銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

ビットコイン等の仮想通貨が既存の銀行システムを崩壊させる可能性~信用創造に関する問題~

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ビットコイン(Bitcoin)等の仮想通貨の価格上昇が話題になっています。

現在は投機資金がほとんどでしょうが、「通貨」として利便性が高まれば様々な資金決済に利用される可能性もあるでしょう。

このような仮想通貨ですが、様々な金融業界の大物が否定的な見解を発表していました。

ビットコインは「詐欺」、JPモルガンCEO発言で価格急落 | ロイター

この発言内容が結果として正しいか否かは筆者には分かりませんが、仮想通貨が既存の銀行システムに多大な影響を与える可能性があるのであれば、発言もネガティブなものになるのではないでしょうか。

今回の記事ではこの仮想通貨が拡大していけば、既存の銀行システムを崩壊させる可能性があることを考察します。

なお、筆者はビットコインをはじめとした仮想通貨・暗号通貨については一般的な知識しかありません。技術的な点等で問題があれば是非ともご指摘ください。 

銀行システムの根幹である信用創造について  

仮想通貨が銀行システムへ与える影響を考察する前に、既存の銀行がどのような役割を果たしているのかについて確認しましょう。

今回焦点をあてるのは信用創造機能です。

信用創造とは、銀行が貸し出しを繰り返すことによって、銀行全体として、最初に受け入れた預金額の何倍もの預金通貨(※)をつくりだすことをいいます。この信用創造機能により銀行は多額の貸出を行うことができ、収益を上げているのです。

(※預金通貨とは、銀行に預けてある流動性の高い預金のことをいいます。 流動性の高い預金とは要求払預金のことで、当座預金、普通預金などがあります。 要求払預金は、預金口座からいつでも引き出せるため、現金と同じ決済機能を有しています。 現金通貨に預金通貨を含めたものを通貨といいます。)

今回の記事において信用創造は大事な概念ですので、全国銀行協会の説明資料から以下引用します。

皆さんが銀行に預けたお金は、どこへ行くのでしょう。そのまま金庫に眠っているわけではありません。
預金は企業や国・地方公共団体へ貸し出されます。もちろん家計へも住宅ローンやクレジットなどの形で貸し出されますし、銀行どうしでも貸し借りをしています。
銀行に預けられたお金はいっせいに引き出されることはないため、預金は必要な分を残して貸出にまわすことができるのです。
預金した人も、貸出を受けた人も、その金額分を使用できることになりますから、世の中のお金は貸し出された分だけ増えることになります。

たとえば1 0 0 万円の預金に対し、引出しに備えて1 割残す(支払準備金)とすると、9 0 万円を貸し出すことができます。貸し出された9 0 万円は経済活動で使われて他の人に渡ります。その人が9 0 万円を預金すると、この時点で預金は1 9 0 万円あることになります。預けられた9 0 万円は、さらに1 割を残して貸し出されていきますから、これを繰り返して最終的には1 0 0 万円の預金が1 , 0 0 0 万円の預金となります。
これは経済社会を円滑に機能させる銀行の重要な役割で、銀行の信用創造機能といいます。

 

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 ①A銀行は100 万円の預金を受け入れる。A銀行は1割を支払準備のために残し、90万円を企業Pに貸し出した。
②企業Pは商品の仕入れ代金90万円を企業Qの取引銀行であるB銀行の口座に振り込んだ。
③B銀行は企業Qの口座に振り込まれてそのまま預金されている90万円の1割を残し、81 万円を企業Rに貸し出した。
④企業Rは81 万円を、企業Sに支払うため、企業Sの取引銀行であるC銀行の口座に振り込んだ。

このように、100万円の預金は最終的に1,000 万円の預金を創り出すことになる(支払準備が1割の場合)。

https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/education/material/bank_highschool/pdf/dl_sd/05_3rdstage.pdf#page=2

以上が銀行の信用創造の説明です。

これは詐欺みたいといわれることもあります。おカネがおカネを生み出すようなものだからです。

この信用創造とは、「銀行がお金を持っている」「いつでも預金の払い出しを請求したら、払ってもらえる」という銀行への信用を前提としています。信用には根拠はありません。

銀行が倒産しないから信用が作られ、銀行の信用が強化されるからおカネが集まってくるのです。

では、この銀行の信用創造機能に対して仮想通貨が与える影響をみていくことにしましょう。 

仮想通貨(ビットコイン)の特徴

ここからは、仮想通貨の中でもビットコインに絞って、まずは特徴をみていきましょう。

ビットコインの特徴は発行量に上限があるということ、発行主体が存在しないということ、そして保有者自身で保管·管理できるということです。

ビットコインの量には上限が決められています。具体的には2,100万枚です。

円やドルといった既存通貨は中央銀行もしくは政府が発行し、その発行量には制限がありません。

一方でビットコインは上記の通り発行量に上限があり、発行スピードもある程度決められています。

これはビットコインが政府等の管理下にあって、誰かが発行量を決める仕組みではないためです。

ビットコインの発行量の上限等は予め仕様としてプログラムに組み込まれています。

中央銀行のような管理者が供給量をコントロールすることはできません。
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このようなビットコイン等の仮想通貨の保管方法は2つです。

自分自身でウォレット (ウェブ、ハードウェア等)を使い管理·保管するか、第三者(代表的なのは取引所)に預けておくかです。

第三者に預けておく場合は、秘密鍵(これを奪われる=仮想通貨が他人の手に渡るパスワード)を目にすることはありませんので、完全に取引所にセキュリティを依存することになります。

マウントゴックス事件でビットコインが奪われたのは、この第三者=マウントゴックスにビットコインを預けたままにしていたのが原因でした。

すなわち、ビットコイン等の仮想通貨は根本的には第三者、すなわち銀行や取引所に預けておく必要がありません。上記のウォレットで保管しておけば良いのです。

ゴールドや紙幣のように物理的に存在するモノは銀行という金庫で物理的に管理·保管し安全を確保する必要がありました。しかし、仮想通貨にはその必要はないのです。仮想通貨は隠すのではなく、公開し分散することによる相互認証によって盗難を回避しています。

このような現実の金庫を必要としない仮想通貨のシステムは、現在の銀行システムのような膨大なコストをかけて紙幣等を保管·管理する必要がなくなります。

そしてウォレットは、利用者自身でソフトをPC、スマホ等へダウンロードするか、クラウド上のサービスを利用します。このウォレットのサービスを提供する会社は、銀行のようにウォレット内のビットコイン等の仮想通貨を「また貸し」することはできません。

ビットコイン等の仮想通貨の取引はブロックチェーンの公開台帳に記載されており、ウォレットの中身を勝手に移動させれば全世界に証拠をばらまくことになるためです。

そのため、ビットコイン等の仮想通貨で収益を上げようとする企業は、取引所を運営する等して手数料で収益を獲得しています。

すなわち、ビットコイン等の仮想通貨では、既存の銀行システムのように、銀行等が預かったビットコインを他者に貸すことが基本的には「できない」のです。

ビットコイン等仮想通貨が普及した際の影響(考察)

以上みてきたように、ビットコイン等の仮想通貨は、銀行に「預金」として預ける必要はありません。

また、そもそも中央銀行·政府等の管理下にないところにビットコイン等の仮想通貨の価値(思想的な価値も含む)を見出している投資家もいるでしょう。

ビットコイン等仮想通貨の保有者にとっては、銀行に仮想通貨を預け、銀行の信用創造に寄与するインセンティブはほとんどありません。

銀行に仮想通貨を預けるということは、銀行の信用リスクを負担することに他なりません。

自分自身でウォレットを使い保管できる仮想通貨を、銀行に預ける意味はほとんどないのです。

また、ビットコイン等の仮想通貨のレンディングサービスもあるようですし、ビットコインの先物取引が開始されたということは、どこかで決済に使うビットコインを「借りる」ニーズは発生するということになります。

現時点ではビットコインが通常の商品·サービス取引において資金決済手段として使われていない以上、ビットコインの借入ニーズは限定的でしょうが、ビットコイン等仮想通貨保有者としては銀行に預金(預金は銀行への貸付と同義です) として仮想通貨を預けるよりも、直接レンディングサービスを使って仮想通貨を借入人に貸し付けた方が収益は高くなります。そして、ビットコインは発行量の上限が決まっている有限な資産なのです。

以上より、ビットコイン等仮想通貨が普及した場合には、「銀行の信用創造機能は無くなっていく」と考えた方が良いと筆者は考えています。

銀行の強み(の一端)および収益力の源泉は、この信用創造機能にあります。そこが無くなるのです。

これは銀行システムが他の何かにとって代わられるということになります。

すなわち、仮想通貨が既存通貨を駆逐して流通する経済環境下においては、既存の銀行は機能しなくなります。ビジネスモデルが根底から覆るのです。

銀行の貸付業務は、保有者から仮想通貨を借りてきて貸出をするノンバンクのような存在(=ノンバンクは信用創造機能がないため、資金調達=借入額がそのまま貸出の上限額になります)になるか、仮想通貨の保有者間の貸し借りを仲介する取引所のような役割しかなくなるものと想定されます。

このような環境下では、中央銀行が通貨の流通量を調整しようとしても難しいでしょう。

そもそも中央銀行には通貨の発行ができないからです。

よって、金融政策は全く異なったアプローチをすることになります(それが何かについては筆者はまだ考察しきれていません)。

以上のような背景があるため、メガバンクが独自に仮想通貨を発行(例:みずほのJコイン)したりして、ビットコインのような中央管理者が存在しない仮想通貨の拡大を押しとどめようとしているのです。

もちろん中央銀行が独自の「デジタル通貨」を発行しようとするのも同様の流れです。

以上が、ビットコインのような仮想通貨が既存の通貨を駆逐し流通するようになった環境下での「銀行の信用創造機能が受ける影響」です。

ビットコイン等の仮想通貨は、振込サービス等の資金決済で銀行を破壊するのではありません。筆者の考えではむしろ「信用創造機能」を破壊するのです。

発行量が限られた仮想通貨だけが流通する経済システムがどのようになっていくのかを、筆者は完全に考察しきれていませんが、少なくとも既存の銀行にとってはビジネスモデルの大転換を迫られる破壊的な事象であることは間違いないでしょう。

今回は極端な例ではありますが、仮想通貨の保有者も銀行員等の金融関係者もこの「思考実験」を一度しておくことが必要なのではないでしょうか。