毎日新聞がMUFGによる仮想通貨「MUFGコイン」にかかる記事を掲載しました。
このMUFGコインは筆者にとっても何故メガバンクが仮想通貨を発行したがるのか、あまり釈然としておりません。
どうしても仮想通貨とメガバンク (銀行) とが結びつかないのです。仮想通貨を発行するぐらいであれば、報道されている機能だけなら電子マネーを発行すれば良いですし、インターネットバンキングというインフラをより使いやすいものにする方がよほど有益ではないかと感じてしまうからです。
今回は、このMUFGによる仮想通貨に焦点をあて、その発行の意義等について、あくまで法的観点から考察します。
毎日新聞の記事
2018年1月14日にMUFGによる仮想通貨の記事が掲載されています。
ポイントとなる部分を以下引用致します。
MUFGはスマートフォンにダウンロードしたアプリを通じて、MUFGコインを利用者間の送金や、加盟店での買い物などの代金支払いに使えるようにする。大規模な管理システムがいらない「ブロックチェーン」と呼ばれる技術を用いることで、いつでも瞬時に送金でき、手数料も大幅に引き下げられるなどの利点がある。
MUFGは利用者に安心してコインを使ってもらうために、1MUFGコイン=1円に価格を安定させる方針だ。ただ、現金の前払い方式の電子マネーなどとして円と同じ価値のコインを発行した場合、銀行を介さずに100万円超の送金を禁じる資金決済法が適用されることになり、企業の利用などで制約が大きい。
一方で、仮想通貨としてコインを発行すれば法定の「お金」とはみなされず、100万円超の送金が可能になるが、コインの価格を固定することはできない。代表的な仮想通貨のビットコインは管理者がおらず、全世界で自由に取引されることで投機資金が流入するなどして価格が激しく変動している。このためMUFGはコインを仮想通貨として発行する一方で、独自の取引所を開設し、取引を利用者とMUFGの間だけにとどめるなどして、コインの価格をほぼ1円になるよう誘導することにした。表向きはあらかじめ価格を固定せずに、取引を反映させてコインの価格が決まる形とすることで100万円の制限を受けないようにする。
https/mainichi.jp/articles/20180114/k00/00m/020/098000c
この記事でポイントとなるのは以下でしょう。
- MUFGコインを利用者間の送金や加盟店での買い物などの代金支払いに利用
- 送金はいつでも、瞬時に送金でき、手数料も大幅に引き下げられる
- 1MUFGコイン=1円に価格を安定させる方針
- 電子マネーとして円と同じ価値のコインを発行した場合、銀行を介さずに100万円超の送金を禁じる資金決済法が適用され、企業の利用などで制約が大きい
- 独自の取引所を開設し、取引を利用者とMUFGの間だけにとどめるなどして、コインの価格をほぼ1円になるよう誘導
- 表向きはあらかじめ価格を固定せず、取引を反映させてコインの価格が決まる形とすることで100万円の制限を受けないようにする
以上が毎日新聞の記事のポイントです。
次にこの記事にある、MUFGが仮想通貨を発行することについての法的観点における疑問についてみていくことにしましょう。
記事についての疑問点
上記毎日新聞の記事には、「電子マネー等として、銀行を介さずに100万円超の送金を禁じる資金決済法が適用され」制約が大きいとされています。
この点について確認していきましょう。
まず、ポイントとなるのは、MUFGが間に仲介として入れば、MUFGコインの送金が100万円超だったとしても何ら問題はないことです。
理由は簡単です。資金決済法は「銀行」には適用されないからです(銀行は通常の業務として為替業務を行っていますので、当該法律を適用しなくとも他の法律で規制されています)。
よって、この記事の100万円超の送金とは、企業が、銀行を介さずに、他の取引先へ100万円超の送金を直接行う場合に、その企業が資金決済法の適用となってしまうということを指している可能性があります。この行為が資金移動事業者に該当するということなのです。
ただし、資金移動業に該当するかは、介在する仮想通貨の交換業者にとっての問題であり、送金を行う企業にとっては関係ないはずです。
資金移動業とは、銀行等の預金取扱金融機関以外の者が為替取引を業として営むことをいいます。
資金決済法上の「為替取引」は、銀行法上の「為替取引」と同義であり、銀行等以外の者であっても、これまで銀行等が取り扱ってきた為替取引を営むことが可能です。
「為替取引」を行うこととは、顧客から、隔地者間で直接現金を輸送せずに資金を移動する仕組みを利用して資金を移動することを内容とする依頼を受けて、これを引き受けること、又はこれを引き受けて遂行することをいうと解されています(平成13年3月12日最高裁第三小法廷決定)出典:日本資金決済業協会ホームページ
https://www.rkessai.jp/businesses/faq 01_18_b_answer1.html#q1
このリンク先にあるように直接顧客が銀行を介さずに送金するとしても、そこには仮想通貨交換業者等プラットフォームを提供する業者が介在することが想定されているのです。
そのため、資金決済法の適用がなされるのは直接送金する企業ではないのです。
なお、価格を MUFGコイン=1円と固定化した場合に資金決済法の制約を受けるのも、仮想通貨交換業者等になります。
以下のサイトが参考になるでしょう。
https://it-bengosi.com/blog/soukin-kessai/
以上より、「資金決済法の適用を回避するために」MUFGが仮想通貨を用い、取引所も開設するという記事は正確なものではないのではないかと筆者は考えています。
犯罪収益移転防止法
金融法制をご承知の方は、上記記事は資金決済法そのものではなく、犯罪収益移転防止法が適用されることを回避する方策なのではないかと、考える方もいらっしゃるかもしれません。
端的にいえば、資金決済法の資金移動業に仮想通貨のサービスが該当すると、犯罪収益移転防止法の適用対象になり、この法律の本人確認等が非常に面倒であるため、これを回避する目的ではないか、ということになります。
まず、犯罪収益移転防止法は、「特定事業者」が、顧客との間で「特定業務」のうち、「特定取引」を行うのに際して、本人確認等を行うことを役務付けるものです(犯罪収益移転防止法4条1項本文)。
本人確認等とは、具体的には、次の事項を確認しなければなりません(同法同条)
この点についても、参考までに確認しておきましょう。
- 本人特定事項(自然人にあっては氏名、住居(本邦内に住居を有しない外国人で政令で定めるものにあっては、主務省令で定める事項)及び生月日をいい、法人にあっては名称及び本店又は主たる事務所の所在地をいう。以下同じ)
- 取引を行う目的
- 当該顧客等が自然人である場合にあっては職業、当該顧客等が法人である場合にあっては事業の内容
- 当該顧客等が法人である場合において、その事業経営を実質的に支配することが可能となる関係にあるものとして主務省令で定める者があるときにあっては、その者の本人特定事項
そして、資金移動業との関係では、10万円を超える為替取引が「特定取引」にあたります(犯罪収益移転防止法施行令7条1項チ)。
資金移動業に関しては、「特定事業者」=「資金移動業者」、「特定業務」=「資金移動業に係る業務」となります(犯罪収益移転防止法2条2項30号、同法施行令6条13号)。
すなわち、資金移動業者が、資金移動業として10万円を超える送金を行うと、犯罪収益移転防止法に基づく本人確認等の義務が課せられることになります。本人確認に際しては運転免許証等の本人確認書類の提示又は送付を受けなければならず(犯罪収益移転防止法施行規則7条)、本人確認等を行った場合には、記録を作成し、これを7年間保存しなければなりません(同法6条1、2項)
(ご参考)銀行の振込に関する案内事例
http://www.smbe.co.jp/gatekeeper
http://www.smbe.co.jp/honnin/gendogaku.html
ところが、ここでも問題が生じます。
犯罪収益移転防止法には仮想通貨の交換等についても同様に規定があるのです。
犯罪収益移転防止法施行令7条1項レがその条項で、仮想通貨を顧客の依頼に基づいて移転させる行為で10万円を超えるものは犯罪収益移転防止法の対象となります(仮想通貨の交換の場合は200万円)。
これは先ほどの資金移動業と同様です。
すなわち、仮想通貨にしたところで結果として本人確認等は必要ということになります。
よって、犯罪収益移転防止法を適用回避するために仮想通貨を用いるということもありえないということになります。
また、そもそも犯罪収益移転防止法を適用回避するということは、世界的にマネー·ローンダリングが問題視されている中、脱法行為と受け取られかねません。
なお、警察庁(刑事局組織犯罪対策部組織犯罪対策企画課犯罪収益移転防止対策室)の作成したパンフレットによると犯罪収益移転防止法は以下の目的のために制定されています。
犯罪収益移転防止法は、犯罪による収益が組織的な犯罪を助長するために使用されるとともに、犯罪による収益が移転して事業活動に用いられることにより健全な経済活動に重大な悪影響を与えること、及び犯罪による収益の移転がその剝奪や被害の回復に充てることを困難にするものであることから、犯罪による収益の移転の防止を図り、国民生活の安全と平穏を確保するとともに、経済活動の健全な発展に寄与することを目的として制定されたものです。
https:/www.npa.go.jp/sosikihanzailjafic/hourei/data/flowels20161001.pdf
この法律の目的は、通常の為替取引だろうと、仮想通貨だろうと変わりありません。したがって、犯罪収益移転防止法を回避するために仮想通貨を使うというのはあり得ないことでしょう。
前払式支払手段
以上をみてくると、なぜMUFGで仮想通貨を発行なぜしたいのかが、少なくとも法的な観点では、判然としません。
なぜ電子マネーではなく仮想通貨なのでしょうか。
一つの考え方としては、電子マネーであれば法規制を受けるので、それを回避したいと考えている可能性もあります。
今度は、この電子マネーを取り巻く法規制についても確認してみましょう。
電子マネーは前払式支払手段に該当します。
この前払式支払手段に該当する場合、発行者は未使用残高が1,000万円を超えたときは、その未使用残高の2分の1以上の額に相当する額を最寄りの供託者に供託する必要があります(銀行との発行保証金保全契約等でも代替可)。
但し、銀行はこの供託義務等を負っていませんので、電子マネー(前払式手段)ではなく、仮想通貨としてMUFGコインの発行を目指す理由にはなりません。
以下、前払式支払手段に関する法律を御参考までに記載します。
資金決済に関する法律
(銀行等に関する特例)
第三十五条 政令で定める要件を満たす銀行等その他政令で定める者に該当する前払式支払手段発行者については、第十四条第一項の規定は、適用しない。
(発行保証金の供託)
第十四条 前払式支払手段発行者は、基準日未使用残高が政令で定める額(以下この章において「基準額」という。)を超えるときは、当該基準日未使用残高の二分の一の額(以下この章において「要供託額」という。)以上の額に相当する額の発行保証金を、内閣府令で定めるところにより、主たる営業所又は事務所の最寄りの供託所に供託しなければならない。
以上の通り、電子マネーではなく仮想通貨をあえて発行する理由に、電子マネーの法規制を挙げることもできません。
MUFGが仮想通貨を利用する理由
以上、法規制の観点からMUFGが仮想通貨を利用する理由を考察しました。
結果としては、銀行「本体」が仮想通貨を運営するならば法規制の回避は観点として不要ということです。
したがって、MUFGが仮想通貨の発行を検討しているのは以下の観点となっている可能性が高いということになります。
- MUFGは本体で仮想通貨を発行する訳ではない
- 子会社を立ち上げMUFGコインを発行し、(毎日新聞の記事が正しければ)資金決済法が禁じる100万円超の送金を実現する
- 加えて資金移動業が要求される履行保証の負担義務を逃れる(https://www.s-kessai.jp/businesses/practice_deposit.html)
- 子会社にて事業を立ち上げる要因としては、意思決定の迅速化もあるが、恐らく幅広く出資を募り、場合によっては銀行の連結子会社にしないことも視野に入れている
これが、MUFGが仮想通貨を選択した理由の要因と筆者は考えます。
しかしながら、これだけでは仮想通貨を消極的に選択した理由にしかなりません。
筆者もMUFGの仮想通貨での取組には期待しています。
筆者としては、MUFGが仮想通貨で何をやりたいのか、より具体的な報道等が出てくることを待ちたいと思います。