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地銀の中間決算(2017年)における本業赤字の事例~島根銀行を題材に~

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地方銀行(以下地銀)の決算が厳しい状況にあることはご認識の方も多いと思います。

今回は「本業赤字といわれる地銀の決算はどのようなものか」について島根銀行の事例を挙げて考察していきます。

なお、地銀の有価証券運用における損失事例については以下の記事に記載しています。ご興味がある方は、ご参照ください。

www.financepensionrealestate.work

島根銀行の決算概要

島根銀行は小規模の地銀です。

この島根銀行を取り上げるのは2017年9月中間決算で本業であるコア業務純益が赤字転落しているためです。そして、マスコミがランキング形式で取り上げる地銀の業況悪化先の上位に同行が入っているからです。

地銀の業績の厳しさが分かるとともに、めずらしい事象も発生しているため題材としております。

それでは島根銀行の決算について概要をみていきましょう。

 

<2017年9月中間期決算(単体)>
業務粗利益 2,742百万円(前年同期比▲109百万円)
業務純益 234百万円(同▲336百万円)
うち債券関係損益 467百万円(同▲6百万円)
コア業務純益 ▲253百万円(同▲350百万円)

※業務粗利益というのは一般企業の売上高に相当し、業務純益というのは一般企業の営業利益に相当

 

この決算は何をあらわしているでしょうか。

島根銀行の業務粗利益(売上高)は前年同期に比べて▲3.9%の減収となっています。減収幅は少ないとはいえませんが、大幅減収とまではいえない水準でしょう。

ところが本業の利益である業務利益(営業利益)は6割強も減少しています。すなわち半分以下になっているのです。

そして業務純益のうち債券関係損益(国債等の有価証券売買等による利益)が業務純益を上回っています。

これは裏を返せば、「債券関係損益以外は赤字」になっているということです。

コア業務純益というのは、大まかにいえば「債券関係損益を除いた本業での利益」のことをいいます。このコア業務純益が赤字になっているのです。

これは、銀行の本来業務である「預金を預かり貸出を行うビジネス」が赤字になってしまっているという意味です。

これが島根銀行の中間決算の状況です。

中間の本業赤字要因

では、島根銀行はなぜ本業で赤字になってしまっているのでしょうか。
より詳細に決算をみていきましょう。

以下は業務粗利益(売上高)の内訳です。

<業務粗利益の内訳>

資金利益(=預貸金の利息、有価証券利息における収益) 2,305百万円(前年同期比▲18百万円
役務取引等利益(=手数料収入、支払手数料支出等の収益) ▲30百万円(同▲89百万円)
その他業務利益(=債券の売買益等の収益) 467百万円(同▲1百万円

 

以上をみると本業の資金利益は▲0.8%しか減少していません。

手数料の収支(受取と支払の差額)は減少し赤字となっていますが、大きな要因とまではいえません。

近時の地銀の決算数値が悪い要因はほとんどがこの業務粗利益(売上高)要因です。ところが、島根銀行の今回の中間決算の減益要因は、売上面にあるのではなく、むしろ経費面にあります。以下は経費の状況です。

 

経費 2,528百万円(前年同期比+247百万円)
うち、人件費 1,172百万円(同▲18百万円)
うち、物件費 1,120百万円(同+174百万円)
うち、税金 234百万円(同+90百万円)

 

以上でみると分かるように島根銀行は収入面でのマイナスよりも、費用面でコストが増加したことがわかります。

ここでいう物件費とは、システム経費と店舗経費(賃貸料等)が主です。

では物件費が増加するとはどのような要因だったのでしょうか。

そこで島根銀行のプレスリリースをみると、以下のニュースが掲載されています。

<新本店ビルへの移転に伴う営業開始(予定)について>
http://www.shimagin.co.jp/news/news_2016/nr20161019.html

上記ニュースをみると島根銀行は2017年1月より新本店での営業を開始しています。

物件費が増加したのは、間違いなくこの新本店を建設したという要因です。
これで、島根銀行の本業の利益が急減した最大の要因は、この新本店建設、移転にあったことが分かりました。

その他の業況分析

島根銀行の本業利益が減少した主な理由は判明しましたが、他の業績状況は実際にどのようなものなのでしょうか。

地銀は貸出業務で苦戦しているイメージがあるかと思いますが、同行の2017年9月末時点の貸出残高は前年同期比では減少していません。

2017年9月末時点貸出残高=260,972百万円(前年同期比+87百万円)
このように前年同期比横ばいとなっています。

貸出残高は維持できましたが、貸出金の利回りの方はどうでしょうか。

貸出の利率が下がれば貸出残高が同額でも収益は減少するため、見ておく必要があります。

この貸出金利回は2017年9月末時点では1.41%となっており、前年同期比で▲0.16%減少しています。

この数値はわずかなように感じられるかもしれませんが実額では大きな影響を及ぼします。

同行の貸出残高は約2,600億円です。この0.16%は4億円強となります。

さきほどみてきたように同行の中間期における業務純益は2億円強なのです。すなわち4億円も減少してしまうことは、同行にとっては非常に大きな損失なのです。

これを補うために同行はどのような戦略をとってきたのでしょうか。

同行の直近での戦略とその修正

同行は上記でみてきたように貸出収益ではかなりの苦戦を強いられていることは間違いありません。

このような事態は以前から当然に予想されていたことでしょう。

そのため、同行では以下のような取り組みをしてきたものと想定されます。

まず、個人への消費者ローンの拡充です。

同行の住宅ローン残高はあまり変動がありませんが、その他のローン残高は大幅に増額となっています。

2016年9月末の160億円から2017年9月末時点では205億円まで増加しています。約3割の増加です。

同行の貸出額全体に占める割合でも6.2%から7.9%まで増加しました。

個人向けのローンは企業向けよりも貸出金利が高く収益性が高いことが残高増加に注力した理由でしょう。

しかし、ご承知の方も多いでしょうが、金融庁やマスコミは個人向けのカードローン残高やアパートローンの残高増について銀行に貸し手責任がある等の批判をしています。そのため、この分野で島根銀行が今後も貸出を増加させていくのは厳しいかもしれません。

次に、他行含めてやってきたことですが、有価証券への投資が同行にとっても収益確保の策でした。

投資対象は、主に日本国債、米国債が中心でしょう。

おそらく島根銀行も順調に運用をしてきたものと想定されます。

しかし、こちらも金融庁が特に外国債券運用を問題視しています。そのため、同行でも急激に有価証券の残高を減らし始めました。

2016年9月末では1,010億円、2017年3月末では1,017億円あった有価証券の残高は、2017年9月末には937億円まで減少しました。この半年で1割程度の減少です。金融庁に直接指摘を受けたかは分かりませんが、金融庁の意向を忖度している可能性はあるでしょう。

なお、同行の有価証券含み損益は現段階では問題がありません。むしろ含み益が尽きている他銀行もありますので、他行比では相対的に優位に立っているといえるでしょう。

 

<有価証券含み損益(2017年9月末)>

株式 +1,461百万円

債券 +2,413百万円

その他 +211百万円

 

この含み損益の状況であれば、中間の業務粗利益が2,742百万円、債券等関係損益が467百万円である同行からすると、相応の規模の債券含み益を確保しているといえます。

(※なお、株式は売却して含み益を実現させたとしても本業の利益である業務純益には計上できません。臨時損益となるだけです。)

よって、同行は本業が厳しいものの、(表面の)業務純益で赤字になる可能性はあと数年は低いでしょう。いつでも同行の判断で債券の含み益を顕在化させることができるためです。

ちなみに同行は2017年9月期で債券もしくはその他(投資信託等)の一部処理をしているものと想定されます。

まず、有価証券残高が2017年3月末から▲80億円となっています。

そして、「その他有価証券」の「その他」では含み益が2017年3月末比で▲8億円減少しています。債券の売却と組み合わせ、含み損だけが計上されないようにうまく処理したのでしょう。このような処理が可能であることは同行の債券投資にはまだ余裕があるということです。

結局のところ島根銀行の決算はどうなのか

長々と記載してきましたが、島根銀行の決算の概要は、いかがだったでしょうか。

結論からすると、筆者は以下のように認識しています。

  • 島根銀行はマスコミで取り上げられるほどに業績は悪化していないのが現状
  • 債券の含み益等も相応に確保しており、規模は小さいながら、しばらくは黒字確保可能
  • 特に2017年9月中間における業績悪化の主要因は、新本店での営業開始に伴う減価償却費やシステム経費増
  • 新本店建設の計画は、おそらくマイナス金利政策導入前から始まっており、本件については同行に運が悪かったとしかいえない状況
  • ただし、貸出については貸出金利回の低下続いており、本業の業績底打ちはみえない状況
  • 新本店の経費は継続的に計上されると想定されることもあり、中期的には同行は単独での存続困難

同行の足下の決算は、見た目ほどには悪くないということです。一方で、中長期的には同行のビジネスモデルの持続性は疑問符がつくかもしれません。

以上みてきたように「地銀の決算」といっても一括りにはできません。

今回のように冷静に数値を追いながら各行の状況をみていくことが地銀の決算をみていく上でのポイントとなるでしょう。