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日銀副総裁の講演からみる地銀の問題点

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今回は、日本銀行の中曽副総裁が2017年11月29日に講演した内容についてご紹介してみたいと思います。

講演内容は、地銀が金融システムに与える影響と、その業績不調要因等についてでした。

講演のタイトルは「マクロプルーデンス政策の新たなフロンティア―銀行の低収益性と銀行間競争への対応―」となっており、筆者は本当に素晴らしい講演だったと認識しています。

今回の記事は引用が多くなりますがご容赦ください。

特に、地銀の関係者には直接原文にあたっていただきたいところです。

(日銀のホームページはこちら)

【講演】中曽副総裁「マクロプルーデンス政策の新たなフロンティア」(時事通信社主催金融懇話会) : 日本銀行 Bank of Japan

以下、今回の記事は引用文を先に掲載し、それに対して筆者がコメントする形で記載します。

地銀に対する株式市場からの警鐘

株式市場は重要なシグナルを私たちに送っているようにみえます。株価変動をもとに推計された金融機関の予想デフォルト確率をみると、地域銀行を中心に近年上昇しています。短期の予想デフォルト確率は、2016年初の日本銀行のマイナス金利導入時に上昇するなどの振れを伴いつつ、概ね同じような水準で推移していますが、中長期の予想デフォルト確率は、マイナス金利の導入や2013年の量的・質的金融緩和の導入以前からじりじりと上昇しています。

 →(講演の資料では予想デフォルト確率はMoody'sのEDF【Expected Default Frequency、株価情報をもとに一定期間中に資産の市場価値が支払債務を下回る確率】 をつかっていますが)地銀の予想デフォルト確率は中長期(5年)で中央値が4%台半ばとなっています。なお、マイナス金利政策が導入された際には、短期(1年)の予想デフォルト確率が1.5%まで上昇しました。

若干、このコメントは言い訳じみているように感じる方もいらっしゃるかもしれません。日銀がマイナス金利政策を導入する前から、マーケットでは地銀のデフォルト確率が上昇してきていたと言っていることになるためです。

かつて1990年代の日本の金融危機では、信用金庫や信用組合を含め180先近い中小金融機関が破綻しました。そうした先は個々にはシステム上大きな存在ではありませんでしたが、不動産関連向け融資を通じた共通のリスク・エクスポージャーを抱えていたため、一つの先が破綻した場合に他の先にも破綻リスクがあるとの連想から預金取付けが連鎖するシステミックリスクがあると認識されていました。こうしたリスクの顕現化を防ぐ観点から、政府は預金を含む「全債務保護」の方針を明確にし、日本銀行もこれを前提に破綻に瀕した個別金融機関に対し信用秩序を維持するための貸し出し(いわゆる特融)を実行しました。

こうした経験がプルーデンス政策について問いかけている重要な点は、将来何等かのストレスが加わった時に、ある特定の金融機関における経営の不安定化に止まるのか、それとも、共通のエクスポージャーを抱えた多くの金融機関の経営が同時に(あるいは連鎖的に)不安定化するのかということです。前者であれば、経営が不安定化した金融機関を金融システムから切り離すことで対応できますが、後者の場合には、金融システム全体に影響が及び、システミックリスクに発展する懸念があります。この点に関しても、株式市場は重要なシグナルを発しています。地域銀行の株式時価総額の変動をもとに、代表的なシステミックリスク指標(CoVaR)を計測すると、銀行間のストレスの連動性の高まりを背景に、近年上昇傾向にあることが確認できます。つまり、株式市場から抽出される指標は、共通のエクスポージャーを抱えた多くの地域金融機関の経営が同時に不安定化する可能性があることを示唆しているのです。

もちろん、予想デフォルト確率やシステミックリスク指標が上昇しているといっても、地域金融機関は、現時点において資本も流動性も十分に有しているため、金融システムの安定性が直ちに損なわれるような状況にはありません。このことは、先ほど説明したように、私どものストレステストからも裏付けられます。では、ストレステストの結果と市場のシグナルの違いをどう理解すればよいでしょうか。ストレステストの結果は、わが国の金融システムがリーマンショックのような「急性ストレス」に対して耐性を備えていることを示しています。しかし、多くの金融機関の収益に対して「慢性ストレス」が共通にかかり続ける場合には、現時点における自己資本が十分であっても、将来における金融システムの安定性を必ずしも保証しません。共通の慢性ストレスによって、資本コストに見合うリターンを確保できない状況が長く続けば、共通のエクスポージャーを抱えた金融機関の多くが、同時に(連鎖的に)自己資本を棄損していく可能性も排除できません。PBRが1倍を割り込んでいることも含め、株式市場はそうした「慢性的な共通ストレス」の影響に警鐘を鳴らしているものと考えられます。

→地銀は共通のリスクを抱えている可能性があり、個別行としてではなく地銀全体としてみる必要もあり、現在は問題なくとも将来的に金融システムの安定性を損なう可能性があるということです。

そして株式市場ではPBR1倍割れ(誤解を恐れずにいえば、経営を続けるよりも今すぐに会社を解散した方が株主にとっては良いということ)が常態化しており、株式市場は警鐘をならしているということです。

地域金融機関の低収益性の背景

 

近年における金融機関の収益低下は、日本だけではなく、低金利環境が続く先進国において概ね共通にみられる現象です。しかし、そうした中でも本邦金融機関の収益は国際的にみて低さが目立ちます。特に地域金融機関においては、米欧の同規模の金融機関に比べ、従業員一人当たりの業務粗利益も低くなっています。こうした収益性の低さには、金利動向に左右される資金利益だけではなく、それに左右されにくい非資金利益が少ないことも大きく関係しています。 

 

(中略)

米欧金融機関においては、サービス内容を顧客の属性や嗜好に応じてきめ細かく設定し、様々な手数料を得る機会を増やしており、非金利収入が重要な収益源となっています。例えば、欧州では、デビットカードやクレジットカードの発行・利用料、富裕層向けのソリューション・サービスの手数料を収益源として確保しているほか、インターネットバンキングの普及につれて、書面による残高報告などのサービスを順次有料化しています。また、米国では、企業のアウトソース・ニーズとマッチした企業向けの資金管理サービスが有料サービスとして確立しています。一方、わが国では、口座維持にかかるサービスなど、銀行にとって相応にコストのかかる金融サービスを無料で提供している例がみられます。

→これは過去から何度もいわれてきたことです。日本の金融機関の低収益の原因は非金利収入、すなわちサービスからの手数料徴収にあるということです。日本の消費者は無料でサービス提供を受けることが当たり前ですが、世界的にみると違うということでもあります。

本邦金融機関の従業員一人当たりの業務粗利益が米欧に比べ低く、かつ、その内訳において、資金利益だけではなく、金利環境に左右されにくい非資金利益も低いことを指摘しました。この事実は、本邦金融機関の低収益性には、低金利継続の影響だけではなく、他の何らかの構造要因が影響している可能性を示唆しています。具体的には、金融機関間の競争が長きにわたって厳しい状況が続いていることが、その一因と考えられます。金融サービスの提供窓口となる金融機関の店舗数について国際比較を行うと、日本は人口当たりの店舗数が比較的少ないですが、銀行代理業を営む郵便局数まで含めると、オーバーバンキングの事例国としてしばしば指摘される欧州の一部の国々とほぼ同水準となります。また、可住地面積当たりの金融機関店舗数をみると、日本は突出して多くなっています。もちろん、これには日本の人口密度の高さも影響していますが、狭い国土に銀行店舗が密集すれば、家計や企業にとって店舗の選択肢が増えるため、それだけ店舗間の競争も激しくなりやすいと考えられます。

特に、預金吸収の面では、日本の金融機関は、戦前から近年に至るまで、郵便貯金も含めて互いに激しい競争を繰り広げてきました。金利が規制されていた頃は十分な預貸スプレッドが確保されていたことから、民間金融機関にとっては、店舗を増やし預金をできるだけ多く集めることが、利益拡大に直結する合理的な行動でした。このため、郵便貯金との競合という環境もあって、民間金融機関が預金関連手数料を徴求するという戦略はとり難かったと考えられます。また、金利自由化や低金利環境を背景に預貸スプレッドが縮小した後も、金融機関間の厳しい競争環境が続き、自行のみが手数料をとれば預金が他行や郵便局に流出する可能性が強く意識され続けたことから、預金関連手数料を課さないことを前提としたビジネスモデルが金融機関の間で維持されてきたと考えられます。このように、非金利収入が少なく金融機関の収益が資金利益に大きく依存する状況において、人口減少や企業数の減少が金融機関の貸出競争に拍車をかける要因として作用し、これが資金利益を下押しする構造を産み出してきたと考えられます。

→低金利環境が日本の金融機関の低収益性をもたらしているということではなく、金融機関間の競争、すなわちオーバーバンキングが影響していると述べています。

しかし、このコメントに対しては反発を抱く地銀関係者もいるでしょう。

日銀に一番やって欲しいことは、マイナス金利政策の取りやめだという声が多いのは事実でしょう。

なお、筆者としては、日銀のマイナス金利政策はすでに弱っていた地銀へのダメ押しだったと評価しています。 

要するに、地域金融機関の収益を下押しする「慢性的な共通ストレス」の正体とは、金融機関間の競争が非常に厳しいもとで発生した、全国ほぼ全てのエリアでの人口や企業数の継続的な減少です。私どもの推計によれば、地域金融機関の過去10年間の預貸利鞘の低下には、金融緩和による市場金利の低下に加え、人口減少などの構造要因が相応に影響しています。先行き10年間の予測については、市場金利のパス次第で利鞘の水準は変わりますが、人口減少などの慢性ストレスは利鞘を下押しし続けることが見込まれます。すなわち、市場金利が上昇しそれに伴って調達コストが上昇した場合でも、慢性ストレスによる競争激化から貸出金利の引き上げが十分進まず、預貸利鞘がさほど改善しないという状況が起こり得るということです。

 →これは重要な投げかけです。マイナス金利政策が終われば銀行の収益は改善すると考えている銀行経営者・銀行員は相応に存在するでしょう。

しかし、ここで指摘されているのは、人口減少などがある以上、競争環境は激化し続け、利鞘(預金レートと貸出レートの差)はほとんど改善しない状況が起こり得るということです。

すなわち、マイナス金利政策がなくなったとしても地銀の経営は改善しないということです。

金融システムの安定性・効率性に与える影響

金融機関間の競争激化の構造的要因である人口や企業数の減少は、一部のエリアで発生した個別ショック(idiosyncratic shock)ではなく、全国共通にみられるショック(common shockです。また、この共通ショックは、短期的な性質のものではなく、将来にわたって継続することが見込まれています。そうした慢性ストレスが地域金融機関の収益を下押しし続ければ、金融機関が過度なリスクテイクに走る可能性が次第に高まっていきます。例えば、十分なリスク管理を行わないまま、有価証券投資などで市場リスクをとったり、あるいは貸出において過度に信用リスクをとる――すなわち、信用コストを十分にカバーできない金利で信用供与を行う――ことなどが考えられます。

現状において、地域金融機関は自己資本対比でみて過度な市場リスクや信用リスクをとっているわけではありません。しかし、慢性ストレスが将来どのような影響を及ぼすかが問題であり、株式市場の警鐘もそこにあると考えられます。特に、地域金融機関は、大手行や米欧の金融機関に比べ貸出取引に付随する非金利サービスの提供が限定的であるため、貸出取引の差別化の度合いが低く、金利面での競争に走りがちと考えられます。実際、金融機関の貸出スタンスをみると、バブル期以来の積極性を示す一方、貸出利鞘は、銀行間競争が激化するもとで計画対比下振れする傾向が続いています。つまり、人口や企業数の減少という慢性ストレスにより借入需要が伸び悩むなか、金融機関は貸出競争による資金利益の減少という共通エクスポージャー(common exposure)を抱え込むようになっています。

→人口減少や企業数減少は地域性・個別性・一過性のものというよりは全国レベルで継続していくものとしています。

そして、地銀に対して、運用体制が十分ではないのに有価証券投資に傾注したり、リスクの高い貸出を増加させていくことがないように注意を促しています。

また、地銀は非金利サービスが限定的であるがゆえに、金利ぐらいしか差別化することができないため、金利競争に走ると指摘しています。

リレーションシップ・バンキングのもとでは、金融機関は、長期的な取引関係を通して顧客企業をモニタリングすることにより、経営者の資質や事業の将来性といった定量化しにくい「ソフト情報」を蓄積し、この情報に基づいて貸出をはじめとする金融サービスを提供することができます。こうしたリレーションシップ・バンキングには、次の2つのメリットがあると指摘されています。一つ目は、金融機関が企業の将来価値を正確に認識することで、優れた投資プロジェクトの実行を後押しする一方、非効率な投資プロジェクトを抑制する効果があることです。二つ目は、企業が何らかの外的ショックにより資金繰り難に陥った場合、その企業の将来性をよく知る金融機関は流動性支援を行うことが出来る――企業からみれば、相応の借入金利を支払うことによって流動性の「保険」を購入する――という効果があることです。これらは、いずれも経済全体でみた資金の効率的な配分に寄与します。しかし、金融機関間の競争激化により貸出スプレッドが過度に縮小していくと、金融機関は次第に経営者の資質や事業の将来性の見極めといったコストのかかる情報生産活動を行うインセンティブを失っていくと考えられます。金融機関が取引企業に関する情報を十分に持たない場合、貸出資金が非効率な投資活動に使われてしまうかもしれません。また、金融機関は、ストレスに直面した企業に対して自らのリスクで融資を行うことに慎重になるでしょう。このように金融機関の情報生産力の弱体化が進むと、金融機関は中小企業向け融資にはできるだけ信用保証協会の保証を付すようになり、信用リスクを公的部門に転嫁するインセンティブを高めることになるかもしれません。

(中略)

この問題は「市場の失敗」として整理できます。借り手である企業と貸し手である銀行との間には「情報の非対称性」があり、この問題を解決するのが長期リレーションシップと銀行の情報生産機能です。しかし、銀行が情報生産コストを賄えないほど貸出金利が低下してくれば、銀行と企業のリレーションシップは弱まっていきます。つまり、貸出市場の機能低下により、「情報の非対称性」という「市場の失敗」が解消されないことになります。一方、銀行が企業の信用リスクを最終的に公的部門に転嫁できれば、貸出は継続するかもしれませんが、この場合、国民が最終的に税金という形で企業の信用コストを負担することになります。つまり、情報生産を行わなくなった銀行の貸出には「負の外部性」があり、この点でも市場の失敗が発生することになります。

→このまま地銀の収益が弱っていくと、取引企業の評価を地銀がコストをかけて行えなくなり、結果として地銀が持っていた機能である「非効率な投資にブレーキをかける役割」「いざといったときに保険のように助ける役割」を果たせなくなるとしています。

その結果は、公的保証制度等への依存であり、結果として国民が税金という形でコストを負担させられる可能性があるとしています。

競争環境への対応 

厳しい競争環境のもとで持続的に利益を確保していくには、金融機関は金融仲介サービスの差別化を図るなど、それぞれ自らの強みを活かした取り組みを進めていく必要があります。経営方針を策定するうえでは、(1)営業エリア内の顧客の金融サービスに対するニーズを的確に分析・把握する、(2)顧客のニーズにきめ細かく応じたサービスを開発・提供する、(3)そうしたサービスを提供していくために最適な店舗配置と人材配置を進め、適正な価格設定を含む採算管理を徹底していく、ことなどが重要です。 

→これは当たり前のことですが、日銀が地銀に対してこのような視点で考査・モニタリングをしていくということでしょう。 

多くの地域金融機関はこうした経営改善の重要性を既に認識されていると思いますが、厳しい競争環境のもとでは経営改善にじっくり取り組むことが難しいと指摘する声も聞かれます。金融機関間の競争が互いの収益を低下させている場合、「囚人のジレンマ」に陥っている可能性があります。互いに過度な金利競争を回避すれば収益を維持できる一方、自行だけが競争から離脱すれば、他行に顧客がシフトし一人負けする可能性があることを、多くの金融機関が指摘しています。そうした状況では、互いに金利競争から抜け出しにくくなってしまいます。銀行間競争と銀行経営の安定性の関係に関しては、適度な競争は銀行経営の安定化につながりますが、ある閾値を超えて競争が激化すると銀行経営がかえって不安定化すると考えられます。わが国では、多くの地域金融機関がそうした「囚人のジレンマ」の状況に既に陥っているとみられます。

では、銀行間の過度な競争がもたらす囚人のジレンマの状況に対して、どう対応すればよいでしょうか。金融機関の統合再編は有効な選択肢の一つです。企業数や人口が減少し続けるもとでは、金融機関数のみならず、店舗数、従業員数といった供給キャパシティーに変化がない限り、競争環境が改善することはありません。マクロプルーデンスの観点からみると、わが国は人口や企業数で規定される金融需要に対して、金融機関の供給能力が過剰な状態にあり、そうした状況の改善につながる統合再編は、金融システム全体の安定性や効率性を高めるうえで有効であると考えられます。

→ここでは地銀が「囚人のジレンマ」に陥っていると指摘しています。それを回避する一つの方策としては地銀同士の統合・再編があるということです。ここまで踏み込んで日銀副総裁が発言したのは、近時報道されている通り、地銀の統合の一部で公正取引委員会が実質的にストップをかけているからでしょう。

私が最も重要だと考えるのは、「各金融機関が利益最大化を図るための時間的視野をより長期に据える」ことです。金融機関が互いに近視眼的な利益追求を目指すと、過度な金利競争につながり、結果として、個々の金融機関の収益を下押しするだけでなく、金融システムの安定性と効率性を低下させ、ひいては地域経済や日本経済にも悪影響を及ぼします。統合再編は将来収益を改善するための一つの選択肢ですが、それが全てではありません。各金融機関が統合再編の選択肢を選ばない場合でも、今期の利益だけではなく、将来も見据えた中長期的な収益の確保により重きを置くようになれば、互いに過度な金利競争を継続するよりも、取引先企業に関する情報生産機能を高め、金融仲介サービスの差別化を進めていくビジネスモデルの方が望ましいということになるでしょう。そうした金融機関の行動は長い目で見て、金融システムの安定性と効率性の双方の改善に寄与し、経済にも好影響を与えることになります。

素晴らしい提言ではありますが、今の銀行業界では無理でしょう。各金融機関が中長期的な利益最大化を図るためには、囚人のジレンマを解消するしかありません。しかし、独禁法の問題等がある以上、これは難しいのです。

日本の人口・企業数が減り続ける中で、地銀もリストラをし続ける、そのために統合でもなんでもやる、というのが将来の姿なのでないでしょうか。

本項は本当に正しく、正論なのですが、綺麗すぎます。これが実現されるには、金融庁が「銀行は、短期業績を無視しろ、すべての取引で採算ラインを確保しろ」という指示を出さない限り無理でしょう。それは民間企業であり、一般株主が存在する銀行において実現可能でしょうか。護送船団方式には戻れないのではないでしょうか。

銀行の低収益性に伴うシステミックリスクを回避するうえでは、適正な競争環境の整備のほかに、もう一つクリアしなければならない課題があります。それは、金融仲介サービスの適正対価に関して顧客の理解を得ることです。おそらく、国民の多くには、日本の金融機関が適正な対価をとることなく決済サービスを提供し続けていることが知られていないと思います。(中略)

つまり、預金口座手数料を徴求しない日本の金融機関は、この20年間、決済サービスをほぼ無償に近い形で提供してきたわけです。

→これも正論です。

しかし、実現は難しいでしょう。特に決済サービスに伴う手数料収受は、フィンテックサービスが次々と立ち上がるなか現実的ではありません。銀行の決済業務をフィンテック企業に奪われて終わりとなってしまいかねません。

そもそも、日本でアリペイのような決済サービスがあまり普及しないのは、日本の既存の決済サービス全体がすでに十分コストが低いからです。新しいサービスを導入してもコストがあまり下がらないのです。これにはもちろん銀行の口座維持が無料ということも含まれます。

銀行が手数料確保に走れば、それはフィンテック企業のビジネスチャンスを生み出すだけなのです。 

銀行は銀行同士の囚人のジレンマのみならず、現在はフィンテック企業を中心とした新興勢力とも囚人のジレンマに陥っているのです。

「おもてなし」の言葉にあらわれるように、日本には「金銭の見返りを求めることなくサービスを提供すること」を美徳とする空気があります。金融業をはじめ日本のサービス産業の生産性が国際的に低いのも、こうした日本独特のサービスに対する国民のノルムと無関係ではないように思います。家計消費支出に占める金融サービスのウエイトが日本は国際的にみて極端に低いこと、そして、 その裏腹の関係として本邦金融機関の非資金利益比率が低いのは、金融機関間の競争だけで説明できるものではないと思います。

現在、全国の金融機関の個人預金口座数は合計で約11億あります。国民一人あたりに換算して10口座もあるというのは、国際的にみてかなり多いと思います。口座数がこれだけ多い理由には、日本では口座維持手数料が無料であることが大きく影響していると思います。銀行はこうした膨大な口座数を維持するために多大なコストを負担しています。取引の無い口座であっても、銀行は最終取引から10年間は口座を管理しなければなりません。そのためのシステム負担は固定費として発生するため、装置産業化した銀行は規模の経済性を求めて競争が激化するという悪循環に陥ります。

経済取引に貢献しない銀行口座をコストをかけて維持するのは、社会的にみて非効率ですし、このまま適正な対価を求めることなく銀行が預金口座を維持し、決済サービスを提供し続けることは一段と困難になってきていると考えられます。おそらく、国民の一般的な感覚は、「大事なお金を銀行に預けているのに、手数料をとるなんて、おかしい!」というものかと思いますが、私は、金融仲介サービスに関する適正な対価について、国民的な議論が必要な段階に来ていると思います。

→本当に正論ですが、銀行単体での取り組みには限界があります。日銀、金融庁、政治が一体となって議論していくべきでしょう。

ただし、もはや遅きに失した感が否めません。

預金口座維持のための手数料を取られるようになった場合、預金者には他の選択肢が用意されるようになってきたからです。

その中にはビットコインのような仮想・暗号通貨も含まれるでしょう。

このような政府・日銀が管理ができない資産が増えていけば、それは結果として日銀の金融政策の効果が縮小していくことになります。

この問題は非常に難しいのです。様々な局面で囚人のジレンマに陥っているのではないでしょうか。 

金融仲介サービスの適正対価に関して国民的な議論を進めていくには、様々な取り組みが必要です。第一に、日本銀行を含め、金融界全体として、決済サービスの提供にかかるコストと収益が見合っていない状況を十分に説明し、国民の理解を得ていかねばなりません。第二に、当然のことですが、個々の金融機関が収益力の改善に向けた改革をしっかり行うことが必要です。コスト削減や収益改善の余地を残したままでは、適正対価に関する国民の理解は十分得られません。この点に関し、地域金融機関のオーバーキャパシティの状況は、業務改革(Business Process Reengineering)などを通じた経営資源の適正投入によって、改善していく必要があります。また、顧客ニーズに必ずしもマッチしない過剰なサービスを提供するためにコストをかけているなら、サービス内容を見直していくことも必要でしょう。そして、第三に、金融機関は、フィンテックなど新たな技術環境も踏まえ、金融仲介サービスに新たな付加価値を提供していくことで、国民の納得性を高めていく必要があります。金融サービスの利便性や安全性を一段と向上させ、顧客の満足度に見合った対価を徴収できれば、生産性が上昇するとともに、収益力の強化にもつながります。金融機関がこのような取り組みを行わないまま、対価を求めようとすれば、フィンテック企業が台頭しているなかでは、銀行離れ(disintermediation)を引き起こす可能性があることに留意する必要があります。

→この項目に日銀が今後どのように地銀と対話していくかの方向性が出ています。内容は把握しておくべきでしょう。

金融システムにおける慢性ストレスとは、わが国の潜在成長率の低下、つまり、自然利子率の低下と言い換えることが可能です。預金スプレッドの低下から、銀行が決済サービスの提供において適正な対価をとることができなくなったのも、根本的には、名目金利の大幅な低下を引き起こした自然利子率の低下が影響していると考えられます。決済サービスと貸出サービスという2つの本業のうち、銀行は後者でしか稼ぐことができなくなり、貸出金利の面で競争を強めてきたわけです。市場金利が1990年代半ば以降低位で推移し続けるもとで、貸出スプレッドが趨勢的に低下してきたのは、こうした競争激化の背後にある自然利子率の低下が大きく影響しています。

→この項目は日銀から政府に対して、金融政策だけでは限界があるから、成長率を高めるための方策をきちんと出してくれという要請でしょう。

金融政策だのみのアベノミクスへの注文ということではないでしょうか。

 

以上、中曽日銀副総裁の講演の抜粋を引用してきました。

全体としては地銀における問題が非常に分かりやすく認識できるのではないでしょうか。

筆者としては、地銀の問題は合併・リストラを継続していくか、別の業態に進出して(当然許されるようになればですが)他業種のパイを奪い生き残るか、海外に出ていくか、ぐらいしか選択肢がないと考えています。

これは人口減少社会である以上は避けれらないのではないでしょうか。