銀行員のための教科書

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「美術品信託」という面白い試み

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2004年に信託業法が改正されて信託可能な財産には制限がなくなっています。

そのような状況下、日経新聞の記事によるとSMBCグループが「美術品信託」というサービスを開発したようです。

筆者は、この美術品信託は非常に面白い試みだと思います。

今回は、この美術品信託について考察していきます。

日経新聞の記事

まず、日経新聞の記事について内容を確認しておきましょう。

「美術品信託」開発 SMBC信託銀
2017年12月26日 日経新聞朝刊

SMBC信託銀行は絵画や骨董品、書画を対象とした「美術品信託」を開発した。承継や鑑定、保管、売却などを一貫して手がけるのが特徴。国内の信託銀行で美術品に特化した信託商品は珍しいといい、美術品を皮切りに顧客との取引を増やす契機にしたい考えだ。
このほど上場企業から初めて委託を受けた。本社を移すにあたり、創業家が集めた美術品の処分に困っていたという。保管や売却の代行を望む法人、作品の散逸を防ぎたい個人を対象にする。
同行は委託を受けると提携先の専用倉庫で管理し、破損などに備えた保険契約を結ぶ。委託者の希望を踏まえ、美術館に貸し出したり、より良い条件を示した企業や収集家に売却したりするのを肩代わりする。
(以下省略)

この記事の通り、SMBCグループは新たなサービスを開始しました。

美術品に焦点をあてるというのは非常に面白いアプローチだと思います。

美術品信託の想定されるニーズ

美術品信託は企業オーナーや富裕層との取引拡大には非常に有用となる可能性があります。

SMBC信託はシティバンクの個人金融部門を引き継いだこともあり、富裕層顧客が多いと想定されます。

美術品を受け継ぐ企業や相続人からすると、収集者(企業オーナー・被相続人等)の美術品への思い入れが強かったと記憶していること、美術品の売買に習熟している人物が周囲にいないこと等もあり、単純に美術品を売却するのは難しいでしょう。

また美術品は簡単には収益を生まないこと、保管に手間がかかること等から他者に管理を委ねたいとの考え方もあるでしょう。

そのため、美術品を信託銀行に預けるというニーズは相応にありそうです。

一般の金融機関とは差別化が図られることからSMBCグループとしては企業、富裕層との取引の面白い切口になるものと想定されます。

美術品の市場規模

では、この美術品信託は儲かる商品となるのでしょうか。

世界のアート市場は2016年で566億ドル(約6兆3,000億円) と推計されています。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2017-03-22/ON7PAB6KLVRF01

また、日本のアート産業の市場規模は3,341億円との推計が発表されています。

  • 美術品購入額 2,431億円
  • 美術関連品市場 403億円(有名絵画等の複製ポストカード、展覧会のカタログ等)
  • 美術関連サービス市場 507億円(美術館·博物館入場料等)

出展 一般社団法人 アート東京
日本のアート産業に関する市場レポート2016
https://art-tokyo.jp/579-2/

 

以上の通り、日本のアート産業の市場規模は3,000億円強です。

信託銀行等が受託するマーケットとしては小規模といえるでしょう。
例えば、信託協会の資料によると不動産の信託規模は34兆円強です。これは信託銀行等が受託している元本です。市場規模ではありません。

これぐらい大きな規模にならないと信託銀行等金融機関の商業ベースには乗らないということでしょう。

その点、アート産業は規模が二桁小さいといえます。

この分野にSMBCグループが進出していくのは、美術品信託という単品商品で収益を上げるのではなく、企業・富裕層への差別化戦略としてサービスを拡充したということでしょう。

特に超富裕層はアートを鑑賞としてだけではなく、投資対象として認識しています。

日本においては、美術品分野は既存の金融機関には知見がないため、かなりの差別化となりそうです。

美術品信託の更に先にあるもの

美術品信託は上記の通り、他金融機関との差別化戦略としては非常に有効だと思います。

その上で、美術品というのは更なるビジネス拡大(および社会貢献)が想定される分野でもあります。

今後、法改正が予定されているものに公益信託というものがあります。

改正内容は以下の通りです。

 

個人の美術品、税優遇で公開促進 公益信託の制度変更へ
朝日新聞
2017年10月18日

 

個人が所蔵する美術品や伝統的な建物の一般公開などを進めようと、法務省が公益信託制度の変更を検討している。信託財産の種類を広げ、公益事業の担い手を増やす方向で、法制審議会の答申を待ち、再来年に公益信託法改正案を国会に提出する方針。
公益信託は個人や団体が信託銀行などに財産を預け、公益事業を委託する制度。運用益などは非課税となり、相続税の対象から除外される。

現行法では税制優遇の対象となる信託財産は金銭のみで、事業の担い手は信託銀行に限られる。一般社団法人信託協会(東京)によると、2017年3月末現在、運営されている公益信託は472件、約605億円。代表的なのは、奨学金や、がんなどの研究助成金を支給する事業だ。一方、不動産などを公益事業で運用するには、公益財団法人を設立するなど手間がかかり、敬遠されていた。

制度変更案は、美術品や不動産などの財産も信託可能とし、一般企業やNPO法人も財産を預かり、事業を担えるようにする。法務省は公益信託法を改正するとともに、税制優遇について財務省と調整を図る。制度変更によって、個人が所蔵している貴重な美術品や歴史的価値のある建物の一般公開、経済環境が厳しい留学生などを対象にした学生寮の運営――といった公益事業が進むと期待される。法制審は年内にも中間試案を取りまとめ、「パブリックコメント」を経て、法相に答申する。
https://www.asahi.com/articles/ASKB54FH6KB5UTIL01S.html

このように公益信託の対象財産に美術品が加えられる予定です。

実際に、法務省の法制審議会信託法部会第47回会議(2017年12月12日)では、公益信託法の見直しに関する中間試案について検討がなされ公表されています。
http://www.moj.go.jp/shingi1/shingi04900341.html

現行法(公益信託法)では税制優遇の対象となる信託財産は金銭のみでした。

2017年3月末現在だと公益信託の受託件数は478件、信託受託残高で605億円しかありません(信託協会)。

金銭のみしか信託できない公益信託は使い勝手が悪いということなのでしょう。

なお、公益信託の目的をみると以下のようになっています。

 

<公益信託の目的別受託状況>(2017年3月末)
奨学金支給 153件、225億円
自然科学研究助成 74件 78億円
教育振興 62件 23億円
国際協力・国際交流促進 36件 34億円
社会福祉 36件 35億円
芸術・文化振興 23件 50億円
(以上筆者がピックアップ)
出展 信託協会ホームページ

 

このように広がりが限定されている公益信託ですが、法改正により、今後はSMBC信託銀行のような信託銀行のみならず一般企業やNPOも信託受託者となることが可能とされる予定です。

そして、信託財産として美術品、既存の土地建物を預けることが可能になります。

例えば、美術館の運営も公益信託をつかって行うことができるようになるのです。

なお、公益信託と似たような仕組みとして公益財団があります。

公益財団は常設の事務所・常駐の職員等が必要なため、公益信託よりもコストが嵩む傾向にあります。

その点、公益信託は信託銀行等の信託受託者が事務運営を行うため、(多数の受託案件があれば)コスト面では優位となるのです。

公益信託法の見直しに関する中間試案(案)の33Pには、公益信託を活用した美術館運営の例が掲載されています。
http://www.moj.go.jp/shingi1/shingi04900341.html

この事例では、美術品および金銭を当初の信託財産としており、美術品の公開・保存、美術館の敷地・建物の購入・保存、展示品入れ替えのための美術品の売却・購入、美術館内でのミュージアムショップ・カフェの運営が信託の事務として想定されています。

このように美術品信託は、改正が予定されている公益信託への広がりを持っています。
この点でも面白い商品なのです。

美術品信託のまとめ

以上述べてきたように、美術品信託は単品で収益を上げる商品ではありません。

日本における美術品のマーケットは小さいためです。

しかし、企業・富裕層には間違いなく美術品を管理・保存したいニーズはあるのです。

そして他の金融機関が扱っていない以上、顧客への接点拡大となり、他取引の獲得が狙えるのです。

このようなニッチな商品は非常に面白いと思いますし、商品・サービスでの差別化があまり図られていない日本の金融機関の中では、営業の良い武器にもなります。

美術品信託に目をつけたSMBCグループの今後の取り組みにも期待しています。