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裁量労働制対象拡大法案の見送りについて

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今回の国会で審議され、様々な批判の声が巻き起こっていた裁量労働制の対象範囲拡大に関する法案について、政府が成立を目指す働き方改革法案から分離され、今国会出の成立を政府が断念したことが分かりました。

これに対して経済界から失望の声が挙がっていると報道されています。

今回はこの裁量労働制についての成立断念について考察します。

報道内容

まずは、簡単に報道内容を確認しましょう。

裁量労働制削除 経済界から失望の声 日テレNEWS24

働き方改革の関連法案のうち、安倍首相が裁量労働制の対象拡大の部分を削除する決定をしたことを受けて、経済界からは失望の声が相次いだ。
働き方改革の関連法案のうち、安倍首相が裁量労働制の対象拡大の部分を削除する決定をしたことを受けて、経済界からは失望の声が相次いだ。
日本商工会議所・三村明夫会頭「野党に対して望むのは、確かに(厚労省の)データの問題はほめられた話ではない。働き方改革というもの自体の、日本経済における本質論というか、意味合いとかを踏まえた議論をぜひともやってもらいたい」
日本商工会議所の三村会頭はこのように述べた上で、人手不足の中で多様な働き方を用意し、日本全体で生産性を高めようという中で、裁量労働制の対象拡大が法案から削られたことは非常に残念だとしている。
また、経済同友会の小林喜光代表幹事も、「日本は世界と比べて低い生産性を向上させることが求められている中で、今回の事態は極めて遺憾」とコメントした。
経団連の榊原会長は、「柔軟で多様な働き方の選択肢を広げる改正として期待していただけに残念に思う」とした上で、今後、新たな調査を行って、国民の信頼を得た上で、裁量労働制についての法案を再提出することを求めた。

もうひとつの記事も以下で引用します。

日本経済新聞 2018年3月1日 裁量労働 今国会は断念 働き方法案から分離(以下抜粋)

働き方改革関連法案は残業時間を年720時間とする規制や勤務間インターバル導入の努力義務といった長時間労働の是正に、裁量労働制の拡大などの生産性向上の対策を組み合わせて構成している。足元では人手不足が日本経済の深刻な課題となっており、政府は生産性向上を盛り込んだ同法案をアベノミクスの切り札と位置付けていた。
経済界では、経済同友会の小林喜光代表幹事が裁量労働制の対象拡大に関し「せめてそれぐらいやらないと世界標準から遅れる」と指摘。政府・与党が目先の国会対応に目を奪われると、国内産業の国際競争力が奪われかねない。
(中略)
とりわけ脱時間給制度の創設や裁量労働制の拡大を巡っては、2015年4月に最初に法案を出して3年がたとうとしている。このままでは時間にとらわれずに成果を重んじる働き方は一向に形にならず、企業だけでなく、能力のある働き手から不満が出るのは確実だ。

以上が報道内容です。

筆者所見

今回の経済界からの反応について、筆者はかなりの違和感を持っています。

裁量労働制の対象範囲拡大は、日本における人手不足の中で多様な働き方を用意し、日本全体で生産性を高めようという目的だとされています。

そして、日経新聞では裁量労働制の対象範囲拡大の見送りにより、「国内産業の国際競争力が奪われかねない」「このままでは時間にとらわれずに成果を重んじる働き方は一向に形にならず、企業だけでなく、能力のある働き手から不満が出るのは確実だ」と記事を掲載しています。

ここで筆者が主張したいのは、「裁量労働制の対象範囲拡大=生産性向上・国際競争力拡大・働き手の満足に繋がる」という論理は必ずしも正しくないということです。

生産性の向上・国際競争力の拡大とは結局のところ人件費削減を通じて企業のコストを削減したいとの主張としか思えません。

確かに人件費を削減することができれば企業の利益は向上します。これを生産性向上というのであれば正しいのかもしれません。

しかしながら、そもそも労働生産性とは以下を意味します。

労働生産性は「労働投入量1単位当たりの産出量・産出額」として表され、労働者1人当たり、あるいは労働1時間当たりでどれだけ成果を生み出したかを示すものです。「労働生産性が向上する」ということは、同じ労働量でより多くの生産物をつくりだしたか、より少ない労働量でこれまでと同じ量の生産物をつくりだしたことを意味します。
出典 日本生産性本部ホームページ
https://www.jpc-net.jp/movement/productivity.html

今回の議論は、労働生産量・産出量=成果が上昇しないことを前提に、労働量=労働者の給与を削減することによって労働生産性を向上させたいというものでしょう。

これは、経営者が同じ労働量を投入して、より大きな成果を出すことを諦めているということではないでしょうか。

そして、創造的な働き方から生まれるはずのアイディア・成果は、長時間労働では生まれないのです。
労働時間と成果の結び付きが弱くなってきた現在の状況では、「会社に長時間いなければならない」働き方をやめ、労働者個人が自分の時間を自由に使って、創造的なアイディアを産み出すことが必要なのです。

ところが裁量労働制の対象範囲拡大は結果として反対の結果をもたらします。

すなわち、裁量労働制は出退勤が自由といいますが、日本の企業の実情において、そのような働き方が可能となる企業は少数でしょう。

もし、労働者に創造的な働き方をさせたいのであれば、そして成果を出して欲しいのであれば、現状の法制度でも十分に対応は可能です。

まず、フレックス勤務や本人裁量による時差出勤は現行法制でも可能です。

もちろん、企業が就業規則で決めている就業(勤務)時間を減らすことも、全く問題なく可能です。

政府がいうような、働き方の多様化に対応するように育児のために労働時間を柔軟に対応する等の対応は現行法制で対応可能なのです。

加えて、実際のところ、時間当たりの有給休暇を認めればある程度の多様な働き方も実現できます。

また、「能力のある働き手から不満がでる」というのは、同じ成果を出していても、ある労働者はその成果を10時間かけて達成したのに対して、能力のある労働者は5時間で成果をだした場合、残業代を勘案すると能力が低い労働者の方が賃金が高いということを指すものと思われます。

これも現行法制でも防止は十分にできます。

それは、残業を完全に禁止することです。

現行法制では労働時間の上限は決まっています。それを労働組合等との合意があれば、労働時間の上限を超過して働けるようにしているために、残業という制度が存在しているのです。

(参考記事)

それであれば、全ての労働者が同じ労働時間しか働けないように、現行法制の「原則」に戻してしまえば、同じ労働時間で個々の労働者によって成果が異なることが明らかになります。成果を出した労働者により高い評価・賃金を与えれば済む話なのです。

これが今回の経済界の反応等報道に対して、筆者が違和感を感じる理由です。