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メガバンクの手数料引き上げにかかる考察~結果的に自らの首を絞める怖れも~

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2017年12月20日の日経新聞に3メガバンクが両替手数料の引き上げを行うとの記事が掲載されました。

収益が低下している銀行が今後も他の業務で手数料引き上げに動くことは当然想定されます。

この動きがどのような背景によるものなのか、そして今後どのようになっていくのかについて今回は考察致します。

日経新聞の記事

まずは日経新聞の記事をおさらいしておきましょう。

 

3メガ銀が手数料引き上げ まず両替、窓口業務減らす
日経新聞2017年12月19日 22:00

 

メガ銀行が手数料の引き上げに動き出す。みずほ銀行は2018年1月から、三菱東京UFJ銀行は同4月から、それぞれ両替の手数料を上げる。銀行はマイナス金利政策に伴う収益環境の悪化で、店舗の統廃合や人員・業務量の削減を進めている。人手不足による合理化も急務で、無料のイメージが強いサービスに一定の対価を求める。
(中略)
みずほ銀は紙幣50枚までは無料とする窓口での両替手数料を、来月から同行の口座保有者には30枚まで無料とし、口座のない人から1回324円をとる。三菱UFJ銀も来年4月、「50枚まで無料」を同行口座保有者に限り「10枚まで無料」とし、11枚以上は1回540円を徴収する。
すでに三井住友銀行は今年5月、手数料を引き上げた。三井住友銀とみずほ銀は顧客の利便性に配慮し、両替機での両替は従来通り1日1回(500枚まで)無料とする。三菱UFJ銀は両替機の無料も「500枚まで」から「10枚まで」にし、11枚目以降は500枚ごとに300円とる。
窓口対応を減らし機械に誘導する狙いだが、機械の紙幣交換にも人手がいる。無料に近いサービスの見直しで現金管理など店舗経費の一部を賄う。今後ATM利用や振り込みの手数料引き上げの可否も慎重に検討する。

以上が記事の内容です。

ATM利用や振込手数料の引き上げも検討するとされています。

銀行の収益が厳しいため預金者等から手数料を徴収するというのは理屈としてはわかりますが、預金者としては納得がいかないのではないでしょうか。

この動きの背景や、他国の動向等についてもう少し詳細にみていきましょう。

日銀副総裁の講演内容

銀行の窓口等における手数料引き上げの動きはメガバンクに限った話ではありません。

日本銀行もかなりの問題意識をもっています。

以下、日銀副総裁の2017年11月の講演内容を基に、他国の動向、なぜ手数料引き上げに銀行が動くのかをみていきましょう。

引用部分が長くなりますが銀行が置かれている環境、他行の動向について非常にまとまっていますのでご容赦ください。

【講演】中曽副総裁「マクロプルーデンス政策の新たなフロンティア」(時事通信社主催金融懇話会) : 日本銀行 Bank of Japan

近年における金融機関の収益低下は、日本だけではなく、低金利環境が続く先進国において概ね共通にみられる現象です。しかし、そうした中でも本邦金融機関の収益は国際的にみて低さが目立ちます。特に地域金融機関においては、米欧の同規模の金融機関に比べ、従業員一人当たりの業務粗利益も低くなっています。こうした収益性の低さには、金利動向に左右される資金利益だけではなく、それに左右されにくい非資金利益が少ないことも大きく関係しています。
2000年代以降、本邦金融機関は収益源の多様化を企図して手数料ビジネスの拡充に取り組んできましたが、それでもなお、非資金利益が業務粗利益に占める割合(非資金利益比率)は国際的にみて総じて低い状況にあります。規模別にみると、大手金融グループは米国大手並みの水準を確保していますが、地域金融機関の非資金利益比率は10%前後の水準にあり、同規模の米欧金融機関に比べてかなり低くなっています。

米欧金融機関においては、サービス内容を顧客の属性や嗜好に応じてきめ細かく設定し、様々な手数料を得る機会を増やしており、非金利収入が重要な収益源となっています。例えば、欧州では、デビットカードやクレジットカードの発行・利用料、富裕層向けのソリューション・サービスの手数料を収益源として確保しているほか、インターネットバンキングの普及につれて、書面による残高報告などのサービスを順次有料化しています。また、米国では、企業のアウトソース・ニーズとマッチした企業向けの資金管理サービスが有料サービスとして確立しています。一方、わが国では、口座維持にかかるサービスなど、銀行にとって相応にコストのかかる金融サービスを無料で提供している例がみられます。

こうした内外における金融関連サービスの手数料設定スタンスの違いは、家計消費支出の構成比にも明確に表れています。各国の消費者物価指数(CPI)の構成比をみると、日本の金融サービスのウエイトは、米欧に比べて著しく低くなっています。さらに、米欧諸国の金融サービス価格が年率約2%のペースで上昇しているのとは対照的に、日本の金融サービス価格は、長期にわたって横ばい圏内で推移しています。このことは、家計からの手数料収入が、米欧の金融機関にとって安定的な収益源になっているのに対し、本邦金融機関ではそうした収益源を欠くことを意味しています。

特に、預金吸収の面では、日本の金融機関は、戦前から近年に至るまで、郵便貯金も含めて互いに激しい競争を繰り広げてきました。金利が規制されていた頃は十分な預貸スプレッドが確保されていたことから、民間金融機関にとっては、店舗を増やし預金をできるだけ多く集めることが、利益拡大に直結する合理的な行動でした。このため、郵便貯金との競合という環境もあって、民間金融機関が預金関連手数料を徴求するという戦略はとり難かったと考えられます。また、金利自由化や低金利環境を背景に預貸スプレッドが縮小した後も、金融機関間の厳しい競争環境が続き、自行のみが手数料をとれば預金が他行や郵便局に流出する可能性が強く意識され続けたことから、預金関連手数料を課さないことを前提としたビジネスモデルが金融機関の間で維持されてきたと考えられます。このように、非金利収入が少なく金融機関の収益が資金利益に大きく依存する状況において、人口減少や企業数の減少が金融機関の貸出競争に拍車をかける要因として作用し、これが資金利益を下押しする構造を産み出してきたと考えられます。

厳しい競争環境のもとで持続的に利益を確保していくには、金融機関は金融仲介サービスの差別化を図るなど、それぞれ自らの強みを活かした取り組みを進めていく必要があります。経営方針を策定するうえでは、(1)営業エリア内の顧客の金融サービスに対するニーズを的確に分析・把握する、(2)顧客のニーズにきめ細かく応じたサービスを開発・提供する、(3)そうしたサービスを提供していくために最適な店舗配置と人材配置を進め、適正な価格設定を含む採算管理を徹底していく、ことなどが重要です。

銀行の低収益性に伴うシステミックリスクを回避するうえでは、適正な競争環境の整備のほかに、もう一つクリアしなければならない課題があります。それは、金融仲介サービスの適正対価に関して顧客の理解を得ることです。おそらく、国民の多くには、日本の金融機関が適正な対価をとることなく決済サービスを提供し続けていることが知られていないと思います。
銀行は預金者に対して、決済サービスという金融仲介サービスを提供しますが、その対価として、預金スプレッド(市場金利-預金金利)という形で料金を徴求しています。家計や企業は、国債などの市場運用を行わずに、金利のより低い預金を保有することで、預金スプレッドという機会費用を銀行に支払い、決済サービスを銀行から購入するというのが、オーソドックスな経済学的解釈です。この預金スプレッドと口座維持管理や振込などの手数料を組み合わせて、決済サービスの適正対価を設定するのが、銀行の標準的なビジネスモデルです。
ところが、日本では、バブル崩壊後の市場金利の低下と預金金利の自由化の影響から、預金スプレッドは1990年代半ばには、ほぼゼロとなりました。これは、日本銀行が量的・質的金融緩和やマイナス金利政策を導入する、約20年も前のことです。
つまり、預金口座手数料を徴求しない日本の金融機関は、この20年間、決済サービスをほぼ無償に近い形で提供してきたわけです。

金融機関には、預金スプレッドがゼロになった段階で、預金口座関連手数料を徴求するという選択肢もありましたが、現実にはそれは取り得ませんでした。理由は2つあります。一つは、先ほど指摘した通り、郵便貯金も含めた金融機関同士の競争です。そして、もう一つは、国民のサービスに対するノルム(社会通念)です。

日本国民のサービスに対するノルムは、海外ではみられない独自の進化をとげてきたと思います。例えば、国語辞典でサービスの意味を調べると、「奉仕」や「値引き」、「おまけ」といった説明がでてきます。私たち日本人にとっては、「家族サービス」や「サービス残業」、「お客さん、サービスしますよ!」といった言葉はお馴染みのものです。これらの例から明らかなように、日本のサービスには「無償」という概念が暗黙に込められているように思います。一方、英語辞典でサービスの意味を調べても、そうした概念はみられません。
「おもてなし」の言葉にあらわれるように、日本には「金銭の見返りを求めることなくサービスを提供すること」を美徳とする空気があります。金融業をはじめ日本のサービス産業の生産性が国際的に低いのも、こうした日本独特のサービスに対する国民のノルムと無関係ではないように思います。家計消費支出に占める金融サービスのウエイトが日本は国際的にみて極端に低いこと、そして、 その裏腹の関係として本邦金融機関の非資金利益比率が低いのは、金融機関間の競争だけで説明できるものではないと思います。

現在、全国の金融機関の個人預金口座数は合計で約11億あります。国民一人あたりに換算して10口座もあるというのは、国際的にみてかなり多いと思います。口座数がこれだけ多い理由には、日本では口座維持手数料が無料であることが大きく影響していると思います。銀行はこうした膨大な口座数を維持するために多大なコストを負担しています。取引の無い口座であっても、銀行は最終取引から10年間は口座を管理しなければなりません。そのためのシステム負担は固定費として発生するため、装置産業化した銀行は規模の経済性を求めて競争が激化するという悪循環に陥ります。

経済取引に貢献しない銀行口座をコストをかけて維持するのは、社会的にみて非効率ですし、このまま適正な対価を求めることなく銀行が預金口座を維持し、決済サービスを提供し続けることは一段と困難になってきていると考えられます。おそらく、国民の一般的な感覚は、「大事なお金を銀行に預けているのに、手数料をとるなんて、おかしい!」というものかと思いますが、私は、金融仲介サービスに関する適正な対価について、国民的な議論が必要な段階に来ていると思います。

金融仲介サービスの適正対価に関して国民的な議論を進めていくには、様々な取り組みが必要です。第一に、日本銀行を含め、金融界全体として、決済サービスの提供にかかるコストと収益が見合っていない状況を十分に説明し、国民の理解を得ていかねばなりません。第二に、当然のことですが、個々の金融機関が収益力の改善に向けた改革をしっかり行うことが必要です。コスト削減や収益改善の余地を残したままでは、適正対価に関する国民の理解は十分得られません。この点に関し、地域金融機関のオーバーキャパシティの状況は、業務改革(Business Process Reengineering)などを通じた経営資源の適正投入によって、改善していく必要があります。また、顧客ニーズに必ずしもマッチしない過剰なサービスを提供するためにコストをかけているなら、サービス内容を見直していくことも必要でしょう。そして、第三に、金融機関は、フィンテックなど新たな技術環境も踏まえ、金融仲介サービスに新たな付加価値を提供していくことで、国民の納得性を高めていく必要があります。金融サービスの利便性や安全性を一段と向上させ、顧客の満足度に見合った対価を徴収できれば、生産性が上昇するとともに、収益力の強化にもつながります。金融機関がこのような取り組みを行わないまま、対価を求めようとすれば、フィンテック企業が台頭しているなかでは、銀行離れ(disintermediation)を引き起こす可能性があることに留意する必要があります。

以上が日銀副総裁の講演内容の抜粋です。
日本の銀行は、競争が激しかったために特に個人顧客から手数料を収受してきませんでした。

それが日本の銀行の低収益性に繋がっており、結果として銀行業務の存続可能性が脅かされる事態となっています。

日銀はこの問題を提起しており、メガバンクに続いて地方銀行等も手数料の引き上げに動く可能性はありえるように思えます。

では、この動きはどうなっていくのでしょうか。

そもそも銀行の手数料引き上げは現実的な選択肢なのでしょうか。

銀行の手数料引き上げがもたらすもの

筆者は、銀行サービスで個人から手数料をこれ以上収受するのは難しいと考えています。

手数料を引き上げることは、結果として自分達の首を絞めることに繋がる可能性が高いのです。

特に決済サービスに伴う手数料収受は、フィンテックサービスが次々と立ち上がるなか現実的ではありません。銀行の決済業務をフィンテック企業に奪われて終わりとなってしまいかねません。

そもそも、日本でアリペイのような決済サービスがあまり普及しないのは、日本の既存の決済サービス全体がすでに十分コストが低く利便性も高いからです。新しいサービスを導入してもコストがあまり下がらないのです。これにはもちろん銀行の口座維持が無料ということも含まれます。

銀行が手数料確保に走れば、それはフィンテック企業のビジネスチャンスを生み出すだけなのです。

銀行は銀行同士の囚人のジレンマのみならず、現在はフィンテック企業を中心とした新興勢力とも囚人のジレンマに陥っているといえます。

メガバンクはまだ手数料の引き上げをある程度はできるかもしれません。規模が大きく利便性が高いこと、知名度があること、送金先もメガバンクを使っている可能性が高いこと等が理由です。

しかし、地銀はどうでしょうか。

銀行の強みは、現金という現物を扱うことです。

近くにATMがあるから、その銀行の口座を持っているという預金者は多いでしょうし、会社の給与振込口座がその銀行だったからという理由で、ずっと使い続けていることも多いでしょう。

地銀は利用者の近くにいてこそ預金者から選ばれているのです。

これが、キャッシュレス社会になったらどうでしょう。

地銀に口座を持つ必要はほとんどなくなります。ATMをほとんど利用しなくなるからです。

銀行は現金を扱うからこそ選択されている割合が高いという現実を受け入れなければなりません。

銀行の口座を持つコストが高くなってくれば、ネット銀行やフィンテック企業へ預金はうつっていくのです。

そのため、日銀が何を言おうとも、そしてメガバンクがどのような動きをしようとも、少なくとも地銀や信金等は預金者から今以上に手数料を徴収することは、結果としてキャッシュレス社会の到来を早める結果となり、自分達の首を絞めるのではないかと筆者は考えています。

ATMは銀行にとっての武器なのです。

キャッシュレス社会の到来を可能な限り送らせた方が銀行にとっては延命ができるのです。

ATMについては以下の記事もご参照ください。

よって、今回の記事のような手数料引き上げは一部に留まると考えますし、そうすべきとも考えます。