銀行員のための教科書

これからの時代に必要な金融知識と考え方を。

私募投資信託の残高増加は懸念する必要があるのか

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日本において私募投信の残高が急増しています。
日銀のマイナス金利政策導入後の運用難の環境下、少しでも収益を確保するために私募投信に資金が流れているのです。
今回は私募投信の残高増加に懸念はないのか考察します。

私募投信とは

投資信託は募集の方法により「公募投資信託」と「私募投資信託」に分類されます。

「私募投資信託」は、50人未満の投資家、もしくは適格機関投資家を対象としている投資信託のことを指します。よって、個人で購入する投信はほぼ間違いなく公募投信です。

私募投資信託は投資家が限定されているため、自由な運用が可能ですし、運用会社は公募投信で法令上必要な様々な書類の作成義務を免れます。また、公募投資信託と比較して解約を制限していることが多いため、流動性の低い資産に投資する等の運用を行うことができます。

私募投信の規模

一般社団法人 投資信託協会が公表している私募投信の資産額推移をみると以下の通りとなります。

  • 私募投信が解禁された1999年は純資産総額が1兆5,441億円
  • 5年経過した2004年には15兆5,963億円と10倍の規模に成長
  • リーマンショック前の2007年には36兆0,307億円へと急成長
  • 2008年には25兆5,558億円へとリーマンショックの影響を受け急減
  • 2012年に31兆8,185億円あたりから急激に資金流入
  • 2013年に40兆4,131億円
  • 2014年に46兆8,707億円
  • 2015年に61兆9,738億円
  • 2016年に74兆0,843億円

以上の通り、私募投信には凄まじい勢いで資金が流入しているのが分かります。

公募投信も残高は増加していますが(2012年=約64兆円→2016年=約96兆円)、私募投信の増加の勢いには劣後しています。

私募投信の内訳では株式投信が大半をしめています。

私募投信のうち株式投信の残高は2012年=約31兆円→2016年=約70兆円となっています。

私募投信のうち公社債投信の残高は2012年=約0.5兆円→2016年=約4兆円となります。

私募投信が拡大する理由

2017年4月に日本銀行が公表した「金融システムレポート」では、金融機関の投資信託等残高(これには公募投信も私募投信も含む)について記載されています。

金融システムレポート(2017年4月号) : 日本銀行 Bank of Japan

このレポートによると金融機関合計で投資信託を2012年頃は6兆円弱保有していたものが、2017年2月には18兆円近くまで増加していることになります。5年間で3倍となっているのです。

同期間では私募投信も大幅に増加していることから、銀行は私募投信を大幅に買っていることが想定されます。

では、なぜ銀行は私募投信への投資を増やしているのでしょうか。

この理由は、まず低コストであることが挙げられます。私募投信はいわゆる書類作成等の手間が省けているからです。

また、私募投信はオーダーメードに近い特徴的な運用が可能であることも私募投信が投資を集める理由です。

加えて、特に外国株式・債券で運用するタイプの私募投信は、投資家の事務のアウトソースの面でメリットがあります。直接に外国株式・債券に投資をすると、国内から海外への送金、両替、税務申告等の事務が発生しますが、私募投信であればそのような事務は信託銀行が代わりに対応してくれます。

最後に、筆者は最も大きな要因だと考えていますが、私募投信は銀行にとって会計上のメリットがあるということです。

公募投信と異なり私募投信は、銀行の決算では「その他有価証券」に計上されますので、バランスシート上は時価評価されますが、損益計算書上は影響がありません(時価ブレが損益に影響しないということです)。そして、さらに重要なことに、私募投信の売買に伴う利益や分配金は銀行の業務純益(事業会社の営業利益に相当する本業の利益)に計上が可能なのです。

株式や債券に直接投資している場合は、銀行は業務純益には計上できません。損益計算書上も時価ブレ部分を評価差額として計上しなければなりません。

これが私募投信が拡大してきた理由です。

私募投信の拡大に関する懸念点

以上でみてきたように私募投信は銀行にとって非常にメリットのある投資対象です。

しかし、美味しい話には裏があります。

懸念点はないのでしょうか。

一般に投資には「収益性」「安定性」「流動性」の3つの要素・性質があります。

この全てを充足する投資商品は存在せず、各々の投資家が自身のマーケットの見通し、必要な運用利回り、自身の財務状況等を勘案しながら、バランスをとって運用をしていきます。

私募投信は、上記3つの要素のうち、特に流動性を犠牲にした商品です。

公募投信と異なり私募投信には通常解約制限がついています。簡単にはキャッシュ化できないのです。

これは、現物の不動産に投資するか、J-REITに投資するかの違いだと思えばよいでしょう。

J-REITは投資口が上場されているため、毎日、いつでも基本的には売買ができます。一方で現物の不動産はキャッシュ化しようとすると不動産仲介会社に売却を頼み買い主を探さなければなりません。1年間ずっとキャッシュ化できないなんてことも普通にありえるのです。その代わり、J-REITでは運用会社に支払う運用報酬フィーや上場コスト等によって獲得できる収益は現物の不動産に比べて低いのです。流動性を獲得する代わりに収益性を犠牲にしているといえます。

私募投信は流動性を犠牲にする代わりに収益性を狙っていく運用商品です。

マーケットに流動性があり、運用が上手くいっている時は、この運用で良いかもしれません。

しかし、リーマンショック時のように一旦マーケットから流動性がなくなってしまうと簡単にはキャッシュ化できない以上、想定外の損失を被ることもあります。

私募投信のリスクとはこのようなものなのです。

筆者は私募投信の拡大が悪いとは考えていません。ただし、野放図な拡大、もしくはバランスを欠いた私募投信への投資拡大も良いとはいえません。
運用はバランスであり、リスクをコントロールすることが何よりも大事だからです。

筆者の私見では、銀行のバランスシートの規模から考えると、私募投信の拡大は懸念を持つ必要があるまでには至っていないでしょう。

現段階では日銀も金融庁も問題視をする規模ではないと考えます。

ただし、私募投信は自由な運用が可能であり、中にはかなりリスクをとった運用を行っているものもあるかもしれません。そのような運用には注意は必要でしょう。