銀行が融資を確約するコミットメントライン契約では期間が「364日」となっているものが多数ありました(近時は減少しました)。
コミットメント契約は、1年毎に更新されるのが一般的ですから毎年期限が1日ずつ前倒しになっていきます。例えば12月30日だったものが、翌年は12月29日が期限となるのです。
通常の当座貸越契約は、6か月後や1年後の同じ日(月末が一般的)に更新しますので、コミットメントラインのみが月中の中途半端な日に契約期限が到来するのをみると違和感を感じる銀行員や財務担当者もいるかもしれません。
この364日という契約期間はどのような理由から決められていたのでしょうか。
銀行がどのような行動原理に基づいて活動しているのかを理解する端的な例ですので、今回はこのコミットメントラインの契約期間について考察します。
コミットメントラインとは
コミットメントラインとは、銀行と契約者が予め契約した期間・融資枠の範囲内で、契約者のみの請求に基づき、銀行が融資を実行することを約束(コミット)する契約です。
よって契約者からみれば銀行が破たんしない限り確実に資金を調達できますので、「対外的な信用力の補完」「安定的な運転資金枠の確保」「緊急・不測の事態における資金調達手段の確保」「不要な現預金の削減手段」として利用することができます。
一方で銀行からするとコミットメントライン契約で融資を確約する代わりに、仮に融資が発生しなくとも、金利とは別に手数料を収受しますので、安定的な手数料が享受できることになります。
コミットメントライン契約の対象企業
コミットメントラインの契約は「特定融資枠契約に関する法律」によって規制されており、適用対象企業も基本的には限定されています。
適用企業
- 会社法上の大会社(貸借対照表の資本金5億円以上または負債の部の計上額200億円以上の株式会社)
- 資本金3億円超の株式会社
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純資産額10億円超の株式会社
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金融商品取引法の規定による監査証明を受ける必要のある株式会社
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上記 1~4に掲げる者の子会社
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資産流動化法上の特定目的会社
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投信法上の登録投資法人
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広義の特別目的会社(SPC、Special Purpose Company)等
上記をみて分かる通り大企業のような銀行に交渉力を持つ企業が対象となっています。これは銀行が弱い立場の借入人にコミットメントラインの締結を強要し、収益獲得をしないように規制されたものです。
なお、「特定融資枠契約に関する法律」が制定された背景は、コミットメントラインの手数料が、出資法と利息制限法のみなし利息とされるため、コミットメントラインの設定額と比較して融資実行額が少ない場合には、法定利息を上回ってしまう可能性があったためです。当時は銀行の不良債権処理が続いていた時代であり、銀行は貸出を圧縮・回収(いわゆる貸しはがし)していました。金融収縮の中、企業にとってもコミットメントラインの導入は借入枠確保のメリットがあるため当該法律が制定されました。
契約期間はなぜ364日が多かったのか
この契約期間の設定は完全に銀行側の事情でした。
銀行の自己資本比率規制(いわゆるBIS規制)では、銀行の資産別にリスクウェイト(銀行の自己資本比率を計算する「分母」を算出するものであり、資産毎に率が異なる)が設定されています。
銀行はリスクウェイトが高い資産が多いほど、多額の自己資本を用意しなければなりません。
このリスクウェイトではさらに期間によって適用されるウェイトが変わります。
コミットメントラインの場合、未利用部分に対して、契約期間が1年以内の場合と1年超の場合とで異なるリスクウェイトが適用されています。
当初は、1年超(over one year)のコミットメントラインにおける未使用部分についてはリスクウェイトが50%、1年未満は0%(現在は1年以下は20%)となっていました。
この1年超に1年(365日)が含まれるかどうかは判然としていませんでした。
コミットメントライン契約が1年以内に認定されるかどうかが非常に重要なため、米国の事例を参考にしながら(米国では364日ファシリティが一般的)、疑義を受けないように364日間の契約とすることが一般的だったのです。
現在の状況
現在はコミットメントラインについて1年「以内」はリスクウェイトが20%、1年超は50%ときちんと金融庁が公表しています。
これにより疑義がなくなり現在は1年毎(翌年の同日)に更新される契約がほとんどとなっています。
金融庁のバーゼルⅡに関するQ&A
<コミットメント、当座貸越契約の掛目>
【関連条項】第78 条
第78 条-Q7 コミットメントの掛目は何%になりますか。(平成18 年7 月28 日追加)
(A)コミットメント(長期貸出の未実行部分を含む。)の掛目については、原契約期間が1年以内の場合は20%(第78 条第1 項第2 号)、1 年超の場合は50%(同項第6 号)が適用されます。なお、長期貸出の未実行部分の原契約期間は、通常、未実行貸出の実行可能日から実行可能期限までの期間とします。
ただし、以下の(1)または(2)の場合には、各々の掛目が適用されます。
(1) 契約上の原契約期間が1 年以内であっても、実質的に判断して銀行が義務を負っている期間が1 年超の場合には、原契約期間は1 年超であると判断し、50%の掛目が適用されます。例えば、契約上の原契約期間が1 年以内であっても、自動延長可能な場合や延長を銀行が拒絶できない場合は、1 年超と判断されます。
なお、取引相手先の再審査を行い、契約の延長可否及びその内容(期間や条件を含む。)に対し銀行が総合的な裁量権を有する場合には、延長した契約を新規のものとみなし、新・旧契約それぞれの原契約期間に応じて判断するものとします。
(2) 銀行が一定の通知期間なく任意の時期に無条件で取消し可能であり、かつ、最低1 年に1 度は取引相手先の再審査等(注)を行う場合には、0%の掛目が適用されます。
なお、当座貸越契約が上記の要件を満たす場合には0%の掛目が適用されますが、取消不能の旨の取決めがなされている場合には、「任意の時期に無条件で取消し可能なコミットメント」とは扱われません。
(注)例えばカードローンにおいては、当面の措置として、毎月の延滞状況の調査(いわゆるスクリーニング)も再審査とみなします。
まとめ
コミットメントライン契約期間が364日であることが多かった理由は、完全に銀行側の事情でした。
銀行は規制業種であり、様々なルールに縛られます。当然、バーゼルのような自己資本比率等の規制も非常に重要なのです。
今回みてきたように、銀行はぎりぎりまで規制に抵触しないような行動をとります(これはどの業界とかは関係ないかもしれませんが)。
規制ができると、その中で最大限の効果を得ようと企業は動いていくものです。
外部からみると364日も365日も大した違いはないでしょう。
ただし、これが現実なのです。
今後も銀行業界に対する規制は様々なものが導入されていくでしょうが、このような事例が今後も続いていくのでしょう。