銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

AIの銀行への導入実験~社員監視も可能に~ 

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金融庁が「FinTech実証実験」の3件目の認定案件を公表しました。

この実験では人口知能(AI)が、金融業界における人材の課題や働き方改革の推進に対してどの程度貢献できるかが実験されます。

今回はこの実証実験の内容について考察するとともに、金融機関で今後導入されるであろうAI技術についても確認します。

 

「FinTech実証実験ハブ」とは

金融庁では、フィンテックを活用したイノベーションに向けたチャレンジを加速させる観点から、平成29年9月21日、フィンテック企業や金融機関等が、前例のない実証実験を行おうとする際に抱きがちな躊躇・懸念を払拭するため、「FinTech実証実験ハブ」を設置しています。

実施の要件としては、以下となります。

  • 実験内容と論点が明らかであること(明確性)
  • サービスの実現によって我が国における利用者利便や企業の生産性の向上が見込まれること(社会的意義)
  • 実現しようとするサービスに革新性が認められること(革新性)
  • 実証実験に一般利用者が参加する場合には、利用者への説明を含め、利用者保護上の対応を適切に行うこと(利用者保護)
  • 実証実験を行うのに必要な資金・人員等のリソースが確保されていること(実験の遂行可能性)

そして、実証実験終了後には、実験を通じて整理されたコンプライアンスや監督対応上の論点、一般利用者に向けてサービスを提供する際に生じ得る法令解釈に係る実務上の論点等を含む実験結果・結論について、金融庁ウェブサイトにおいて公表することになっています。

 

実験概要

では、今回の実験概要についてみていきましょう。

まずは、金融庁のホームページに掲載された概要を以下引用(抜粋)します。

現状金融機関では「営業員が作成した金融商品販売時の応接記録」や「お客様から寄せられる様々な声(ご意見・お申し出)の記録」が大量に作成・蓄積されており、それらの記録を確認する作業に膨大な業務負担が生じています。本実証実験では、そうした記録一つ一つ(銀行では応接記録、証券会社ではお客様の声)に対し、人工知能(AI)がスコアリングし確認の優先順位付けを行うことで、確認業務を効率化・高度化できるかを検証します。
(想定期間)
 平成30年5月から6月まで

 

実験実施企業のプレスリリース

当該実験の実施主体である企業のプレスリリースも以下で確認しておきます。

FRONTEO の人工知能 KIBIT を用いたチェック業務が金融庁の「FinTech 実証実験ハブ」支援案件に決定

三菱 UFJ 銀行、りそな銀行、横浜銀行、SMBC日興証券と共に金融業界における記録のチェック業務の生産性比較実験に取り組む

 

株式会社FRONTEO(本社:東京都港区、代表取締役社長:守本 正宏、旧UBIC)は、金融庁が2017年9月に設置した「FinTech実証実験ハブ」において、初の人工知能を用いた支援案件に採択されたことを発表しました。本件は、金融庁が推進する“国民の安定的な資産形成と顧客本位の業務運営”(フィデューシャリー・デューティー)や、金融業界における人材の課題や働き方改革の促進に対して、FRONTEOが独自で開発した人工知能KIBITがどれだけ貢献できるかを、株式会社三菱UFJ銀行、株式会社りそな銀行、株式会社横浜銀行、SMBC日興証券株式会社を参加金融機関として協力をいただき、2018年5月から6月末まで実験を行う予定です。
現在、金融機関では、営業員が日々大量の「金融商品販売時の応接記録」を書き、また電話でお客さまから沢山の様々な意見、お申し出などが寄せられ、それぞれ記録されています。金融機関はお客さまの満足度やサービス向上のために、これらの膨大な記録を時間と人手をかけて確認していますが、人的リソースの不足や業務負荷、人によって判断にバラつきが出る等の課題が生じています。本実証実験では、これらの記録の確認を人のみで行った場合と、KIBITがスコアリング(点数付け)し、優先順位を付けた場合での、生産性や作業の標準化率、検出精度などを定量的に比較測定していきます。実証実験の概要は以下のとおりです。

 

テーマ: 現行の「人のみによる確認方法」と「KIBITを活用した確認方法」との業務生産性の比較試験

 

対象業務: 

【銀行】投資信託などの金融商品販売時の営業応接記録のチェック業務

【証券】通話録音記録からのお客さまのご意見・お申し出のチェック業務

 

本件は、都市銀行や地方銀行、証券会社など600以上の金融機関が抱える共通の課題に対応するものであり、実証実験を通じて得られた結果を活かすことで、業務の負荷軽減や高度なチェック業務の実現、働き方改革の実現など、社会的課題の解決につながる取組みとなります。

 

■KIBITについて

「KIBIT」は人工知能関連技術のLandscapingと行動情報科学を組み合わせ、FRONTEOが独自開発した日本発の人工知能エンジンです。人間の心の「機微」(KIBI)と情報量の単位である「ビット」(BIT)を組み合わせ、「人間の機微を学習できる人工知能」を意味しています。テキストから文章の意味を読み取り、人の暗黙知や感覚を学ぶことで、人に代わって、判断や情報の選び方を再現することができます。

 

金融庁ホームページ
「FinTech実証実験ハブ」支援決定案件について
https://www.fsa.go.jp/news/30/20180507/20180507.html

以上が今回の実験の概要です。

 

実験についての考察

当該実験は金融機関にとって非常に有用なものとなる可能性が高いと思われます。

銀行では投資信託などの金融商品販売時に営業応接(活動・面談)記録の作成が必要であり、その記録が正しくなされているか、問題のある顧客への販売をしていないか等のチェックを管理者が実施しています。

このチェックは業務量が膨大であり、かなりのリソースが割かれています。

このチェックをAIが代替するのです。

金融機関では法令等に基づき要求される作成資料が膨大に存在します。

そして、その資料はダブルチェックをかけられます。

このような業務フローは業務の負担増加を招いていることは間違いなく、チェック業務が効率化されれば、業務負荷軽減や高度なチェック業務の実現、働き方改革の実現など社会的課題の解決につながるという実験実施企業の主張も理解できます。

今回の実験で注目すべきは、テキスト(文字)データのみならず、音声データも分析できることです。

実証実験を行うのに必要な資金・人員等のリソースが確保されていること(実験の遂行可能性)を金融庁は実証実験支援の要件としていますから、ある程度技術的な目処が立っていることを金融庁がお墨付きを与えたようなものです。

テキストのみならず音声データが分析の対象となることは、技術的にはすぐそこまで来ているのです。

この技術を活用すれば銀行を含めた金融機関は業務の効率化が図れることは間違いないでしょう。

そして、テキストデータと音声データは金融機関が保持するほとんど全てのデータなのです(画像データは金融機関ではあまり活用されていません)。

遅かれ早かれ、AIによる分析・チェックは開始されます。

では、どのような業務フローにおいてAIによるチェックがなされていくでしょうか。

当該実証実験に参加した企業の製品を参考にみていきましょう。

 

AI分析が可能な業務

どのような業務チェックがAIで可能となってきているのでしょうか。

当該企業のホームページには以下の業務が例として掲載されています。

以下引用していきます。

 

<営業支援・日報分析(受注チャンスと失注リスクの予兆チェック)>
メールやSNSなどデジタルコミュニケーションが情報伝達の主流となった現代において、日々やりとりされるデータ量は増加しています。また、対面でのコミュニケーションが減り、従業員やチームメンバー、顧客が何を考え、どのような行動をしているのか、データ分析なくして把握することは容易ではありません。
Knowledge Probe(=製品名)は、メールや日報、お客様からのお問い合わせやレビューなどを詳細まで確認し、すべての内容を読み込んで把握することが難しい多忙な管理・監督者、担当者に代わって分析します。
「毎日のメールや日報の数が多すぎるため詳細までチェックすることが難しい。受注のチャンスや失注のリスクを見逃してしまっていないか…」という管理者の課題に対し、営業活動を管理・監督する立場であるお客様自身の暗黙知を学んだ人工知能がすべての日報やメールの文面を分析。受注のチャンスや失注のリスクを検知し、通知してくれます。さらに情報伝達の相関関係などを分析することで、円滑なコミュニケーションの推進と売上拡大、顧客満足度の向上を実現します。

 

顧客や部下、チームメンバーとの連絡、相談、報告といったコミュニケーション手段は、今や電話などの直接的な会話から、メールやチャット、SFAといったデジタルコミュニケーションが主流になりました。この様な状況の中、社員が何を考え、どのような行動をとっているか把握することは困難になっています。
以前は部下が顧客と電話でやり取りする内容をそばで聞き、なんとなく自身の経験からくる暗黙知で「これはチャンスだ」「このままだとピンチだ」と察知していた上司でも、チャンスやピンチを見逃しがちです。
たとえ部下がメールや日報に詳細な状況を記載して報告していても、受信する数が多ければ上司も内容を読み込むことが出来ず、微妙なニュアンスや雰囲気を読み取ることは困難と言えます。
Knowledge Probe(=製品名)は、営業・販売部門における取引先とのメールや日報などを確認し、詳細まで読み込んで状況を把握することが難しい多忙な管理・監督者に代わり、内容を瞬時に分析してくれます。営業管理者の暗黙知を人工知能に学ばせることで、コミュニケーションに隠れた非常に些細なサインも見逃さずに、受注チャンスと失注リスクに発展しうる情報を見つけ出すことが可能です。
実際に営業担当が顧客とやりとりした過去のメールなどから実データをピックアップし、見つけ出したいデータのサンプル(教師データ)として人工知能に内容を学ばせます。
この教師データを学んだ人工知能が膨大な量のメールや日報をすべて分析し、関連性の度合いに応じてスコアを付けて抽出してくれるので、効率的にチェックすることが可能です。

 

<コンプライアンス>
製薬会社や金融機関など規制が厳しい業界において、人工知能が営業スタッフのコンプライアンス違反を未然に防ぎます。例えば過去に抵触した内容のテキストを教師データとして人工知能に学ばせることで、日報などの営業レポートや顧客とのコミュニケーションの内容などを分析し、コンプライアンス違反の危険のあるやり取りをピックアップ。コンプライアンスコストが増大傾向にある企業において、効率的に対応するための新たなRegTech(レグテック)ソリューションとしてご活用いただけます、

 

<人事・労務管理>
「ネガティブな理由による社員の離職や、ハラスメント等が気になる」という人事担当者の課題に対し、業務担当であるお客様自身の暗黙知を学んだ人工知能が従業員の日頃のメールを分析。その内容から会社への不平不満やストレス、パワハラの疑い等を検知し、通知してくれます。予兆を早期に発見することで、人材流出の防止とハラスメントの防止、組織診断、管理職・後継者育成を支援します。

 

<カスタマーサポート・マーケティング>
「お客様からの問い合わせや口コミ、商品レビューの書き込みを、新製品開発や製品・サービス改良などに活用したい」というマーケティング担当者の課題に対し、人工知能が膨大なテキストデータを分析。求める内容に応じて重要度を判断し、自動で抽出してくれます。製品・サービス毎の改善・開発意見、不満等を人工知能に仕分けさせることにより、専門知識がなくても日々増え続けるビッグデータを分析し、すぐにマーケティングデータとして活用することが可能です。

 

<電子メール監査>
相次ぐ企業の不祥事に関する報道、消費者や株主による批判の高まり、経営を揺るがす国際訴訟リスクの増加、行政による取り締まりなどを背景に、企業を取り巻く様々なリスクが大きな社会問題になっています。情報伝達手段の大部分をEメールが占めるようになり、企業のコンプライアンス強化の一環としてメール監査の重要性が急速に高まっているものの、膨大な量のメールを何のツールも用いず検証・監査することは困難です。
FRONTEOの人工知能によるEメール自動監査システム「KIBIT Email Auditor(キビット・イーメールオーディター)」は、監査官の調査手法を学習した人工知能「KIBIT(キビット)」が関連メールを抽出し、監査結果を自動学習。従来技術では不可能と考えられていた圧倒的な低コスト、スピードで内在するリスクを可視化します。

FRONTEOは長年に亘る豊富な国際訴訟支援の実績と、そこで培った膨大なデータの解析・研究の成果から監査官の調査手法を学習し、自動で関連メールを抽出することが可能な「人工知能」の開発に成功しました。従来のサービスであれば、キーワード検索をベースとした技術によるメール抽出しかできず、大量のキーワードを設定することにより過多なメール抽出や、キーワードにヒットしないメールは抽出できない等の弊害がありました。FRONTEOのサービスでは、監査官が望むメールを高精度に自動で抽出します。

通常、監査における抽出設定は1回で100%できるわけではありません。そこで、監査をしたメール内容において出現した新たなキーワードの設定や、過度にメールを抽出してしまうキーワードを削除するなど、日々のメンテナンスが非常に重要となります。FRONTEOの自動学習機能は、監査を行ったメールの重要度をチェックすることにより、プログラムが自動的に関連データとして取り込んで学習。その結果をもとに抽出精度を更に向上させることが可能です。

人工知能「KIBIT」が、文章を言語の品詞レベルまで分解し、対象者間でどのような言葉を、どのような組み合わせで使用しているかを分析。Landscaping(ランドスケイピング)という機械学習の手法により、教師データが少数であっても、精度と網羅性の高い解析を実現します。
従来であれば、送受信日時、送受信者名、題名等での検索のような分析しかできませんでしたが、「行動内容を把握し、重要なものを可視化する」という高次元のメール内容解析が可能になりました。これにより、監査対象メールを500分の1に絞り込むことで、監査作業を大幅に効率化します。目視による監査に比べ、約4,000倍の速さで処理することが可能です。
過去の事例分析に基づく独自の行動情報科学により、不正には「実行」に移るまでに情報漏えいなら「醸成」「準備」、カルテルなら「関係構築」「準備」というフェーズがあることがわかりました。「実行」フェーズで不正を防ぐことは困難なため、人工知能が競合会社の担当者との交流や会社への不平不満、金銭面でのトラブルなどに関して記述された「実行」フェーズ前のメールを発見することにより、未然に防ぐことが可能となります。
日々の人工知能の監査結果がメールで担当者へ送信されることにより、当日監査するべきメール数を確認できます。
不正が行なわれるフェーズを分析することにより、監査対象ユーザーが将来不正行為を起こす可能性を%で示すことが可能です。
メールアドレスの情報を基に指定した人物を中心とした相関図を表示。個人単位だけでなく、組織単位も含めた2層の相関性分析機能により、組織間交流関係内でのキーパーソンの特定、隠された個人、企業間での交流を分析することが可能です。

これらのサービスは「既に導入」され、企業で利用されています。

テキストデータについては、営業支援のみならず、社員の「監視」も既に始まっているのです。

 

今後の流れ

上記で見てきたように、企業内に存在する全てのテキストデータは、AIを用いて分析・チェックが可能な技術が既に開発されています。

精度はともかくとして、従業員はあらゆるテキストデータ(日報、営業記録、電子メール)から行動を分析されることが可能となってきています。

もちろん、インターネットの閲覧履歴等も分析が可能でしょう。

ここに冒頭の実証実験でなされるように音声データが加わるのです。

現在では、社員間でのプライベートの話、グレーと判定される可能性がある話等は記録が残らないように内線電話でなされていることも多いのではないでしょうか。

この音声データが分析されることが可能性として今後出てくるのです。

もちろんお客様との電話での会話も同様です。

これは非常に難しい事態を金融機関にもたらす可能性があります。

例えば、銀行は債務者であるお客様に対して優越的地位の濫用(例えば、貸出をする条件として他の商品を買うことを強要すること)を禁止されています。

しかし、現場の実態ではグレーな話をお客様としていることもあるでしょう。

また、他の事例としては投資信託を店頭でセールスしている時に、実際はお客様からの購入申し込みというよりは窓口の営業担当者の熱心なセールスにより成約に至ったとします。しかも投信の乗り換え(既存投信の売却と新規投信の購入)だったとします。お客様に回転売買を勧める金融機関は問題視されてきています。このような流れを受け、営業担当者はお客様からの自主的な申し込みによって投信の乗り換えがなされたと営業日報では記載しているかもしれません。

そのような問題のある取引は、無くなって当たり前だという考え方もあります。

一方で、そのようなやり方が完全にできなくなると、更に業績が厳しくなる銀行も出てくるでしょう。

筆者が言うのも問題かもしれませんが、営業現場とはそういうものです。

電話や店頭での音声データが分析され始めるというのは、このような問題が発生するということです。

また、社員間のプライベートな会話も減少するでしょう。

もちろんセクハラのような発言は論外ですが、それ以外の社員のプライベートな情報も録音され分析されるならば話をしなくなるでしょう。

これは当たり前のことです。

そうすると、社員間のコミュニケーションは必然的に低下します。

コミュニケーションの低下は、職場の雰囲気の悪化、新製品開発等のような気づきのきっかけの減少等をもたらし、企業にもダメージを与える可能性があるのです。

そして、大事なことについては、企業がデータを入手できない場所でなされていくことになります。

例えば、お客様との面談も双方の事務所ではなく外部の喫茶店等でなされることになるのです。

ここまで行くと本末転倒であり、筆者が考えすぎだと思われるかもしれません。

しかし、筆者はこのような将来が到来する可能性はゼロではないものと考えます。

このような未来を招かないためには、企業(特に監視好きな銀行)の自主的な節度が将来的には求められるのではないでしょうか。