前回まで退職給付会計、退職給付債務について説明してきました。
今回は退職給付費用について解説します。
退職給付費用とは
退職給付費用とは、従業員が退職するときに支払う退職給付(退職一時金と年金)のうち、当該会計期間に負担すべき金額を見積もり、当期に計上する費用です。
退職給付費用は人件費の内訳項目ですので、退職給付費用が増加すれば人件費の増加を通じて企業の営業利益を圧迫します。
計算式は以下の通りとなります。
退職給付費用=勤務費用+利息費用-期待運用収益+過去勤務費用にかかる当期の費用処理額+数理計算上の差異にかかる当期の費用処理額
計算式にするとイメージがしづらいので以下図表を添付します。
出典 KPMGホームページ
ここに使用されている用語は馴染みのないものでしょう。
以下で各用語について説明していきます。
退職給付費用にかかる用語
勤務費用
勤務費用とは退職給付(退職一時金、年金)見込額のうち、当期の労働の対価として発生したと認められる部分をいいます。
誤解を恐れずに単純化すると、毎年勤務していると100万円ずつ退職金が増えていく企業があるとします。この毎年の100万円を給付予定時点(例えば、定年の60歳時点)から割引計算して現在価値に換算した数値を当期の費用として計上します。
金利が1%だとして、対象の従業員が59歳だとしたら、来年の100万円の退職金の現在価値は約99万円です。この99万円が当期の勤務費用となります。
利息費用
利息費用とは、期首時点における退職給付債務について、期末までの時の経過により発生する計算上の利息をいいます。
計算式は以下の通りです。
利息費用=期首退職給付債務×割引率
単純にいえば、退職給付債務を借入金、割引率を借入金利と考えると、利息費用は借り入れ利息と同じようなものです。退職給付債務は、これも誤解を恐れずにいえば給料の後払いであり、従業員から企業が支払いを待ってもらっている状況、すなわち従業員からの借入といえます。この従業員からの借入に利息が発生しているのです。
上記の割引率(通常は国債のレート等を参照して決定)が低下するならば利息費用は減少しますし、退職給付債務自体を何らかの方法(例えば、DBの一部DC移行)で削減すれば同様に減少します。
期待運用収益
期待運用収益とは、年金資産により当期に獲得が期待される運用上の収益額です。
計算式は以下の通りです。
期待運用収益=期首年金資産残高×期待運用収益率
この期待運用収益率は想定でかまいません。収益が実際に上がっていなくてもよいのです。この年金資産からは、これだけの収益が上がりそうと想定しているならば、その数値を使用してよいのです。
これは一見都合がよいようにみえますが、期待している運用の収益率と実際の運用実績の差額の調整は別の項目でなされることになります。
期待運用収益は年金資産残高を増加させることができれば収益が上がりますし、年金の運用を切り替えれば(例えば、債券運用から株式運用)期待運用収益率の向上を通じて同様に改善します。
期待運用収益額が改善すれば退職給付費用は低下するため、人件費の削減効果がでます。
過去勤務費用
過去勤務費用は退職給付の給付水準の改定等により発生した退職給付債務の増減部分のうち、当期で費用処理した額をいいます。
例えば、退職金の水準を切り下げた場合にはプラスの効果(退職給付費用削減)として計上されることになりますが、大きな制度変更がなければ計上されない項目です。
数理計算上の差異
数理計算上の差異とは、年金資産の期待運用収益と実際の運用成果との差異や、退職給付債務の数理計算で用いた見積もり数値と実績地の乖離および見積もり数値の変更等により発生した差異をいいます。
わかりづらい概念ですが、退職給付債務や期待運用収益というものは一定の前提・想定をおいて算出しています。この前提・想定の数値と実際の実現した数値との差が数理計算上の差異となるのです。
数理計算上の差異は、年金の運用が期待運用収益率よりも上手くいかなければ費用として発生しますし、割引率が低下すれば退職給付債務の計算(割引)の前提が変わるので同様に費用が発生することになります。
この数理計算上の差異と過去勤務費用は従業員の平均残存勤務期間内の一定の年数で規則的に費用処理する必要があります。すなわち、毎年発生した差異を当期に処理しなくてもよいのです(遅延認識)。これは退職給付という長い時間をかけて発生する給付に対応した処理方法といえます。
退職給付費用のポイント
以上で退職給付費用の計算・用語についてみてきました。
退職給付の費用支払いは給料の後払いとしての性格がありますので、企業の一方的な都合によって変更することはできません。
ただし、退職給付費用は、企業の本業とは無関係な要因である年金の運用成績や金利の水準によって変動します。
これは企業経営者にとってみれば、本業とは関係ない、すなわち自分のコントロールの及ばないところで本業の収益である営業利益が退職給付費用の増減を通じて影響を受けるということになります。
そのため、企業経営者は本業に影響を及ぼさないような退職給付制度を構築したいと考えるのです。
近時、導入が増加した確定拠出年金(DC)はまさにそのような企業経営者のニーズを踏まえた制度です。
DCは単純化すれば決まった額を従業員のために積み立てておけばよい制度です。そのため年金の運用成績や金利の変動に影響されることがないのです。
企業は今後も退職給付費用を少しでもコントロールしようとしていくでしょう。
金融機関としては、企業のニーズを汲み取りながら、一方で社会全体、従業員個人のためにどのような運用商品提供を行うか、年金制度の相談にのっていくかが、これからの銀行に問われていくのです。