。

ただし、この金利水準は実態には合っていません。日本の銀行は店頭金利という正規「料金」がある一方で、優遇金利という形で他行と競争をしています。

そのため、民間銀行の売れ筋商品である10年間金利が固定された住宅ローンの利率は0.6%台半ばより上というのが現状の相場です。

例えば三井住友銀行であれば変動金利型の店頭金利は2.475%であるのに対して、実際の変動貸出金利は0.625%~となっています。また、固定金利は10年特約型で店頭金利は3.3%であるのに対して実際の固定貸出金利は1.45%~となっています。

このような金利運営および金利水準になっている要因は何でしょうか。

一つには銀行同士の競争があることは間違いありません。

しかし、さらに影響のあるものがあります。

それはフラット35の金利水準なのです。

以下は2018年2月時点のフラット35の金利です。

  • 借入期間20年以下 1.32%程度
  • 借入期間35年以下 1.40%程度

この金利水準は日本銀行が発表している金融経済統計月報(2018年1月)における民間銀行の住宅ローンの貸出金利2.475% (変動金利、前述)をはるかに下回っています.

日本においては、この住宅金融支援機構のフラット35の仕組みによって金利水準がゆがんでいるということもできるでしょう。

本来であれば金融機関が確保すべき貸出金利をはるかに下回る、しかも固定金利であるフラット35の仕組みで貸出が行われるようになっているのです。

直接的には金融機関が窓口となっており、金融機関のサポートをしているのがフラット35であるともいえるでしょう。

しかし、政府の信用力を背景に証券化事業を実施している住宅支援機構が、銀行から債権を買い取るレートによって、住宅ローンマーケットは影響されるのです。

金利が低く、さらに固定金利で、長期の借入ができるなら、誰でもそのような住宅ローンを選びます。

このフラット35の金利水準が事実上の住宅ローンの上限金利となっているのです(もちろん住宅金融支援機構の定める借入人としての基準等を満たす対象者のみですが)。

住宅金融支援機構の影響

日本の銀行が儲からない、強いていえば日本の地方銀行が儲からない理由の一つには、この住宅金融支援機構の存在があると筆者は認識しています。

住宅ローンは銀行にとって儲からない商品となっているのです。

 みずほ銀行は地方での住宅ローンの取り止めが報道されましたし、MUFG の信託銀行も全面撤退と発表していました(MUFGはグループの再編としての位置付けもあるでしょうが)。

特に地方での資金需要は不動産、個人が多くを占めます。

その資金需要に公的な関与がなされているのです。

また、日本の住宅はそもそも全体としては余剰時代を迎えています。

少し前の予測ではありますが、野村総研は2033年に空き家が2000万戸超、空き家率30%超となると予測しています。

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2030年の既存住宅流通量は34万戸に増加 | 野村総合研究所(NRI)

低金利で新築の住宅を増やすことは、日本全体でみた場合には必要性が減少しているのです。

住宅金融は景気対策としての側面がありましたが、人口減少時代には効果は少なくなっています。

住宅供給は国民にとって必要性が少なくなっており、また、景気対策としても有効性が低下した住宅政策を、ある意味で税金を使って事業として行うことには、戦後の時代のような意味はありません。

新築で家を建築したい個人は、民間から資金を借りれば良いのです。これはリフォームも同様です。リフォームには新築時のような長期間のローンも必要ありません。

筆者は住宅金融支援機構は将来的には事業を取り止めることが、日本全体を俯瞰して考えた場合に、国民にとっても銀行のような民間金融機関にとっても必要なことではないかと考えています。