銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

サプライチェーン・ファイナンス ~サプライチェーン領域におけるブロックチェーン技術の活用事例~

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金融領域においてブロックチェーン技術の活用が拡大してきています。

その中でも、銀行の大企業取引をかなり変えてしまう可能性のある実証実験が2017年10月からスタートします。

この実験は銀行の法人取引の将来像が見てとれます。

今回はサプライチェーン領域における実験について考察します。

サプライチェーン・ファイナンスとは

まずサプライチェーン・ファイナンスについては以下がイメージをつかみやすいでしょう。

サプライチェーン・ファイナンスは、国内外の大手銀行が提供する、企業のサプライチェーンの競争力を高め、コスト削減や流動性向上などを図る金融サービスをいいます。これは、購買-生産-販売といった一連の企業活動(サプライチェーン・マネジメント)に着目し、必要な資金をタイムリーかつ低廉な金融コストで提供することを主眼としています。その主なメリットとしては、大企業(多国籍企業)は銀行の支援で海外での供給網(サプライチェーン)の運営が円滑になり、一方で銀行は海外での金融取引の拡大やグローバルな資金決済などに結び付けられます。
現在、自動車や電機、機械、プラントなど多くの大企業は、海外の子会社等を通じて現地企業等の間で部品などの供給網を築き、海外事業を拡大していますが、供給網を重層的に張り巡らせていることで日々発生する支払い等の管理も複雑になり、企業の負担となっています。このような状況の中、本ファイナンスは、銀行が企業が構築している部品などの供給網に絡み、取引先企業との支払条件の改善などを通じ、企業間の資金やり取りを円滑にするものであり、例えば、銀行が支払期日前に売掛代金を立て替える仕組みなどが代表例として挙げられます。
金融経済用語集
https://www.ifinance.ne.jp/glossary/finance/fin226.html

日立とみずほの共同実験について

日立製作所とみずほFGはサプライチェーン・マネジメントシステムにおけるブロックチェーン技術の実用に取り組むことを発表しました。そして将来的にはサプライチェーン・ファイナンスの実現を検討しています。

http://mw.nikkei.com/sp/#!/article/DGXLASFL21HB4_R20C17A9000000/

直近でサプライチェーン・ファイナンスとして取り組みが発表された事例としてはトランザックスとレオパレス21の事例がありました。
http://mw.nikkei.com/sp/#!/article/DGXLRSP443826_X20C17A4000000/

但し、このサプライチェーン・ファイナンスは実質的には電子債権の割引サービスであり、そこまで目新しいものではありません。

それに比べ、日立製作所とみずほFGが取り組む実証実験は非常に大規模なものです。

日立グループ間のアジア域内での部品調達を巡り、発注や納品に関する情報をブロックチェーン技術を使って効率的に管理するのです。そしてこの部品供給網における資金決済や資金繰り効率化をみずほFGは狙っていくことなります。
この仕組みは完全に新しいものとまでは言えません。サプライチェーンに銀行がシステムやファイナンスを提供していくということは今まで外銀やメガバンクがサービスを提供してきているからです。
http://mw.nikkei.com/sp/#!/article/DGXNZO62432090S3A111C1NN7000/

しかし、今回の日立製作所とみずほFGの実験はブロックチェーン技術で情報の共有化・コスト削減が見込めるのみならず、企業側の受発注システムと銀行サービスとの連携が前提になっています。

これは銀行側が構築し提供していた今までのような銀行目線でのシステム、サービスではなく、サプライチェーンシステムに銀行のサービスを結びつけたものなのです。

受発注情報や決済履歴についてのビッグデータの蓄積・活用によって新たなビジネスも考えられるかもしれません。

以下、日立製作所とみずほFGのプレスリリースを引用します。長い文章にはなりますが非常に期待できる取り組みです。

日立とみずほが、サプライチェーン領域におけるブロックチェーン技術の活用に関する共同実証を開始

株式会社日立製作所(執行役社長兼CEO:東原 敏昭、以下「日立」)と株式会社みずほフィナンシャルグループ(執行役社長:佐藤 康博、以下「みずほFG」)および株式会社みずほ銀行(頭取:藤原 弘治、以下「みずほ銀行」)は、2017年10月より、サプライチェーン領域におけるブロックチェーン技術*1の活用促進に向け、共同実証を開始します。
日立と<みずほ>は、本実証実験を通じて、サプライチェーン・マネジメントシステムにおけるブロックチェーンの実用化に取り組むとともに、将来的には、サプライチェーン・ファイナンス*2の実現も検討していきます。

複数の国にまたがる資材の海外調達業務では、各拠点・各業務での受発注、納期に関する情報(台帳)の管理が複雑となっており、発注登録や、注文書と請求書の照合・相互承認、総合的なコスト管理に時間を要するといった課題があります。調達業務にブロックチェーン技術を活用することで、各拠点・業務間で受注・入金データを共有し、サプライチェーン全体の状況把握が可能となるとともに、部品の供給元などに関する情報を記録することで、信頼性の高いトレーサビリティ管理を実現します。

今回の実証は、日立グループのグローバル・サプライチェーンの一部を対象に、ブロックチェーン技術の適用とその効果の検証を共同で実施するものです。具体的には、2017年10月より、グローバルで資材調達が必要な装置や部品などのサプライチェーンを、ブロックチェーン技術を用いて統合的に管理するアプリケーションのプロトタイプの開発に着手します。本アプリケーションをIoTプラットフォーム「Lumada」(ルマーダ、*3)上に構築し、日立グループの複数のアジア拠点における受注・入金データや部品に関する情報などの統合管理効果を評価・検証していきます。

これにより、日立は調達や在庫管理の業務効率を向上し負荷軽減を図るほか、受発注に関する迅速な意思決定が可能となります。また、<みずほ>では、受発注情報に応じた迅速な決済や融資の提供が可能となるなど、企業側の受発注システムと銀行サービスをシームレスに連携させることで、サプライチェーン・ファイナンスへの応用が期待できます。加えて、受発注情報や決済履歴などのビッグデータ蓄積・利活用による、新たなビジネス機会創出にもつながる可能性があります。

日立は、米国の非営利団体The Linux Foundation*4が設立したブロックチェーン技術の国際共同開発プロジェクト"Hyperledger"*5に参画するなど、ブロックチェーンへの取り組みを加速しています。今回の取り組みをはじめ、IoTプラットフォーム「Lumada」の活用など、今後も新たな金融サービスを提供するデジタルソリューション事業に注力していきます。

<みずほ>は、お客さまの多様なニーズにお応えするために、FinTech、ビッグデータ活用などによるサービス提供力の向上を一層加速していきます。

*1ブロックチェーン技術: 分散型台帳技術。複数拠点に分散されたサーバなどの通信機器に、それぞれ同一の記録を同期させて一つの台帳を維持する仕組み。

*2サプライチェーン・ファイナンス: 企業のサプライチェーンにおける資金決済の効率化や、企業の資金繰りの効率性の改善に貢献する金融サービス。

*3Lumada: 日立の幅広い事業領域で蓄積してきたOT(Operational Technology)とITの融合により、IoT関連ソリューションの開発と容易なカスタマイズを可能とするIoTプラットフォーム。

*4The Linux Foundation: オープンテクノロジの開発や商用展開を加速するエコシステムを構築するために2000年に創設された組織。世界中のオープンソースコミュニティと協力して、史上最大の共有技術投資を作り出すことにより、難解な技術問題を解決している。

*5Hyperledger: 産業横断的なブロックチェーン技術の活用を促進するために発足した共同開発プロジェクト。金融機関をはじめ、各産業の有力企業が共同でオープンソースの分散型台帳(distributed ledger)フレームワーク開発などに取り組む。http://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2017/09/0921c.html

日立製作所とみずほFGの共同実験の意味

筆者は、銀行の融資・為替を中心とした大企業法人取引は今回の日立製作所とみずほFGの実験のような仕組みとなっていく可能性が高いと想定しています。

銀行には調査能力があるように思われがちですが、企業の受発注・資金決済等の情報については銀行口座の資金異動を通じて間接的には把握できますが、完全には把握できません。

しかし今回のようにサプライチェーンに銀行が組み込まれるのであれば全体像を把握することが可能になります。

これは企業の信用力を見直す貴重なデータとなり、かつ企業(全体ではなくサプライチェーン部分のみとなるかもしれませんが)の資金繰りを事前かつ大半を把握することが可能にもなります。当然、他行との差別化になるというよりは、むしろ取引の独占につながるといえます。

ECの世界ではAmazonや楽天が銀行では取引できなかったような顧客へ金融サービスを提供し始めています。

これは ECサイトを運営し顧客の販売動向を把握できるシステム運営者の強みです。

今回の日立製作所とみずほFGの実験は、ある意味でAmazonや楽天が出店企業に提供しているファイナンスサービスを大企業に拡大したようなものなのです。

銀行の強みは低コストでの資金調達力です。これはシステムを構築する一般の企業には持ちにくい銀行の優位性です。

一方で、銀行の弱味は取引先の情報が事後・確定情報(決算書、口座異動明細等)のような過去の情報しかなく、情報入手までにタイムラグがあることです。

低コストでの資金調達力という強みを最大限に活かし、取引先と一緒にサプライチェーンを構築していくことができれば銀行にとっては更なる強みの獲得となるでしょう。

これが銀行が大企業取引において目指していく道の一つなのではないでしょうか。