筆者は「お客様第一」「カスタマーファースト」というような言葉があまり好きではありません。
少なくとも銀行でこの言葉が唱えられるということは、 銀行は「お客様第一ではない」行動をしているからであり、それを変革するためにお題目にされるのです。すなわち、銀行のトップが「お客様第一」と言ったときには、まちがいなく現実はその反対にあるのです。
実際には「お客様第一」と頭取が言ったところで、お客様を担当する現場には到底達成不可能と思われる目標・ノルマが与えられていて、その目標を達成しなければ現場のトップ等に不利益が起きるという体系になっているため、結果としてお客様第一ではなく、「銀行第一」になっているのが現場の実態でしょう。
このような環境等に対する問題意識もあり、銀行の監督官庁である金融庁が「顧客本位の業務運営に関する原則」というものを発表し、その原則の受け入れを原則に迫り、実際に銀行の取り組みについてモニタリングしているのを皆さんはご存知でしょうか。
今回の記事では、この「顧客本位の業務運営」、銀行の呼び方では「お客様本位の業務運営」について実現可能性等考察していきましょう。
- 顧客本位の業務運営に関する原則が導入された背景等
- 顧客本位の業務運営に関する原則
- プリンシパル・ベースでの規制に対する意見
- プリンシプル・ベースの規制に対する筆者の見解
- 顧客本位の業務運営に対する銀行の取り組み状況
- 銀行のお客様本位の業務運営は実現しない
顧客本位の業務運営に関する原則が導入された背景等
「顧客本位の業務運営に関する原則」とは、金融事業者が顧客本位の業務運営におけるベスト・プラクティスを目指す上で有用と考えられる原則を定めたものです。金融庁が策定し、2017年3月30日に確定・公表しました。
この原則は、金融事業者がとるべき行動について詳細に規定する「ルールベース・アプローチ」ではなく、金融事業者が各々の置かれた状況に応じて、形式ではなく実質において顧客本位の業務運営を実現することができるよう「プリンシプルベース・アプローチ」を採用しています。
(※「プリンシプルベース・アプローチ」は「原則主義」とも言われ、厳格 な定義を置かず、抽象的で大掴みな原則(プリンシプル)だけを規定する規制手法です。 「プリンシプルベース・アプローチ」の対義語は「ルールベース・アプローチ」(細則主義)で 、法律が典型例です。)
金融事業者は、この原則を外形的に遵守することに腐心するのではなく、その趣旨・精神を自ら咀嚼した上で、それを実践していくためにはどのような行動をとるべきかを適切に判断していくことが求められる、と金融庁では説明しています。
この原則がプリンシプルベース・アプローチでの規制手法とされた理由は、法令で規制をしてしまうとこの法令が「最低基準(ミニマム・スタンダード)」となり、金融事業者による形式的・画一的な対応を助長してきたとの反省が金融庁等規制当局にあるからです。最低限のことさえやっていれば100点を目指さなくても良いと金融事業者が行動してしまうということです。
本来のあり方として、「金融事業者が自ら主体的に創意工夫を発揮し、ベスト・プラクティスを目指して顧客本位の良質な金融商品・サービスの提供を競い合い、より良い取組みを行う金融事業者が顧客から選択されていくメカニズムの実現が望ましい」と金融庁は述べています(これは当たり前のことですが・・・)。
そのため、顧客本位の業務運営に関する原則を策定し、金融事業者に受け入れを呼びかけ、金融事業者が、原則を踏まえて何が顧客のためになるかを真剣に考え、横並びに陥ることなく、より良い金融商品・サービスの提供を競い合うよう促していくことが適当として、この原則が制定されました。
では、次にこの顧客本位の業務運営に関する原則の詳細をみていきましょう。
顧客本位の業務運営に関する原則
以下が金融庁が金融事業者に受け入れを迫った「顧客本位の業務運営に関する原則」です。原則は7つあります。
【顧客本位の業務運営に関する方針の策定・公表等】
原則1.金融事業者は、顧客本位の業務運営を実現するための明確な方針を策定・公表するとともに、当該方針に係る取組状況を定期的に公表すべきである。当該方針は、より良い業務運営を実現するため、定期的に見直されるべきである。
【顧客の最善の利益の追求】
原則2.金融事業者は、高度の専門性と職業倫理を保持し、顧客に対して誠実・公正に業務を行い、顧客の最善の利益を図るべきである。金融事業者は、こうした業務運営が企業文化として定着するよう努めるべきである。
【利益相反の適切な管理】
原則3.金融事業者は、取引における顧客との利益相反の可能性について正確に把握し、利益相反の可能性がある場合には、当該利益相反を適切に管理すべきである。金融事業者は、そのための具体的な対応方針をあらかじめ策定すべきである。
【手数料等の明確化】
原則4.金融事業者は、名目を問わず、顧客が負担する手数料その他の費用の詳細を、当該手数料等がどのようなサービスの対価に関するものかを含め、顧客が理解できるよう情報提供すべきである。
【重要な情報の分かりやすい提供】
原則5.金融事業者は、顧客との情報の非対称性があることを踏まえ、上記原則4に示された事項のほか、金融商品・サービスの販売・推奨等に係る重要な情報を顧客が理解できるよう分かりやすく提供すべきである。
【顧客にふさわしいサービスの提供】
原則6.金融事業者は、顧客の資産状況、取引経験、知識及び取引目的・ニーズを把握し、当該顧客にふさわしい金融商品・サービスの組成、販売・推奨等を行うべきである。
【従業員に対する適切な動機づけの枠組み等】
原則7.金融事業者は、顧客の最善の利益を追求するための行動、顧客の公正な取扱い、利益相反の適切な管理等を促進するように設計された報酬・業績評価体系、従業員研修その他の適切な動機づけの枠組みや適切なガバナンス体制を整備すべきである。
以上が「顧客本位の業務運営に関する原則」です。
なお、原則3の利益相反に関してはイメージがつかみにくいかもしれません。以下の事例が注記として挙げられています。
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販売会社が、金融商品の顧客への販売・推奨等に伴って、当該商品の提供会社から、委託手数料等の支払を受ける場合
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販売会社が、同一グループに属する別の会社から提供を受けた商品を販売・推奨等する場合
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同一主体又はグループ内に法人営業部門と運用部門を有しており、当該運用部門が、資産の運用先に法人営業部門が取引関係等を有する企業を選ぶ場合
この原則をみていくと至極当たり前のことが書いてあるとお感じになるのではないでしょうか。原則1、3、4、5、6は、一般のサービス業事業者だったら当然に取り組むことを考えるような事項でしょう。
一方で、この原則にはかなり踏み込んだポイントもあります。
それは原則2(顧客の最善の利益の追求)、原則7(従業員に対する適切な動機づけの枠組み等)の項目です。
原則2では、顧客の最善の利益の追求が金融事業者の「企業文化」として定着するよう努めるべきとし、原則7では、この原則が実現されるために金融事業者の従業員の報酬・評価体系等を構築すべきとしています。
このような項目は確かにルール・ベース(法令等)での規制では実現できません。
企業文化や従業員の報酬・評価体系等まで規制してしまえば、もはや金融事業者は「民間」といえるでしょうか。完全に公的金融機関でしょう。
この規制方法というのは、アプローチの方法としては非常に面白いと筆者も考えています。
なお、次の項目では参考としてプリンシプル・ベースでの規制手法について、この原則(案)が公表された際に一般からどのようなコメントが出されたのかを確認しておきましょう。
このコメントについては金融に携わる人はぜひとも確認しておいた方が良いでしょう。世の中の金融機関、特に銀行に対する認識・目線・懸念が端的に表れています。
プリンシパル・ベースでの規制に対する意見
顧客本位の業務運営に関する原則を策定する前に金融庁は一般に意見を募集しました。この意見募集で以下の意見・コメントがありました。
やはりプリンシプル・ベースでの規制手法に対して懸念を抱く意見は多いのが現状です。
以下、ポイントとなる意見・コメントを掲載します。
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プリンシプルベースでの対応における行政介入について、「金融事業者との対話」を進めていくとされるが、対話で以て金融行政を十分に機能させることができるかは疑問も残る。当局の役割、取組みもまた問われるところであると考える。
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理想論としてはあるいはそうであるかもしれないが、現実論として、かかる考え方で金融行政を律しきれるかについて疑念がある。
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プリンシプルベースの本原則(案)では、各原則の採否や具体化が金融事業者の自主性に委ねられており、本原則(案)を採用しないことによる制裁はなく、金融庁による実効性のある監督は困難ではないかとの疑念が強い。平成12 年の金融商品の販売等に関する法律制定時には、同法第9条で勧誘方針の策定及び公表が求められたが、結局、金融事業者が策定公表した勧誘方針は同法第9条の文言をなぞるだけの形式的なものに止まってしまっており、本原則(案)においても同様に、金融事業者による形式的な対応で終わってしまうのではないかという危惧がある。
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これまで、ルールを作ることにより、かえってそれがミニマム・スタンダードになってしまい、これが金融事業者による形式的・画一的な対応を促してきた、ということについては、確かにそのような実態があると思われる。しかし、だからといって、ルールベースがだめだから、プリンシプルベースにすればよいということになるのだろうか。プリンシプルベースというのは、理想形であると思われるが、あまりに善意解釈に過ぎないか。過去に、金融行政においてルールを定めなければならないと強く言われてきたのは、金融機関に顧客本位といった土壌がなく、放置すれば顧客本位とは全く正反対の、自己優先の経営に走ってきたからではないか。
これに対する金融庁の回答・コメントが以下となります。
貴重なご意見として承りますが、本原則においては、平成28年12 月22 日付金融審議会市場ワーキング・グループ報告書において、金融事業者がベスト・プラクティスを目指して顧客本位の良質な金融商品・サービスの提供を競い合い、より良い取組みを行う金融事業者が顧客から選択されていくメカニズムの実現が望ましく、そのためには、プリンシプルベースのアプローチを用いることが有効との提言があったことを踏まえ、プリンシプルベース・アプローチを採用していることをご理解ください。
出典 金融庁ホームページ
コメントの概要及びそれに対する金融庁の考え方
この金融庁のコメントで触れられている金融審議会市場ワーキング・グループの報告書についても以下でポイントだけ確認しておきましょう。
平成28年12 月22 日付金融審議会市場ワーキング・グループ報告書
国民の安定的な資産形成を図るためには、金融商品の販売、助言、商品開発、資産管理、運用等を行う全ての金融機関等(以下「金融事業者」という。)が、インベストメント・チェーンにおけるそれぞれの役割を認識し、顧客本位の業務運営に努めることが重要である。
こうした観点から、当ワーキング・グループでは、販売手数料、商品説明、利益相反の管理等に関し、顧客本位の業務運営について指摘されている事例等を取り上げながら議論を行った。これらの点に関しては、これまで、金融商品の分かりやすさの向上や、利益相反管理体制の整備といった目的で法令改正等が行われ、投資者保護のための取組みが進められてきたが、一方で、これらが最低基準(ミニマム・スタンダード)となり、金融事業者による形式的・画一的な対応を助長してきた面も指摘できる。
本来、金融事業者が自ら主体的に創意工夫を発揮し、ベスト・プラクティスを目指して顧客本位の良質な金融商品・サービスの提供を競い合い、より良い取組みを行う金融事業者が顧客から選択されていくメカニズムの実現が望ましい。
そのためには、従来型のルールベースでの対応を重ねるのではなく、プリンシプルベースのアプローチを用いることが有効であると考えられる。具体的には、当局において、顧客本位の業務運営に関する原則(以下「原則」という。)を策定し、金融事業者に受け入れを呼びかけ、金融事業者が、原則を踏まえて何が顧客のためになるかを真剣に考え、横並びに陥ることなく、より良い金融商品・サービスの提供を競い合うよう促していくことが適当である。
なお、仮にこうしたプリンシプルベースのアプローチが金融事業者の行動に変革をもたらす上で十分ではないと考えられる場合には、ルールベースの手法による対応を含め、改めて検討がなされるべきである。
以上の流れは金融機関、特に銀行の従業員にとっては認識しておくべきものでしょう。
国民の安定的な資産形成に金融機関は貢献できていないという問題意識が根底にあるのです。
特に銀行に対しては、その組織の中で働いている従業員が感じているよりも外部からは厳しい目線が注いでいる、疑念を持たれていると考えが方が良いでしょう。
そして、プリンシプル・ベースでのアプローチが上手くいかない場合は、ルール・ベースのアプローチが議論されることになるのです。それは金融機関の自主性・独立性のはく奪といえるかもしれません。
これが金融機関、銀行と取り巻く日本の環境なのです。
「顧客の自己責任」としても通用していた時代から変化が生じているのです。これは敏感に察知しなければなりません。
プリンシプル・ベースの規制に対する筆者の見解
筆者はプリンシプル・ベースの規制は面白いとは思いますが、基本的には反対です。
理由は以下です。
- プリンシプル・ベースと横文字にすれば新しい規制手法に聞こえるが、これは行政の裁量が増すことであり、基本的には金融庁の権限強化・裁量行政の復活であること
- 企業文化は簡単に変えられるものではないこと
- 業績・評価体系を表向き変えても、金融機関が営利企業であり、業績が先細りの環境にあるため、結果としては自行の収益優を評価する運営になることが目に見えていること(面従腹背というイメージ)
- 金融庁が心配しなくとも、フィンテック等の進展により金融機関が商品・サービスで選別される時期は急速に訪れると想定していること
ちなみに、前述の顧客本位の業務運営に関する原則(案)を公表した際に一般から募集した意見・コメントの中には、プリンシプル・ベースの規制、金融事業者の自主性に任せる規制方法について反対していたものもありました。
このような考え方も参考となるでしょう。
原則をベスト・プラクティス型とする事そのものに反対である。原則はあくまでもミニマム・スタンダード型とし、対象と基準を明確にすべき(規制は最小限に留め、顧客サービスの向上は民間の競争に委ねるべき)である。
原則をベスト・プラクティス型とすることで、裁量行政の横行や、原則の拡大解釈による過剰な規制対応を招き、結果として金融事業者のコスト増に繋がる。
金融事業者は民間企業であるから、増加したコストは当然の帰結として顧客に転嫁されることとなり、顧客本位を目的とした原則が、むしろ顧客の利益を確実に損なう結果となる。(原則の効果は「不確実に」生じる顧客利益喪失の可能性を抑止するものであるのに対し、コスト増による顧客利益喪失は「確実に」生じる。今回の議論ではこのメリットとデメリットを比較した形跡を伺えない)望ましいとは考えないが、あくまでもベスト・プラクティス型に拘泥するのであれば、最低限、「顧客利益とコストの費用対効果を勘案し、顧客利益にとって適切なバランスをとった業務運営とする」という項目をベスト・プラクティスとして織り込むべきであろう。
顧客本位の業務運営に対する銀行の取り組み状況
2017年9月末までに本原則を採択し、取組方針を公表した金融事業者は、736となっており金融庁が公表しています。業態別の数値は以下の通りです。
・都市銀行等: 60
・地方銀行、第二地方銀行及びこれらの銀行持株会社:118
・協同組織金融機関等: 42
・保険会社等:137
・金融商品取引業者等:378
・その他: 1
(合計):736
「顧客本位の業務運営に関する原則」を採択し、取組方針を公表した金融事業者のリストの公表(第1回)について
また、顧客本位の業務運営の定着度合いを客観的に評価できるようにするための成果指標(KPI)について好事例を金融庁が公表しました。
そもそもは以下のような点が金融庁の問題意識として挙げられており、金融機関の一部はそれに対応したということになります。
<成果指標(KPI)についての好事例>
- 投資信託の販売額上位10銘柄
- 投資信託販売に占める毎月分配型の販売額とそれ以外との比較
- 投資信託残高に対する分配金の割合
- 投資信託販売額に占める自社グループ商品の比率
- インベスターリターン(※)と基準価額の騰落率との差
※ 日々のファンドへの資金流出入額と、期首及び期末のファンドの純資産額から求めた内部収益率を年率換算したもの。 - 投資信託における長期・積立・分散投資の状況
・平均保有年数
・販売に占める積立投信の割合
・コア商品(※)比率 (※)コア商品とは、当該事業者の基準により選定したバランス型ファンドを中心とした中長期での運用に適した商品 - 投資信託の運用損益別顧客比率
http://www.fsa.go.jp/news/29/sonota/20170728/02.pdf
「顧客本位の業務運営に関する原則」を採択し、取組方針を公表した金融事業者のリストの公表(第1回)について
このような金融庁のKPIまで踏み込んだ例示に最も的確に対応しているのは三菱東京UFJ銀行でしょう。
以下は公表文書の一部ですが金融庁の例示・示唆を相当に意識して対応しているのが分かります。
http://www.bk.mufg.jp/kigyou/policy/pdf/status_theBTMU_initiatives.pdf
筆者の所感ですが、プリンシプル・ベースのアプローチといいながら、KPIの公表含め、金融庁の裁量行政が実態上はかなり強まっているといえるのではないでしょうか。
まさに箸の上げ下げまで口を出すといったところです。
ただし、昔の護送船団方式の時代とは違い、金融機関が金融庁の「言いなり」になって業務運営を行っても、倒産の危機に瀕した時は「お上」は助けてくれないという点が今の時代といえるでしょう。
銀行のお客様本位の業務運営は実現しない
以上みてきたように銀行を含めた金融事業者には顧客本位の業務運営というものが求められています。
しかし、筆者はこの顧客本位もしくはお客様本位の業務運営は基本的に実現しないと考えています。
理由は以下の通りです。
- そもそも、金融庁がKPIの例示までして押し付けようとしている顧客本位の業務運営方法は、銀行の収益を下押しする方向に圧力がかかること(すなわちキレイなやり方では銀行の収益は維持できないということ)
- 銀行には新しい事業領域を拡大していく、新しいマーケットを生み出すような企画力には乏しく、基本的には「現場任せ」のマネジメントが横行していること
- プリンシプル・ベースのアプローチは基本的に銀行の主体性に任せるやり方であり、強制力に乏しいこと
- 今後、特に地銀を中心として銀行の既存事業は厳しくなる可能性が高く「キレイ事を言っている余裕がなくなる」と想定されること
筆者はこれが現実ではないかと想定しております。
しかし、今まで述べてきたように顧客本位の業務運営をある程度実践できなければ「社会悪」として銀行業界は世の中から見放される可能性があることも、また事実です。それが社会の雰囲気だからです。
収益と顧客本位のバランスをとりながら、もしくは顧客本位の業務運営に取り組んでいるように社会に表向き見せながら、銀行を運営していく難しい時代に今は位置しているといえるでしょう。