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個人型確定拠出年金(iDeCo)のデフォルト商品を投信とする流れ

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りそな等が、個人型確定拠出年金(iDeCo)の基本(デフォルト)商品を投資信託(投信)にする方針との報道がありました。

これは非常に面白い取組です。

今回はiDeCoのデフォルト商品をなぜ投信とするのか、その背景について考察します。

記事

まず、新聞記事について引用します。

確定拠出年金、投信を基本に りそななど転換
2018/04/24 日経新聞

個人の確定拠出年金で、資産を投資信託主体で運用するように促す取り組みが始まる。りそなグループの各行が5月から基本の運用先を定期預金から投資信託に変えるほか、野村証券など複数の証券会社も変更を検討し始めた。米国ではこうした変更を促し、確定拠出年金の運用資産の7割が投信などになった。日本の個人資産は預貯金に偏るが、長期運用の主力を投信にすることで株式を通じて個人資産が企業に流れる循環を促す。
対象は個人型確定拠出年金iDeCo(イデコ)で、3カ月以上運用先を選ばない加入者。これまでは加入者が運用方法を選ばないと定期預金だった運用の初期設定を、投信とする。
(中略)
初期設定する投信は「ターゲットイヤー」型と呼ばれるもの。加入者が年齢を重ねていくに従い、運用リスクを下げていき、投資する資産内容を変えていく仕組みだ。
若いときは株式などへの比率を高め、一定のリスクを取って高い利回りを目指す。年金を受け取る時期に近づくと債券など安定資産の比率を高め、増やした資産を減らさないようにする。
米国の確定拠出年金(401k)の資産規模は5.27兆ドル(570兆円)。10年間で8割近く増えた。株式やターゲットイヤー型の投信での運用が資産残高の7割近くを占める。07年に初期設定商品にターゲットイヤー型投信を導入しやすくし、資金流入が大きく増えた。日本でもこうした例を目指す。
りそなのほか、野村証券も初期設定を投信に変更する方向で検討に入った。ネット証券では楽天証券が今夏にも切り替える方針で、マネックス証券も今秋にも対応するという。
5月に施行となる改正確定拠出年金法では、イデコの初期設定に投資信託を促すようになる。同法は長期的な観点から、物価が上がる局面でも収益を確保できる商品をイデコに求めている。今の定期預金は利息がほぼゼロ。これから物価が上がっても低金利の運用を続ければ資産が目減りしてしまう。
イデコ全体の運用資産額は17年3月末時点で、約1.3兆円。このうち預貯金と保険をあわせた元本確保型の商品が65%を占める。リスクを取りやすい20歳代が元本確保型の商品で運用している。投資の経験や知識が乏しく、運用先を選べないために初期設定の定期預金などで積み立てているようだ。
イデコの場合、将来もらえる年金額は加入者が選んだ金融商品の運用次第だ。掛け金は全額が所得税の控除対象で、運用益は非課税という優遇措置がある。米国をお手本に2001年に導入した。17年には公務員や主婦らにも対象を広げ、原則として全国民が加入できるようになった。
日本は1880兆円の個人金融資産の半分以上が現預金。投資になじみのない人も多く、イデコでも預貯金に偏りやすい。民間の金融機関が初期設定商品を投信にする動きが広がれば投信を選ぶ人が増えそうだ。
(以下略)

以上が新聞記事の内容です。

りそなのプレスリリース内容

次にりそなのプレスリリースの内容も確認しておきましょう。

個人型確定拠出年金の新プラン「りそなつみたてiDeCo」の取扱い開始について
2018年4月24日

株式会社 りそな銀行

りそなグループのりそな銀行(社長 東 和浩)は、5月3日(木)より個人型確定拠出年金の新プランとして「りそなつみたてiDeCo」の取扱いを開始いたします。

初心者の方でも選びやすく、経験者の方にも満足いただける商品ラインアップ!
選択可能な商品ラインアップについて、投資対象カテゴリーでの重複をなくし、商品数を従来の33から26商品に厳選したことで"選びやすさ"を実現しました。一方で、新たな投資対象資産を追加し、選択できるバリエーションの幅を広げたことで"分散投資の実践"をより可能にしました。

お客さまの長期にわたる資産形成をサポート!
コストや運用能力に着目し厳選されたラインアップから商品をお選びいただくことができ、お客さまの長期のつみたて・資産の成長をサポートします。

指定運用方法に「ターゲットイヤー型ファンド」を採用!
お客さまによる購入商品の指定が一定期間なかった場合でも、投資信託「りそなターゲットイヤー2030/2040/2050」が自動的に購入され、物価上昇局面においてもリスクを分散しつつ安定的な運用が可能になります。

【ターゲットイヤー型ファンドの運用イメージ図】

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ターゲットイヤー(目標の年)に応じて投資信託が複数用意されており、はじめは積極的な運用を行い目標の年が近づくにつれて自動的に安定運用に切り替えられます。「自動的に購入される商品」については、「長期的な観点から、物価その他の経済事情の変動により生ずる損失に備え、収益の確保を図るもの」であるとの確定拠出年金法の趣旨に基づき、ターゲットイヤー型ファンドを選定しています。
出典 りそな銀行ホームページ
http://www.resonabank.co.jp/about/newsrelease/detail/20180424_1a.html

これがりそな銀行のプレスリリースでした。

では、なぜデフォルト商品に投資信託を設定するのでしょうか。

これは米国の事例もありますが、行動経済学の知見を生かしたものなのです。

行動経済学の知見

そもそも、iDeCoのデフォルト商品を投信にするという考え方のベースは、我々個人の選択というものは最初の設定に大きく左右されるため、やり方によっては「良い方向」に誘導できるというものです。

行動経済学で一番重要だと考えられる観念の一つは、バイアスです。

バイアスとは本来統計学上の言葉で、『バイアス』= 偏りのことです。

心理学的には、「偏見」「先入観」「思い込み」などと定義されます。

バイアスの事例を挙げてみましょう。

たとえば「男女の機会均等が叫ばれていますが、あなたは男性も育児に参加すべきだと思いますか」とのアンケートが配布されると、ほとんどの方は「参加すべき」と回答します。

「男女の機会均等」といわれたら、この用語の背景・趣旨・文脈からいって、男性も育児に参加すべきと「答えるべき」との判断が働くのです。

事例の二つめとしては「この法案は衆議院で与党が採決を強行し可決されました。こうした採決の強行を問題だと思いますか。問題ではないと思いますか。」と、新聞社やテレビ局から質問されたらどうでしょうか。

やはり、「問題である」と回答する人が多くなるのです。

これがバイアスの事例です。

2017年10月18日の日経新聞「経済教室」で、ノーベル経済学賞を受賞したリチャード·セイラー米シカゴ大教授の「行動経済学」の記事が掲載されました。

個人の選択はデフォルト (初期設定)に大きく左右される(デフォルトバイアス)ため、個人の選択を良い方向へ導くための政策誘導が重要としています。

例えば、米国では企業年金の加入率と貯蓄率をあげるため、401kの自動加入方式と拠出額の自動引き上げ方式を導入することにより、加入者の増加と貯蓄率の増加が図られたとしています。

米国では、2006年の年金保護法により、401kの自動加入方式と拠出額の自動引き上げ方式が導入され、これに併せて米エリサ法でデフォルトファンドのセーフハーバールールと適格デフォルト選択肢(QDIA)が規定されました。

拠出率については、最初は3%に設定し、その後自動的に拠出率を徐々に引き上げていく方式です。

加入者について抵抗感のない少ない金額から拠出を開始し、徐々に拠出額を引き上げることにより資産形成を促進しようとする仕組みです。

また、英国でも私的年金の加入を推進するため、2012年に企業年金の未加入者に対して自動加入となる私的年金NESTを導入しました。

オーストラリアでも、1992年に私的年金スーパーアニュエーシヨンへの事業主の拠出が義務化されており、これらの国では私的年金の加入者と資産額が増加し、退職後所得のための資産形成につながっています。

行動経済学の中で「ナッジ(nudge)」という言葉がありますが、「ひじで軽く突く」という意味です。

ちょっとしたきっかけを与えることで個人の選択を良い方向に導くことができるとするものです。

このナッジによる効果的な政策介入により、個人の選択の自由を維持しながら意思決定を誘導する「リバタリアン·パターナリズム(自由主義的介入主義)」が企業年金の推進策としても有効となるとされているのです。

今般の日本のDC等改正法においては、制度運営において適切なデフォルトファンドの選定とその理由の開示などが求められます。

上述の国のように既存の制度に対する自動的な拠出の引き上げ方式といった「デフォルト」の設定等について、企業年金の更なる拡大のため、行動経済学に基づく「ナッジ」推進策も検討に値するのかもしれません。
(上記記述はMUTBメールマガジンを引用)

ただし、一つだけ忘れてはならないのは、日本では、少子高齢化による人口減少が待ち受けています。

人口・企業数の減少、ひいてはGDPが減少していくであろう国の株価がどのように推移していくかは分かりません。

米国等で上記のような制度がうまくいったのは、そもそも経済成長により株価が上昇してきたからなのです。

株価が低迷していくのであれば、iDeCoのデフォルト商品を投信(株式への投資が含まれているもの)にしておくのはむしろ問題かもしれません。

しかし、このような問題もはらみながらiDeCoのデフォルト商品を投信にする流れが出てきています。

投資はどこまでいっても自己責任です。

それを忘れずにiDeCoの加入者は対応する必要があるということです。

一方で、行動経済学的な見地からすれば、今回の投資のデフォルト商品化は非常に面白い取組といえるでしょう。