銀行員のための教科書

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新型株式報酬の増加とストックオプションの「逆インセンティブ」問題

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上場企業において役員報酬に自社株を活用する事例が増えています。

ストックオプションは従来から普及していましたが、現在は信託型(株式給付信託)もしくは譲渡制限付株式の導入が急増しています。

今回は企業の株式報酬について簡単に考察します。

 

株式報酬とは

株式報酬とは中期経営計画の達成など目標達成度合いに応じて「自社株」を役員等に付与する制度です。

現在、この株式報酬が注目を浴び、企業の導入が進んでいるのはコーポレートガバナンス・コードの策定によるものです。

このコードでは、役員報酬は「中長期的な会社業績や潜在的リスクを反映させ、企業家精神の発揮に資するようなインセンティブ付けをすべき」との考えが示され、「中長期的な業績と連動する報酬の割合、現金報酬と自社株式報酬の割合」「経営幹部・取締役の報酬を決定するにあたっての方針と手続」を開示もしくは説明することが必要とされました。

また日本の株式市場で大きな比率を占める外国人投資家にとっては、役員等の報酬は、現金のみならず株式報酬のように企業の業績等に連動するような仕組みを組み合わせるのが当たり前です。

そのため、投資家と役員等経営陣が利害を共有できる株式報酬の割合が増加してきたという背景があります。

過去の日本企業では、役員は従業員の出世における「すごろくのあがり」のようなもので、報酬体系も従業員の報酬体系の延長のようなものでした。

しかし、そもそも株式会社の仕組み上、役員は株主から経営を付託された立場であり、従業員の延長線ではありません。グローバル化の流れの中で、経営者として今までとは異なる報酬体系が求められるようになってきたということです。

新型株式報酬の導入企業数

2017年5月末までに発表された各社のプレスリリース(日本企業は3月決算先が多く、6月の株主総会に向けて発表するため)を集計すると、役員報酬における新型株式報酬(ストックオプション以外)は、以下の導入企業数となりました。

  • 株式給付信託型(役員対象のみ) 336社
  • 譲渡制限株式 117社
  • (ご参考:ストックオプションは約600社)

ストックオプションを含めると株式報酬は上場企業の3社に1社が導入していることになります。

信託型は2016年6月から2017年5月までで117社導入され、譲渡制限株式は114社導入しており、近年急増していると言えます。

なぜストックオプションの導入ではいけないのか

新型株式報酬の導入が増加していることは上述のとおりですが、なぜ今まで導入されていたストックオプションではいけないのでしょうか。

まずストックオプションの特徴について確認しましょう。

ストックオプションは通常の場合、役員に交付する金額(費用)が決まっています。

そうすると株価が高い時には交付される株式数が減少します。逆に株価が下落した場合は株式の交付数は増加します。

そして、ストックオプションは通常、退任時に権利行使をして株式を取得しますが、取得した株式を売却できるのは退任後1年程度となっています(役員はインサイダー情報を知っている可能性が高いため)。

なお、税金面では権利行使時に納税が発生します。納税は権利行使時に交付された株式の時価がベースとなります。

以上がストックオプションの特徴となります。

これをストックオプションを交付された役員の立場からみるとどうなるでしょうか。金銭面でみた場合、何が最も得になるのでしょうか。

簡単に言えば、以下の条件が最も役員「個人」にとって良いのです。

  • 役員自身が現役の間は株価は低く(=多くの株式が交付される)
  • 権利行使をして株式交付を受ける際にも株価は低く(=納税額が少なくなる)
  • 株式を売却できるようになったタイミングでは株価は高い(=多額の売却益を手にすることができる)

これをみるとストックオプションの権利を持っている役員と投資家である株主とは必ずしも利害を共有している訳ではないことが分かります。

株主は常に株高を望むものです。

ストックオプションを持つ役員は、(もちろん最終的には株高が利益にはつながりますが)上述の通り一時的には株安の方が良いのです。

これがストックオプションの逆インセンティブ問題といわれているものであり、逆インセンティブ問題をある程度クリアできる株式報酬制度としての信託型、譲渡制限株式の増加が拡大してきた背景なのです。