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不動産信託のメリット・デメリット~不動産信託は魔法の杖ではない~

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J-REIT等不動産のプロの不動産取得では不動産信託が用いられます。

現物の不動産を信託し、信託受益権化することで不動産売買のメリットが得られるとご存知の方はいらっしゃるでしょうが、実際にどのようなメリットがあるか、デメリットは何かご承知でしょうか。

意外と知られていない不動産信託にかかるメリット・デメリットについて今回は考察します。

不動産信託とは

信託とは、委託者が信託行為(例えば、信託契約、遺言)によってその信頼できる人(受託者)に対して、金銭や土地などの財産を移転し、受託者は委託者が設定した信託目的に従って受益者のためにその財産(信託財産)の管理・処分などをする制度(信託協会HPより引用)です。

不動産信託とはこの信託という仕組みのうち、不動産にかかる信託です。

不動産を信託することで不動産の流通にかかるコストが安くなることがあります。これが不動産のプロが不動産信託を活用する理由です。

不動産信託を用いた売買のスキーム

まずは不動産信託のスキームをみていきます。

通常の不動産の売却は下の図の通り売主から買主に不動の所有権が譲渡されるだけです(図の(1))。

一方、 不動産の信託を行い(2)、信託受益権化し(3)、その信託受益権を買主に売却すること(4)が不動産信託を用いた売買、信託受益権スキームといわれているものです。 

 

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 (出典:図は野村アーバンネットHPより引用)

不動産売買にかかるコスト

不動産が流通する時は大きな金額が動きます。

当然、不動産そのものの金額も大きいのですが、不動産流通に伴うコストも多大なものになります。

その中でも買主、売主双方にとって不動産投資にかかる獲得収益に影響を与える要素が税金です。

不動産を売買すると、譲渡にかかる利益に対する課税がなされます。そして土地の取得には不動産取得税が、登記には登録免許税が、契約書を作るには印紙税がかかります。

不動産信託を用いた売買では上記税金のうち、登録免許税(所有権移転・信託設定)、不動産取得税、印紙税についてメリットが生じる可能性があります。

不動産信託を用いた売買のメリット

印紙税

売買契約書の印紙代は以下のリンクの通り軽減措置がなされているとはいえ高額です。

売買金額に応じて200円(売買金額50万円以下)から48万円(売買金額50億円超)まで幅があります。

例を挙げると5千万円超1億円以下だと印紙代は3万円ですが、不動産のプロが買う5億円超10億円以下で16万円、10億円超50億円以下だと32万円と無視できない金額となります。

不動産売買契約書の印紙税の軽減措置|印紙税目次一覧|国税庁

一方で、不動産信託を用いる場合は、当初の信託契約書に印紙代200円、受益権売買契約書に印紙代200円がかかることになります。

登録免許税

通常の土地売買の場合は、所有権の移転を行うために土地評価額の1.5%(2019年3月末までの特例)、建物評価額の2%の登録免許税(本則)がかかります。

一方で最初に不動産信託を行い信託受益権で取得する場合は土地評価額の0.3%、建物評価額の0.4%が登録免許税としてかかります(当該登録免許税は当初の信託設定にかかる費用)。

不動産売買価格が1,000 万円(土地500万円、建物500万円)ならば通常は17.5万円かかりますが、信託受益権で取引を行えば3.5万円ですむということです。

また、元来から信託受益権化されている物件であれば、所有権移転にかかる登録免許税は売買取引に関係ありませんので費用負担はありません。

なお、別途、信託受益権の譲渡時には不動産の個数×1,000円が必要となります。(但し、少額であるため無視できるレベルかもしれません)

不動産取得税

通常の売買においては不動産の取得にかかる税金も納付しなければなりません。

土地評価額の1/2(2018年3月末までの特例)×3%(2018年3月末までの特例)、建物評価額の3%(住宅の場合、2018年3月末までの特例)、もしくは建物評価額の4%(本則)が課税されます。

上記の事例(売買金額1,000 万円、うち土地500万円、建物=住宅500万円)の場合は、合計22.5万円の不動産取得税が発生します。

ところが不動産信託の場合は不動産取得税は課税されません。

これはかなり大きな差となります。

メリットまとめ

以上をまとめると不動産売買に不動産信託を用いた場合は信託銀行等に不動産信託にかかる手数料を払わなければならないでしょうが、ある程度大型の物件であれば不動産信託を使った取引の方が売買コストを大幅に軽減することができます。

上記の事例(対象物件がすでに信託受益権化されていたもの)であれば、登録免許税と不動産取得税で合計4%(=40万円/1,000万円)の必要となるはずだった当初費用が不要となるのです。

不動産のプロはこのような計算をしながら、現物(通常)での不動産売買とするのか信託受益権での売買とするのかを検討しているのです。

不動産信託を用いた売買の「デメリット」

今までは不動産信託を用いた不動産売買のメリットをのべてきました。

ところが国がこのようなメリットばかりを不動産信託に付与する訳がありません。メリットしかないのであれば世の中の不動産は全て信託受益権化されているでしょう。

不動産信託には当然にデメリットがあります。

一つは信託銀行に費用を払わなければならないということです。

費用は物件の規模、立地、管理の手間等によって異なってくるので一概には言えませんが一物件(不動産でいうところの一筆)で相応の手数料がかかります。

もう一つ、重要な点があります。

それは信託受益権を現物に戻す(=不動産信託を解除する)際に、登録免許税や不動産取得税がかかることです。

すなわち不動産信託を用いた売買は課税が免除されたのではなく、課税が繰延されたと考えた方が正しいのです。

課税額は登録免許税で土地評価額の2%(本則)、建物評価額の2%(本則)、不動産取得税で土地評価額の1/2(2018年3月末までの特例)×3%(2018年3月末までの特例)、建物評価額の3%(住宅の場合、2018年3月末までの特例)、もしくは建物評価額の4%(本則)が課税されます。

つまり不動産信託から現物に戻した際に、完全に納税をしなければならなくなります。

そうすると当初の信託設定をする際に土地評価額の0.3%、建物評価額の0.4%が登録免許税としてかかりますので、不動産信託を行い、後から不動産信託を解約する売買では「トータルで追加の納税負担が発生」していることになるのです。

まとめ

以上の通り不動産信託を用いた不動産の売買はトータルではコスト高になります。

しかし、不動産プロのようにずっと保有するのではなく中長期で売却することを前提にしている投資家であれば不動産物件の当初取得費用を抑えることができるため、5年程度の利回りを追求するような投資では(上記例だと4%を5年で割れば毎年0.8%となり、この分の利回りが改善)、不動産信託は便利なツールなのです。

裏をかえせば取得した後の不動産の使い方(投資手法、期間等)によって通常の売買とした方が良いか、不動産信託とした方が良いのかが決まるということです。