銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

銀行の口座開設時におけるネット完結の解禁~既存のルール確認~

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一部報道で、警察庁や金融庁などが金融機関の口座開設時に義務付けられている顧客の「本人確認」を、ネットで完結できるようにする調整に入ったと報じられました。

今までは、最終的に郵便物を送って本人か確かめる必要があったものを、例えば「ネット上のビデオ通話での身分証提示」や「身分証の画像と顔写真をセットで送信」といったデジタルだけで完結されるようになる可能性があります。

これはフィンテック企業のみならず銀行等が要望していた規制緩和の一つです。

今回は銀行の口座開設・本人確認が、なぜネットで完結できなかったかについて確認します。

報道記事

まず、今回の報道内容について確認しておきましょう。

金融機関の口座開設、ネット完結を解禁
2018/04/26 日経新聞

警察庁や金融庁などは金融機関に口座開設時に義務づけられている顧客の本人確認をネットで完結できるようにする調整に入った。現在は最終的に郵便物を送って確かめる必要があるが、顧客がネットで身分証や顔写真を送信する方法なども対象にする。利便性向上と金融機関の負担軽減につなげ、金融とIT(情報技術)を融合したフィンテックを促進する。
ネットでの本人確認は低コスト送金やロボットによる資産運用などを手がけるフィンテック企業のニーズが強く、金融庁が警察庁に規制緩和を求めてきた。政府も未来投資戦略でフィンテックに対応した効率的な本人確認方法の検討を打ち出している。警察庁は関係省庁での具体的な調整を経て、犯罪収益移転防止法(犯収法)の施行規則を改正して規制を緩める方針だ。
想定される確認方法は主に4つ。ネット上のビデオ通話で身分証を示したり、身分証の画像と顔写真をセットで送信したりする方法だ。さらに顧客から身分証の画像を送信してもらったうえでフィンテック企業が銀行などに顧客情報を照会したり、既存の顧客口座に少額を振り込んで内容を確認したりする方法もある。
いずれも欧米やシンガポールなどの当局が本人確認ですでに導入している方法だ。画像の流用などの不正を防ぐために、所定のスマホアプリで撮影させて、すぐ回収するといった対策をあわせて求める。ネット上で本人確認が完結すれば、すぐにサービスを利用したり、金融商品を取引したりできるようになる。
犯収法は資金洗浄(マネーロンダリング)やテロ資金対策のため金融機関に顧客の本人確認を義務づけている。現在は、店頭以外では顧客に身分証の画像を送ってもらい、さらに自宅に転送不要郵便を送付するなどして本人確認するよう求めている。ただ郵便による本人確認では、空き家で郵便物を受け取る不正も発生しているという。

(以下略)

これが記事内容です。

以下では銀行での口座開設時の本人確認ルールについてみていきましょう。

犯収法について

銀行の口座開設に関する本人確認は、犯罪による収益の移転防止に関する法律=犯罪収益移転防止法(略して犯収法)にて規制されています。

犯収法は、「犯罪による収益が組織的な犯罪を助長するために使用されるとともに、犯罪による収益が移転して事業活動に用いられることにより健全な経済活動に重大な悪影響を与えること、及び犯罪による収益の移転がその剝奪や被害の回復に充てることを困難にするものであることから、犯罪による収益の移転の防止を図り、国民生活の安全と平穏を確保するとともに、経済活動の健全な発展に寄与することを目的として制定されたもの(警察庁資料)」です。

いわゆる振り込め詐欺のような犯罪を防止するだけではなく、国際的に要請されるマネー・ローンダリング/テロ資金供与対策の観点もふくまれています。

組織的な犯罪行為には資金が必要ですが、マネー・ローンダリング/テロ資金供与を放置すると犯罪組織が自由に使える資金を手にすることになります。また犯罪組織が犯罪収益を合法的な経済活動に投入し、その支配力を及ぼすことで更に勢力、権力を拡大するおそれもあります。

すなわち、マネー・ローンダリング/テロ資金供与防止のねらいは、資金面から犯罪組織、犯罪行為の撲滅を目指すことにあるといえます。

マネー・ローンダリングの形態は、金融機関等による本人確認等の強化に伴い、それ以外の不動産売買などを利用したり、弁護士に資金の保管を依頼するなど、手口の複雑化・巧妙化がみられています。

また、国際的にも同様の傾向がみられ、マネー・ローンダリング及びテロ資金対策の国際基準ともいうべきFATF勧告においても、本人確認等の措置を講ずべき事業者の範囲を金融機関以外に拡大することが各国に求められています。

犯罪収益移転防止法は、このような犯罪による収益の移転をめぐる内外の動向に対応するため、本人確認、本人確認記録・取引記録の作成・保存及び疑わしい取引の届出が義務付けられる事業者の範囲を、従来の金融機関等から、ファイナンスリース事業者、クレジットカード事業者、宅地建物取引業者、宝石・貴金属等取扱事業者、郵便物受取サービス業者、電話受付代行業者、(疑わしい取引の届出を除き)司法書士などの法律・会計の専門家に拡大するとともに、疑わしい取引に関する情報を集約・整理・
分析して捜査機関等に提供する業務を担うFIUを金融庁から国家公安委員会に移管することなどを主な内容として平成19 年3月に制定されました。

犯収法が求めるもの

上記犯収法が銀行口座の開設に際しどのような規制を課しているかを次に確認しましょう。

最もポイントとなる「非対面(郵送・インターネット)で口座開設」をする際に該当する法律施行規則の該当部分を確認しましょう。

犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則 

(顧客等の本人特定事項の確認方法)
第六条 法第四条第一項に規定する主務省令で定める方法のうち同項第一号に掲げる事項に係るものは、次の各号に掲げる顧客等の区分に応じ、それぞれ当該各号に定める方法とする。
一 自然人である顧客等(次号に掲げる者を除く。) 次に掲げる方法のいずれか
(中略)

 当該顧客等又はその代表者等から当該顧客等の本人確認書類のうち次条第一号若しくは第四号に定めるもの又はその写しの送付を受けて当該本人確認書類又はその写し(特定事業者が作成した写しを含む。)を第十九条第一項第二号に掲げる方法により確認記録に添付するとともに、当該本人確認書類又はその写しに記載されている当該顧客等の住居に宛てて、取引関係文書を書留郵便等により、転送不要郵便物等として送付する方法

犯収法では、特定事業者(銀行等)が行う業務の全てが必ずしも義務の対象となるわけではなく、義務の対象となる業務(特定業務)の範囲が定められています。

特定事業者が顧客と取引を行う際に取引時確認が必要となるのは、全ての取引についてではなく、特定業務のうち一定の取引(特定取引等)とされています。

特定取引等は、特定取引とマネー・ローンダリングに用いられるおそれが特に高い取引(ハイリスク取引)に分かれており、いずれの取引であるかにより、確認事項及びその確認方法が異なることとなります。

特定取引とは以下二類型の取引をいいます。

①対象取引
犯罪収益移転防止法施行令第7条に列挙されている取引をいいます。預貯金口座の開設や大口現金取引、クレジットカード契約の締結など、事業者の業態ごとに、取引時確認をすべき取引が規定されています。

②特別の注意を要する取引
対象取引以外の取引で、顧客管理を行う上で特別の注意を要するものとして次に掲げる取引をいいます。敷居値以下の取引や簡素な顧客管理を行うことが許容される取引であっても、特別の注意を要する取引に該当する可能性があることに留意が必要です。

  • マネー・ローンダリングの疑いがあると認められる取引
  • 同種の取引の態様と著しく異なる態様で行われる取引

ハイリスク取引とは、以下三類型の取引をいいます。

  • なりすましの疑いがある取引又は本人特定事項を偽っていた疑いがある顧客との取引
  • マネー・ローンダリング対策が不十分であると認められる特定国等に居住している顧客との取引
  • 外国PEPs(重要な公的地位にある者(Politically Exposed Persons))との取引

そして、通常の特定取引を行うに際しては、次の事項の確認を行うことが求められています。
○ 本人特定事項
○ 取引を行う目的
○ 職業(自然人)又は事業の内容(法人・人格のない社団又は財団)
○ 実質的支配者(法人)

上記のハイリスク取引では、通常の特定取引と同様の確認事項に加え、その取引が200万円を超える財産の移転を伴うものである場合には「資産及び収入の状況」の確認を行うこととなります。

本人確認の方法

本人特定事項の確認を行う際に必要となる公的証明書(本人確認書類)については、個人、法人等それぞれの場合に分けて定められています。以下は個人に関する本人確認書類です。

①の書類

○ 運転免許証、運転経歴証明書、在留カード、特別永住者証明書、マイナンバーカード、旅券(パスポート)等
○ 上記のほか、官公庁発行書類等で氏名、住居、生年月日の記載があり、顔写真が貼付されているもの

②の書類

○ 各種健康保険証、国民年金手帳、母子健康手帳、取引を行う事業者との取引に使用している印鑑に係る印鑑登録証明書 等

③の種類

○ ②以外の印鑑登録証明書、戸籍謄本・抄本、住民票の写し・住民票記載事項証明書
○ 上記のほか、官公庁発行書類等で氏名、住居、生年月日の記載があり、顔写真のないもの(個人番号の通知カードを除く。)

 

本人確認は対面で行うのが原則とされてきました。

通常の特定取引における対面での取引では、本人確認書類の写し提示は不可であり、原本の提示が求められます。

上記①の書類(=顔写真付)提示をした場合は、その場で完結しますが、②の書類、③の書類の場合は、他の本人確認書類で補完するか、書留等の転送不要郵便等で本人確認をすることになります。

今回の報道の対象となっている「非対面取引」では、前述の通り法施行規則により「顧客から本人確認書類又はその写しの送付を受け、確認記録に
添付するとともに、本人確認書類に記載されている顧客の住居宛に取引に係る文書を書留郵便等により、転送不要郵便物等として送付する方法」しか基本的に認められていません(電子署名法に基づく電子証明書は認められるが一般的ではないため)。

このような規制は、テクノロジーの発達とともに無意味化してきています。

対面での本人確認にもリスクはあります(本人確認書類の偽造等)。非対面での取引だけにリスクがあるわけではないのです。

そして、郵便で顧客の住所を特定するのも顧客・銀行双方にとって不便です。単身世帯の増加、夫婦共働き世帯の増加を鑑みると、口座開設を望む個人にとって書留郵便を受け取るだけでも不便なのです。

所見

 

本人確認のネット完結は、当然にフィンテック企業には恩恵があります。郵送を行い、配達した郵送記録が届き、それを記録しておくには人手がかかります。

全てインターネットで完結できれば、効率的であることは間違いありませんし、この本人確認が金融業務への「参入障壁」となっていることも否めません。

一方で、この本人確認のネット完結は銀行にとっても有用です。コストを削減できるのはフィンテック企業と同様だからです。

銀行は今後店舗数の削減のみならず、店舗で取り扱う業務をも減らしていこうとするでしょう。口座開設のような業務は、限りなく非対面で行いたいと望んでいます。そしてコスト負担の軽いネット完結を希望しているのです。

この流れ自体は、顧客の利便性にもかなうものです。

口座の開設がスピーディーに行えるようになり(郵便による本人確認の日数が不要)メリットはあるのです。

当然、インターネットで本人確認が完結するとなると、なりすましの問題等が出てくる可能性はあります。そのような技術的な問題は今後の課題として置いておいて、本件のような問題は早急に規制緩和を実現することが、顧客利便性および銀行にとっての業務量・コスト削減につながるのです。早急な改正を筆者としても望みます。