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中央銀行発行デジタル通貨は既存の銀行システムを破壊するか

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日本銀行(日銀)が、雨宮副総裁がスピーチをした「デジタル時代と中央銀行(IMF・金融庁・日本銀行共催 FinTechコンファレンスにおける挨拶)」の邦訳を公表しました。

このスピーチには中央銀行が法定通貨のデジタル化をどのように考えるかの示唆が含まれています。通貨がデジタル化した場合、銀行へ多大な影響が出るものと想定されます。

今回は、法定通貨のデジタル化について考察します。

スピーチの内容 

日銀の雨宮副総裁は、情報技術革新の流れが中央銀行を含む金融当局に、さまざまな新たな課題も投げかけているとし、その中で通貨・支払決済への影響に焦点をあてています。

以下、講演内容を引用します。

(前文略)

情報技術革新がマネーや支払決済に及ぼす影響です。これは、「仮想通貨」や「中央銀行デジタル通貨」も含め、近年、国際的にも注目が集まっている分野です。これに関連し、中央銀行が経済社会にどこまで踏み込んで決済インフラを提供すべきかといった議論も活発化しています。以下ではこの問題について、やや詳しく述べさせて頂きます。 

<イノベーションと通貨制度>

日本銀行を含め多くの中央銀行は、歴史的には、支払決済手段の濫立やこれに伴う混乱に対処するために誕生しました。すなわち、銀行券および中央銀行預金というファイナリティのある「中央銀行マネー」を一元的に供給する役割を与えられました。これにより成立した近代的な通貨制度は、中央銀行と民間銀行との「二層構造」を特徴としています。

現在、中央銀行は、銀行券と中央銀行預金の供給に特化する一方で、民間銀行はこれを核とする信用創造活動を通じて、広義マネーとしての預金通貨を供給しています。これにより、民間銀行は一般の人々に支払決済サービスを提供しながら、経済への資金配分の役割も担っている訳です。

このことを情報処理の観点からみると、中央銀行の登場により、それまでの、「数多くの支払決済手段の信頼性をいちいち調べなければいけない状況」から脱却することができました。支払決済システムにおける情報処理コストは大きく低減しました。同時に、民間銀行は自らの情報処理機能を通じて、資金の効率的配分に貢献してきました。このように、中央銀行と民間銀行による二層構造は、通貨制度の安定性と効率性を両立させる、歴史的知恵であったと言えます。

これに対して、中央銀行がデジタル通貨を自ら発行するとなると、単純化していえば、一般の家計や企業が中央銀行に直接口座を持つことになります。そうなると、只今申し述べた通貨制度の二層構造や、民間銀行を通じた資金仲介などに、大きな影響を及ぼす可能性があります。

情報の観点からみると、現在、中央銀行は、自らの口座へのアクセスを銀行等に限定することにより、「誰が何を買ったのか」といった取引情報の活用は民間に委ねています。一方で、支払決済システム全体の安定に必要な情報については、大口決済システムを通じて把握することができます。中央銀行デジタル通貨の発行は、こうした情報利用の構造にも影響し得るものです。

このように、情報技術の進歩に伴い、通貨制度や中央銀行インフラのあるべき姿、経済活動に付随する情報の活用のあり方といった根源的な問題が正面から問われることとなるでしょう。

(中略) 

日本銀行は現時点で、自ら中央銀行デジタル通貨を発行する計画は持っていません。しかし、新しい技術については、支払決済や金融の安定への影響といった視点に加え、これらを自らのインフラ改善にどのように役立てていくことができるかといった観点からも、深く理解していく必要があると考えています。中央銀行自身がイノベーションへのアンテナを鋭敏に保つとともに、経済社会にとって最善のインフラを提供していく取り組みを不断に続けていくことが重要です。

出典 日銀ホームページ

【挨拶】雨宮副総裁「デジタル時代と中央銀行」(IMF・金融庁・日本銀行共催FinTech(フィンテック)コンファレンス) : 日本銀行 Bank of Japan

この日銀副総裁のスピーチはかなり中央銀行が法定通貨のデジタル化を進めた場合の影響を端的に語っています。

それは資金決済における中央銀行への一元化です。

以下で詳細にみていきましょう。 

中央銀行がデジタル通貨へ興味を持つ要因

ビットコインを始めとする非中央集権型の仮想通貨は、銀行等の決済業者を「迂回」して既存の金融システムを経由せずに決済が行うことができます。

中央銀行の役割は物価の安定および金融システムの安定です。

そのため中央銀行は金利を誘導したり、量的緩和を行い銀行を通じて民間い資金供給を行う等の様々な手段を用います。

しかし、非中央集権型の仮想通貨は、中央銀行も民間銀行も介する必要がありません。

もし、非中央集権型の仮想通貨が民間の決済手段として普及した場合、中央銀行が取ることのできる政策手段が限定もしくは影響が弱まることになります。

また、マイナス金利政策の深堀(マイナス金利幅の拡大)をするのであれば、法定通貨を全てデジタル化していなければ預金者はキャッシュとして引き出してしまうので効果が出ません。 

このような観点から中央銀行がデジタル通貨の発行を検討するのは自然な流れといえます。

中央銀行がデジタル通貨を発行するメリット・デメリット

中央銀行がデジタル通貨を発行することの一般的なメリットは、①ユーザー利便性の向上、②金融政策の有効性確保、③通貨発行益減少の防止とされています。

①については、近時では現金の流通・保管コストに焦点があたっており最も注目されているところでしょう。

一方で、中央銀行がデジタル通貨を発行するデメリットも存在します。

こちらは日銀がまとめたレポートが参考となるでしょう。

以下引用します。

中央銀行がデジタル通貨を発行した結果、民間銀行預金から中央銀行発行デジタル通貨への資金シフトが起これば、民間経由の資金仲介が細っていくのではないか、との見解がある。

さらに、金融システムのストレス時には、民間銀行預金から中央銀行発行デジタル通貨への資金シフトが加速し、この結果、民間銀行の流動性不足がより起こりやすくなるのではないか、といった議論もある。
また、ビットコインなどの仮想通貨が信認のあるソブリン通貨を凌駕して拡大していくとは考えにくく、この点を過度に心配すべきではない、との見方も多い。

さらに、中央銀行がデジタル通貨を発行しても、紙の銀行券を廃止しない限り、やはり「名目金利のゼロ制約」の問題は残り続けるとの指摘もある。

このほか、より根本的な問題として、中央銀行が全ての取引にかかる情報を把握し得るような形でデジタル通貨を発行する場合、中央銀行はこれらの情報をどのように取り扱うべきかといった問題もある。

加えて、中央銀行が広く一般向けに、銀行券を代替し得るような形でデジタル通貨を供給する場合、これは中央銀行口座を広く一般に開放することと近くなる。このことは、「中央銀行はいかなる主体に口座を提供すべきか」という観点からも、興味深い論点を提起するものといえる。

出典 日本銀行ホームページ 「中央銀行発行デジタル通貨について」

https://www.boj.or.jp/research/wps_rev/rev_2016/data/rev16j19.pdf

この日銀のレポートでみて分かる通り、民間銀行から中央銀行へのシフトが起こり民間の資金仲介機能が縮小する可能性があります。

法定通貨としてのデジタル通貨を中央銀行が発行する場合、最もシンプルなのは、中央銀行にそれぞれの通貨保有者が口座を持ち、中央銀行の口座間で資金の異動を行うことです。

このやり方は非常にシンプルですが、民間銀行の信用創造機能(貸出と預金の受入)はかなり縮小します。

民間銀行には貸出の原資となる預金が集まらなくなるかもしれません。預金金利を引き上げなければ中央銀行から預金を移すインセンティブが預金者にはないでしょう。

そうなれば民間銀行は貸出の規模を維持できません。資金を回収することになっていくでしょう。

また、民間銀行の大きな収益となっている為替についても、中央銀行の口座異動で決済が行われるのであれば民間銀行の出番はごく限られたものとなるでしょう。

そのため、影響が大きすぎるとして、中央銀行で口座を保有できる主体は限られるものとされるかもしれません。しかし、利便性を考慮し、そうならないかもしれません。

その時に、銀行がどのようなビジネスモデルを構築していくのかについては、しっかりと議論し検討していかなければならない問題でしょう。これは銀行員個人においても企業としての銀行においてもです。

筆者には中央銀行がデジタル通貨を発行した際のインパクトが全て想定できる訳ではないですが、発行と流通のやり方次第では、銀行業務のかなりの部分が不要になります。

これは将来的に想定される銀行の大きな課題なのです。