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「バブルの物語」から見えるビットコインをはじめとした暗号通貨~人間はそんなに変わらないのでは~

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2017年11月9日に日経平均株価が25年10か月ぶりの2万3,000円をつけました。

米国でもダウ平均が過去最高を更新し続けてきました。

不動産や金など様々な資産の価格が上昇してきています。

そして、ビットコインに代表される仮想通貨、暗号通貨の価格上昇がすさまじいことになっています。

この暗号通貨についてはバブルだとの声が様々なところで聞こえてきます。

以下の図表を見てください。

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(出典 Bespoke Investment Group Website)

この図は縦軸が価格の伸び率、横軸が取り引きの日数を示しています。

グレーの線がビットコインです。

過去のいわゆるITバブル、不動産バブル等と比べてもビットコインの価格の上昇率が際立っているのがみてとれます。

しかし、ビットコインは新しいカテゴリーの資産(?)です。従来のビットコインの価格が安すぎただけであり、今の価格が適正なのかもしれません。

ビットコイン自体はキャッシュフローを生みません。保有者等の信頼・期待に支えられているだけです。いくらが適正な価格かは誰にも分からないでしょうし、正解もありません。

さて、現在の金融市場にはバブルが起きているのでしょうか。

例えば、株価はバブルではないが、ビットコインだけがバブルなのでしょうか。

筆者には今がバブルかどうかは全く分かりません。

感覚的には、ビットコインはバブルだと感じています。株価は企業業績対比ではバブルではないでしょうし、不動産もバブルとまではいえません。

しかしながら、少なくとも筆者の感覚が正しいとは考えていません。感覚が正しかったら、今頃、投資が成功して大金持ちになっているでしょう。

話がそれました。

バブルは破裂してみないと分からないといわれます。

バブルは、発生している最中は誰にも分からず、弾けてみて初めて分かるのだと。

しかし、本当にそうなのでしょうか。

バブルかどうかを判断する指標はないのでしょうか。

今回は、金融や実物資産がバブルになっているか否かを、個々人が判断するための指標について考察します。

「バブルの物語」という物語

今回はジョン・K・ガルブレイスの「バブルの物語」(原題:A Short History of Financial Euphoria 、1990年)を引用します。

この本は日本のいわゆるバブル時期、今から30年近くも前に出版されています。

このような古い本が現在に役に立つのでしょうか。

筆者は役に立つと考えています。

理由は簡単です。

「人」はそんな簡単に変わらないからです。

世界では様々な技術が進歩します。様々なビジネスモデルが生まれます。

30年前の人にスマホの話をしても誰も信じないかもしれません。

しかし、どんなに技術が進歩しようと、新しいトレンドが生まれようと、株式などに投資するのは「人」です。

人の欲望が資本主義経済を作り、技術を進歩させてきました。

「人」が変わらないからこそ、有史来、何度もバブルは発生してきたのではないでしょうか。むしろバブルを生みだすのが人というものなのかもしれません。

以下は、バブルについて考察する参考として、ガルブレイスの本の内容を筆者がメモしたものを記載します。

どこまでが引用で、どこまでが筆者が勝手にまとめた文書なのかが、よく分からないのですが(お許しください)、エッセンスは分かるでしょう。

「バブルの物語」の内容(引用)

陶酔的熱病のエピソードは、それに参加している人々の意思によって、彼らを富ませている状況を正当化するために、守られ、支えられる

また、それに対して疑いを表明する人を無視し、厄介払いし、非難する意思によっても同様に防衛されている

→バブルが発生している資産への投資家は、資産価格が上がるからこそさらに自信をつけ、他者の意見を排除するようになるということです。

 

<熱病に寄与し、それを支える要因>

①金融に関する記憶は極度に短い

ほとんど同様の状況が再現されると、新しい世代から、金融及び経済界における輝かしい革新的な発見として大喝采を受ける

②金と知性が一見密接に結びついているように思われていること

→ビットコイン・暗号通貨がこれに該当するかどうかは筆者は分かりません。ただし、ICOについては該当するように思います。

 

暴落の前に金融の天才がいる

投機のエピソードに共通しているのは、世の中に新しいものが現れた、という考えがあること

→少なくとも暗号通貨は新しいものと扱われている論調を多く目にはします。天才はSatoshi Nakamotoでしょうか。

 

金融上の操作はおよそ革新になじまないもの

その時々に革新的だと喧伝されるものは、例外なしに既成のやり方をごく僅か変えてみただけのもの

あらゆる金融の革新は、何らかの形で現実の資産によって多かれ少なかれ裏付けられた負債の創造を含んでいる

→リーマンショックはまさにこの要因を含んでいました。ビットコインはどうでしょうか。

 

個人も機関も富の増大から得られる満足感のとりこになる

これには自分の洞察力がすぐれているからだという幻想がつきもの

この幻想は自分および他人の知性は金の所有と密接結びついているという考え方によって守られている

個人的にも集団的にも賢明なことをしていると信じ込まれている事情は価値上昇の動きによって確証される

暴落が来る

暴落は穏やかに来ることはない

逃げ出す努力もたいてい失敗する

→バブルの過程についての記載です。皆さんはどのようにお考えになるでしょうか。

 

バブルの解決策は高度の懐疑主義

ガルブレイスによるとバブルの解決策について「指針とすべき絶対確実な準則」があるのです。

それは、「金と密接にかかわっている人たちは、独りよがりな行動やひどく過ちに陥りやすい行動をすることがあり得るし、そうしがち」であるということを認識することです。

このような行動を回避できるならば、バブルは発生したとしても傷は浅いかもしれません。

しかし、前述の通り金融に関する記憶は極度に短いのです。

我々はこのような教訓を認識しながらも、そして分かっていたとしても、やはりバブルをこれからも生み出していくのでしょう。

筆者の所見

筆者は少なくともビットコインの価格については懐疑的です(バブルではないかと考えています)。

その生成過程、裏付けとなっている技術は革新的かもしれません。

しかし、その暗号通貨の経済的効果は過去の投資対象となった資産と特に変わることはありません。

ビットコインは、金(ゴールド)と同じようにキャッシュフローを生み出しません。単純に、「価値がある」という投資家・投機家達の「期待」によって支えられているだけです。

国家が金融緩和を競い、通貨の下落競争を国家が仕掛ける時代には、国家の信用と切り離された資産が価値を持つということはよくあることです。前述の金(ゴールド)がその代表例でしょう。ただし、金(ゴールド)は宝飾品としての実需がありますが、ビットコインには実需はありません。

暗号通貨は決済にも使えるといわれますが、ほとんどの取引は投機に関するものであり、決済に使われているのが現段階でわずかです。

また、通貨は一般的に預金され、この預金は金利を生み出します。しかし、ビットコインが、このような金利を生み出すことはありません。

ビットコインと一般的な通貨の違いは、価値を維持しようとする国家の担保があるか否かでしょう。

通貨が下落しすぎると物価が上がりすぎ、国民生活を維持できなくなります。これを買い支えるのは国家の役割となりますし、そのための資金は国民から徴税できます。

ビットコインにはそのような価値を担保しようと動く主体はありません。

以上をまとめると、どうしても筆者にはビットコインの価値が判然としないのです。筆者の懸念が間違いであればよいのですが、それはいつか判明することなのでしょう。