銀行員のための教科書

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転職を阻害する退職金・年金の問題点

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前回の記事ではブラックな職場を改善する処方箋には雇用の流動化=転職の容易化があるとの記事を書きました。 

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ただし、現在の環境は決して転職が容易というものではないでしょう。

20歳~30歳台の時はまだしも年齢が上がっていけば、転職はさらに厳しくなります。

転職が容易ではない理由には、年齢が高い人ほど転職候補先で提示される給料と現在の給料に差がある(今の会社の方が給料が高い)というような条件面の要因もあるでしょう。

しかし、転職をするには「退職金・年金の面で損をする」から転職を見送ったという個人も数多くいるのが現実です。

転職が進まない要因は様々であり、すべての原因を解決するのは難しいかもしれませんが、少しでも転職を阻害する要因が除かれていけば、間違いなく個人にとっては選択肢が増えます。

今回の記事では、(特に中高年層に)転職を阻害する要因として挙げられることが多い退職金・年金の実態について考察します。

退職金・年金の実態

会社勤めの従業員のうち、自分の退職金・年金がどの程度あるのかを認識している人は少ないでしょう。

特に若い年代の時は意識すらしていない場合もあります。

一方で、中高年となってくると老後の心配が出てきます。そこで、自分が勤めている会社の制度を調べたり、会社が用意したマネープラン研修で自社の制度を知ったりするようになります。

この退職金・年金制度について統計データに基づいて認識している人はプロでもない限り少ないでしょう。

そしてこの統計データでは、退職金・年金が転職を阻害する要因の一つであることがみえてきます。

まずは統計データを以下でみていくことにしましょう。

退職金・年金に関する経団連調査 

経団連等が調査結果を公表している退職金・年金に関する実態調査結果という調査があります。

退職金・年金の実態および退職金水準の動向を把握し、退職金制度の見直し等の参考とするために1973 年より隔年で実施(東京経営者協会との共同調査)されているもので直近の2016年9月度の調査では283社が回答しています。

これは経団連および東京経営者協会の会員企業あての調査ですから、企業規模の大きい企業が中心であり回答数も少ないのが現状ではあります。

まず、退職金については、調査回答企業のうち「ポイント方式(点数×単価)」を採用している企業が最も多く65.4%となっています。

ポイント方式の場合、各勤続年数・年齢において、「資格・職務要素」が7割弱、「年功要素」が2割弱、「考課要素」が1割程度の配分となっています。

これは何を指しているかというと、経団連等の会員企業では、ポイント方式と呼ばれる、年功序列よりも役職(社内資格、役割等)により支給額を算定する(例:早く昇進した人の方が退職金を多くもらえる)退職金制度を導入している企業が多いということです。

これは一見すると実力主義の制度体系になっているようにみえるかもしれませんが、どの企業でも昇進するには年功序列的な運用をなされている方が多いと想定されます。少なくとも筆者は大企業で「本当に若い部長や役員」にお会いしたことは一度もありません。

結論としては、退職金制度には年功序列的な要素が多分に含まれています。

なお、「退職年金制度」を有している企業について、その種類をみると(複数回答)、増加傾向にある「確定拠出年金(企業型)」が 57.4%で最も多く、以下「確定給付企業年金(規約型)」が 50.2%、「確定給付企業年金(基金型)」が 26.7%となっています。

「2016 年9月度 退職金・年金に関する実態調査結果」 2017 年6月2日 (一社)日本経済団体連合会 (一社)東京経営者協会 定期調査結果 | Policy(提言・報告書) | 一般社団法人 日本経済団体連合会 / Keidanren

http://www.keidanren.or.jp/policy/2017/041.pdf

民間企業の勤務条件制度等調査(民間企業退職給付調査)

人事院が行う「民間企業の勤務条件制度等調査」は、国家公務員の勤務条件検討のための基礎資料を得ることを目的とした調査で、民間企業を対象とし毎年実施されています。

この調査は4,493社からの回答を基にしていますので、先ほどの経団連の調査よりもすそ野の広い調査です。

この調査では退職金制度を導入している企業は8割超となっており、退職金制度が導入されている企業のうち8割超が自社で退職金制度を運営しています。

上記の対象企業の退職金算定方式については、「退職時の基本給の全部又は一部 × 勤続年数別支給率(+定額又はポイント制)」を採用している企業が44.6%、「別テーブル方式(退職金算定基礎給等 × 勤続年数別支給率)」を採用している企業が12.0%となっています。

出典 平成28年民間企業の勤務条件制度等調査(民間企業退職給付調査)

民間企業の勤務条件制度等調査 平成28年民間企業の勤務条件制度等調査(民間企業退職給付調査) 統計表 2 退職一時金・企業年金制度の状況 | ファイルから探す | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口

退職一時金制度の種類と算定方式の状況

すなわち、退職金は年功序列要素(勤続年数が算定のポイントになる)が多分に含まれている制度ということができます。

退職金制度における給付水準はどのような状況でしょうか。

定年者の退職給付額(退職一時金+年金換算原価)は20年勤務=661万円、30年勤務=1,362万円、40年勤務=2,376万円となっており、長期勤務者に有利な体系となっています。

出典 平成28年民間企業の勤務条件制度等調査 (民間企業退職給付調査)

民間企業の勤務条件制度等調査 平成28年民間企業の勤務条件制度等調査(民間企業退職給付調査) 統計表 3 退職一時金・企業年金の支給状況 | ファイルから探す | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口

勤続年数別、退職事由別退職者数及び平均退職給付額(規模計)

なお、上記統計数値はあくまでも定年退職者に支払われた退職給付額であり、自己都合で退職(=転職)した従業員の数値ではありません。

以上から分かることは、日本の退職金制度は「長期勤続者に手厚い」ということです。

これでは、活躍していなくとも、楽しくなくとも、とにかく同じ会社に長く勤務した方が金銭面でみた場合「お得」です。

このような退職金制度体系となっている企業が多い中で、自ら進んで転職するメリットはないと感じる個人がいたとしても不思議ではないでしょう。

退職金、年金及び定年制事情調査

賃金事情等総合調査という調査もあります。

この調査は、中央労働委員会が取り扱う労働争議調整事件(当事者は、概ね大企業の労使)を早期に解決するために情報収集を行うことを目的として、原則として労働者数1,000人以上で、中央労働委員会が独自に選定した大企業に協力を依頼し実施しているものです。

したがって、特定の業種、特定の大企業における賃金等の情報を取りまとめておりデータとしては日本の全体を表しているものではないのですが、この賃金事情等総合調査にも参考となるデータがあります。

それは、会社都合と自己都合の退職事由別の退職金額です。

まずは以下の数字を確認してください。

 

(以下単位は千円)

5年 会社都合1,199 自己都合652

10年 会社都合3,159 自己都合1,922

20年 会社都合9,799 自己都合8,120

30年 会社都合21,118 自己都合19,422

35年 会社都合24,804 自己都合23,765

出典 平成27年退職金、年金及び定年制事情調査

中央労働委員会:平成27年賃金事情等総合調査(確報)

賃金事情等総合調査 2015年 | ファイルから探す | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口

産業、学歴、労働者の種類、コース、退職事由、勤続年数別モデル退職金総額及び月収換算月数 

この調査からみえてくるものは何でしょうか。

自己都合退職とは、簡単に言えば従業員自らの意思で会社を辞めることです。

会社都合退職とは、会社側が従業員に退職をしてもらうことであり、リストラでの雇用削減が一番分かりやすいですが、(誤解を恐れなければ)定年退職の場合もこのカテゴリーに入れて実質的には間違いありません。

統計データから分かること

上述の統計データから分かることは以下です。

  • 退職金は勤続年数が高くなるほど加速度的に増えていく仕組みをとっている会社が多い
  • さらに自己都合で会社を辞めると退職金がかなり下がる
  • 自己都合退職で退職金が減額される割合は若年時ほど高く、年齢が高くなると転職しても退職金の減額される割合は少なくなる

これをご覧になった方はお気づきでしょう。

日本企業の退職金制度は転職する人にとってはかなり不利にできています。

これは転職(=退職)する人にとってのみならず、中途採用される人にとっても同様です(勤続年数が新入社員の時から勤めている人に比べて短くなるため)。

冷静に「お金の面」からみると転職は不利となることが多いということなのです。

例えば40歳ぐらいで転職しようと考えても、あと10年は会社に在籍していた方が退職金(年金含む)の面で非常に有利ということは、往々にしてあるのです。

家族のため、老後のことを考えると転職しないという選択肢を選ぶ方は多いのではないでしょうか。

これが日本の退職金制度(および年金制度)の現状なのです。

転職=雇用の流動化を阻んでいる要因の一つに、この企業における退職金の制度があるのです。

ではどのようにしたら良いのでしょうか。

転職=雇用の流動化を退職金が阻害しない方法

残念ながら退職金制度・年金制度は企業に「このようにしなければならない」というような法的な義務は基本的にありません。

自己都合退職者(転職者)の退職金を引き下げた体系となっていたとしても、誰も文句は言えないのです。

この状況を変えていくには以下の方策のミックスしかないでしょう。

企業型確定拠出年金制度(DC)普及

DCは個人のアカウントを他社に転職しても持ち運べますので転職に有利と言われています。ところが、このDCには他にも良い点があります。

それは、DCの掛け金は、一定金額の積み立てでなされるので、前述の「勤続年数が増えれば退職金額が加速度的に増えていくような仕組み」にはなりません。きちんと個人の分が確保されます。

このDCであれば転職を阻害することはありません。

なお、退職金・年金を全額DCとすることは筆者は反対です。

理由は企業年金制度(確定給付)の中には、終身タイプ(受給者が死去するまで給付されるもの)の制度もあり、このような制度は残せるのであれば残した方が従業員個人にとってはメリットがあるためです(その代わり転職するのを阻害されますが)。 また、運用リスクを全て従業員に負わせるのは老後の資金確保の観点から不安が残ると考えているからでもあります。

DB年金の移管容易化(年金ポータビリティの確保) 

現在は中途退職者=転職者でも前会社の年金を他年金制度へ移管することができるようになりした。

しかしながら、全ての確定給付企業型年金間(DB年金)で移管ができる訳でありません(確定拠出年金は移管を前提に設計)。  

以下企業年金連合会ホームページ

https://www.pfa.or.jp/yogoshu/ho/ho09.html

そのため転職者の前会社での退職金・年金を新会社の年金制度へ移管することができる体制整備を法的に義務付けるという方法が考えられます。

これが現実的な方策ではないでしょうか。

その他の策

もちろん転職による退職金・年金の減額(自己都合減額)を法的に禁止することも考えられます。

この場合は、退職金・年金の受給権を保護するということですから、退職金・年金は賃金の後払いの性格(すなわち従業員側は企業側が賃金の支払いを先送りすることを許している制度といえる)をしっかりと認めることになるでしょう。

これは、退職金・年金を「功労」等として位置付けたい企業側の考え方とは真っ向から反するところがありますので簡単にはいかないのが現実です。

金融機関にできること

以上、退職金(年金含む)の制度が転職を阻害する要因となっていることを示してきました。

日本の金融機関は生命保険会社、信託銀行を除き、あまり年金制度には関与していません。

しかし、銀行にとっては、取引先企業の持続性を高めていくことは重要であり、その要素として人事制度、賃金制度(退職金、年金含む)等を把握し、それに対してコンサルをしていくことは大事な視点です。

上述の法改正は銀行が直接できる話ではありませんが、各取引先企業が企業型DCの導入を行うことをサポートすることや、人事制度・賃金制度等構築について関連会社や協力会社で一緒に考えていくことは可能です。

このような個別企業での小さな変更が全体へ波及していくことは考えられます。この一端を銀行は担うことができるかもしれないのです。

このような観点でみると銀行はまだまだ日本に貢献できる領域があるのです。